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The Ruin's Sky -The unknown’s War-  作者: 月野 白蝶
3/3

Act.01-3-

 日本の地図が消え、今度は校章のような画像が表示された。

 シールド型の中に赤と黒と黄色のストライプ。星が五角形に配置されているエンブレム。志紀が持っていたものに描かれていた学生証にあったものと同じマークだ。どうやら、これが校章であるらしい。

 アルゴノーツ。

 知識は言っている。

 アルゴノーツとは、ギリシア神話の長編叙事詩に登場する英雄たちの総称なのだと。彼らはイアソンに率いられて巨大なアルゴー船で数々の航海をする。

 様々な困難を乗り越えて。

 なるほど、現状を正確に捉えている。

 涼の説明は続く。


「本部は最も被害の少なかった第八ブロック――貴方の感覚で言うのでしたら、群馬県にあります。

 なりふり構っていられる状況ではないので、当校は徴集制です。ですが、徴集時期により年齢に差が出ますので、年上の下級生がいたり、年下の上級生がいたりします。同じ学年に様々な人間が集まっている寄せ集めが、アルゴノーツという戦闘育成学校の全容です。

 当校があるは各ラインの中でも最前線、ボーダーラインA。かつては東北と呼ばれていたエリアです

 ここまでは理解できましたか?」


 確認をするというより、念を押すような問いに、首を縦に振る。正直実感はないが、そういう世界なのだと飲み込むより他が無かった。

 司の首肯を見て、更に涼が端末を操作した。

 次に出てきたのは、階級図、だろうか。どこかフローチャートにも似ている。四角の中にはそれぞれ《イント》や《レイア》などと書かれている。筆頭にあるのが、《ベクター》だった。


「小隊編成は全てテストで測定します。実技、座学、その両方をクリアした者の中から、最大五人ピックアップし、小隊を組み上げます。

 手前味噌ではありますが、我らベクター小隊は、成績トップクラスの人間しかいません。特に、リーダー機である遠坂先輩は、入校以来全ての項目において一位を取っています。永岡さんは実技においては遠坂先輩の次に長けています。月見里君は全てを平均的にこなしますが、それが全てハイレベルなので、当小隊に一年でありながら入隊してきました」


 そこまで言って、涼はようやく司を見る。

「入学することに異論は?」


 答えづらい聞き方をする。正直何が何だか分からないし、聞きたいことなど山のようにある。そもそも自分がどうして二〇六八年にいるのかすら分からないのだ。入学云々以前の問題じゃないか。

 司の困惑が分かったのか、志紀が優しく背を叩く。


「分からないことだらけなことは承知の上で頼みたい。ウチの小隊に入ってくれないか」

「な……っ」


 志紀の提案に涼が咄嗟に立ち上がる。


「遠坂先輩、私は反対です! 実践に出たこともない人間を隊に入れるんですか?!」

「俺も同感っすー。こっちは命張ってんすから、素人がいられちゃ困るんすけどー」


 不満たらたらの二人を、真剣な顔で志紀は見た。


「俺がなんの考えもなしに一般人を連れてくと思うか?」

「それは……確かに戦力増加は良いことですし、隊の人数が増えるのはありがたいです。ですが、だからこそ選定をしっかり行えとの理事長のお言葉をお忘れですかっ?!」


 一瞬口を噤み、けれど納得がいかないのか涼は尚も反対をする。司も、判断に迷い志紀を見上げた。


「神宮寺くん、この学園は完全寮制で、当面のしのぎにはなると思う。俺も出来る限りサポートする。

 頼む、入学申請をしてくれないか」


 それは、真摯な願い。

 得体の知れない自分を信じ、託してくれた望み。

 闘う術なんて知らないし、戦闘機なんて操ったことはないし、座学などおそらくチンプンカンプンだろう。

 それでも、行き場の無い胡散臭い自分を信じて、彼は乞うたのだ。

 ならば、それに答えたい。


「僕に、出来ることでしたら」


 今は、そうとしか言えない。完全な成績順なのだとしたら、自分はおそらく下の方で、この小隊に配属されることはないだろう。でも、この少年の、志紀の望みは叶えたいと、心から思った。

 司の言葉に安心したのか、志紀は小さく笑った。

 涼と悠太はまだ不満があるのか不機嫌な顔をしているが、座学、実技ともにトップクラスしか入れない隊だ。どうせ素人の司がこの隊に入ることはあるまいと思ったのか、大人しく黙っていた。

 唯一、智治だけが、感情の読めない目で一瞬だけ司を見、志紀を見、視線を窓の外に移した。

 そして、


「多分そいつ、月見里(やまなし)とおんなじかそれ以上だぜ」


 と、誰に言うでもなく、独り言のように呟いた。

 自尊心を傷つけられたのか、悠太は鋭い眼差しで智治を睨む。


「俺が、あんな素人に負けるって言うんすか?」


 悠太の問いにひらりと手の平を返し、智治は何でもないことのように言った。


「馬鹿か。遠坂が、根拠もなく自隊に入ってくれなんて言うわけねぇだろ。そう思う根拠があんじゃねぇの? 隊長さんには」


 揶揄するでもなく、茶化すでもなく、むしろ呆れたように彼はひらひらと手を振る。

 智治の言葉に、涼と悠太の視線が志紀に集まる。

 言いにくそうに、彼は黙っていた。

 沈黙こそが、その答えだ。


「できれば、言わないでおきたかった」


 それだけ呟いて、志紀は司の手紙を教壇に置いた。


「これは、神宮寺くんが唯一持っていたものだ。ここに書かれている住所は、岐阜県の高山市丹生川町岩井谷……ここまで言えば、分かると思う」


 志紀の言葉に、悠太と涼は目を見開いた。


「……乗鞍岳で行われていた、軍事兵器開発」


 悠太が、呆然と呟く。涼は、「馬鹿な」と呟いたあと、思案気に唇に親指を押し付けた。


「でも、そうか、二〇二六年。どこかで見た年号だと思ったら、乗鞍岳暴発事件ですか……

 その年はタイムトラベルの研究が盛んだったと記録されています。そして、研究は開発中の暴走事故により頓挫。何人か行方不明者が出ていると。おそらく、それに巻き込まれたのでしょう」


 覚悟していたことではあったが、やはりあの住所は軍事兵器開発機構のものだったのだ。自分のことだと思いたくない気持ちはあるが、それを否定する要素がない。

 そうか。やはり自分は兵器開発に携わっていたのか。

 その事実が、胸に痛い。

 しかし、待て。

 知識は沈黙している。

 タイムトラベルという単語に、沈黙している。

 それは、どういうことだ。

 今まではいらない情報ばかりを排出してきたこの頭が、必要な情報であるものに沈黙している。それはどういうことか。タイムトラベルの研究が盛んだったという頃に、それの研究所にいたはずの自分が、何故何も知らない。

 ぞわっと、背筋を悪寒が走る。


 じゃあ何を


 自分はそこで、何をしていたというのか。


 いや、と首を振る。タイムトラベルの研究をしていたというのだから、その研究の助手でもしていたんだ。この歳で研究の助手というのも若い気がするが、親が研究員だったとかそういう理由だったに違いない。研究の助手というのなら、この服装にも納得がいく。記憶がなくなってしまったのは事故の後遺症だと言われればその通りなのだろう。

 そうだ。

 きっと、そうなんだ。

 二〇二六年、


「アメリカが、初のレーザー兵器の開発に成功」


 ぽろっと、口から言葉が零れた。

 知識は言っている。その年は、アメリカがレーザー兵器の開発に成功し、追従するようにロシア、中国が開発を開始したと。

 何故、そんなことを知っているのだろうか。

 零れた言葉が信じられなくて、司は自分の口を手で覆った。

 それを見た涼が、少し驚いたあと、静かにため息をついた。


「確かに、訳ありのようですね。下手に民間人に保護されるよりは、ここで引き取ったほうが良さそうだ」


 涼の言葉に、安心したように志紀は笑った。


「じゃあ、校長に会わせに行ってくる。皆はスクランブルがかかるまでここで待機していてくれ」


 志紀の言葉に、各々反応を返す。それもまた、バラバラだ。この人たちは本当にバラバラなのだ。司はぼんやりとそんなことを思った。

 バラバラの人たちに、バラバラな部隊。

 アンバランスな部隊だ。

 そんなことを、考えた。

 志紀は廊下を更に進み、いくつものブリーフィングルームを抜けた奥の部屋にある、重厚な扉の前で立ち止まった。教室札を見上げると、『司令室』と書かれている。来るときに志紀が連絡していた司令塔とはここのことなのだろうか。

 志紀が軽くノックをすると、しばらくして入るように促された。

 中に入ると、なるほど、『司令室』の札に誤りはない。四方を様々なディスプレイが埋め尽くし、緑色の折れ線グラフ(あれがテラー観測数値なのだと志紀が教えてくれた)に格納庫の様子。基地周辺の映像に周辺の街の映像。それから、それから、それから。

 数えきれないほどの情報が、そこには溢れていた。

 あまりの情報量に眩暈を起こしかけた司のもとに、黒いパンツスーツの女性が近づいてきた。髪を後ろで結び、神経質そうな瞳に眼鏡。年は……正直よく分からない。けれど彼女がここのトップのようで、そこにいる全員が敬礼をして行く手を見送る。

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