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2・星空を見に行こう(前編)

 神奈川と云う土地は技術と自然が融合した都市としてイメージされる事が多い。

 華やかな都市部に目を向けてみれば横浜のきらびやかの中にもモダンな歴史的建物もある街並みがイメージされ、海側に目を向ければ湘南の海岸線に並走して走る路面電車とまるでアメリカの西海岸を思わせる作りの白い壁の家達、山側に目を向ければ年始に開催される湖畔から山道を超えて自然豊かさを楽しませてくれる箱根の駅伝マラソンと、見るべき魅力の溢れる土地であるのは確かだろう。

 そんなステレオタイプな魅力の他にも神奈川には世界一を名乗れるものがいくつも存在している。

 今日これから藍と楽しむプラネタリウムもその世界一のひとつである。


 アパートから少し歩いたバス停に俺と藍は財布を当て、プリペイド式のICカードから乗車運賃を支払う。

 バス停で先に運賃を支払う事でそのバス停に乗車客がいるか自動運転で就航している路線バスが判断する為だ。

 昔、路線バスは運転手が操作していたが、ここ数年ですっかり自動運転車に切り替わってしまった。

 この自動運転車の恩恵が大きかったのは運転免許も返納した老人達の住む過疎化が進む田舎の土地で、スマホひとつさえあれば近場の大通りまでまるでタクシーを手配するかの様に来てくれるとの事だ。

 あくまでこれはネットで見掛けただけの情報なので本当かどうかは実際のところ俺は知らなかったりするんだが……。

 路線バスの利便性は自動運転車になってから格段に上がったのは間違いないだろう。


「パパとお出かけ♪」

 バス停は湧き水が流れる遊歩道沿いにある。

 藍は自身の財布をピンクの肩掛け鞄の中にしまい、その湧き水が流れる小川をしゃがみ込んで水面を眺めながら鼻歌まじりに藍はバスを待つ。

 その表情は見慣れた笑顔であり、この二ヶ月で当たり前のようになったものだった。

 整備された小川は水草や藻が揺らいでおり、藍はそれを楽しそうに眺めているのだった。


「ほら、バスが来たぞ。」

 俺は水面を楽しげに観察している藍に声を掛けて乗車を促す。

 自動運行バスは滑るようにバス停に停車し、俺達の乗車を促す為にそのドアを開く。

 何が楽しいのか水面に釘付けになっている藍の手を取り、バスに乗り込んだ。



「行儀悪いからちゃんとしなさい。」

 バスに乗り込んだ藍は立膝で窓に張り付き、外の様子を眺めている。

 その姿は就学前の聞き分けの無い子供のそれと一緒だ。

 俺は藍に注意をしてその行為を正す様に促す。

 聞き分けの無い子供と違い、藍は注意を促されればそれに素直に従う。

 その点は苦労が無くて良いのだが、俺は素直過ぎるのが逆に人間味に乏しいとも同時に思ってしまう。

 物事のあれこれにいちいち反論や抵抗を見せるのはそれはそれで面倒ではあるが、反論や抵抗と云うものは自我の現れでもある。

 そう云う部分が乏しく促されるままに従ってしまうのは自我と云う面で見ればあまり宜しいと言えるものでは無い。

 確かに彼女は人では無く法的には猛獣と同様の扱いではあるが、一緒に生活をしている俺からすればひとつの個として存在しているのは間違いない。

 車の多い道に気を取られながらも先程注意された事で足をぶらつかせ自身の気持ちを誤魔化している様な藍。

 俺はそんな彼女を眺めながら目的地に到着するのを待つのだった。



「着いたぁ!」

 自動運行バスに揺られる事四十分近く、俺達は終点でもあるバス停に降り立った。

 降りると広いロータリーになっており、そこから伸びる道は雑木林の中に続いている。

 今日観覧するプラネタリウムはこの雑木林を抜けた先の自然公園の中にあり、この自然公園の中にはプラネタリウムの他にも古民家園や日本を代表する画家の美術館、それと広くは無いが良く手入れされているバラ園等が存在している。

 藍は俺と生活をはじめてから初のお出かけと云う事もあり、広いロータリーを両手を広げて駆け回っている。

 その姿はまるではしゃぐ子犬を連想させるような動きで俺は少し可笑しくなり笑顔が溢れる。

 その無邪気とも言える姿は灰色肌と云う見た目も相まって、ここまで一緒に乗ってきた他の乗客たちの目を和ませているようだった。


「藍、行くぞ~。」

 そう言って俺は雑木林の中に続く道を歩きだす。

 藍はそんな俺を確認して楽しそうに俺を追って来た。

 

 俺はのんびりと雑木林の中に敷かれた道を歩く。

 この自然公園は山の中に作られており、中腹に天文台やプラネタリウムがある為に道は緩やかな坂道になっているが、ここ最近運動不足気味な俺にとってはかなりきつかったりする。

 そんな俺の事など気にする様子も無く、藍は楽しそうに俺の周りを走り回る。

 秋も結構深まり、雑木林の木々も所々紅や黄色に染まっているのが印象的だ。

 藍にとってははじめての秋、色鮮やかに染まる木々が珍しいのか色付く木々に近寄っては葉や木に触れ、満足すると俺の元に走って来てまた気になるものの元へ走って行く。

 あれだけ走りっぱなしで疲れないのだろうか?

 俺はそう思いながらも自分のペースを崩さずに雑木林の中を歩くのだった。


「ねぇパパ、ここ何?何なの?」

 雑木林を抜けるとそこは古民家園の入場口がある。

 入場口の奥に見える立派な古民家に興味を示しながら、藍は俺に聞いて来た。


「古い家が一杯保存されている場所だな、今日の目的はここじゃないからまた今度機会を作って来ような。」

 この自然公園の中にはいくつもの施設がある。

 それらひとつひとつはたいした事は無いが、それでも興味を持って見て回れば一日だけでは全てを見て回る事は出来ない。

 なんせ山ふたつ分が全て自然公園になっており、その中にある施設は入場料や閲覧料を取る大きいものだけでも五つある。

 その様な料金を取らない施設もこの自然公園の中にはいくつも存在し、それらを全部見て回ろうとすれば土地も広い事もありとてもでは無いが一日で巡る事は不可能だ。

 藍が興味を示したこの古民家園も結構な広さがあり、中で販売されているお茶菓子を手にして見て回ればそれだけで一日中遊べる様な広さを有している。

 とは言えこの園の中にあるのは大量の古い日本家屋と数軒の売店のみ。

 派手なアトラクションが存在する訳でも無いので、いつ来てものんびりと古い日本家屋の中でノスタルジーに浸る場所といった感じで入場する人の数はそれ程多くない。


「じゃぁ、今度はここ来るの約束ね。」

 藍は近所では見る事の出来ない古民家に興味津々といった感じで興奮気味に俺に言ってくる。


「あぁ、約束だ。」

 そう言って俺はその歩みを止めずに入場窓口前の広場を後にする。

 藍は後ろ髪を引かれるように気にしていた様だが、俺との距離がだいぶ離れた事に気付き慌てた様子で駆け寄って来た。

 その後も自然公園の中を歩きながら藍は興味引かれるままにあっちフラフラ、こっちフラフラといった感じで山道とも言える道を歩くのだった。

 俺に藍みたいな元気は無い。




「パパぁ、この乗り物大きい!」

 十分程掛けて比較的緩やかな坂道を進むとそこは雑木林の中に拓かれた公園という雰囲気の場所が広がっている。

 その広場の中央には蒸気機関車が野晒しで展示されており、藍はそれに興味を示して走り寄る。

 今では鉄道イベントでも見掛ける事は稀になった蒸気機関車を見て藍は少し興奮気味だ。

 自身のミントグリーンの肩掛け鞄からタブレットを取り出し、展示されている蒸気機関車を写真に収めて行く。

 今ではすっかり藍専用の端末になってしまったタブレットは彼女のお気に入りで、ブログの執筆等もこの端末を使用していたりする。

 タブレットはキーボード付きのシェルケースに入っており、文字入力する際にも困る事は無い。

 出歩く際に彼女は自身のミントグリーンの肩掛け鞄にこのタブレットと彼女の為に買い与えたお財布を入れて出歩いている感じだ。

 タブレットケースは俺が普段使いでも問題が無いように黒いマットな感じの物を購入したが、見た目が少女と言っても良い藍には少々似合わない感じもするが、使用するだけなら見た目なんて付加的な部分でしか無いのでそのままにしている。


「これは電車のお爺ちゃんだな。」

 展示されている蒸気機関の前で興味津々な藍に追い付き、俺はそう説明してやる。

 すると藍は感心したような表情を見せ、蒸気機関車を様々な角度から写真に収めていった。

 

「なぁ藍、パパ久しぶりに歩いて疲れちゃったよ。あそこで少し休憩しないか?」

 そう言って蒸気機関車の展示してある場所の傍にある建物を示す。

 本日の目的であるプラネタリウムがある施設であり、併設されたカフェもある建物である。

 声を掛けられた藍はその建物に興味を惹かれたのか、手にしていたタブレットで写真を何枚か撮りはじめる。


「うん、何あるか楽しみ。」

 画面を確認して満足した表情を見せると俺の手を取って建物へと足を向けた。




「ねぇパパ、何にすれば良い?何がお勧め?」

 藍はカフェの注文カウンターで俺に尋ねてくる。

 尋ねられても正直、こう云う施設で併設されている飲食店は総じて高い。

 飲食する為の場所は別にカフェで無くてもこの自然公園の中にはいくらでも存在する。

 故に地元の人は弁当を作って持ち込むなり道中にあるコンビニで購入して施設に併設された飲食店を利用する事はまず無い。

 俺自身もプラネタリウムを楽しむ為に何度も来た事はあるが、カフェでお茶をするにしても上映までの時間を潰す為に利用した程度であり、お勧めが何かなんて言える程利用している訳では無かった。


「藍はどれが良いと思う?」

 そんな状態だったので、俺は逆に藍に対して質問で返して誤魔化すのだった。


「えっとね、えっとね……」

 藍は俺の質問に対して目を輝かせながらメニューと睨めっこしながら悩む。

 注文を待つ店員さんはその灰色肌の少女を珍しそうに見ながら俺に対して引き攣り気味な愛想笑いを向けるのだった。

 そんな俺にとってどうして良いか解らない非常に気不味い雰囲気の中で藍はマイペースにメニューを見ながらどれにしようかおおいに迷っていた。


「これにする!」

 藍がメニューを指さしたのは星めぐりパフェと書かれたもの、メニューの中でもとりわけ大きな写真で飾られたものだった。

 俺はアイスコーヒーを注文して、愛想笑いを向ける店員から逃げる様に席に着く。

 椅子に座った藍は足を揺らしながら自ら注文したパフェを待った。


「ねぇパパ、今日はお星様見に来たんだよね?」

 注文したパフェを待ちながら藍は俺に尋ねて来る。


「そうだよ、一杯なお星様を見に来たんだよ。」

「でもお星様は夜に出るものだし、一杯って云う程見れないよ?」

 藍は俺の元に来てから云うもの様々な事に興味を持ち、近所のコンビニに買い物に行くだけでもアレ何?コレ何?と五月蝿いくらいに尋ねて来る。

 見るもの全てが藍にとっては初めてのものばかりであるのもあり、金を稼ぐ事だけに必死だった頃に比べれは少しだけ心に余裕も出来た俺はその質問攻めにも負けずに付き合って来た。

 故に都会と言っても良い自宅付近の夜空ではそれ程多くの星が見えない事も藍は知っていた。

 だから俺が"一杯のお星様"と言った事に疑問を持ったのだろう。


「そうだね、でも今日は魔法で星が一杯見れるんだよ。きっと藍も気に入ると思うな。」

 俺は種明かしをしないままに藍にそう答えた。

 すると藍は魔法と云う単語に興味を示したのか目を輝かせて身を乗り出す。


「魔法なの?ソラミちゃんが使う魔法と一緒?」

 藍が言うソラミちゃんとは俺がタブレットで見せたアニメの主人公の名前で、魔法によって事件を解決するものである。

 ここ最近の敵方をふっ飛ばして物事を解決するのでは無く、魔法によって困り事の根本を解決し、時には敵方とも心を通わせながら進む話作りは心暖まるものだった。

 もう十年以上も前に作られたアニメだと云うのに藍はとても気に入り何度も繰り返し見ているのだった。


「どうだろうね、それも体験するまでのお楽しみって事で。」

 そんな話をしていると注文していたものがテーブルに運ばれて来る。

 藍が頼んだパフェは小さな星型のカラーチョコをまぶしたプリンが添えられたパフェだ。


「うわぁ……」

 目の前に出されたパフェに藍は目を奪われ、今まで話していた星の事等頭の中から追い出されてしまったようだ。

 パフェ皿の中央に盛られたバニラアイスにスプーンを潜らせ、それを口に運ぶと藍は足をバタつかせて身体中でその美味しさを表現する。

 アイスと生クリームとプリンを盛り付けただけの物なのに普段とは違う場所で食べるだけで数倍美味しく感じるは灰色肌の少女も変わらないようだ。

 俺はそんな藍を見ながら坂道を登って来て火照った身体をアイスコーヒーで冷ますのだった。

お読み下さり有難うございます。

作者モチベーション維持の為にも感想、御指摘等お待ちしております。

また不定期連載中の物語も宜しくお願い致します。


永遠なる大地の叙事詩

https://ncode.syosetu.com/n8703eb/


エデン ~偽りな僕らの理想郷~

https://ncode.syosetu.com/n4422ei/

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