8・いつからカレーは飲み物だと錯覚していた?
「Morni'n.」
客間からジョージが起き出して来たのはもうすぐ十一時になろうかと云う時間帯だった。
日本に昨晩到着した彼女は我が家に向かう足で夕飯を食べ、安全と云う目に見えない贅沢に感動し、我が家に到着したのは日付変更線を越えてからだった。
我が家に到着してスグに客間に案内したが、藍から聞く限りでは旅の荷物を解いたりしていて結局寝たのはそれから二時間程してからとの事だった。
俺は帰宅後早々に布団の中に潜り込んだので、その後ジョージがどうしていたのかは藍が知るだけだった。
人と違いエルフと云う種は睡眠をほぼ必要とせず、二時間程の睡眠でも充分な時間なのだと云う。
一緒に生活をはじめた頃はその睡眠時間の違いから色々と擦り合わせするのに苦労もあったが、今ではそれも何とかなった状態になっている。
「おはよう、そろそろ昼食の時間だけど俺が作ろうか?それともまた何処かに食べに行くか?」
自らのスマートフォンに翻訳を任せ、俺はジョージに昼食をどうするか尋ねる。
毎度外食では正直今の懐具合ではきつかったりもするが、ゲストを満足させるのも宿込みガイドの仕事だと思えば仕方がないと自身に言い聞かせる。
『富夫がランチを作るって?興味深い、御馳走になる。』
ジョージも意思の疎通を行う為にスマートフォンの音声翻訳を使用して言葉を返す。
「んじゃ、用意しておくからその間に風呂にでも入っておけ。昨晩は到着してそのままだったろ?」
俺はジョージにそう言って風呂へと促す。
△▼△▼△▼△
『日本のコップラーメンは美味しい。』
ジョージのスマートフォンからは翻訳された抑揚の無い日本語音声が流れる。
シャワーを終えた彼女が食べているのはインスタントラーメンだった。
買い置きしてあった袋インスタント麺に野菜炒めを添えたタンメンもどきである。
モヤシ、キャベツ、豚肉を野菜炒めの様に調理した後、塩ラーメンのインスタントスープと溶き片栗粉で餡掛けにし、それをインスタント塩ラーメンに添えた感じだ。
昔ながらのフライ麺を使用すれば財布にも優しく手間いらずな割に満足感を得られるので普段からも結構な頻度で作る我が家の定番である。
海外でもインスタントラーメンは存在しているのは知ってはいたが、それがコップラーメンと呼ばれているのは知らなかった。
「観光行くにしてもこれからじゃ時間的に中途半端だな。」
俺は自身が作ったタンメンもどきを啜りながら自身のスマホに翻訳を任せる。
喋った事をそのまま音声翻訳してくれるのは有り難いが、それが喋ったままをしっかりと訳してくれているのか判断つかないのが困り物だ。
それでも今のところ意思疎通が図れない程の不具合もある訳ではないし、音声翻訳のお世話になる。
時間を確認すると十二時手前、これから観光の為に移動を開始するには少々遅い時間帯だ。
かと言って旅の疲れを癒やす為にのんびりと過ごすには少々早い時間帯でもある為、正直判断に迷ってしまう。
神奈川と云う地は観光する為の場所は豊富ではあるが、我が家から出掛けようとすると何処もそれなりに移動時間が掛かる、都内に出るにも同様だ。
「それじゃお姉ちゃん、世界一の星空を見に行かない?」
藍は小さなお椀に取り分けられたラーメンを手にしたままジョージに聞く。
『世界一の星空?』
ジョージは困惑に似た表情をして聞き返す。
「うん、世界一の星空。藍のお気に入りの場所が近所にあるの。」
手に持っていた椀を置き、自身の鞄を持って来てその中からプラネタリウムの年間入場券をジョージに見せる。
『自分にはアメリカ最古の星空がある。』
藍が手にしているチケットを見て何を言いたいかを察した彼女はその表情を和ませ、対抗するかの様にそんな返しをする。
「一緒に見に行かない?」
返って来た言葉はお気に入りの場所があり、誘いを断っているようにも取れるものだった為に藍の表情は曇る。
『案内して、それは近所なの?』
表情に陰りが見えた藍に意図した意味で言葉が伝わらなかった事に慌ててスマートフォンに言葉を向けるジョージ。
そんな彼女を見て本当にこちらの言いたい事が伝わっているのかが気になってしまうが、こればかりは指摘されるなり雰囲気から読み取るしか無い。
本当の意味で意思疎通を図りたいのであればネイティブで相手の言語を操れる様になるしかない。
今だって翻訳され音に変換された日本語は何とか意図は汲み取れるものの正しい返しかと問われれば首を傾げるしかない。
「バスですぐだよ。」
そんな意思の疎通に不安にもなるようなやり取りであっても藍はいつもの様な対応でジョージに言葉を返す。
ちなみに藍が喋っている音声翻訳は俺のスマートフォンを使用して行っている。
藍は再び小さな椀に取り分けられたラーメンを食べる為に机の前に膝を折り座る。
そして俺のスマートフォンを介してこれから行くプラネタリウムについて食事をしながら話をするのだった。
△▼△▼△▼△
『公園だよな?』
藍の提案で近所のプラネタリウムに来たジョージだったが、日本家屋の縁側で団子を口に運びながら聞いて来た。
平日のプラネタリウムは夕方からの一度のみの上映で、その時間までの繋ぎとして俺達は古民家園の中を散歩していた。
ここは日本全国から集められた古民家を保存展示している野外博物館である。
野外博物館と聞けば大層な施設のように思えてしまうが、広大な雑木林の中にいくつもの古民家が立ち並んでいるだけの場所である。
もちろんその古民家を管理する為の職員は居るが、その雰囲気はアニメや漫画の中に出て来そうな日本の田舎を感じさせる雰囲気そのままである。
「こう云う日本の田舎を感じられる場所はお気に召さなかったか?」
戸惑いながらものんびりと時間を過ごしているジョージに聞く。
『感動している。ここは映画"夏戦争"で出てきた家と同じもの。』
ジョージのスマートフォンからはそんな抑揚の無い日本語音声が流れる。
彼女が興奮しながら話をしたのは日本アニメ映画の中に出て来る家屋にそっくりなのだと言う。
間取り等もそっくりな事からこの野外博物館に保存された家屋をモデルにしてアニメ作成したのでは無いかと云う事だった。
あまりにも興奮して話をした為に音声認識の部分は少々精度が落ち何度かスマートフォンに語り掛けるジョージの姿があったが、そんなに凄い事なのだろうか。
俺にとってはそこらの感性は理解し難いものだった。
「プラネタリウムを見終わったら少し時間帯としては早いが夕飯にしようと思うが、ジョージは何かリクエストあるか?」
未だに興奮醒めぬまま古民家に感動した旨を言葉にしていたジョージだったが、俺はそれを抑えて夕飯に何が食べたいかのリクエストを聞く。
昨晩に引き続き外食をしようとは思ってはいないが場合によっては作るのにはやたら時間が掛かったり手間だったりするものもある。
そんなリクエストの場合は外食してしまった方が手間も無くお互いに気持ち良い状態を保てる。
『カツカレー食べたい。』
ジョージは夕飯にある意味定番の日本料理をリクエストして来た。
だが藍と共に生活をしている以上、カレーのリクエストには応えられない。
何故なら辛味成分であるカプサイシンはエルフと云う種にとってアレルゲンであり、それを摂取すると云うのは命に関わる。
幸いなのはカプサイシンと云う辛味成分は唐辛子にしか含まれていない事が分かっている。
それ故、エルフさんと生活を共にしている有志達によって唐辛子を使用しないカレーの開発が完了している事が挙げられる。
ただ難があるとすればエルフ用のカレースパイスはレシピは公開されているものの自身で作らなくてはならず、購入する事が出来ない点だ。
つまりそれは外食においてエルフと云う種は未だに唐辛子が含まれる料理は知る事が出来ないままである事を意味している。
唐辛子、別名レッドホットチリペッパーが使用されている食品と云うのは意外に多い。
それ故に外では藍に食べさせてあげる事の出来ない食べ物もは結構あったりする。
「分かった、どこか美味い店でも紹介するか?。」
俺はエルフにとって唐辛子は命を危うくする毒物と同じ意味合いを持ち、それ故に過去に死亡したエルフが居た事をジョージに説明する。
美味い店とは言ったものの俺自身は日本で展開しているチェーン店程度しか知らない。
牛丼をメインの商品にしている店舗と元喫茶店のカレーを専門に提供している飲食店だ。
昨晩は十五ドル程度の出費で随分と満足していた様子だが、カレーに関しては専門店で食べるとなると簡単に十ドル程度の支払いが発生する事だろう。
それを考えたら昨晩の満足度は今後の食事事情を考えれば自ら敷居を高くしてしまった行為だったのかもしれない。
『期待している。』
ジョージはその話を聞き、期待した様な表情を見せる。
そのウキウキした様な表情とは対象的にスマートフォンから聞こえて来た合成音声は感情を感じさせない平坦な返しだった。
「そろそろ時間だな、世界一の星空を楽しんでくれ。」
古民家の雰囲気を楽しんでいるジョージに俺は声を掛け、雑木林とも言える公園の道を進むのだった。
藍はジョージの腕を取り、すでに何度も通い歩き慣れた場所を案内するのだった。
お読み下さり有難うございます。
作者モチベーション維持の為にも感想、御指摘等お待ちしております。
また不定期連載中の他物語も宜しくお願い致します。
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