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85 ファインディング・ジャンヌ

 カヌラにやってきた。

 明朝、カヌラの宿の一階で、俺は頭痛を堪えながら朝食を摂っていた。

 パトラッシュとの旅は楽しいのだが、決まって俺は、こういう状態になる。パトラッシュ酔いだ。そしていつも、クワルがケロッとした顔で、俺の介護をしてくれる。


 スフィンクスに貰った黒と金の衣装は、少し目立った。

 白い法衣や、あるいは水色、赤、茶系はそれぞれにその人間の地位や職業や所属を表すものとして広く知られている。ローブ、法衣ならば、大体はそれらの色だ。

 ところが黒と金の法衣となると、なかなかいない。

 辺境の神官とか、そういうふうに見られているようだった。


 店の人にも、若干敬遠されているのが分かる。

 しかし、本来ならば、もっと怪しまれたり、嫌がられたり、よそ者扱いされるはずなのだ。

 カヌラは小さな町で、俺のような異邦人がやってきたら、普段ならかなり目立つはずだった。ところが今のカヌラは、やたら人の出入りが多かった。いろいろな人間が、町の外からやってきている。


 なぜか? 情報を集めるまでもなく、噂はすぐに聞くことができた。


 ――王国騎士団と、黒狩り部隊が何かを探しに、この町の近くにやってきている。


「あぁ、俺も聞いた、野営している所を見たって、他の連中が話してた」

「わざわざ何を探してるんだ、こんな田舎まで来て」

「どうやら、ルノアルドから関所破りをしてこっちに入ってきた輩がいるらしい」


 賞金稼ぎや傭兵たち荒くれ者のテーブルは、その話題で持ちきりだった。


 金の匂いを嗅ぎつけた傭兵たちが、方々からこの地に流れ込んできている。

 騎士団よりも早く彼らを捕まえれば、国から賞金が出る。運が良ければ、そのままトントンと出世して――そういう事を考える傭兵は非常に多い。というよりも、そういう成り上がりを考えない傭兵の方が圧倒的に少ないのだ。


 ほとんどの傭兵は、好きで傭兵業をしているわけではない。安い金で雇われ、命のかかる仕事をし、それでやっと生活ができる。

 貴族の専属剣士や魔術師になれば、「騎士」や「魔術士」という肩書で、金ももらえるが――田舎貴族ではダメだ。田舎貴族は、見栄のために剣士や魔術師を雇ったりするが、彼らに金はなく、よって給料は雀の涙である。

 騎士や魔術士は、副業として傭兵業をすることを禁止されているが、そんな決まりは、このあたりでは誰も守っていない。


 金さえあれば、こんな傭兵なんて仕事、今すぐにでも辞めてやる。

 傭兵たちの多くは、そう思っている。

 願わくは立身出世、都の貴族に認められ、「ナイト」の称号を得る。姫様とのラブロマンス、決闘で勝ち取る恋。


 杖一本、剣一本で人生が変えられる。

 若い傭兵たちは夢に燃え、強さと勇敢さを示すために、時に無謀なクエストを受けたりする。そして、そういう傭兵のうち、命を落とさなかったほんの一握りの人間が、栄光を掴む。


 そんな傭兵たちが、夢のために、ここに集まってきている。

 俺は、悪い予感しかしていない。

 関所を破ってこっちにやってきた人間――それは恐らく、ジャンヌの事だろう。ほとんど確信的にそう思う。


 なぜそんなことをしたのかは分からない。

 だが、あのジャンヌがそれをしたのだ。何かよほどの事情があったのだろう。

 早く見つけ出さなければ、傭兵はどんどん集まってくる。

 都を拠点とするクランも動き出したということは、このあたりのクランは、間違いなく、ジャンヌの捜索を始めている。

 さすがのジャンヌといえども、逃げ切れないだろう。


 どうやって見つけるか。

 精霊の声は言っていた。この町の近くにいると。

 だが、近くといっても、どこからどこまでが「近く」の示す範囲なのかわからない。方角だけでもわかれば良いのだが、俺は何も情報を持っていない。


 こうなったら……。

 ダメもとでコックリさんでもやってみよう。

 紙とペンを用意する。

 紙も安くはないが、今の俺は、貧乏でもない。

 文字を書いて、鳥居を書いて、金貨を取り出す。金貨を出すと、近くのテーブルの幾人かの荒くれが見てきた。流石、金には敏感な連中だ。


「それは、何ですか?」


 クワルが質問してきた。


「これは、俺の国に伝わる占いの一種で、コックリさんという。お稲荷様が質問に答えてくれるんだ」

「オイナリサマ?」

「神様? 精霊の一種? みたいなやつかな。俺も良く分からない。さて――」


 準備を終え、俺は金貨の上に人差し指を置いた。

 クワルに手伝ってもらおう。

 と、そこまで考えて、俺は、急に閃いた。

 金貨の上に置いていた人差し指を離し、目を閉じる。


「クワル、その金貨が動いたのをよく見ておいてくれるか」

「わかりました」


 目を閉じたまま、俺は小さく呟いた。


「コックリさコックリさん、おこし下さい。コックリさん、コックリさん、おこし下さい。コックリさんコックリさん……」

「動きました! はい、です」


 目を開けたくなる衝動に駆られるが、ここは我慢。

 俺は魔力が高いらしい。

 だからその潜在能力を最大に引き出す方法を、少し考えてみたのだ。無意識下で働く体内のマナ――スピリットマナを呼び起こすことができれば、ダウジングのごとき占いができるかもしれないと考えたのだ。

 目を閉じることによって意識を消し、無意識に働きかける。かくしてその試みは上手くいったようだ。しかし、ここからが本番である。


「コックリさん、コックリさん教えてください。ジャンヌはこの町から見て、どの方角にいますか」

「う、動いています……ナンセイ……」

「距離はどれくらいですか」

「……動いてます、動いてます! 7キロ!」


 クワル、変な興奮の仕方をしている。

 幽霊は怖がらないクワルだが、これには少し、恐怖を感じているらしい。


「最後です。コックリさん、コックリさん、ジャンヌは、無事ですか?」

「動きました……!」


 目を開けると、金貨は鳥居の上にあった。

 確か本家コックリさんでは、これに使った紙とかコインとかを処分するのだったか。処分の仕方までいろいろあったような気もする。が、覚えていない。コックリさんなんて、初めてやったのだ。


「よし……まとめると?」

「ええとっ! ジャンヌ様は、この町の南西、7キロの所にいる、そうです。――あの、キロって何ですか?」

「あぁ、それはね、俺の居た世界の距離の単位だよ。こっちの長さにすると、9ロープスくらいかな。で、最後の質問の答えは、どうだった?」

「あぶない、そうです」


 俺は、金貨と紙を収納の杖にしまって立ち上がった。

 まだ頭痛はするし、吐き気もするが――行かなければならない。俺の本能が、そう告げている。

 全く俺は、本能の傀儡か。

 しかしともかく、ジャンヌを助けることができれば、今はそれでも構わない。


 昼過ぎ、俺とクワルは再びパトラッシュに乗って、町の南西7キロメートルの地点を目指した。



 カカン公直属の騎士団――アノール騎士団には二つの任務が与えられていた。

 一つは、ルノアルドから関所を破ってやってきた人間の逮捕。そしてもう一つは、その関所破りを追ってカカン公領に入ってきたルノアルドの騎士団の監視である。

 騎士団の仕事は二つ、よって部隊も二つに分けられた。

 団長はルノアルドからの騎士団の監視の隊についた。

 そして、まだ若いスレッドは、関所破りの捕獲部隊の隊長となった。


 捕獲部隊は、道沿いテントを張り、その周辺の森を歩いて捜索していた。

 スレッドは、木々の間を、射抜くように見つめる。

 昨日、スレッドは、ジャンヌと剣を交えていた。

 脇腹に無視できないほどの傷を負わせたが、そこまでやって、逃げられてしまった。殺さないように手加減をしたわけではない。本当に、一瞬の隙をつかれて、逃げられてしまったのだ。


 あの傷では、そう遠くへは行けないだろう。

 この近くにいるはずだ。

 しかし、なかなか見つからない。一歩一歩追い詰めている手応えはあるのだが、最後の詰めの所で、指の隙間から逃がしてしまっている。そんな気がしていた。


「スケルトンだ! 囲まれている!」


 仲間の騎士が声を上げた。

 どこからともなく、スケルトンが現れた。包囲されている。

 スケルトンにシェイド、ビッグマウスやライガー、巨人が出たという報告もある。


「一度戻る。無駄な戦いは避けろ!」


 スレッドはそう言いながら、自身は三匹のスケルトンを一瞬で倒し、来た道を引き返した。捜索が進まないのは、第一に魔物のせいである。そして第二に、土地勘がない事。三番目があるとすれば、それは寒さだ。


 道沿いの陣に戻ると、傭兵の男が情報を売りにやってきた。

 女騎士を見た、というのだ。

 スレッドは男に金を握らせ、情報を引き出した。男は、ここからそう遠くない、滝の近くの洞窟で、女が休んでいるのを見たと言った。

 腹を庇っていたようだった、とも。


 スレッドは、余分に男に金貨を握らせ、その洞窟に向かった。

 白馬に乗った16騎が、道を疾走する様は圧巻であった。



 みぞれが降ってきた。

 まだ日の暮れる時間ではないが、空を覆った雨雲のせいで、だいぶ暗くなっている。もうあと二時間もすれば日が暮れるだろう。このみぞれは、雨になるか、雪になるか――止むようには思えない。


「止まれ。今日はここに陣を敷く」


 森の手前で、リュナクは指示を出した。

 セネレイルーンのクランマスターである。カヌラにやってきたクランは多いが、セネレイルーンは、その中でも最も多くの人間を引き連れてやってきた。都の大手クランも来ているが、この地においては、地元のセネレイルーンが絶対的な優位性を持っている。


 マスター、リュナクは感じ取っていた。

 もう目と鼻の先に、我々が探している人間がいることを。

 だが、焦って進軍すべきではない。

 森に入れば、身動きが取れなくなる。

 今のうちに情報を集め、森に入るのはそれからだ。運が良ければ、向こうからこっちに飛び込んでくるかもしれない。

 アノール騎士団が、北から獲物を追いかけ来ているのは知っている。追い込み漁でいえば、我々がここに陣を張るのは、網を張ったのと同じことである。


「マスター、私たちの追っているのは、一体どのような人物なのですか」


 リュナクの側近の一人が質問した。

 クランのメンバーが知っているのは、追っている人物の外見だけである。一人は女性の剣士、そしてもう一人は、小さな男の子。


「知らなくていい」

「それは、知らない方がいい、という意味ですか?」

「解釈は君の自由だ。だが一つ言えることは、この仕事は、金になる」


 傭兵が仕事をする動機として、これ以上明確なものはない。また、それ以上必要な動機もない。即ち――儲かるか、儲からないか。それに加えて、どの程度危険か、それだけだ。そこに正義を持ち出すのを、リュナクは仇のように嫌う。


「すみません、つまらないことを訊きました」


 そう言って、質問をした女性はリュナクのもとから離れていった。

 リュナクは微笑した。

 それで良い。俺たちは、獲物を生け捕りにすることだけを考えていればいいのだ。


「マスター、前哨隊の準備が整いました」

「日暮れには一度戻ってくるように」

「了解しました」


 みぞれが、強く打ち付け始めた。

 テントが急ぎ足で張られていった。

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