三曲目 ~スキルの歌~
[予はあやつに乗ることを推奨せん]
たぶん渋い顔でポズは言った。即座にクルルがきゃんきゃんと噛みつく。
『ちょっと、それどういうことよ!? あたしがどうだって言うのよ!?』
[どうもこうも無いだろう。お前には本当に学習能力が備わっておらんのか、己の行動を振り返ればすぐにわかるはずだぞ?]
『……何もないわよ、わけわかんないこと言わないでよ!』
少し考え込むような素振りの後、そう叫ばれてポズは唖然としたようだった。
実はここからだと、ドラゴンたちの顔がよく見えない。高すぎるのよ、まったく。だから、声の調子としぐさから判断するしかないのよ。
[……お前、本気で言っているのか?]
『本気以外に何があるのよ! 文句ある!?』
[……いや……もう、いい……]
何だか疲れたように、ポズはわたしに向かって念を押す。
[リリアンヌ、もう一度言っておくぞ。予はあれに乗ることを、死んでも推奨せんぞ]
『何回も言わなくたってわかるわよ、もう! リリアンヌ、あいつのことはほっといていいから! 早く行こ?』
クルルに促され、わたしはおずおずと頷いた。もちろん、ポズの言っていることはすごく気になったけど、絶対やめろって言われてないし?
なら、大丈夫かな?
そう思わない、普通? 怖い物見たさっていうのも、ちょっとあったかな?
ちなみにこのあと、物凄く後悔することになるんだけどね。
は、はやい、はやいぃぃぃぃぃぃぃぃ!
景色が地平線で生まれて、瞬きの間に遙か後ろに流されていく。新幹線とかのイメージなら、わかりやすいかな?
まあ今のわたし、ベルトも何もなしに、クルルのたてがみに自分でしがみついただけで、絶叫マシンやってる状態なんだけど!
やばいこれ、寒い。てか冷たさが痛い。手がかじかんでくる。感覚なくなってくる。
「ちょ、クル、クルルッ……」
必死で呼びかけても、クルルはちっとも気づく気配ナシ。隣で飛んでるポズにも、たぶん聞こえてないよね、これ。
あー、やっぱやめときゃよかった! 気遣いも何もないじゃん、絶対これ全速力よね、わたし乗ってること忘れてない?
ポズが言ってたの、このことか――!
てか風が痛い。たてがみがばっさばっさして、鞭みたいになってるんだけど――――!
あ。
凍傷寸前の真っ赤な手の力が、一瞬ふっと抜けて。慌てて掴み直そうとしたけど、身体はもう重力と風圧によって、クルルから転げ落ちていた。
あれ、やばくない? これ結構高さあるよね? いや神に落とされたときより低いのかな? じゃあ死なない、かな? けど絶対痛いよね?
やっぱやめといた方が、よかった感じ?
『……え? リリアンヌ、何か言った?』
気づくの遅くなぁぁぁぁい!? てかそこじゃなくなぁぁぁぁい!?
[馬鹿者っ!]
低音の叫び声が、すぐ耳元でした、と思った次の瞬間、わたしは固い何かに乗っかっていた。
固いけど、触った感じが、土じゃない。何かこう、ざらざらっていうか……あ、これ、固めの魚の鱗だ! …ってちがうか。
わたしは少しだけ、視線を落とす。目の前に、大きな黒い翼。その翼の生え際のあたりに、わたしは座っていた。
ひょっとして、ポズ? ポズがわたしを受け止めてくれたの?
『リリアンヌ! 大丈夫?』
「う、うん、まあ……」
どこも痛くないし、平気だよ?
そう言おうとしたけど、先にポズが言葉を発した。
[クルル……他に何か、言うことは?]
『えっ、あっ、その……ごめんなさい……』
しゅんと肩を落とし、謝るクルル。自分よりずっと大きいドラゴンに頭を下げられるって、想像以上にシュール。
って、そうじゃなくて! ポ、ポズさん? 何でそんな怒ってるんですか?
いやさ、わたしだってちょっと……いやかなり怖かったよ? シートベルトなしの絶叫マシンとか、やるもんじゃないよ。
けど、結果的にポズが助けてくれたし? わたし怪我してないし? 今HP確認したけど、減ってなかったし?
だからさ、その……湧き上がる怒りのオーラ、もうちょっと何とかならない? お願いだから収まってくんない?
[「……何もないわよ、わけわかんないこと言わないでよ!」……さて、誰の言葉だったかな?]
『あ、あうう……』
うん、これ何とかならない感じだ。
一呼吸ぶん、ポズは前置きして、そして真っ赤な血の色の目を彩って怒鳴りつけた。
[だから予は言ったのだぞ! 何も無いというのだから、もう気配りが出来る程度には、最低限! 成長したのかと思えば! やはり信じるべきではなかったな!
今回は予が気をつけていたからよかったが、予がいなければリリアンヌは死んでいたかもしれんのだぞ! 何度も言っているだろう、お前が考えている以上に、ひとは脆いのだぞ!]
『うう……ご、ごめん、なさい……』
言いたいことを言い尽くしたらしく、ポズは嘆息して、眼前で落ち込む白いドラゴンに冷たく言い放った。
[予に向かって謝ってどうする。予はもう、怒っておらん]
『……リリアンヌ、ごめんなさい……』
「え、いや、もういいのよ! けがはしてないから!」
慌ててわたしは手を振る。ほんとに、そんなに落ち込むことも、怒ることもないのに。わたしたぶん、人間の括りにもう入ってないだろうし……。
[……お前は昔から、そうだな]
ぼそりと、ポズが呟いた。
[いつになったら、予を安心させてくれるのだ?]
『…………』
俯くクルル。何となくみんな、黙り込む。
何この暗い雰囲気? やだよ、わたしシリアス苦手なのよ? わかってる、ねえ?
「……あー……あのー……」
遠慮がちにわたしは声を発する。白いドラゴンと黒いドラゴンの視線が、急に集まった。うん、怖い。人化してるときは、あんなに可愛いのに。
「その……早く、町に行かない?」
わたしは進行方向を指さす。ポズがじっとわたしのほうを見つめる。その赤い目、ずっと見てるとクラクラするんだけど……。
[了解した。今、掴まれるものを出す]
え、出すって何?
そう思った瞬間、ポズの鱗が紫に怪しく光り、ずどっ! と空を切る音がした。
黒いトゲが、わたしの鼻先を掠めてそびえ立った。トゲって言っても、なんか角みたいな太さなんだけど……。
[それに掴まっていろ]
「あ、うん……」
これ今生やしたの? 便利な身体してるわね、ドラゴンって。
……いやちがうか。クルルとポズだけか。ドラゴン全部こんなんとか、想像しただけでも恐ろしいよ。
[いいかクルル? ゆっくりだ、ゆっくり飛ぶんだぞ?]
『わ、わかってるわよ! ……ナンデモナイデス』
ポズに睨まれて大人しくなるクルル。翼を広げて、二頭は滑空し始めた。
あ、これくらいなら平気だ。それに、トゲってたてがみより掴まりやすいのよね。なんか、たてがみだと、あんまり掴むと痛そうだし……。
速さはたぶん、自動車くらいかな? 風でばさばさとわたしの髪が翻る。眼下の草原がよく見える。ほんと何もないわね。木の一本もない。
そして退屈。暇つぶしをしようにも、景色すら変わんないしなぁ……。
今の速度を車くらい、時速百キロと仮定して、三百キロを飛ぶには、三時間くらい? 暇よね。
そうだ! あの「鑑定」スキル、触れてる物に使えるのよね? じゃあ、ポズにも使えるよね?
【種族「デスポイズンドラゴン」:ランクSS】
【この世に一匹だけ生息する、神に創られたドラゴン。別名屍毒竜】
【不吉の象徴。人々に死と災害を振り撒く】
【魔力が高く、魔法を得意とする】
……やっぱ、チートよね、これ。
何この、「神に創られたドラゴン」って。「不吉の象徴」って。「人々に死と災害を振り撒く」? それ完全に人類の敵だよね?
ねえこれ大丈夫? 仲間にして大丈夫なやつ? もうしちゃったんだけど。
[? どうかしたのか、リリアンヌ? 動悸がするが?]
「え!? ううん、なんでもないよ!」
何でよ、今の何でわかったのよ! ひとの動揺勝手に読むんじゃないわよ!
……よく考えたら、わたしポズに密着してるじゃん。トゲに抱きついてるじゃん。そりゃわかるわ。
次はなにしよ? ステータスのわかんないやつ、片っ端から調べていくかな。
【職業「魔物の王」】
【すべての魔物の頂点に立つ者。固有のスキルを習得できる】
【MP+20%、防御力・魔防力+30%】
【スキル:MPを消費して使用する】
【種族・職業によって覚えられるスキルは異なる】
【付与スキル:MPを消費せず、ほとんどが常に発動している】
【ステータスに影響を与えるものが多い】
へー、そんな違いがあったんだ。
この「鑑定」も「ステータス閲覧」も、付与スキルだから、MPが減らないのね。
てか職業のステータス補正高くない? 気のせい?
【職業「邪神竜」】
【神と呼ばれる陰のドラゴン。固有のスキルを多数習得できる】
【HP・MP+300%、攻撃力・防御力・素早さ+100%、魔法力・魔防力+200%】
……ハイ、気のせいでしたね。
何、この異常なステータス補正。数字の桁がおかしいんだけど。これ、「神竜」も同じなオチよね。やっぱこいつらチートでしょ?
スキルと付与スキルの数も、明らかにヤバかったし。あれ見るのやだなぁ。けど、あとそれ見るくらいしか、やることないしなぁ……。
ええい、女は度胸だ! 「ステータス閲覧」、ポズのスキルリストを表示して!
【スキル:「ヒーラスト」Lv,Max 「死者蘇生」Lv,Max 「物体復元」Lv,Max「毒霧」Lv,
Max 「雄叫び」Lv,Max 「テレパシー」Lv,Max 「はったり」Lv,Max 「毒々」
Lv,Max 「威嚇」Lv,Max 「ヒーラー」Lv,Max 「ドラゴンテイル」Lv,Max
「猛毒の牙」Lv,9 「ヒーリング」Lv,9 「鎌鼬」Lv,9 「人化の術」Lv,9
「毒爪」Lv,9 「破壊光線」Lv,9 「噛み砕く」Lv,9 「暴風」Lv,9
「口封じ」Lv,9 「死の呪文」Lv,8 「聴覚強化」Lv,8 「視覚強化」Lv,8
「痛覚強化」Lv,8 「ステータス強化」Lv,8 「時間停止」Lv,8 「時間促進」
Lv,8 「読心術」Lv,8 「火炎放射」Lv,8 「毒放射」Lv,8
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・ 】
なっっっっが!
上空百メートルくらいはあるのに、地面に突き刺さってるよ、このステータス! これどうやって読むのさ!
……あ、スクロールできるの。先言ってよ、そういうの。驚いて損した。
遅くなって申し訳ありません。
最近新生活が始まり、忙しかったので…(はい、言い訳です)
しかも今回は短いですし。四曲目は、もう少し中身を濃くしないと。
読んでいただき、ありがとうございました。