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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
76/114

76 ウルドの魔人

 ぽたぽたと流れ落ちる血。

 エイルが、泣きそうな顔で俺を、左手の傷と血を見つめている。

 流石にこうなると、エイルも感情を出してくれるのだな。

 そんなことを、こんな場面で考える。


 ライオンと蜘蛛のハイキメラは倒した。

 だが俺は、大量の血を失ってしまった。自分でも驚くほど大量の血を流した。そして血は、傷が塞がらないからずっと流れ続けている。

 血液の何パーセント以上を失うと人間は死ぬとか、そんな事を医療バラエティーか何かで聞いたことがある。もうちょっとちゃんと見ておくべきだった。出血性のショック死、とか、そんなのがあった気がする。


 いや、そんなのを知らなくたって、自分の体がまずいことになっているのは分る。呼吸が浅いし、頭痛はするし、瞼は……開けているのがそろそろ辛い。女の子のようにぺたんと床に尻を付けて座り、右手だけを酔っぱらいのように掲げている。


 魔方陣が増えた。

 今度は三つ。魔物も三匹出てくる。

 ちくしょう……。

 いや、まだやれる。意識がある。意識を手放せばどんなに楽だろうか。だがこれはもう、生きるか死ぬかという、そういう局面だ。

 俺はいい。

 エイルだ。彼女には、やっぱり生きていてほしい。

 だが、現実問題、無理だろう。俺は、自分もエイルも救うことはできない。そんなことはもう、分かり切っている。分かってはいるが、でも、諦めきれない。


 掲げた右手が、柔らかい物に包まれた。

 エイルが、握ってくれているのだろうか。


「もういいから」


 いたわるような、優しい声。

 俺は首を振る。

 良くないだろうエイル。お前、死ぬんだぞ? こんな暗い部屋の中で、気味の悪い魔物の手によって。

 俺は、左手を握った。

 もう麻痺していてあまり感覚がないが、たぶん、血が流れたことだろう。


「グリム! もういいから!」


 右手が、さらに強く握られる。

 魔物の気配が近づいてくる。

 こうなりゃ最後だ、――俺の体全部、生贄にしてやる。

 そう念じた瞬間、俺はついに死んだ。



 ――死んだと思ったが、ここはどこだろうか。

 真っ白い空間。

 この世ではないことは確かだ。

 ということはあの世?

 あの世って、こんなに何もない真っ白い部屋なのか?


 ぼわん、音がした。

 後ろを振り向くと、ソレがいた。

 白くてふわふわしていそうな体の、二メートルを超える巨人。ミシュランのマスコットによく似ている。体はどうやら雲で出来ているようで、あるところは灰色の雲で雨が降り、あるところには稲妻が走っている。


「やぁやぁ! こんにちは黒魔術師君!」


 雲巨人はハイテンションで握手を求めてきた。

 躊躇っていると、ぐいっと無理やり握ってきた。


「ここは……?」

「白は嫌い?」


 雲巨人は、俺が答えるのを待たず、ぱちんと指を鳴らした。

 すると、部屋は突然、ピンク色になった。

 なぜかディスコボールライトが天井にキラキラ回り、シングルベッドが置いてある。


「白で、良いです……」

「そう?」


 巨人はもう一度パチンと指を鳴らした。

 部屋が、元の白一色に戻る。


「うーん、でもこれじゃあちょっと味気ないよね。もうちょっと派手めにいこう!」


 パチンと、雲巨人はまた指を鳴らした。

 次の瞬間、俺と雲巨人は、舞台の上にいた。照明に照らされ、舞台の下には観客らしき影が座って俺たちを観ている。学芸会を思い出す光景だ。


「さぁて、俺が誰だかわかる!?」

「い、いいえ……」

「君の腕輪に閉じ込められてた魔人さ!」


 俺は自分の左手を確認した。

 ウルドの腕輪が、しっかり嵌められている。


「俺は大魔人クラウド、オタクの名前は?」

「あ、ええと――」

「グリム! いい名前だ! じゃあさっそくグリム、その紐を引いてご覧!」


 紐が、いつの間にか近くに垂れていた。

 くいっと引っ張る。

 すると――、パンパカパーンと、ラッパの音が盛大に鳴り響き、拍手喝采、口笛、紙吹雪、花火までもが打ち上がった。

 何の騒ぎだ。


「おめでとうグリム! 君は、【ダークメイジ】をマスターした!」


 雲巨人が言うと、舞台袖から三人の小さな雲巨人――雲人間が出てきた。一人はメダルを首にかけてくれ、一人は黒薔薇の花束を、もう一人は賞状を渡したくれた。

 【ダークメイジ】の最大レベルに達したことの表彰らしい。


「一言、感想をどうぞ!」


 口元にマイクを近づけられる。


「え、ええと、あの……これ、何なんですか?」

「はあぁい! ありがとうございました!」


 雲巨人はマイクを投げ捨てた。

 雲巨人の前に、今度は三人の雲人間が現れた。


「ではこれより、デモンストレーションです、どうぞ!」


 雲巨人が言うと、雲人間の一人が前に出てきた。

 雲人間は両手をぶわっと広げた。

 すると、舞台のあちこちから、綿菓子で作られているようなゾンビが這い出してきた。うおお、うおお、と呻いている。ゾンビは、だんだんと形が整ってきて、少しすると、ゾンビらしさが消え、人間のようになった。


「【ネクロマンサー】! 死者を思いのままに操ることができるクラスだ! 高位の【ネクロマンサー】は、生者と区別がつかないようなゾンビを作ったり、魂そのものを作り出したりできる!」


 雲巨人の解説が終わると、手を広げていた雲人間が一歩下がった。ゾンビたちも消え、次の雲人間が前に出てきた。舞台の床が、雲で造形された芝の草原に変わった。

 雲人間はつぼみのできた草を摘み取った。

 つぼみは一時大輪の花を咲かせた。ところが次の瞬間、花は萎れ、花びらは液体のようにぼたぼたと地面に落ちた。

 いつの間にか雲人間の肩には小鳥が止まっていた。ところがその足元には、小鳥の死骸が落っこちている。


「呪いを極めし【スペクター】! 言霊を操り、高位の【スペクター】は、神精霊さえ従えたという!」


 三人目の雲人間が前に出た。


「最後に残るは【アビスメイジ】! 魔法の深淵を歩む者!」


 三人目の雲人間が下がる。

 雲巨人の説明はそれだけ。


「さあって! グリム、君は何を選ぶ!?」

「……結局【アビスメイジ】って、何なんですか?」

「俺にもよくわかりませーん!」

「え……」

「だって見たことないんだもん!」

「他はあるんですか!?」

「当然! 伊達に魔人やってないよ!」


 さすがは魔人、と何だか感心してしまう。


「ちなみに、俺を封印したウルドは、【スペクター】だった!」

「ウルドって、黒魔術師だったんですか!?」

「えぇ! 知らないの!? あんなに有名だったのに!?」


 魔人と人間、生きている時間が違うのかもしれない。

 ウルドは、今となっては誰も名前すら知らない。


「で、何にする!?」

「クラスエンチャントを、してもらえるんですか?」

「勿論! ただし条件がある!」

「何ですか?」

「俺を、腕輪から出して自由にしてくれ!」

「え……」


 この巨人、自分で「大魔人」と名乗っていた。

 魔人を、自由にして良いものだろうか。普通に考えたら、ダメだろう。


「それはちょっと……」

「なんでよ!?」

「だって、貴方、魔人なんですよね?」

「もう反省したよ! あの頃の俺は若かったんだよ!」

「何したんですか?」

「湖を飲み干したり、砂漠を作ったり、雷の雨を降らせたり……」


 絶対自由にしちゃいけない魔人だ。


「今はもうそんなパワーはないよ! ほら見てよ、この小さい体を! この雨雲なんて、可愛いだろう? ほらここ、虹ができてる!」

「いやぁ……」

「お願い! どうか!」


 なんだろう……そんな凶悪には見えない。

 すごい力を持っているのかもしれないが……いや、持っているのか?


「じゃあ、約束をしてください」

「約束?」

「自由になっても、昔のような悪さはしないと」

「わかった! 約束する! だからお願い!」

「わかりました」

「ありがとうグリム! 君は本当に話が分かる人間だ!」


 抱き着かれる。

 雷が危ない。あぁ、服の一部がびしょ濡れになってしまった。

 それはともかく……どのクラスにしようか。


 まず、【ネクロマンサー】は除外だ。弱そうとかそういうわけではない。むしろ、「魂そのものを作り出す」なんて、凄まじい力だと思う。だが、イメージが悪い。魔術師レイバンを、たった一年で忘れることはできない。


 となると、【スペクター】か【アビスメイジ】。

 ウルドは【スペクター】だったらしい。呪いのスペシャリストだという。言霊を使うという事は、魔法は呪文によるものになるのだろうか。

 一方【アビスメイジ】は、よくわからない。「魔法の深淵を歩む者」と、単語レベルではすごそうだが、「すごそう」ということ以外は何一つ情報がない。


 どのクラスを選んでも「すごい」のは間違いない。だが、問題は「どうすごいのか」だ。俺とそのクラスの相性がどうであるか、それが一番重要なところである。


 消去法なら、【アビスメイジ】だ。

 俺は、「死んでしまえばただの物体だ」という考えに与しない。死体損壊罪は極刑でも良いんじゃないかと思っている、そういう人間だ。だから【ネクロマンサー】とは相性が悪いだろう。

 次に【スペクター】。

 呪文は、ちょっと言うのが恥ずかしい。それに呪いは、実はあまり好きではない。


 しかし、堅実に選ぶなら【ネクロマンサー】だろう。

 何しろ、それがどういうクラスであるか、身をもって知っている。命を操るというところも、惹かれる。神への冒涜的な行為かもしれないが、それだけのことができるというのは、やはり魅力である。


 【スペクター】は、黒魔術の華かもしれない。

 これまでの戦いで、俺は「呪い」によって勝ちを得てきた。『ダークネス・カース』が効きにくかった相手はいるが、効かなかった相手はほとんどいない。【スペクター】なら間違いなく、解除方法のない、必殺の呪いも習得できるはずだ。間違いなく地味だが、間違いなく強いだろう。


 どうしたものか。

 だが、俺には時間がないのだ。

 そう、時間がないのだ!


「俺は今、どういう状態なんですか!? エイルは!?」

「君が気を失って、ちょうど今、五秒が経過したところだよ!」

「エイルは、無事ですか!?」

「今のところは無事だーね!」


 この世界の時間は、ものすごく長く感じられるらしい。

 だが、もたもたしてはいられない。

 生き死にの境目なんて、紙切れのように薄いのだ。


「えーと、うーん……」

「お悩み?」

「はい。いや、もう決めます」

「迷ったら、直感を信じるのがいいだろうねっ! 俺はこれまで、直感だけで生きてきたんだから!」


 それもそれでどうかと思うが、まぁしかし、ここは魔人の哲学に乗っかるのが良いかもしれない。どうせ情報なんて、これ以上ないのだ。迷ったところで、決断を遅らせるだけ。それなら、もう最初のイメージを重視して、ノリで決めてみよう。


「【アビスメイジ】でお願いします」

「ガッテン承知!」


 魔人の両手から稲妻が放たれた。

 バリバリと、俺の体は稲妻の青い電気で焼かれた。痛みはなかった。栄養ドリンクを百本一気飲みしたような、言いようのないハイな気分になってくる。体の内側から、何かが湧き出るような、何かが目を覚ましたような、新たな感覚が呼び覚まされたような、そんな感じがする。


「はぁはぁ……」


 体中から湯気を挙げて、俺は呆然と立っていた。

 手のひらからも、湯気が出ている。


「これで、自由……グリム、これで俺を、自由にしてくれるんだよね!?」

「は、はい……約束ですから」

「いやっほぉぉう!」


 魔人は飛び跳ねた。

 何十人もの雲人間が出てきた、パレードが始まった。あらゆる楽器が演奏を始め、着飾った動物が歩き回り、踊り子がくるくる回る。


「この腕輪を、壊せばいいですか?」

「一言言うだけでいい! 俺を、自由にすると宣言してくれれば!」


 俺は頷いて約束を交わした。

 そして、音楽と喜びに支配された世界が、遠くなっていった。

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