1・大喜多 富夫 三十九歳
遅筆なくせにまた新たな連載をはじめると云う無謀な中身の人です……
オッサンとエルフさんの非日常系な日常を楽しんで頂ければ幸いです。
「赤日に休日が重なるなんて久しぶりだなぁ……」
ネットテレビ配信を見ながら思わず独り言を漏らす。
ここ数ヶ月は客先である現場の工場と派遣先である事務所の長距離移動出張仕事が続き、日曜日にゆっくり過ごせる事は皆無だった。
先週のこの時間は片道六時間半も掛かる新幹線の中で客先の資料を読むか、通信が途切れ途切れにノートパソコンで世の中に起こった事に関する情報を漁るかをしている時間帯だった。
そんな忙しいながらも経時的には多少は余裕のある生活をしていた。
──そう、三年程前までは。
三年程前の麻蒔く季節の頃、出張先から帰宅すると自宅の中の家財は粗方無くなっており、半ば空っぽになったアパートの部屋中央に残されたこたつテーブルの上には緑の紙が署名入りでこれ見よがしに置かれていたのだった。
『家族である意味が見出だせなくなりました。』
緑の紙の脇にはあまりにも簡素な言葉が弁護士事務所の連絡先と共に書かれて置かれていた。
すぐに嫁の携帯に電話をしてみたが、すでに解約済みらしく繋がらなかった。
そんな状態だと云うのにこの時は身体の疲れもあってか感情が動く事は無かった。
今から思えばあの時変に感情的にならなかったのは幸いだったと思う。
世間からはFランと呼ばれる大学在学中に緑の紙を置いていった主と知り合い、卒業後一年も経たないうちに結婚。
幸いにして技術系の派遣仕事に就け奨学金を返しながらも結婚生活を続ける事は出来た。
更にその一年後には娘も生まれ、子供の為に頑張るんだと少しでも稼ぎの良い出張仕事を斡旋して貰った。
その後はひたすらお金を稼ぐ為に必死に仕事を続けた。
長距離移動や長期滞在、既婚者のみならず独身者さえ好まない仕事も積極的に受け、奨学金返済と子供の為、更には家庭を維持する為にひたすら頑張って来た。
奨学金の返済は五年も掛からずに返済を完了した。
その頃には娘も幼稚園に通うような歳になり、今度は子供にお金が掛かる時期がやって来たのだった。
少ない休みの中、家族で遊びに出る事も多かったし、俺にとってはその時間が掛け替えの無い癒やしだった。
その娘も専門学校の入学が決まり、その入学金や学費の事で話が出た時に問題は起こった。
入学金や学費を奨学金によって補うと云う話を帰宅した俺に嫁は話したのだった。
その言葉を聞いた時、意味が分からなかった。
娘が高校に通っていた頃から将来は専門学校に進んで仕事をして行くと云うのも聞いていたし、それを手助けしようと仕事を頑張り、娘が幼かった頃から結構な額を家庭に入れていた。
俺は技術者系の派遣社員だったが、求められる技術は専門的なものだった為に同年代よりもかなり良い給料を稼いでいた為にそう云う事も可能だった。
しかし現実の銀行残高は毎月ほぼ使い切られており、娘が希望する専門学校への入学金なんて支払えるはずも無い数字しか無かったのである。
信用しきって財布を二十年近く預けて来ていたが、まさかそんな事になっているとはとても思わなかった。
そして話をしても何の解決も見出だせないまま俺は次の長期出張に向かったが、帰宅してみたら部屋の中は半ば空っぽなのに加え緑の紙が置かれていた状態だった。
その戻って来た場所には嫁や娘と呼んでいた存在も当然そこには居なかった。
給料が振り込まれる銀行の通帳とカードはアパートの中で発見する事は出来たが、当然の様に少なかった残額も全額降ろされた状態で実質自分が持ち歩いていた財布の中身が次の給料日まで命を繋ぐ資金となってしまった。
幸いにして出張中の雑費は持ち出しで後から精算を行うと云った感じでお小遣いが雀の涙程度で苦心している既婚者よりは財布の中は温かいものではあったが、それでも半月以上を家財も無いまま過ごすのは本当に辛かった。
それでも仕事は続けないと自身のこれからの生活も続けられない訳で、仕事を続けながら元嫁が置いていった連絡先に繋ぎを取って処理を進めた。
離婚相談を受けた弁護士の話によればどうやら俺は仕事を理由に遊び回っている状態で家庭を顧みない人物の為に娘の事を思って離婚したい事を相談受けたらしい。
確かに出張仕事が多く帰宅しても疲れの為に当時は家族との触れ合いも限られたものではあったが、弁護士が俺に伝えた事は事実無根である。
その事を窓口である弁護士に伝えたが不満があるなら調停によって決着を着けましょうと言っていた。
俺も経済的な証拠を持って弁護士を立て協議をしたが、結末はあっさりしたものだった。
どうやら元嫁は離婚したら女が慰謝料を貰うものと決め付け弁護士に相談したみたいだが、その話の中には経済DVを受けているとの話もあり、弁護士はその話を鵜呑みにして慰謝料請求前提で離婚の話を進めたかったらしい。
こちらが窓口の弁護士から聞いた話は事実無根である証拠を持って対峙すると白旗を早々に掲げ、元嫁の弁護から降りての決着だった。
しかし仕事をしながらこの様な対処をしていた俺は決着がつく頃にはもうどうでも良くなって全てを投げ出す様な形で何も得ないまま離婚届を提出するかたちになった。
残ったのは弁護士を雇った際の費用がまるまる借金となり、それを返済するのに約一年が掛かった。
同時に家財の何も無いに等しい共用費込み家賃七万円の家族向け賃貸アパートをそれなりの生活が出来る様に戻すまでに更に二年程を費やしてしまった。
この頃になると俺はアパシー状態になってしまっていて物事に対してほぼ無関心な状態になっており、契約更新時に引っ越す等は考えられなかった。
ただ惰性で仕事を行い、それが終われば自宅に戻るだけの生活。
これが俺、大喜多 富夫のここ三年程の生活の全てだった。
△▼△▼△▼△
「経過はあまり良くないみたいですねぇ、お薬もう少し強いの出しておきますか?」
午後から予約を入れていた心療内科医にそんな事を告げられる。
技術系の仕事とはいってもその内容はプラントや工場等の保守技術員であり、長期の出張仕事が多い仕事の為、離婚する家庭も多いのだとか。
俺が事務所に顔を出した時、離婚後に離職していく人達に共通する雰囲気を醸し出していた為に社長は半ば無理矢理引っ張られて来たのがはじまりだった。
ここに来て自分が重度の鬱によるアパシー状態であると云うのを知ったのだ。
「……そうですか、しばらくこのまま様子見は可能でしょうか?」
薬に依存したり心が弱っている状態では過剰摂取による不都合が起きるのではないかと俺は投薬治療に恐怖感を持っていた。
それ故に担当医に返した言葉はそんな気弱なものしか返せなかった。
自身で解消出来ないモヤモヤを抱えたまま俺は薬を受け取りアパートへと帰宅する。
生活をしていると言って良いか疑問が残るアパートが見えて来ると、俺の部屋のドアの前で待っているような女性らしき人物が確認できた。
離婚後元嫁や娘が訪ねて来た事は一度も無く、その後姿とも違う。
なんだろうと不思議に思いながらも俺はそのまま歩みを進める。
「お初にお目に掛かります、大喜多 富夫様で御座いますか?」
部屋の前まで来た時にその女性と思われる人物はそう尋ねてきた。
後ろ姿で髪がやたら長いのは確認出来ていたが、正面から見る彼女は俺の知ってるどの人種とも違っていた。
その肌は浅黒いと云うより濃い灰色であり、遠目では黒かと思われたその髪は濃い藍色のものだった。
服装は安いファストファッションのジーンズにシャツと云った物で揃えられており、訪問販売の類で無いのを感じさせ、胸の膨らみをその服の上からは感じられない事からまだ少女と云う年齢であろう事が推測できる。
どうみても日本人で無い事は明らかだが、その紡がれた日本語には変な訛り等も無くとても流暢なものであると感じた。
「あの……どちら様で?」
俺はそんな場違いとも思える疑問を返す。
「これは失礼しました。私……いや僕?はエルブンドリームから来た者です。貴方は厳正なる抽選に当選し、エルフが進呈される事となりました。」
彼女が俺の住居に来た理由を述べたが、その内容は全く理解できるものでは無かった。
エルフを進呈?エルフってあれだよな、耳のやたら長い妖精の類で空想上の種族だよな。
俺は混乱するばかりだった。
しかもそれを話している人物は自身の存在も曖昧な様子でここに来た目的を述べる。
その声は少年とも少女とも取れる中性的なものだった。
「立ち話も何ですので落ち着いてお話しませんか?」
無邪気とも感じる態度で目の前の人物は言う。
「それで?エルフが当たったって事だけど……」
勢いに押されたまま自宅に灰色の肌をした少女らしき人物を招き入れてしまっていた。
年中出しっ放しになっているこたつテーブルの一角に彼女は座り、俺はマグカップにインスタントコーヒーを用意して彼女に差し出しながら聞く。
「はい、九ヶ月程前でしょうか。ネットで"エルフと共に楽しい生活を"と云う公募に大喜多様は申し込まれています。その公募の抽選に選ばれ、私……僕?が参った訳です。」
彼女の前に出したコーヒーには興味も示さず、淡々とした様子で俺からの問いに返答する。
その返答を聞き、確かにそんな公募を見掛けた記憶はある。
聞いた事も無い会社が期間を決めずにエルフと共に暮すモニター募集をしており、俺が応募した翌月ににはそのサイトは消滅していた。
そんな正体のはっきりしない募集に当時の俺は何の疑いも持たずに応募し、その後ネット上で色々と噂になっている事を知ったが、なるようにしかならんだろうと記憶の彼方へ置いていたものだった。
「って、事は君がエルフさんな訳?」
容姿だけを見れば確かに可愛らしいと云うより綺麗な顔立ちだが、俺の知っているエルフとは随分と違う。
肌の色だけで言えばダークエルフと形容した方が妥当だろう。
それに目立つ様な長い耳もその藍色の髪から伸びている様子も無い。
「はい、私がエルフで間違いありません。」
彼女はそう端的に返答する。
ちょっと待って、どう見ても人だよね?
それがモニター対象商品として自ら俺の所に尋ねて来るってどう考えてもおかしいよね?
「そしておめでとうございます、貴方はエルフと共に生活する事になりました。」
続けて彼女は嬉しそうにそう告げ、愛らしい笑顔を俺に向けた。
俺は落ち着く為に自ら淹れたインスタントコーヒーを一気に煽る。
淹れたてのインスタントコーヒーは当然熱く、俺はその熱さに噎せて口の中を火傷する事となった。
無関心状態と診断されている俺だが、この出来事は相当に俺を動転させるのには充分だった。
不定期連載中の同一世界物語も宜しくお願い致します。
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