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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
70/114

70 勇者との対面

 数日間の強行軍で、ついにピルグにやってきた。

 南方を守る砦の役割があるこのピルグという町は、ゴーレムでも壊せないような石造の巨大な壁を三重に備え、20メートルを超える見張りの塔が何本も建っている。

 門の近くには兵隊の詰め所があり、戦時でもないのに、門を守る守護兵も、詰所から出てくる鎖帷子の兵士たちも、非常に研ぎ澄まされた感じがあった。歩き方、姿勢、表情、この町の兵士の士気の高さは、町に入って一分も歩き回ればよくわかる。


 そんな町のトップと話をしようというのだから、俺たちもだいぶおかしい。

 身の程を弁えていないというか、命知らずというか、ちょっと普通じゃないと思う。果たしてまともに取り合ってくれるか、それはベイフにも分からないらしかった。


 夕方、門が閉まる直前に町に入った俺たちは、そのまま道沿いに進んで、最初に見つけた宿に泊まった。馬を駅宿に届け、久しぶりの風呂に入った。くたびれた体に、暖かい湯が染み込んでいって、蕩ける心地だった。風呂を出て宿に戻った後は、数日ぶりのまともな夕食で腹を満たした。


 寝て起きて(俺は今日も、一番最後まで寝ていた)、イノワン卿に会いに行くのは、昼過ぎにしよう、という話になった。「会いに行く」といって、向こうが会ってくれるかどうかはわからない。そう前置きしたうえで、ベイフはさらに続けた。


「会いたくなるように仕向けるがな」


 なんだか空恐ろしい発言だった。

 確かに俺たちは、イノワンの隠しておきたいこと――ジューガの森の邪悪な施設のことを知っている。しかしこの三十年、ジューガの森とその非人道的な研究についてイノワンを断罪しようという人間がいなかったはずがない。

 しかし、イノワン卿は未だ英雄としてこの町に君臨している。それが何を意味しているのか、考えられるのは、告発者の恐ろしい末路だけである。


 イノワン卿に会う、というのはそういう事なのだ。

 捕まって、地下深くに、永久に幽閉されるかもしれない。その場で殺されるかもしれないし、暗殺者によって毒を盛られるかもしれない。

 しかしベイフは、あの施設を壊滅させるには、イノワンの協力が不可欠だと断言している。だから、危険を承知でイノワンに会いに行かなければならぬのだ、と。


 行ったが最後戻ってこられないかもしれない。

 そう考えると、いくつかやることがある。

 先ず、ユランにこのことを伝えなければならない。一応俺は、まだ書面では契約を交わしてはいないが、侯爵ユラン卿の魔術士なのだ。イノワンの黒い秘密は、教えればユランにも迷惑をかけてしまうからそれは伏せておくが、俺がピルグにいることや、殺されるかもしれないことは伝えなければならない。


 手紙を書き、伝書鳩を使って空に飛ばす。

 この世界の伝書鳩は、形こそ向こうの世界の伝書鳩と同じだが(頭の上に金色の毛が数本あるのは違う点)、その飛行速度はすさまじく、〈矢鳩〉と呼ばれたりもしている。魔法を使って外敵から身を守ったり、姿を消したりなどのステルス飛行もきるらしい。伝書業界のサラブレット、それが、伝書鳩だということだ。


 さて、他にやることはないだろうか。

 ……好物を食べる?

 ケーキ屋でも探すか。とりわけケーキが好きなわけでもないが、最近甘いものを口にしていないから、ちょっと寂しいのだ。

 あとは、恋人に連絡?

 連絡する恋人がいない。

 ――考えてゆくと、俺は本当に、この世界では取るに足りない者なんだなと思えてくる。死んだとしても、それで困るような人はいない。

 いや、自分がそういう生き方をしてきたせいなのだ。

 できるだけ人と関わらないようにしてきたから、そりゃあ、そうなるさ。


 でもクティやジャンヌは、短い時間ではあったが、俺は仲間だと思っていた。

 ジャンヌは言葉も通じなかったし、俺の事をどう思っているのか正直分からないが、きっと、悪い風には思っていないだろう。向こうの国を抜け出したとき、手に入れた一切合切を、面倒事と一緒にジャンヌに放り投げてきたから、それには恨み言を言われそうだが。


 ――ジャンヌにも手紙を出そう。

 俺がピングにいること? 死ぬかもしれないこと?

 そんなことは書かない。

 お元気ですか、そちらはどうですか、奴隷たちや学校はどんな具合ですか、こっちは相変相変わらず冒険の日々です、一年前の冒険が懐かしいです、またどこかで会えるといいですね、お元気で。

 そんなことを書いて、伝書鳩に託す。


 クティには、書かないでおこう。

 きっと俺が死んだら、ユランもいることだし、自然と何かのタイミングでそれは伝わることだろう。


 こうやって死ぬ準備をしていると本当に死にやすくなる、なんて話を聞いたことがあるが、どうなのだろうか。


 朝の時間が過ぎ、昼になった。

 いよいよその時だ。

 馬車を借りて、俺たちはイノワン卿のいる宮殿に向かった。



 イノワン卿の宮殿は、鎧の兵士に守られていた。ただの兵士ではない。鎧は、煌びやかな金の縁取りを施され、その立ち姿は、一つの芸術品のようだった。

 木造の朱の門もまた立派で、俺は気後れしてしまった。

 ベイフが謁見をしたい旨を伝えるが、兵士はそれを許さなかった。当然、そんなものである、町によって、その領主とアポなしで簡単に会うこともできるが、この町はそうはいかない。


 するとベイフは、懐から一枚の銀貨を出し、門番に預けた。


「これをイノワン卿に見せてほしい。三十年来の友人が来たと」


 兵士は訝しげに頷き、宮殿の中に入っていった。

 暫くすると、三人の兵士が――いずれも一般兵士よりも階級の高そうな者であるが、それがやってきて、宮殿の中に案内してくれた。


 連れてこられたのは、小さな扉の前だった。


「連れてまいりました」


 兵士が言うと、中から返事があった。


「入れ」


 兵士が扉を開け、俺たちは中に入った。

 小さな部屋だった。高級宿の宿泊部屋の方がよっぽど広い。鎧や剣が壁際に飾られていて、正面にはガラス戸があるようだったが、それは暗幕のようなカーテンでほとんど覆われている。暗幕の間から漏れる光の筋が、微粒の埃を照らしていた。

 カーテンの前に、骸骨のような男が、椅子に座っていた。

 ベイフが跪き、俺たちもそれに倣った。


「外してくれ」


 骸骨男はそう言うと、三人の兵士は、部屋を出て行った。

 扉が閉まると、部屋はほとんど無音になった。


「なぜ来た」


 男は質問した。

 ベイフにである。


「お変わりになりましたね」


 ベイフは質問には答えず、そう言った。

 どうやら、信じられないことだが、このやつれた、骨と皮だけの骸骨のような男が、勇者イノワンらしい。


「何も変わっていないさ」


 しわがれた声で、勇者はそう言った。


「私を、恨んでいるのか」

「恨みですか」

「黒狩り部隊から追放し、領地も爵位もすべて奪った」

「そう思いました。しかし、全てを奪われてはいなかった。私の奪われたのは、どれも小さなものにすぎませんでした」

「抜かせ……」


 イノワンは死にそうな声で笑った。

 最初は、発作でも起きたのかと思ってヒヤっとしたが、笑っているだけだった。


「貴方はどうですか、イノワン卿。多くを、手に入れましたか」

「あぁ、たくさんのものを手に入れた。見たか、この町を、兵士を!」


 イノワンは立ち上がり、拳を握りしめた。


「地獄のようなこの土地に、人間が築き上げたのだ!」

「そうですね、その通りです。しかし、貴方は?」

「私か? 私はどうかな……」


 イノワンの勢いが急に衰え、再び椅子に座った。


「失ったはずです」

「失った? あぁ、そうかもしれん」

「――ジューガに行ってきました」


 イノワンが口を閉じた。

 沈黙――緊張で心臓が張り裂けそうな沈黙である。

 ベイフがそれを破った。


「ここにいる二人のライカンは、彼らの研究のために、施設に監禁されていました」

「……そうか」

「そうか、だと――」


 ドラガンが腰を起こした。


「奴らを操っているのは貴様なのだろう! 汚い男め! 勝負だ、このベレネめ!」


 激高するライカンに対して、イノワンは実に冷静だった。

 苦笑して、ライカらしいなと呟く。


「私は、彼らを操ってなどいない。だが、勝負をしたいというなら、いつでも受けてたとう」

「今すぐだ、今すぐに――」

「よせ、ドラガン! お前の敵う相手じゃない!」

「黙れ、黙れ! これは我が誇りの為だ!」


 ベイフとドラガンが言い合う。

 イノワンは黙ってその様子を見ている。

 彼に対しても俺の『アナライズサイト』は全く機能しないが、恐らく、相当強いのだろう。なにしろ、老いたとはいえ勇者である。全然そんな風には見えないが……。


「こら、ドラガン!」

「ええい、覚悟!


 ドラガンが鉾を構え、イノワンに飛び掛かった。

 イノワンの瞳が輝いた。


 スパンッ……。

 ガトンッ――。


 一瞬の出来事だった。

 何が起こったのか、俺には全く分からなかった。

 ドラガンが飛び掛かった瞬間、イノワンが腰の剣を抜き、そして――ドラガンが血を撒き散らしながら仰向けに倒れた。

 イノワンは何事もなかったかのように剣を収め、椅子に座りなおした。


 エイルが、一言もしゃべらずにドラガンに近づき、治癒魔法をかける。

 ドラガンは、腹を斬られたようだった。

 ベイフは息を吐き、それから、口を開いた。


「ケイノス様にも会いました」

「ケイノスに……?」

「イノワン卿、これ以上犠牲を増やしてはいけません」

「……」

「我々は、ロドロムを討伐するためにここに来ました」


 ベイフが言うと、イノワンが瞳を見開いた。


「しかし、我々だけでは難しい相手です。協力を、お願いしに来ました」

「協力?」


 かっはっは、と血を吐きそうな声で笑うイノワン。

 本当に勇者なのか。

 俺には、邪悪な老魔導師にしか見えない。


「ロドロムは悪だ。貴方もそれを、もう分かっているはずです」

「そして、私も倒すか」

「貴方が、ロドロムを倒すのです」

「ロドラムは、あの戦を戦った、戦友だ。何があっても、裏切ることはない」

「奴はもう貴方を裏切っている」

「お前に何が分かるというのだ!」

「貴方の目は曇っている!」


 二人は睨みあう。

 いやいや、交渉をしに来たんじゃないのか。怒らせてどうする……。

 だからといって、二人の会話に口を挟むのは無理だ。この世界ビギナーの俺にはレベルが高すぎる。


「ロドロムがいなければ、あの戦いは、勝てなかった」

「奴のせいで、多くの人間が苦しんでいる」

「彼は仲間だ。ロドロムと戦おうというなら――」


 イノワンが再び、剣に手を駆ける。


「ここで私が、相手になる」

「なるほど……貴方はもう、正義を失ったわけですね」


 ベイフも、メイスを握る。

 一触即発。

 二人とも引くに引けなくなっている。怖いが……ドラガンもいないし、ここは俺が何とかするしかないだろう。ベイフを無駄死にさせるわけにはいかない。


「まぁまぁ、二人とも、落ち着いてくださいよ」


 自分でも吐き気がするくらい、調子の良い笑顔と高めの声。

 二人の間に入って、手で落ち着くようジェスチャーする。

 正直、死ぬほど怖い。

 二人のどちらかがその気になれば、俺はその瞬間に、この世界とおさらばだ。


「別に僕たちは、戦いに来たわけじゃないんです」


 イノワンに向き直ってそう言った。

 イノワンは未だ柄に手をかけている。緊張でどうにかなってしまいそうだが、ここで俺が引いたら、後ろの皆も、どうなるかわからない。俺が殺されれば、ベイフとクワルが黙っていないだろう。戦いになれば、エイルもベイフに加勢する。

 どっちが勝っても、悲惨な結末しか見えてこない。


「ただその……あの森で行われていることを、イノワン様がどう思っているのかなと、それを確かめに来ただけなんです」


 ははは、と乾いた笑い声。

 俺の声だ。もう、自分でも何を言っているのかよくわからない。こんな時はもう、笑うしかないものだ。


「私は、彼とは戦わない……」


 イノワンはそう言った。

 柄から手を離し、力を抜いたようだった。

 よし、逃げるなら今だ。


「あぁ、そうですかぁ。いやぁ、つまらないことを聞きに来てすみませんでした。自分たちはこれで失礼しますので、あの、お構いなく」


 俺は適当にそんな言葉を並べて、皆に、外に出るよう促した。

 イノワンに背を向けているのがとてつもなく恐ろしいから、みんな、本当に早く部屋を出てくれ。


「うぅ……」


 ドラガンの肩を、俺とベイフで担いで部屋から出る。

 ――斬撃が襲ってくることはなかった。

 俺たちはそそくさと、無言のまま宮殿を後にした。


 何しに来たんだ、という感じだが、生きているだけ良しとしよう。

 そう考えなきゃ、やってられないじゃないか。

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