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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
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77 決着へ

 ベイフの両目の下には、濃い隈ができていた。

 息を切らしている。

 しかしその目はがっちりと、対峙する黒魔術師――ケイノスを見据えていた。


 一方ケイノスは、一瞬前の攻防で左の手首から先を失っていた。

 ケイノスは、「あぁ、あぁ」と、声にならない悲鳴をあげて、左の手首を見つめていた。


「もうやめましょう。命までは奪いたくない」


 ベイフのそれは、最後通告だった。

 これ以上戦うなら、止めを刺すと、目がそう言っている。


「ふざけるな、ふざけるなよ、ふざけるなふざけるな! 僕が負けるわけがない。僕が聖退魔術師(クルセイダー)ごときにっ……!」


 ロドロムは椅子に座り、咳込むように笑った。

 椅子の両脇にはドラガンとクワルが、ロドロムの青い鞭に縛り上げられ、身動きが取れずにいる。


「ケイノス様!」

「黙れ黙れ黙れ! この偽善者が! お前も壊してやる! 力だ、全ては力だ! 俺は、あの国を滅ぼしてやるんだ! あの、忌々しい勇者の国を!」


 ケイノスの目が裏返った。

 ばりばりっと、ケイノスの着ていた服が破れる。ケイノスの肩が、腕が、胸が、太ももが、体中が、膨張を始める。


「なっ……」


 ベイフは言葉を失った。

 ケイノスは、身の丈3メートルほどの、毛むくじゃらの巨人になってしまったのだ。鬼のような外見、枝分かれした一本角。もはや、人間ではない。


「これは、どういうことだ……ケイノス様、貴方は一体、何を――」

「無駄だよ、聖退魔術師(クルセイダー)。こうなっては、もう彼に言葉は通じない。彼にあるのは、憎しみと、怒りと、破壊衝動だけだ」

「ロドロム、貴様、何をしたっ!」

「私がしたのではない。彼が望んだのだ。彼は、力を欲した。そして私は、それを彼に与えたのだ。傑作ではないが、ソレはまぁ、私の名作であることに疑いの余地はない」


 うおおおぉぉぉ。

 ケイノスであったもの――鬼が吠える。

 ベイフは、光の閃光を放った。

 鬼となったケイノスはそれの直撃を受けたが、怯まずに、ブレスを放った。ベイフは、衝撃に意識を失いかけた。ベイフの体は宙を舞い、背中から床に叩きつけられた。


 ベイフは上半身を起こし、メイスを構えた。

 鬼は、もう一度ブレスの準備をしている。


「くっ……」

「知性はないが、ソレの魔力はちょっとすごいぞ」


 ベイフは、『ホーリーオーラ』の正面に、さらに『マジックバリア』を展開した。鬼が、ブレスを放つ。『カイザーブレスLv1』。


 青い光がベイフを吹き飛ばした。

 ベイフは、床にゴロンゴロンと転がり、柱にぶつかって止まった。きらきらと、光の粒子が輝く。白い煙が、そこかしこから湯気のように立ち上る。


「ううう……」


 ベイフは薄目を開けた。

 手の感覚、足の感覚、両目……あれだけの攻撃を受けて、五体満足なのは奇跡的だな、とベイフは思った。メイスは……どこかに行ってしまった。


 ずしん、ずしんと鬼が近づいてくる。

 黄色い目が、てらてらと光っている。


「もう終いか」


 ロドロムが、満足げに言う。

 鬼が、三度目のブレスに入る。


「報われないな……」


 ベイフはそう言うと、両手で印を結んだ。

 その瞬間、鬼の体のいたるところから、カメス十字の光の模様が現れた。

 それはベイフの切り札だった。

 ベイフは、全ての攻撃にカメス十字の祝福を含ませていた。それは身体の奥に刻まれ、ベイフが印を結ぶと同時に、邪悪な者に壊滅的なダメージを与える。『ホーリーサインLv4』、それを、発動させたのである。


 ぶしゅううっと、鬼の体に現れた紋章が、白い湯気を噴出させる。

 鬼は、獣のように絶叫する。

 がくりと膝をつき、両手をつき、叫ぶ。

 黄色い目から、涙がこぼれる。

 その滴が床に落ちた時、鬼は全ての力を失い、ずるりと倒れた。鬼の体は、ちりちりと少しずつ燃えて、白い灰は宙に舞い上がると、粉のように砕けて消えていった。


 鬼の死骸を挟んで、ベイフとロドロムは視線を打ち合わせた。

 ベイフは、すでに疲れ切っていて、呼吸が深い。

 ロドロムは、先ほどまでの上機嫌をしまい込んでいた。


「なるほど、聖退魔術師(クルセイダー)というわけだ。あの時、お前を排除したのは正解だったようだ」

「覚悟しろ、ロドロム……次は貴様の番だ」

「あまり調子に乗るな」


 ロドロムはぱちんと指を鳴らした。

 両脇に控えていたブラックナイトが、ロドロムの正面にずらっと立ちはだかった。


「お前は、私に指一本触れることすらできない」

「やってみるさ」

「やればよかろう。できるものならな」


 ブラックナイトが剣を構える。

 ベイフは渾身の力で立ち上がり、拳を握った。

 ブラックナイトが、ベイフに斬りかかった。ベイフは、じっと剣睨みつける事しかできなかった。


 ――ロドロム、貴様の天下はいずれ終わる。

 意志を継ぐ者が必ず現れる。

 地獄で待ってるぞ。


 ところが、ベイフの覚悟した一撃が訪れることはなかった。

 ぐらぐらと、建物が揺れたのだ。

 直後、黒い衣装を着た魔術師が部屋に飛び込んできた。


「ロドロム様! 勇者が攻めてまいりました!」



 俺は、目を開けた。

 薄暗い部屋。

 目の前には、エイルの白くて細い脹脛、腿の裏。あぁ、見えそうで見えない際どいライン。スカート越し、小さめの、しかし女性らしい柔らかそうな臀部。


 エイルは、龍老人の杖を構えて、俺の前に立っていた。

 エイルの前には、三匹の異形のハイキメラたち。

 ――何か、不思議な力が体の底から湧きあがってくる。

 いや、興奮とかではない。確かにちょっと、ちょっとだけ、エイルに欲情する気分もあるが、今は違う。それとは別の力が、確かに湧き上がってきている。


 何だろうか、この力は。

 気持ちの高まりと同じように、力が湧いてくる。

 あれほど手強いと思っていたハイキメラを、小物のように感じている。何だろうか、この、底知れぬ、得体のしれない、根拠のない自信は。


 俺は立ち上がった。

 手の傷はもうない。


「エイル」


 声をかけると、エイルはびっくりして振り向いた。

 お化けを見たような表情だ。

 失礼な。俺はまだ、死んでない。片足くらいは突っ込んでいたかもしれないが。


「し、死んだと思って……」

「ちょっとだけ、夢を見てたんだ」

「傷は――」

「もう治ったよ」


 左手を見せてそう言う。

 あと69匹だったか。絶望的な状況には変わりない。だが、さほど絶望的とは思わない。いや、これを絶望と呼ぶにはあまりに――安すぎる。


 ムカデのようなのと、ヘビっぽいのと、豚人間のようなのが襲い掛かってきた。毒をまき散らし、炎を吹き出し、牙を剥き出しにしながら。


 俺は片手を掲げる。

 黒い炎、その中に赤い炎――深淵の灯が左手に宿る。


(アクティブスキル『マナドレインLv1』を会得しました)


 ハイキメラの体から、赤黒い帯が伸びてきて、左手の炎がそれを吸い寄せる。突進してきたハイキメラ三匹は、急に力を失って倒れた。三匹のハイキメラは、それから20秒程度で息絶えた。


 四つの魔方陣が現れる。

 動物や虫などをかけ合わせた魔物が召喚される。どれもこれも、恐ろしい相手だ。そのはずだ。恐ろしい相手のはずだ。だが俺は、ほとんど恐怖を感じなかった。感覚の麻痺かもしれない。


 『マナドレイン』。

 四匹は、抵抗一つできず、息絶えた。

 次は五つの魔方陣。出てきた五匹を、『マナドレイン』で倒す。どの魔物も、無抵抗のまま死んでゆく。


「嘘……」


 エイルが呟いた。

 そう言いたくもなるだろう。

 俺自身、よくわかっていない。ただいまは、倒すだけだ。この魔法と自分の力のことを考えれば自分自身に恐怖してしまいそうだから、それは考えないようにして、ただ無感情に、事務的に、『マナドレイン』で魔物を倒す。


 そのうちハイキメラが、俺から逃げるようになってきた。

 だが俺の魔法は、やさしく彼らを包み込む。逃れる術はない。この魔法は呪いのようなもので、物理的に避けたり、防いだりすることはできないだろう。


 ハイキメラは抵抗を試みる。

 火や雷、氷などの魔法で攻撃を仕掛けてきたり、バリアやオーラで防御を固めたり、姿を消したりするものもいた。しかし『マナドレイン』は、魔法を形成する〈マナ〉そのものを奪った。魔法は崩れて、意味を持たなかった。


 女神の微かな声が、俺のレベルアップを告げる。

 声が小さすぎてよく聞こえない。

 この虐殺のような光景は、女神様にも見えているのだろうか。

 エイルの怯える視線を背中に感じながら、俺はひたすらハイキメラを駆逐した。



 強襲部隊の先頭には、ロッカが立った。

 騎士を中心とする強襲部隊は森から施設に侵入し、聖術師の部隊は、施設に施されている結界を魔術的に破壊してゆく。


 研究施設には三つの棟が三角形を形成するように建てられていて、その三角の中心に、本棟がある。三つの施設からはそれぞれ、本棟に向かうための、幅の広い渡り廊下が伸びている。

 その渡り廊下を、強襲部隊は進んでいた。


 それを、ブラックナイトが迎え撃つ。

 ブラックナイトは、総勢1000を超えているという試算があった。ロドロムの施設について、イノワンも全く調べていないわけではなかった。幾人かのスパイを、潜り込ませていた。


 一国の軍勢と同程度のブラックナイト。

 かつて三十年前、ナバースの戦いにおいて、戦況を変えたのはイノワンのパーティーと、そして、100騎のブラックナイトだった。当時は、ブルーナイトと呼ばれていた。黒ではなく、空色の甲冑をつけていたからだ。

 しかし戦いの後、彼らの甲冑の色は剥がれ落ちた。

 本来の黒色に戻ったのだ。


 イノワンと、ナバースの戦いに参加した古強者の騎士たちは、ブラックナイトが敵になった時の恐ろしさを知っていた。魔法に対しても、物理攻撃に対しても、非常な耐性を持っている。疲れ、痛み、恐怖を知らない。魔物よりも恐ろしい、鎧人形。その怪力は、鉄塊のような剣を軽々と振り回す。


 ブラックナイトが、先頭のロッカに襲い掛かった。

 動きはもっさりしているが、それを止める術がない。ロッカを守るため、騎士たちがロッカの前に出ようとする。


「邪魔よ!」


 ロッカは、ぴしゃりとそう言い放った。

 招精の杖が、真っ赤に燃える。

 次の瞬間、『ブレスフレイム』の煉獄の火炎が、ブラックナイトの軍団を飲み込んだ。騎士たちも思わず足を止め、熱風に咽込んだ。


 炎の波はすぐに収まり、直撃を免れたブラックナイトが、再び剣を構えた。


「なんという……」

「嘘でしょ……」


 騎士たちは、ロッカの魔法の威力に驚愕した。

 一瞬で、10体以上のブラックナイトを溶かしてしまった。イノワン様だけではない、我々には、魔術師ロッカもいる! 騎士たちは、奮い立った。

 一方ロッカは、一撃で眼前のブラックナイトを全て葬り去ろうと考えていた。

 ところが倒せたのは10数匹。

 思った以上に頑丈だと、ロッカは冷や汗を流した。


 騎士の剣とブラックナイトの剣が交錯する。

 鍔迫り合いや正面からの斬り合いは、ブラックナイトに分があった。ざばっと、幾人かの騎士が、ブラックナイトに両断された。騎士の剣は、ブラックナイトの硬い鎧を、なかなか斬り破れない。


 イノワンが、後方から前に出てきた。

 二匹のブラックナイトの懐に飛び込む。ブラックナイトの剣がイノワンを薙ぎ払う。が、それよりも早く、イノワンの剣戟が走った。

 キーンと、甲高い音。

 ブラックナイトの胴が真っ二つに割れた。


「一刀に籠めるのだ」


 イノワンの言葉を聞いた騎士が、それを実践する。

 ロッカは、『ファイヤーライトニング』で、近寄ってくるブラックナイトを倒した。


 ロッカとイノワン率いる強襲部隊は、ブラックナイトを蹴散らして、渡り廊下を抜けた。その先は円形の大ホール。その大ホールを超えてスロープを登った先に、ロドロムの座す部屋がある。


 ホールに入り、その中央でロッカは立ち止まった。

 騎士たちが、どんどんホールには入ってゆく。

 その列の最後尾のすぐ後ろから、ブラックナイトの部隊が追いかけてきていた。追手の先頭は、ただのブラックナイトではない。普通のブラックナイトよりも二回りほど大きい。鎧もただの黒ではなく、不気味に光る赤の文字が、鎧全体に、経文のように刻まれている。


「ルーンアーマーだ」


 イノワンが呟いた。

 

「強いの?」


 ロッカが目を細める。


「厄介な相手だ」


 イノワンは応え、ルーンアーマーに向き直って剣を構えた。

 その様子を見て、ロッカは、イノワンの前に歩み出た。


「私がやる」

「あれの防御は鉄壁だぞ。特に、魔法に対しては」

「それなら、その鉄壁を崩すまでよ」


 ロッカの杖が、キラリと輝く。

 イノワンは頷き、ルーンアーマーに背を向けた。


「死ぬなよ、ロッカ」

「他人の心配? アンタはアンタで、ここからが大一番でしょ」

「そうだった」


 イノワンは駆けだした。

 騎士たちもそれに続く。

 その光景は、〈ドラゴンに挑む勇者〉の絵そのものだった。


「さて――」


 ロッカは、杖先をルーンアーマーたちに向けた。

 ルーンアーマーの刻まれた紋章が一層輝く。

 次の瞬間、凄まじい火柱が鎧の魔物を地面から突き上げた。

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