6・日本と言えば寿司、天麩羅、すき焼き
国際便到着ロビーへ現れたジョージは俺が名前から想像していた人物とは程遠く、クールビューティー系の女性だった。
しかもその美人と言っても良い彼女が着ているTシャツには日本語で"他人の金で焼き肉食べたい"と力強い筆文字がプリントされており、そのあまりのインパクトにせっかくの美人さんが俺の中では残念系の席にすっぽりと収まってしまった。
そしてそれと同時にターミナル内を案内しようとしていた俺の思考が抜け落ちてしまったのは仕方の無い事だったと自分に言い訳をしたい。
『とりあえず夕飯まだだろ?焼き肉食べに行くか。』
Tシャツに書かれたあまりの主張にスマホの音声自動翻訳機能で来日したばかりのクールビューティに尋ねる。
しかしそう問われた彼女自身は困惑した様な表情で俺の顔を覗き込む。
『夕飯はまだだけど、韓国焼き肉?何で?』
彼女も自分のスマホを取り出し、機械翻訳の合成音声で意思の疎通を図る。
俺が発した日本語を翻訳する際に気付いてはいたが、焼き肉を"Korean barbecue"と意訳しやがった。
日本語は世界的に見ても言語としては難解で他国語から日本語に翻訳する際は何を伝えたいのか予想する事をすら困難だったが、ここ最近は技術の進歩も凄まじいもので伝えたい事の意味を理解出来る程度の精度を出せている。
そんな便利で称賛されるべき技術が無料で使えると云うのはありがたいものだが、こう云うちょっとした単語で変な訳され方をするのは今でも結構ある。。
言葉のやり取りはお互い難があると云う事で事前の打ち合わせで機械翻訳を介して行おうと決めていたが早速難が出るとは思わなかった。
『そのTシャツに"焼き肉食べたい"と書かれている。夕飯のリクエストじゃないのか?』
今度は変に意訳されないように"焼き肉"の部分を"Japanese barbecue"としっかり音声にする。
変に英単語が交じると翻訳の精度は落ちるらしいが、韓国焼き肉と日本の焼き肉では似ているようで別物だ、そこは譲れない。
不思議そうな表情で聞き返す彼女に俺はその主張の激しいTシャツに書かれている事を教えた。
するとジョージは自身のTシャツをまじまじと見た後、少々気不味そうに自身のスマホに意思を伝える為に言葉を発する。
『これ、そう云う意味だったんだ、教えてくれてありがとう。夕飯はせっかく日本に来たんだし本物の寿司が食べたい。』
彼女の手にしたスマホから聞こえる抑揚の無い機械音の日本語はそう俺に訴えた。
正確に伝えるなら"他人の金で焼き肉が食べたい"と書かれている訳だが、墓穴を自ら掘って行く様な事はしなくて良いだろう。
しかし寿司とはあまりにもお決まりなリクエストだな。
『しかしそんな変なTシャツ、どこで買ったんだ?』
日本国内でもネタTシャツとして売られているのは俺自身も知っていたが、実際に買う場合どこで入手するのか全く想像できず思わずそんな事を聞いてしまう。
『ヒューストンの日本祭りで色々買ったの、素敵でしょ。』
彼女は満面の笑みを浮かべてそう伝えて来るが、日本語そのものは読めない故に夕飯のリクエストなのではなのかと云う誤解が生じた。
海外のジャパンフリークの方々は日本の文字は大層幻想的に感じるらしく、タトゥーにしても意味不明な文字を彫り込んだり、Tシャツでも彼女が着ている様なネタTシャツを喜んで身に着ける人も多いと云う話は聞いた事がある。
中には日本語を理解した上で自虐ネタとしてこの様なTシャツを着る猛者も居るらしいが、どうやら彼女はそういった類のものでは無いらしい。
「What's Japan Fest?」
海外での日本人気は凄いもので世界各地で日本文化等を紹介する祭りが開催されているのは俺自身も何となくは知っては居たが、実際に参加した事がある人とは初めて会った。
それ故に興味本位で思わず聞いてしまう。
「I participate every year after I enter the university. It's a festival with the long history.」
「Wait,wait!」
どうやら俺が英語で語り掛けた事で彼女の母国語で会話出来るの思ったのか、軽く興奮した様子で俺に話し掛けて来た。
俺自身、簡単な英語の羅列程度なら何とかなるが、本格的な会話となると単語を拾い出すだけでも苦労してしまう。
それ故にスマホの機械翻訳を利用する事になっていたのだが、やはり母国語で語り掛けられた事は嬉しかったらしく思わずジョージも慣れ親しんだ言葉で返してしまったようだ。
先程彼女が言った事も何となくだが理解は出来る。
だが、それをどう返して良いのかそれを表現するだけの英語彙力が俺にある訳も無い。
なので、慌てて彼女の言葉を止めて俺はスマホを指差して、機械翻訳の力を借りる様に促す。
『英語で話せるのかと思った。日本祭りって云うのは結構歴史のある祭りで、大学に入学してからは毎年参加してるの。』
ジョージのスマホからはそんな音声が流れる。
『そのシャツもそこで買ったのか?』
『色々買った、後で見せてあげる。』
そんな事を言って彼女は自身が転がして来たかなり大きなトランクに視線を落とす。
『それは楽しみだ。夕飯だけどここで食べるのは値段が高い。少々移動しようか。』
そう言って、彼女の持っていたキャリートランクを受け取って、案内する為に先導する。
藍にも事前に言葉が通じない事は伝えており、俺が案内を開始するとジョージの脇で歩幅を合わせて一緒に歩きはじめる。
歓迎の言葉を表示させていたタブレットはそのまま藍とジョージが言葉を交わすし、思い出を共有する為のツールへと変化する。
「パパ、さっき見た紅葉の前で写真取ろうよ。」
案内の為に歩き出した俺の背中に藍はそんな事を投げ掛ける。
前回、お心付けも無しに連絡が取れなくなった友人は地元の駅に迎えに行っただけだった。
そう云う意味では日本に到着してから帰国するまで一緒のジョージとはその始まりから全く違う。
藍もそれを感じてなのか、その記録を拓一残しておきたいのだろう。
「わかったよ、せっかくだし予定通り少しターミナルの中も歩こうか。」
そう言って俺は先程まで歩きまわっていた国際ターミナルを案内する事にする。
羽田ターミナルを案内して周ってる間、ジョージはその建物の病的なまでの綺麗さに終始驚きっぱなしだった。
ライトに照らされ歩く人々を映し出す床やまるで時代劇の中から取り出した様な作りのロケーションはシカゴの空港のそれとは全く違うと終始はしゃぎっ放しだ。
俺にしてみれば当たり前のように目にしていた光景も見る人や文化が違えば全く違うのだと彼女のその様子から強く感じた。
そしてターミナル内で機械翻訳を通じて言葉を交わしている藍とジョージの様子からすると彼女は肌の色で差別を行うような人では無いらしい。
黒人の方々とはまた肌の色は異なるが、藍の肌の色も見る人にとっては差別の対象に成り得るだろう。
白人の中にはそれ以外の人種を認めない白人至上主義と呼ばれる思想を持つ者達が居る。
そんな思想を抱いている人物であれば八百万が根付いている日本なんて文化に興味を持つ事等無いだろう。
まぁもしそんな事があったなら生活の糧を得る為とはいえ、彼女をこの場に置いて行くだけだけどな。
そうならなかったのは幸いだ。
「What's this?」
藍と一緒にターミナル内を歩いていて何度もそれを言っていたジョージだったが、電車移動の為に立ち寄った券売機の前で手渡した交通系ICカードに対して当然の様に聞いて来た。
『日本に居る間の移動費が入ったカードだ、改札等で手早く決算する為に使われる。案内するのに便利だから渡した。』
事前に購入しておいたペンギンのキャラが描かれたカードの簡単な説明をする。
羽田の券売機で購入しても良かったのだがデザインが俺や藍が持ってるものとは異なる為、混乱を招かない様に同じものにした。
『I have the love.』
藍は自身が持ってるカードをジョージに見せるが、タブレットから翻訳された音声は盛大な誤訳を披露する。
まぁ音声から英文を生成するから同音異句語があった場合、誤訳してしまうのは仕方のない事だろう。
しかし"I have the love."は無いなと思い、俺は笑みを溢す。
ジョージは藍が言いたかった事を察したかどうかは分からなかったが、俺からカードを受け取ってくれた。
こうしてジョージと出会ってからの約一時間程のターミナル内観光は終了し、俺達は夕飯を食べる為に電車に乗った。
どうやらシカゴの電車も自動改札化されておりジョージはICカードを使うのには問題無かったが、電車に乗ってからが騒がしかった。
何でも電車の窓があまりにも綺麗にされており、そこから見える風景に感動して隣に居た藍にしきりに話し掛けていた。
他にも機械翻訳された話の内容を聞くにシカゴでの電車はもっとのんびりで、こんなにも速度を出して走っている事に驚いているようで、その速度だけで日本凄いとしきりに言っているようだ。
『寿司を食べたいって事だが、予算はどれくらいなんだ?』
電車移動の最中俺はジョージに夕飯に割ける予算を聞く。
我が家の財布事情もあるから、そう高級な場所に連れて行っても俺自身の食事代を支払えない事になってしまうが、それでも予算を聞いておかないとトラブルの元になったりする。
『五〇ドルくらいで何とかならない?夜も遅いから無茶を言っているのは理解している。』
彼女のスマホからそう返答がある。
五〇ドルと云うと約六〇〇〇円くらいか、高級店に行くには予算が少ないが回転寿司なら家族で食事する予算だぞ。
『五〇ドルもあれば死ねる程食べられる、任せてくれ。』
海外だと寿司イコール高級食ってイメージなのか?そう思いながら川崎駅周辺の寿司屋で美味かった場所をいくつか思い出し今でも営業しているのか俺はスマホで確認をする。
△▼△▼△▼△
「梅しそ美味ぁ~!」
ジョージだけで無く藍も寿司を食べるのは初めてだったが、何が気に入ったのか六皿目の梅しそ巻きを口に運びながら歓喜の声を上げていた。
あんなに喜んで梅しそ巻きばかり食べるなら家で手巻き寿司をやった方が安上がりだと思いながら藍の嬉しそうな表情を楽しむ。
『本当に五〇ドルで足りるの?』
席に着いてから次々と巻き寿司を口に運ぶ藍とは対象的にジョージは心配そうに俺に聞いて来る。
俺達が入った店は川崎駅のロータリーから程なく歩いた場所にある映画館村近くの回転寿司店だ。
十五人も店内に入れば満席と言った小さな店ではあるが、値段の割に満足感が高くすでにかなり遅い時間帯だと云うのにそこそこの客が入っており賑わっていた。
映画を見終わった人達が家路に着く前の小腹が空いたのを満たす為に店を訪れている人も少なからず居るのだろう。
大通りに面している店だが普通に歩いていただけでは見逃してしまう様なそんな小さな店だ。
『四〇皿も食べるなら五〇ドルじゃ足りないかもな。』
俺は冗談めかしてそう応えるが、それがどのように翻訳されているかは知らん。
だがその返答を聞いてジョージはようやくレーンに流れている皿に手を伸ばす。
「すみません、今日のお勧めを適当に二〇貫程握ってくれませんか?」
やっと食事をはじめたジョージを確認し、レーンの奥で仕事をしている職人さんに俺は注文を出す。
眼の前に流れている皿を適当に取るのも悪く無いが海外から来た人の場合、江戸前寿司だと知識も足りず美味しいものを食べられない可能性が高い。
なので俺は職人さんに注文を出してジョージの分を握って貰う事にした。
俺自身はサーモンとエンガワがあれば満足な人です。
日本酒も頼もうと思ったが、確かアメリアでの飲酒は二一歳以上で州によってそれ以上だったりもするから下手に勧められない。
そんな事を思いながら俺もレーンに流れている皿を手元に持って来るのだった。
『それでは改めて、日本へようこそジョージ!』
俺は手元に持って来た寿司を口に運びながら彼女に歓迎の意を伝えた。
スマホで翻訳された言葉が流れるが、その音が耳に届いているかどうかも判断出来ない程にジョージは凄い勢いで寿司を口に運ぶ動作を繰り返していたのだった。
お読み下さり有難うございます。
作者モチベーション維持の為にも感想、御指摘等お待ちしております。
また不定期連載中の物語も宜しくお願い致します。
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