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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
65/114

65 潜入

 穴を降りた瞬間、俺は条件反射的に『ダークバインド』を使っていた。

 後からベイフとエイルが下りてきて、メイスで周りを照らした。

 プロトキメラが、目の前にいた。

 三匹いたが――間もなく『ダークネス・カース』で息絶えた。


 俺たちは一本道の通路に入り込んだようだった。

 明かりが照らしている範囲に、プロトキメラが五匹、六匹と新たに入ってきた。光の奥――通路の先には100か200かそれ以上か、蠢く魔物の気配を感じる。

 虫のように、壁に、天井に張り付き、こちらを見ている。そんなイメージが浮かんでくる。


「エイル、光を任せた」


 ベイフはそう言うと、掲げていたメイスを降ろし、構えなおした。

 俺は『ディアルプレイ』によって同時に二つのアクティブスキルを使うことができるが、普通の魔術師は、そうはいかない。ベイフであっても、一度に使えるアクティブスキルは一つだけだ。


 ベイフは、近くにいたプロトキメラを『ホーリーアロー』で倒した。

 数歩進むと、新たなプロトキメラが現れた。

 歩みを止める。

 ――ダメだ、こんな調子では時間がかかりすぎる。クワルの事を考えると、一秒だって無駄にできない。


 一か八か、やってみるか。


 俺は目を閉じて、両手を前に――暗闇の方に突き出した。

 通路の暗黒に潜む魔物の気配に集中する。

 ――『ダークバインド』。

 見えない相手、気配だけの相手に魔法をかける。しかもその数は、10や20ではない。果たして、俺の魔法が届くだろうか。

 いや、違う。

 ――届かせなければいけないんだ。


 少しでも『ダークバインド』の魔法が届けば、魔法抵抗も呪い抵抗もないプロトキメラには、それが致命傷になる。

 『アビスブースト』も加える。

 

 手応えがあった。

 感じている気配の分の魔物には、『ダークバインド』が届いた。

 目を開ける。

 鼓動が激しくなる。頭痛がする。目眩を覚え、壁に手を突いた。


「大丈夫か?」

「はい……ちょっと、やりすぎました」


 体力と血を、一気に使いすぎた。

 魔法の怖いところはそこである。魔法の種類にもよるが、俺の場合、使った後でその分の代償が体から奪われる。黒魔術は基本的に後払いだ。使い方を間違えれば、うっかり命を落とすこともあるだろう。


 通路を歩いてゆくと魔石が散乱していた。

 魔法のかからなかったプロトキメラもいたが、それはベイフが、難なく倒した。

 通路を進めば進むほど、魔石が大量に、密集して落ちていた。俺もベイフも、そしてたぶんエイルも、それが何を示しているのかを考えながら進んだ。


 通路は、円形の空間に続いていた。

 その空間には、大量のプロトキメラが、無傷で残っていた。エイルが、光の魔法を『サンランタン』から、『パトロソラス』に変えた。光の色が白から黄色に変わる。

 プロトキメラは、岩場のフナ虫のごとく、エイルの魔法の光からぞぞぞっと暗闇の隅に逃げていった。


 ベイフの体の縁が白く発光し始めた。『ホーリーフォースLv3』だ。ベイフを先頭に、俺たちは空間の真ん中まで進んだ。


「上だ」


 ベイフに言われて上を見ると、高い天井の真ん中に、マンホールのような穴があった。そこから施設の奥へと行けそうだ。ここはきっと、下水道のような場所なのだろう。流しているのは水ではなく、できそこないのプロトキメラだが。


「君は、飛べるか?」

「やったことありません。でも――」


 高さ20メートルほど。

 『ミストテレポート』を二回から三回連続して使えば届くだろう。ただその場合、最終的に掴まるところがないと辛い。捕まるところがあったとしても、懸垂をまともに5回できない俺だ、一分とぶら下がっていられないだろう。


 先に、あの蓋を取ってもらいたい。


「あそこに、行くだけならできます」

「あの蓋を開けることは、できないか?」

「それは――」


 できない、と答えようとしたが、改めて考え直して、俺は自分を笑ってしまった。自分に翼があるのを忘れて、移動に飛行機を使おうとしたカモの話を思い出した。

 先に『ダークバインド』で蓋をどかせばいいんだ。

 何も上に行ってから、わざわざ手でどかす必要もない。


「やってみます」


 蓋に意識を集中する。

 なかなか動かない。動いてはいるが、鎖か何かで動きを止められているようだ。微かに、カシャカシャという金属のぶつかる音が聞こえてくる。

 鎖にも『ダークバインド』をかける。

 ダメだ、引きちぎれない。

 そこまでのパワーは、今の俺の『ダークバインド』では出せないようだ。


「ダメそうです。あの蓋、向こう側から、鎖で縛られているみたいで」

「よくそんなことがわかるな」

「魔法をかけたら、何となく分かりました」

「あの蓋には、魔法がかかるのか?」

「蓋にも、鎖にもかかります」

「そうか……ならば――エイル、ロープを」


 エイルは頷き、リュックを降ろした。

 ベイフはメイスを頭上に突き出した。

 メイスの先から一筋の閃光が走った。『セレススマッシュLv2』。強烈な光の余波が空間を照らす。


 派手な破砕音と衝撃。

 円形の蓋のあった場所には、ぽっかりと穴が開いていた。


 ベイフは、エイルがリュックから出したロープの端を受け取った。

 そして、助走を取ると、思い切り跳んだ。

 ベイフの体は、しゅうっとペットボトルロケットのように飛んでゆき、天井の穴の中に入っていった。


 数秒後、穴からベイフが顔を覗かせた。


「よし、いいぞ! これから引き上げる! 準備ができたら、ロープを二度引っ張って合図してくれ!」


 天井から伸びた一本のロープを挟んで、俺はエイルと視線を交わした。

 どっちが先に、ということだろう。

 だが俺は、ロープを使わない。引き上げてもらうまで握り続けている自信もない。


「どうぞ……俺は、後から行くよ――あぁ、待った」


 収納の杖を振ってシルフロッドを出す。

 杖を使って、エイルに『ウィンドフォース』をかける。


「じゃあ、頑張って」


 杖を収納して、俺は周囲を警戒した。

 光に驚いていたプロトキメラも、だんだん目が慣れてきたのだろう、光の照らしている中に、じりじり入ってきていた。


「ありがとう……」


 そんな呟きが聞こえた気がして、振り向いた。

 エイルはすでにロープにつかまり、引き上げられ始めていた。


「え、待って、今なんて――」


 訊こうとして、俺は、今度はプロトキメラたちの方を見た。

 あぁ、なんということだ。

 エイルが引きあげられてゆく。すると光も、エイルと一緒に上昇する。光が、だんだんと小さくなってゆく。


「ちょ……うわうわうわ……」


 恐怖である。

 光が狭まってゆく。プロトキメラが迫ってくる。だがその姿は見えない。見えないのに、確実に近づいてくる。


「マジ無理マジ無理、いやだぁ!」


 ゴキブリだらけの、あるいは毛虫だらけの待っ暗い部屋。

 その真ん中に一人放り込まれたとしたらどうだろうか。

 しかも相手は虫じゃない。俺を殺そうとしてくる。


 上を見上げる。

 今すぐに『ミストテレポート』をしたい。

 だが、何かの拍子にエイルが落っこちたら、誰が助ける。そのために俺がここに残ったのだ。だが、光の事は考えていなかった。


 いやまて、集中しろ。

 さっきみたいに、集中して『ダークバインド』を使えば、見えていない相手も倒すことができる。そうだ。だからいっそ目を閉じろ。目を閉じて――。


「無理だぁ……!」


 泣きそうになる。

 がそごそという、蠢く気配。

 いろんな音が聞こえてくる。ぴちゃぴちゃ、とか、かちかち、とか……音だけで虫唾が走る。とても集中なんてできない。

 光がなくなってゆく。

 もうほとんど、何も見えない。


 キシャー!


 理性の限界だった。

 エイルは――随分上のほうにいる。もう、無大丈夫だろう!? 大丈夫、ということにして『ミストテレポート』!


「ぜぇぜぇ……」


 移動した先は、丸い小部屋だった。

 明るい。

 壁際に一人、変な頭巾を被った魔術師が倒れている。

 エイルはロープを手繰り寄せて、リュックにしまっているところだった。


 助かった……。

 

 穴から下を覗き込んでみる。

 もう何も見えない。暗闇が、ただ広がっているだけだった。たまに何かの音が、反響して微かに聞こえてくるくらいである。

 あの暗闇の中にいたかと思うと、それだけでぞっとする。

 じんわりと生きている実感が湧いてくる。


 ――しかし、ここからだ。

 この、規模も構造も分からない施設から、どうやってクワルを探し出すか。とにかく、ここにいても始まらない。


 この部屋には、三つの扉がある。

 扉のうち二つは、人が三人は並んで通れるほどの大きさのもので、一つは、それよりもさらに大きな扉である。


「そこの倒れてる魔術師は、何ですか?」

「蓋を壊したときに吹っ飛んだのだろう。俺がここに来たときには、もう伸びていた」

「こいつを、利用しましょう」

「起こして居場所を聞き出すのか?」

「いえ――」


 恐らく、この魔術師に訊いたところでダメだろう。こんな所を守らされている魔術師だ。新しく入ってきた被験者の情報など、きっと知らない。


「どうする?」

「こうします――立て」


 『パペットカース』を使い、命令する。

 意識を失っている魔術師が、ふらありと立ち上がった。


「彼と一緒に歩いていれば、きっと怪しまれませんよ」

「なるほど、なかなか大胆な方法だが――面白い。乗ろう」


 正面の一番大きな扉を行くことにした。

 扉を開けると、長い通路になっていた。幅5メートル強、高さは6メートルほど。

 俺たち三人は、気絶しながら歩かせている魔術師の後ろについた。

 通路には、彼と同じ服を着、頭巾を頭にかぶった魔術師たちがいた。通路の左右にはガラス張りの実験室と、獣の入った檻の部屋が交互に配置されている。

 魔術師たちは俺たちに一瞥をくれたが、皆それだけで、特に呼び止められたりはしなかった。


 獣の叫び声がひっきりなしに、いろいろな檻から聞こえてきた。

 ベイフは顔をしかめたが、ここの魔術師たちは、獣の苦痛には頓着がないのだろう、全く気にした風もない。

 この中にクワルがいるのだろうか。

 クワルも、苦痛を伴う実験に、獣のように叫んでいるのだろうか。


 思い切りクワルの名を叫びたい衝動に駆られる。

 プロトキメラの姿が脳裏に浮かぶ。

 気持ちが魔法に反映して、魔術師の歩く速度が速くなり、ふらつく。

 あっ――。


 バタッ……。


 魔術師は、足を絡めて倒れてしまった。

 近くにいた数名の研究員の魔術師が、不審そうにこっちを見る。

 ――気づかれただろうか……?


 数秒間見られた。

 一人の魔術師が、俺たちの方にやってきた。

 倒れた魔術師に、何かを訊きに来たようだった。何か、というか、間違いなく俺達の事だろう。だが彼は答えられない。気を失っているのだから。

 ――まずい。

 『パペットカース』は、行動は制御できても、言葉は制御できない。


「彼らは何者だ?」


 訊いてきた。

 息を呑む。


「おい、聞いているのか? 彼らは――」


 その時だった、遠くから微かに声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声だ。

 反響して、上手く聞き取れないが、これは――。


「グリム様!」


 クワルだ!

 クワルの声だ。


「クワル!」


 俺は、いつの間にか叫んでいた。

 魔術師がメイスを抜いた。周りの魔術師も、杖やメイスを抜き放った。


「焦ったな。だが、やるしかない」


 ベイフもメイスを構えた。

 『パペットカース』の解けた魔術師が、ぺしゃりと床に倒れる。

 一瞬の間――そして。


「侵入者だ!」

「かかれ!」


 魔法が一挙に放たれた。

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