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99 ジャイアントの村

 眼帯、独眼の老人の前に、十数名の男たちが集まっていた。

 彼らは茶のラモトカにコソーズを履き、ベルトには剣を吊るしている。一見すれば、何の変哲もない、どこにでもいる冒険者だ。傭兵か、賞金稼ぎか、そういった所である。酒場の主人も、別段気にする風もない。


 眼帯の老人は煙管を口から離し、ほうっと煙を吐いた。


「あれは、〈呪いの衣〉という魔法だ。馬鹿な奴らじゃ、先走りおって」


 男の一人が、老人に質問した。


「何とかならないのか?」


 男たちの視線が、再び老人に向く。

 老人はすげなく答えた。


「何ともならん」


 それから、再び口を開いて言った。


「あれは、生き物には猛毒の呪いじゃ。厄介なのを引き当てたものだ」

「それじゃあ――」

「安心しろ、方法はある」


 老人は、男たちのセッカチな様子に不機嫌を見せながら、鼻を鳴らした。


「泥臭い方法だが、ワシが何とかしよう。お前たちには、種植えをしてもらう」


 老人はそう言うと、麻袋を無造作に机の上に放り投げた。ざらっと、どんぐりのような実が散らばった。


「チャンスは一度、失敗は許されん。良いな?」


 老人が言うと、傭兵の成りをした男たちは、息をのみ、頷いた。



 オロン小半島の出入り口には森が広がっている。

 通称〈オロンの壁〉と呼ばれるその森には、魔物と、そして凶暴なジャイアントが徘徊している。その森を、今しがた抜けてきた一頭の馬がいた。

 青い馬だ。

 矢のように森を抜け、草原を疾走する。

 ひゅおおっと、風が吹く。

 少し遅れて……ずどおおぉおんと、木々が砕け散った。太い木の幹が、枝葉が、鳥が、宙に舞う。

 全身を真っ赤に染めた幾頭かの巨人が、怒りに目を血走らせながら、狂ったように馬を追っている。


 赤い巨人は、長い手を鞭のようにしならせて、赤い光の玉を投げつけた。ドウン、ドウン、と爆発する。馬上、ジャンヌはカールを腹に守りながら、パトラッシュにしがみついていた。


 その後でクワルが、体をひねって矢を引く。

 巨人の投げつけてきた爆破する魔法に、クワルの放った矢がぶつかる。

 爆発の衝撃が空間を揺らし、クワルは耳を閉じた。

 パトラッシュの青い毛が、所々、赤い血に染まっている。魔法染めをした栗色の染料は、森を抜ける間に剥がれ落ちてしまっていた。


「パトラッシュ、頑張って!」


 クワルはパトラッシュを励まし、短弓で、巨人の爆弾を射落とす。

 ずごおおん、ずごおん、と爆発の音が高い空に鳴り響く。


「おーい! こっちだぁ! こっちだぁ!」


 正面の遠くに、人影が見えてきた。

 村だ。村の入り口に、これもまた、大きな人がいる。とてつもなく大きな声で呼んでいる。


「ジャイアント!?」


 ジャンヌは呟いた。

 見るのは初めてである。いや、今の今まで、森の中で襲い掛かってきた、そして今、まさに後ろから追いかけてきている魔物が、ジャイアントだと思っていた。


「ほらよぉ!」


 大きな声。

 びゅんっと、巨大な槍のようなものが、弧を描いてパトラッシュの上を飛んでいく。槍は、赤い巨人の足元に落ち、爆発した。


 うおおおおっと、低い叫び声。


 二発、三発と、ジャイアントの槍が、赤い巨人に降り注ぐ。赤い巨人は、追うのを諦めて、森の中に引き返していった。

 パトラッシュが速度を落とし、足を引きずるようにして、村の前までやってきた。


「森を抜けてくるなんて、勇敢な人間だぁ」


 槍を投げて助けてくれたジャイアントのたちが、三人を迎えた。

 ジャイアントは大きかった。クワルの三倍、いや、四倍はあろうかという背丈。割と細身で、手足が長い。目は大きく、髭を生やしている。肌は赤褐色、いかり肩で、覆いかぶさるような猫背であった。


「こっちにおいで、疲れただろう。ほら、そこのお馬さんも」

「ありがとう」


 ジャンヌは、斬り合いになるだろう、くらい考えていた。ジャイアントは気性が荒く、凶暴だ――という風に思っていた。ところがどうだろうか、毛の長い羊と牛の合いの子みたいな動物は村に放し飼いになっていて、村の周りの畑では、ジャイアントたちが巨大な鍬を振り下ろして土を耕している。


 クワルは、ジャイアントの用意してくれた巨大な桶の水で、パトラッシュを洗ってやった。水が傷に触れても、体を一瞬強張らせるだけで、パトラッシュは大人しかった。


 パトラッシュが厩の藁の上で、横になって眠った後、三人は、ジャイアントの酒場宿で食事をとった。椅子もテーブルも、そして出てきたサラダも、全てが大きかった。


「たんとお食べな。お代はいらないから」


 どん、どんと、大きな皿やジョッキが運ばれてくる。

 なんとも、人の好いジャイアントの主人である。ジャンヌは、思わずその真心に、泣きそうになってしまった。ジャイアントはずっと、凶暴で野蛮な人種だと思っていたが、実際はどうだろうか。

 彼らは、森を抜けてこっちに来たというだけで、素朴な親切心を示してくれる。気取らず、普通に、困っている人を助けようという心で迎えてくれる。


 炊き立ての米の丼ぶりが三人の前に置かれた。

 湯に茸を入れただけの薄味のスープに、イナゴの佃煮、甘辛の赤いソース、そして卵二つが順に運ばれてくる。それを全部丼ぶりの中に入れれば、ジャイアント丼の完成である。


 ジャンヌとカールが驚いたのは、丼ぶりの前に、スプーンやフォークではなく、箸が置かれたことであった。箸は、ルノアルドでもカカンでも、貴族の文化である。特別な儀式のときの食事には、箸を用いる習わしがある。そのために二人も、箸は扱えるのだが、まさかジャイアントが、箸の文化を持っているとは思っていなかったのだ。


 粗野な食べ物である米と箸、二人にはどうしても、イコールで結び付けられないのであった。


 一方クワルは、炊き立てのご飯の湯気を肺いっぱいに吸い込み、ふわあっと満足げに息を吐いた。両手を合わせて、「いただきます」と、そう言ってさっそく食べ始める。


 箸によって、ぱくぱくと食べ始めたクワルに、ジャンヌとカールも恐る恐る続いた。二人とも、米は初めてだった。

 一口食べ、二口食べ、二人は顔を見合わせた。

 湯気を食べているような感覚である。ふわっとした微かな甘みと風味が、口内に広がり、鼻を抜けてゆく。


「どこから来たんだぁ?」


 ジャイアントの主人が三人に尋ねた。

 三人は顔を見合わせ、代表してジャンヌが答えた。


「王国の方から……」

「ラリアンか?」

「い、いえ、まぁ、はい……」


 ジャイアントは、煮え切らない旅人の受け答えに首をかしげたが、元来細かいことを気にしない性質である、お忍びで来ているのだろうというくらいに考えて、それ以上は訊かなかった。


「まぁ、なんだ、のんびりしていけぇ。ここには滅多に、旅の人間も来ないから」


 一抹の不安が、今更ながら、クワルの頭によぎるのだった。


「グリム様……」


 あの暗号は、解かれたのだろうか。



 白いオーラに包まれた白馬が、雨のカーテンを突き破りながら進んでゆく。

 アノール騎士団である。

 騎士団はピルグに続く道を走っていた。ピルグを経由して港町アイヴィオに向かう予定である。


 女騎士と子供――いや、ルノアルド王国第二王子カール殿下とその従者である女騎士ジャンヌがオロンの壁に入っていったという目撃情報が、その近くの村からもたらされた。

 あのピカソとかいう導師の言葉は、時間を稼ぐためのハッタリだったようだ。遅れて、あの導師たちもオロン庄に入るだろう。オロンの壁は極めて危険な森だが、彼らなら抜けられるだろう。


 オロン庄から出る道は二つある。

 一つはオロンの壁を再び抜ける陸路の道。もう一つは、南海岸沿いの海路だ。

 彼らはこのカカンから、さらに北国であるレイセン王国か、あるいは東のネーデル王国に亡命しようと考えているのだろう。

 その場合は、彼らが目指すのは、港町アイヴィオである。アイヴィオからは、エレネ湾を横切ってネーデル領の町に行く船が出ているし、レイセン王国に行く場合は、アイヴィオからエリーゼに向かう聖北道を上ってゆけば良い。


 港町アイヴィオ。

 しかし、騎士団がアイヴィオに向かっているのは、王子を捕まえるためではなかった。ラリアンから伝書があったのだ。カカン王国の南西の端にある港町の国境警備部隊が、ルノアルド王国からやってくる帆船を五隻、見つけたのだ。

 その五隻は、おそらくルノアルド王国の軍艦であろうと中央で判断され、アノール騎士団には、急ぎアイヴィオに向かうよう指令が出たのだ。

 ルノアルドの軍艦五隻は、アイヴィオに向かうだろう。下手を打てば、戦いになる。そうならないように、国はアノール騎士団をアイヴィオに急ぎ派遣した。そして事が起きた場合には、力づくでそれを収集するために……。


 一体何を考えているのだ。

 スレッドは、ルノアルド公の無茶なやり方に、憤りを感じていた。

 王子を捕まえる――いや、殺すためなら、戦争を厭わないというわけか。

 カール殿下は、関所を破ってこの国に入ってきた段階で、もう逃げ道は、確かに最初から、レイセンかネーデルしかなかった。逆に言うならば、ルノアルドは、まだ手が出せるうちに――殿下がカカン領内にいるうちに、何としても処理しなければならない。

 

 しかし、だからといって、軍艦まで出すか。

 だが実際に、五隻もの船で、カカンの領海に入ってきている。

 最初から、その準備をしていたのだろう。

 カカンとの戦争を、恐れていないのだろうか。


 スレッドは、嫌な予感を覚えていた。

 カール殿下――追われた王子には、一体何があるのだ。そこまでして捕まえなければならない――殺さなければならない理由があるということか。しかし、それはどんな理由だ。


 スレッドは、ルノアルドからライン騎士団以外に、暗殺部隊が来ているのを知らされていた。国も当初は、ルノアルドとの無用な争いを避けようと考えていた。

 子供と女騎士を捕まえた場合は、ルノアルドから来ているライン騎士団に、速やかに引き渡すこと。捕らえるのが難しい場合は殺して、死体をライン騎士団に引き渡すこと。

 そういう段取りになっていた。


 それが、ここに来て、国の対応が変わった。

 ――二人の身柄を拘束し、ラリアンに連れ帰ること。

 ルノアルド王国と、何か取引をしようと考えたのだろう。ルノアルド王国がこれだけ必死になるのだから、旨味のある取引ができるに違いないと考えたのかもしれない。あるいは、殿下の秘密の方に興味が出てきたのか……。


 国の思惑とは別に、スレッドもスレッドで、カール王子やそれを守るジャンヌという女騎士、そして、ピカソ導師に興味を持ち始めていた。

 彼らは、殺すべきではない。


 ピルグの門の灯りが、雨の中、ぼんやりと見えてきた。

 スレッドは、彼らの無事と、そしてアイヴィオで再開できることを、自分でも知らずに祈っていた。

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