愛鍵を置いて
最寄りの駅から徒歩十分のオンボロアパートの二階、ぎしぎしと悲鳴をあげる錆びた階段を登って奥の部屋が私の巣でした。
あれはいつのことだったでしょうか。
独りぼっちのその部屋に、貴方という居場所ができました。
私と貴方は多くの時間を共にしました。
私は貴方に信頼を模ったスペアキーを渡しました。
私の部屋はこの日を境に私達の部屋に変わったのでした。
私達の部屋は日を追うごとに幸せな思い出で埋められていきました。
その日が来るまで、きっと私は貴方との幸せが永遠だと勘違いしていたのでしょう。
鍵の空いた部屋、貴方の茶色のスニーカーはどちらもありませんでした。
戸締りを忘れたものだと思い、仕方のない人だと呆れて部屋の奥へ進みました。
一緒に使った少し小さな机の上に、貴方に渡した私の思いが置き去りにされていました。
その下には一枚のメモ、私の好きな水色のメモの中には貴方の最後の言葉が書かれていました。
私は涙を流しました。
溢れたそれは水色のメモに静かに染み込むと貴方の言葉を滲ませました。
しくしくとすすり私の泣く背中を、誰も撫でてはくれません。
あの日を境に、私達の部屋は私だけしかいなくなってしまいました。
貴方で満ちたこの部屋に私の居場所はないのでしょう。
きっともう、貴方は帰ってこないでしょう。
もう合鍵はないのだから。
独りぼっちのこの部屋に、二つの鍵をかけましょう。
優しい記憶に蓋をして、私は街へと飛び立った。
さぁ、新しい鍵を探しましょう。