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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
66/114

66 逃走中

「グリム様! ここです、クワルはここにいます!」


 叫ぶ。

 間違いない、このに匂いは、グリム様の香りだ!

 クワルは、小さな体の底から、ありったけの声を振り絞った。


「黙れライカン!」


 拘束されて無防備な腹に、魔術師の蹴りが入る。

 うっ、とクワルは息をつめた。


「グリム様ぁぁぁっ!」

「黙れと言っている!」


 ゲシ、ゲシ、バシ――。

 殴る蹴るの暴行が加えられる。


「はぁはぁ……」

「クワル様あぁぁ、ここですううう!!」

「お前、もう黙れ!」

「クワル様ぁぁ!」

「黙ってくれよぉ!」


 殴っている魔術師の方が息切れを起こしていた。

 クワル、魔術師の物理攻撃などはほとんど効いていなかった。



 ぎゃーーーっと、いかにも痛そうな悲鳴が上がる。

 全力の『デボートキュア』はさぞかし痛いだろう。例えささくれや深爪、軽い靴ズレや擦り傷であっても、『デボートキュア』はそれを、10秒あれば急性虫垂炎以上の痛みにできる。

 そして人間というのは、体のどこかに傷の一つくらいは作っているものである。


 蹲り、のた打ち回る魔術師。

 火や氷の矢を『ミストテレポート』で避けながら、クワルの声を頼りに進む。さっきからずっと、俺の名前を呼んでいる。



「なんて男だ」


 ベイフは、解き放たれたキメラと戦っていた。その後ろにエイルが控える。

 グリムは、一人敵陣に突っ込んだ形である。グリムの特攻は、ベイフから見ても、命知らずな無謀であった。


「エイル、いつでも逃げられるようにしておけよ」

「わかってる」


 ベイフが言うのに、エイルは応えた。

 ベイフは彼女の言葉に、いつものエイルにはない「焦り」を聞き取っていた。エイルの集中力も、いつもより散漫になっている。ベイフは、彼女の視線が、自分を通り過ぎて、その奥を見つめているのを感じていた。


「エイル、後ろにもいるぞ!」


 エイルは言葉に反応してくるりと振り向き、魔術師の『ファイヤーアロー』を『マジックバリア』で受け止めた。すぐにベイフが、その魔術師に『ホーリーアロー』を放ち、沈黙させる。

 そして再び、プロトキメラと対峙する。



「グリム様!」

「クワル!」


 見つけた。

 檻の中で枷を嵌められている。その隣には、袋をかぶせられたままの、毛むくじゃらの大男――ドラガン将軍だ。

 檻の中には、魔術師が一人。


「動くな、動けばこいつが――いたたたっぁああ!! あぁあああ!」


 俺の魔法は初動が表面に出ない。

 『デボートキュア』によって、檻の中の魔術師は、膝を抱えて悲鳴を上げた。血が、黒い石の床に流れ落ちる。膝を擦りむいていたかしたのだろう。

 檻は開いていた。


 中に入って、クワルの枷をグラシエクレルで壊してゆく。


「グリム様、グリム様ぁ……」


 クワルは、目に涙を一杯に浮かべて、手が自由になると、ひしと抱き着いてきた。

 怖い思いをしたのだろう。

 そりゃあそうだ、こんな気味の悪い場所に連れてこられただけでも不安だろうに、周りにいるのが、頭巾をかぶって生物を改造するような悪趣味な変態ときている。

 クワルの枷を全て怖し、続いてドラガン将軍を自由にする。

 頭にかぶせられた袋を取ると、そこにあったのは、疲れ切ってやつれたドラガンの顔だった。


「話は後だ。今は、逃げよう」

「はい!」

「待て! 武器をよこせ!」


 ドラガンが喚いた。

 当然躊躇する。


「逃げるためだ。こんな所で襲わん!」


 ドラガンの言葉を信じることにして、グラシエクレルを渡す。

 将軍は武器を持つと、檻の外からやってきた魔術師を、早速その矛先で貫いた。その力強さは、流石ライカンといったところだろう。

 魔術師は自分の血だまりに崩れ落ちた。もう助からないだろう。というか、即死だったかもしれない。だが今は、そこに何か感情を挟んでいる余裕はない。


 檻を出た時、通路の奥からブラックナイトがやってくるのが見えた。

 一匹や二匹ではない。

 十体はいる。


「曲者めっ!」

「将軍、逃げるぞ!」

「逃げる? 馬鹿を言え! この屈辱を晴らさずに、おめおめと逃げ帰れるか!」


 ドラガン将軍は、やはり武人なのだろう。

 鉾――グラシエクレルを構え、仁王立ちで、駆けてくるブラックナイトを睨み据えた。


「将軍!」

「黙れ!」

「ライカンは、命の恩を仇で返すのか!」

「な、なんだとっ! 奴らを倒すのが仇だというのか!」

「そうだよ! 今は俺のいう事を聞いてくれ!」

「くっ……」

「将軍!」

「ええい、腑に落ちぬ!」


 言いながら、ドラガンは従ってくれた。

 ドラガンもクワルも、拘束されていたというのに、驚くほど元気だった。クワルは武器を持っていないが、混戦になれば、魔術師など武器無しで倒してしまうし、ドラガンはドラガンで、すっかりグラシエクレルを使いこなしていた。


「戻ったか……」


 ベイフは、俺たちを驚きつつ迎えた。

 クワルとベイフは初対面であるが、ベイフとドラガンは――。


「貴様ぁ!」


 ドラガンが、グラシエクレルの『ファイヤーライトニング』をベイフに放った。ベイフの『ホーリーオーラ』がそれを減衰させ、残った分は、メイスで受け止めた。


「あぁもう、頼むから今仲間割れをするのはやめてくれ!」

「仲間だと!? ふざけるな! この男が、俺をっ……!」

「将軍、状況が変わった。今は敵同士じゃない」

「ふざけるな!」


 ドラガン将軍が、ベイフに飛び掛かる。

 矛の一撃をメイスで逸らし、ベイフも反撃する。プロトキメラが襲い掛かってくる。


「この状況を理解できないか、ライカン」

「貴様は俺の宿敵だ! 生涯、仲間になることはない!」

「やめろって! やるならここを出てからにしてくれ!」


 もう滅茶苦茶だ。

 ドラガンは完全に頭に血が上っているし、ベイフはベイフで、「そっちがその気なら」という感じだし――本当に救えない。二人とも大人げなさすぎる。


「ベイフ!」

「わかってる!」


 エイルに怒られて、ベイフはやっと、出口に向かって廊下を走った。


「待て貴様、逃げる気か!」


 ドラガンが、ベイフの背中を追いかける。

 その後ろに、俺とクワルとエイルが続く。

 ――来た道を戻る。


 小部屋に駆け戻り、ベイフもドラガンも、躊躇いなく穴から飛び降りていった。

 そして、クワルも。

 俺とエイルは、穴の前で立ち止まり、顔を見合わせた。


「グリム様! 下の魔物は、私が何とかします!」


 なんと心強い。

 だが、暗い空間に飛び降りるということそのものが怖いのだ。魔物がいようがいまいが、心の準備が必要になる。

 ちなみに、ベイフとドラガンはリアル鬼ごっこをしているため、クワルのように、下の部屋で待ってくれてはいない。ベイフが光の魔法で照らしてくれていれば良かったのにと思う。


 どたばたと足音が近づいてくる。

 今にも扉を蹴破って、ブラックナイトが襲ってきそうだ。


「飛べる?」

「無理」


 無理か……。

 だが、初めてエイルと言葉のやり取りをした。

 ちょっと嬉しい。だが、本当に今は、それどころではない。

 ――穴を覗く。

 真っ暗で何も見えない。


 もう一度、俺とエイルは顔を見合わせた。

 ――ばたあんと、背後の扉が開いた。

 三体の黒い鎧が視界に飛び込んでくる。


 ――次の瞬間、エイルが穴から飛び降りた。


「おっ、ちょっ……! エイル!」


 俺は咄嗟に『ミストテレポート』をしていた。

 暗闇の中でエイルの気配を探し、掴む。引き寄せる。

 そして――。


 スチャ……。

 エイルをお姫様抱っこした状態で、上手く着地していた。なんという奇跡。これが体操競技なら「テン、テン、テン……」と、最高得点が並んだことだろう。

 いや、自惚れている場合ではない。


 暗闇の中、エイルと目があう。

 わずかセンチメートルの至近距離。


「……」

「……」


 エイルは、俺の首に回していた手を解いた。

 俺は、エイルの足を地面に降ろす。


「グリム様! 急ぎましょう!」


 クワルはエイルと俺の手を掴んで走った。

 あとから、ガシャーンと、すごい音がしてきた。ブラックナイトが、飛び降りたのだろう。無茶をしやがる……。


 出口に続く一本道をひたすら走る。


「待て、貴様ぁ!」

「いい加減にしろよライカン、今は戦っている場合じゃない!」

「黙れ黙れ! その首、ねじ切ってやる!」

「馬鹿め!」

「なんだと貴様ぁ!」


 前の方から、そんなやり取りが聞こえてくる。

 ドラガンとベイフの鬼ごっこは継続中らしい。

 エイルはメイスを掲げ、聖火ランナーのように走った。思えば、エイルはずっと魔法を使いっぱなしである。


「はぁ、はぁ……」


 エイルの息が上がっている。

 少しでも彼女の負担を減らすことはできないだろうか。

 ――そうだ、『HPポワード』というのを使えた。自分のHP――体力とか生命力とか、実は詳しく知らないが、それを、人に分け与える魔法だ。


 俺は、エイルの後ろから、その小さな背中に手をかざした。

 赤い粒が、俺の掌からエイルに移動してゆく。

 これで少しはマシになっただろうか。

 エイルの表情は見えない。

 代わりに、走る速度が上がった。



 ついに、アンモナイトの出口から脱出した。

 腐葉土の上に着地する。

 曇り空だったが、その曇りの光さえ眩しかった。土の上に出たモグラはこんな気分なのだろうか。


 ――それはともかくとして。

 ベイフとドラガンがいない。

 今度はかくれんぼか? 付き合ってられるか。とにかく今は、ここから離れよう。森を出て、川を渡ればこっちの勝ちだ。


 森に入って最初の10分は、かなり速く走った。その後は流石に疲れて、歩き始める。二時間ほど歩いたところで、一度休むことにした。


「自己紹介がまだでした!」


 クワルはそう言うと、エイルに自己紹介をし始めた。


「私はクワルと言います! 西部ライカンの伝令をしていました! 今は、グリム様の僕――じゃなくて、奴隷……じゃなくてええと――」


 エイルの目が怖い。

 頼むからクワル、そういう言い間違いはしないでほしい。


「――そう、付き人です! グリム様の付き人をやっています!」


 そう、それでいい。

 しかし残念ながら、エイルは俺についての誤解を、もう解く気はないらしい。

 目が、冷たい。


「彼女は――」

「エイル」


 驚いた。

 エイルが自分から名乗るとは思わなかった。さすがに相手がクワルだと、鋼鉄の女の心も動くのか。

 ――そしてどうして、そこで俺を睨むのか。


「エイル様、ありがとうございます。助けてくれて」

「……私の言いだしたことじゃないから」

「でも、ありがとうございます」


 にっこりと、無邪気な笑顔。

 これにやられるんだよ。

 一瞬、エイルの表情が綻んだ。クワルを見つめる眼差しが優しい。そんな、そんな顔もできるのか。ずっとそれでお願いします。


 と、クワルは、俺に向き直った。

 しゅんと耳を垂れて、縮こまる。


「私は……クワルはまた、グリム様に迷惑をかけてしまいました……」

「お互い様だ。俺は俺で弱かったし、どっちも命がけだった――」

「でも……」


 クワルは、ぽろぽろと涙を流した。


「ごめんなさい……」


 いたたまれなくなって、俺はそんなクワルを引き寄せて、頭を撫でた。ぽかぽかして、本当に良い撫で心地だ。最近撫でていなかったから、余計に可愛く感じる。


「どうでもいいよ。こうしてまた会えて、本当に良かった」

「グリム様ぁ……」


 ぎゅっと抱き着かれる。

 エイルは、いつの間にか、いつものポーカーフェイスに戻っていた。感情の無い目で俺たちを見つめている。一体何を考えているのか、分からない。


 短い休憩を終え、俺たちは歩き出した。

 相変わらずプロトキメラはうろついていたが、それは全部、クワルが倒した。素手でもクワルは、充分強かった。名誉挽回を期して、出るキメラ出るキメラ一瞬で倒していった。



 やがて、クワルが川の匂いを捕まえた。

 クワルを先頭にしばらく歩いてゆくと、川岸に辿り着いた。

 クワルは嬉しそうな表情を俺に見せ、エイルですら、ほっと溜息をついていた。だが俺は、到底そんな気持ちにはなれなかった。

 安心どころか、差し迫った危険を予感していた。

 それは、『プレシーブセンス』によるところではない。


 まず、大きな問題がある。

 船がない。

 船がない以上、泳いで渡るしかない。この川がただの川なら良い。日本にあるような川なら、多少底が深くても、その辺の倒木を浮かべて、それに捕まって行けば、いつかは向こう岸に着く。

 だが、ここは日本ではない。

 水は綺麗だが、この川にワニ的生物がいないと誰が保証できようか。ここはファンタジーの世界――しかもわけのわからない研究所の近くだということを加味すると、「安全だ」などと思う方がどうかしている。

 十中八九、変な生物がいると考えて良いだろう。


 しかし辛いのは、だからといって、泳いで渡る以外の方法がないということだ。

 だから、どんなに考えても、やっぱり泳いで渡るしかない。

 要するに――まだ全然、助かっていないのだ。

 むしろここからが、一番危険なのだ。


 そして二つ目の問題は――ベイフとドラガン、二人がいないことだ。

 しかしこれも、探し回っている時間はない。

 もう岸に出てしまった。

 渡るなら、日が暮れる前だ。それまでに、川を渡り切らないといけない。


 すでに太陽は、一番高い所から降りてきている。


「あの二人は、マジでもう……」


 その時、クワルが岸辺に何かを発見した。

 

「人が、倒れています!」

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