千両箱 (箱物語21)
ある年の瀬。
――どうしたものかな。
次郎吉は思い悩んでいました。
最近、寄る年波のせいでめっきり足腰が弱り、思うように仕事ができなくなっていたのです。
次郎吉は義賊です。
義賊とは、悪どいことをして金持ちになった者から金銀財宝を盗み、それを貧乏人に分け与える――いわば正義の盗賊です。
次郎吉が仕事ができなくなれば、多くの貧乏人が暮らしにこまることになります。とくに年の瀬は、次郎吉の投げ入れる銭を心待ちにしているのです。
――そうだ!
ある秘策がひらめきました。
自分の手足となる手下を作ればいい、おのれにかわって、身の軽い猫に仕事をさせようというのです。
あくる日。
「いい仕事があるんだ。手伝ってくれれば、こいつを毎日くわせてやるぞ」
次郎吉は魚をエサにして、野良猫たちに声をかけてまわりました。
「やらせていただきやす」
「お手伝いしやす」
十匹ほどの猫が次郎吉の隠れ家に集まりました。
さっそく。
猫を手下に仕立て、盗みの技を伝授します。
「いいか、蔵の中にはこうした箱がある。そいつを持って帰るんだ。こうやってな」
実際に千両箱を肩にかついで見せ、隠れ家に運んで帰るよう教えこみました。
「へい、わかりやした」
「たやすいことで、おまかせを」
猫たちはすぐに仕事を覚えました。
月のない夜。
次郎吉は十匹の猫をひき連れ、悪徳商人の屋敷へと向かいました。
蔵を前にして――。
「ワシは先に帰り家で待っておる。みなの者、決してしくじるでないぞ」
「へい、親分」
「親分、がってんで」
猫たちが次々と塀を乗り越えます。
それを見届けてから、次郎吉は一足先に隠れ家にもどりました。
およそ一刻後。
猫たちは教えたとおり、めいめいが肩に千両箱をかついで隠れ家に帰ってきました。
土間に十箱の千両箱が積まれます。
「おう、ごくろうだったな」
次郎吉は千両箱の山を前にして、うんうんと満足そうにうなずきました。
――これで多くの者が年を越せるぞ。
さっそく千両箱を開けます。
ですが、なぜか中はすっからかんでした。
ほかの千両箱も開けてみました……が、やはり小判は一枚も入っていませんでした。
次郎吉は奇妙に思い、魚を食べている猫たちに向かって聞きました。
「小判は入ってなかったのか?」
「いえ、ぎっしり詰まってやした」
「なら、その小判はどうした?」
「蔵で捨ててきやした」
「重いんで捨てやした」
猫たちが声をそろえて答えます。
腹を立てる気にもなれず、次郎吉はあきれたように首を何度も振りました。
――猫に小判とは、よく言ったものだな。