四曲目 ~スキルの歌2~
ばさり、と翼が空気を押す。
小高い丘の上に、黒いドラゴンが降り立った。次いで隣に、白いドラゴンが翼を広げて着地する。
わたしが背中から降りると同時に、クルルとポズが光り始める。うんまあ、後は分かりきってるから割愛。
「本当に、ここでよかったのか? リリアンヌ」
黒い髪の少年の姿になったポズが尋ねる。こうしてるとポズも、なかなか可愛い顔してるし、ちょっと悪魔っぽい服装もコスプレだと思えば、ショタコげふんげふん、小さくて可愛いもの好きなわたしとしてはかなりアタリ物件なんだけどな……。
いっそ、ずっとそのままならいいのに。いくら何でも、あんなデカイドラゴンに愛着も何もないし。
それにさ……その、持ってるスキルと、付与スキルが……。
あんまりにも数が多いから、見ただけでも内容がわかるやつ、あと明らかに使えなさそうなのは除いて、調べていったところ、出てくる出てくるヤバそうなスキルたち。
いくつかピックアップするとしたら、こんなところかな?
【スキル「ヒーラスト」Lv,Max】
【白魔法第二位の魔法】
【対象のHPを大幅に回復する。アンデッド族に使用するとダメージを与えられる】
【スキル「死者蘇生」Lv,Max】
【黒魔法最上位の魔法】
【死後三日以内の死者を復活させる。MP消費量によって成功率は異なる】
【失敗すると死者は『サルビト』となるため、黒魔法と認定されている。だが成功すれば死者は完全に生ある状態に戻り、意識や魂も健在である】
【スキル「物体復元」Lv,Max】
【時空間魔法第二位の魔法】
【物体の状態を一日前に戻す。時間に干渉するため、MP消費量は多い】
【スキル「死の呪文」Lv,8】
【黒魔術最上位の魔術】
【対象の魂を消す。MP消費量によって成功率は異なる】
【失敗するとその効果は自身にはね返る】
【付与スキル「神に創られし者」】
【神自らによって創られた者。固有の付与スキルを得る】
【スキルと付与スキルが得られやすくなる】
【付与スキル「魔界の王」】
【魔界を掌握した者。固有のスキルを得る】
【魔物の服従確率及び配下の魔物のステータスが上昇する】
……ほんとにどうすんのよこの子。
ざっと見てきたけど、黒魔法と黒魔術の割合めちゃめちゃ高いんだけど。何この「死の呪文」って。即死呪文? 絶対使いたくない、ってスキルレベルがっつり上がってるじゃん。何この子、こんなん連発してきたの??
極めつけは「魔界の王」。魔王? 魔王ですか?
こりゃあ、真面目に教えないとな……人間の常識を。
まあ、それにしては不思議なのよねえ。
だってポズ、「ヒーラスト」も「物体復元」も「死者蘇生」もカンストしてるのよ。
これって明らかに聖系だよね? いいやつだよね? さっきもわたしを心配してくれたり、クルルから落っこちたわたしを助けてくれたし。
けど邪神竜、なのよね? そうよね?
実際、「死の呪文」だの「毒霧」だの不穏なスキルがいっぱいだし。あとやたら、時間やステータスに干渉する魔術が多い。
……うん、わかんない。
とりあえず、ポズ本人はそんなに悪い子じゃなさそうってことはわかった。
じゃなかったら、「慈悲深き者」とか「愛の塊」とか「救世主」とか、そんな付与スキル持ってないでしょ。
「リリアンヌ?」
おっとと、話を戻そうか。
「うん、これ以上町に近づくと、たぶん騒ぎになるだろうから」
「え、何で?」
こてん、と首を傾げたクルルの動きに合わせて、白いツインテールが揺れる。可愛い、じゃないじゃない。
「あのね、普通の人間は、町に突然ドラゴンなんて現れたら、びっくりするでしょ?」
たぶんびっくりくらいでは済まないだろうが、まあそれは置いとこう。
わたしの現在の目的は、平和に鍵を探すこと。
まかり間違っても世界征服なんかじゃない。あと魔王でもないからね。わかってる、わたしの職業名?
「鍵を探すなら、人間のふりをしていたほうがいいだろうしね。だからここからは歩き。わかった?」
絶対に、絶対に、正体をばらしたり、ましてや暴れたりなんかしないのよ?
何度も念を押すとクルルはわかってるよ、とでも言わんばかりに口を尖らせていたが、ポズに黙殺されていた。よしポズ、クルルが暴走しないように見張っといて。
とまあ、そんな訳でわたしたちは、パラティアという町に向かった。旅人を装ってサクッと入らせてもらおうと思ったんだけど。
「お主ら、旅人なのだろう? 冒険者と同意ではないか。ならばギルドカードを提示せよと儂は言うておるのだよ。何か間違ったことを言っておるかの?」
ごめん、ファンタジーなめてたわ。
町をぐるりと囲む、高い壁。魔物が闊歩するこの世界では、このくらい普通なのはまあ、予想通りだったんだけど。
そこで検問してるおじいちゃんのガードが、予想以上に固い。番兵っぽく甲冑に身を包み、今にも手にした槍で襲いかかってきそうだ。
どうやらこの世界では、旅人=冒険者で、冒険者はギルドカードを持っているのが常識らしい。こんなことなら、早めに「ギルドカードはなくしちゃいました」って言っとけばよかった。
けどもうその手は使えない。おじいちゃんはもう完全に、わたしたちを疑ってる。
やっばい、どうしよ? ここは逃げて別の町に……ダメかな。「ギルド」があるなら、その情報伝達能力は半端じゃない。例え数日ごまかせても、すぐバレて、下手したら攻撃だってされる可能性もある。
そうなったらタダじゃすまない。たぶん、その町が。
だってこのおじいちゃんのステータスをちらっと見たけど、攻撃力と素早さは上だったけど、全体的に今のわたしより一段劣ったステータスだった。MPに至っては、30しかない。
はっきり言って、弱い。いやまあ、クルルとポズが規格外すぎるだけなんだろうけど。それでもわたしより弱いってどういうことよ。仮にも衛兵でしょ?
これ? この職業のせい?
「お嬢ちゃん、聞いとるんかい?」
あ、それどころじゃなかった。状況的にはガチでヤバい。
「いや、あの……その……」
唯一の救いは、クルルが大人しくしてくれてること。最初は一触即発だったんだけど、ポズが何かを耳打ちした途端、実に不本意そうな顔をしたけど、じっとしてくれてる。
一体全体、何を吹き込んだんだ。
弱り切ったわたしは口ごもって、言い訳にもならない何かを呟く。
そのときだった。
「おい、クロニカ、ポズ、クルル。だから先に行くなと言っただろう」
わたしの肩を、誰かが叩く。頭の上から、声がする。
振り返ると、一人の男がわたしを見つめていた。
背の高いひとだった。たぶん、百八十はあるんじゃないかな? たぶん二十代後半くらいで、黒い髪に、吸い込まれそうな赤い目。モノクルをかけて、かっちりした黒ずくめのスーツを着ている。ちょっとポズに似てるかも。けどまあ、こんな真っ昼間に、黒スーツとか怪しさ満点だけど。
……てか、クロニカってわたしのこと? 完全なる人違いですよ?
そう言おうとした瞬間、遮るようにクルルとポズは、黒スーツに口々に弁明した。
「だって、お外なんて滅多に行けないもん! ちょっとくらいいいじゃん!」
「そもそも、こんな面倒なものがあると、教えてくれなかった兄さんが悪い!」
え、え、何、どういうこと?
この黒スーツ、二人の知り合いなの? 何でそんな、見た目年齢通りの幼い感じになってるの?
「あーあー、悪かった悪かった。けどそんなら、いきなり飛び出したりすんじゃねえよ。あんま心配かけんな」
黒スーツは二人を適当にいなし、わたしに向き直る。
「クロニカもだ。クルルとポズはよく見てろって、言ったろうが」
「え……」
言われてないよ。あなたとは初対面だよ。
困惑するわたしの頭の中に、低い声が響く。
[すまぬが、話を合わせてくれ。予の知り合いだ、上手くやってくれるはずだ]
うわっ、びっくりした! これ、ポズがドラゴンの時の声……ああ、何か自分の考えてることを伝えるスキルがあったな。「念話」だっけ? 便利だね。
……うんえっと、色々問い質したい。色々。
けど、それらは後で答えてくれると信じて、わたしは動揺を悟られないように笑顔を取り繕う。アイドルの得意技よ。
「ご、ごめんなさい、お兄ちゃん……。けど、二人とも、気づいたらすごく遠くにいて……それで……」
「ああ、もういい。わかった。お前ら、クロニカに迷惑ばっかかけてんじゃねえぞ」
「「はーい」」
「……返事だけはいいんだよなぁ、ほんと」
疲れたようにため息をついて、黒スーツは衛兵のおじいちゃんに声を掛ける。
「おい、じいちゃん。すまんな、迷惑かけて」
「あ、ああ、いや……そいつら、カリスト殿の弟と妹か? 弟はともかく、妹二人は似とらんのう」
「仕方ねえだろ、うちの故郷じゃ一夫多妻なんだ。まあそんな訳だから、通してくれるかい?」
言いながら黒スーツは、懐から一枚のカードを差し出す。銀色に鈍く光るカードを受け取ったおじいちゃんは、裏表を確認した後、頷いてカードを黒スーツに返した。
「うむ、いいぞ。お嬢ちゃんたち、今度からちゃんとカリスト殿のことを話してくれよ? じゃないと儂らは、どうしても疑っちまうからのう」
カッカッカ、と笑うおじいちゃんに申し訳なさそうに一礼して、ポズとクルルは駆け出す。
「あ、待って!」
わたしもおじいちゃんに礼をして、黒スーツと二人の後を追って「パラティア」に入った。
相変わらずの亀投稿で申し訳ありません。
この話から週一を目指してがんばります。
お読み頂き、ありがとうございました。