65 潜入
穴を降りた瞬間、俺は条件反射的に『ダークバインド』を使っていた。
後からベイフとエイルが下りてきて、メイスで周りを照らした。
プロトキメラが、目の前にいた。
三匹いたが――間もなく『ダークネス・カース』で息絶えた。
俺たちは一本道の通路に入り込んだようだった。
明かりが照らしている範囲に、プロトキメラが五匹、六匹と新たに入ってきた。光の奥――通路の先には100か200かそれ以上か、蠢く魔物の気配を感じる。
虫のように、壁に、天井に張り付き、こちらを見ている。そんなイメージが浮かんでくる。
「エイル、光を任せた」
ベイフはそう言うと、掲げていたメイスを降ろし、構えなおした。
俺は『ディアルプレイ』によって同時に二つのアクティブスキルを使うことができるが、普通の魔術師は、そうはいかない。ベイフであっても、一度に使えるアクティブスキルは一つだけだ。
ベイフは、近くにいたプロトキメラを『ホーリーアロー』で倒した。
数歩進むと、新たなプロトキメラが現れた。
歩みを止める。
――ダメだ、こんな調子では時間がかかりすぎる。クワルの事を考えると、一秒だって無駄にできない。
一か八か、やってみるか。
俺は目を閉じて、両手を前に――暗闇の方に突き出した。
通路の暗黒に潜む魔物の気配に集中する。
――『ダークバインド』。
見えない相手、気配だけの相手に魔法をかける。しかもその数は、10や20ではない。果たして、俺の魔法が届くだろうか。
いや、違う。
――届かせなければいけないんだ。
少しでも『ダークバインド』の魔法が届けば、魔法抵抗も呪い抵抗もないプロトキメラには、それが致命傷になる。
『アビスブースト』も加える。
手応えがあった。
感じている気配の分の魔物には、『ダークバインド』が届いた。
目を開ける。
鼓動が激しくなる。頭痛がする。目眩を覚え、壁に手を突いた。
「大丈夫か?」
「はい……ちょっと、やりすぎました」
体力と血を、一気に使いすぎた。
魔法の怖いところはそこである。魔法の種類にもよるが、俺の場合、使った後でその分の代償が体から奪われる。黒魔術は基本的に後払いだ。使い方を間違えれば、うっかり命を落とすこともあるだろう。
通路を歩いてゆくと魔石が散乱していた。
魔法のかからなかったプロトキメラもいたが、それはベイフが、難なく倒した。
通路を進めば進むほど、魔石が大量に、密集して落ちていた。俺もベイフも、そしてたぶんエイルも、それが何を示しているのかを考えながら進んだ。
通路は、円形の空間に続いていた。
その空間には、大量のプロトキメラが、無傷で残っていた。エイルが、光の魔法を『サンランタン』から、『パトロソラス』に変えた。光の色が白から黄色に変わる。
プロトキメラは、岩場のフナ虫のごとく、エイルの魔法の光からぞぞぞっと暗闇の隅に逃げていった。
ベイフの体の縁が白く発光し始めた。『ホーリーフォースLv3』だ。ベイフを先頭に、俺たちは空間の真ん中まで進んだ。
「上だ」
ベイフに言われて上を見ると、高い天井の真ん中に、マンホールのような穴があった。そこから施設の奥へと行けそうだ。ここはきっと、下水道のような場所なのだろう。流しているのは水ではなく、できそこないのプロトキメラだが。
「君は、飛べるか?」
「やったことありません。でも――」
高さ20メートルほど。
『ミストテレポート』を二回から三回連続して使えば届くだろう。ただその場合、最終的に掴まるところがないと辛い。捕まるところがあったとしても、懸垂をまともに5回できない俺だ、一分とぶら下がっていられないだろう。
先に、あの蓋を取ってもらいたい。
「あそこに、行くだけならできます」
「あの蓋を開けることは、できないか?」
「それは――」
できない、と答えようとしたが、改めて考え直して、俺は自分を笑ってしまった。自分に翼があるのを忘れて、移動に飛行機を使おうとしたカモの話を思い出した。
先に『ダークバインド』で蓋をどかせばいいんだ。
何も上に行ってから、わざわざ手でどかす必要もない。
「やってみます」
蓋に意識を集中する。
なかなか動かない。動いてはいるが、鎖か何かで動きを止められているようだ。微かに、カシャカシャという金属のぶつかる音が聞こえてくる。
鎖にも『ダークバインド』をかける。
ダメだ、引きちぎれない。
そこまでのパワーは、今の俺の『ダークバインド』では出せないようだ。
「ダメそうです。あの蓋、向こう側から、鎖で縛られているみたいで」
「よくそんなことがわかるな」
「魔法をかけたら、何となく分かりました」
「あの蓋には、魔法がかかるのか?」
「蓋にも、鎖にもかかります」
「そうか……ならば――エイル、ロープを」
エイルは頷き、リュックを降ろした。
ベイフはメイスを頭上に突き出した。
メイスの先から一筋の閃光が走った。『セレススマッシュLv2』。強烈な光の余波が空間を照らす。
派手な破砕音と衝撃。
円形の蓋のあった場所には、ぽっかりと穴が開いていた。
ベイフは、エイルがリュックから出したロープの端を受け取った。
そして、助走を取ると、思い切り跳んだ。
ベイフの体は、しゅうっとペットボトルロケットのように飛んでゆき、天井の穴の中に入っていった。
数秒後、穴からベイフが顔を覗かせた。
「よし、いいぞ! これから引き上げる! 準備ができたら、ロープを二度引っ張って合図してくれ!」
天井から伸びた一本のロープを挟んで、俺はエイルと視線を交わした。
どっちが先に、ということだろう。
だが俺は、ロープを使わない。引き上げてもらうまで握り続けている自信もない。
「どうぞ……俺は、後から行くよ――あぁ、待った」
収納の杖を振ってシルフロッドを出す。
杖を使って、エイルに『ウィンドフォース』をかける。
「じゃあ、頑張って」
杖を収納して、俺は周囲を警戒した。
光に驚いていたプロトキメラも、だんだん目が慣れてきたのだろう、光の照らしている中に、じりじり入ってきていた。
「ありがとう……」
そんな呟きが聞こえた気がして、振り向いた。
エイルはすでにロープにつかまり、引き上げられ始めていた。
「え、待って、今なんて――」
訊こうとして、俺は、今度はプロトキメラたちの方を見た。
あぁ、なんということだ。
エイルが引きあげられてゆく。すると光も、エイルと一緒に上昇する。光が、だんだんと小さくなってゆく。
「ちょ……うわうわうわ……」
恐怖である。
光が狭まってゆく。プロトキメラが迫ってくる。だがその姿は見えない。見えないのに、確実に近づいてくる。
「マジ無理マジ無理、いやだぁ!」
ゴキブリだらけの、あるいは毛虫だらけの待っ暗い部屋。
その真ん中に一人放り込まれたとしたらどうだろうか。
しかも相手は虫じゃない。俺を殺そうとしてくる。
上を見上げる。
今すぐに『ミストテレポート』をしたい。
だが、何かの拍子にエイルが落っこちたら、誰が助ける。そのために俺がここに残ったのだ。だが、光の事は考えていなかった。
いやまて、集中しろ。
さっきみたいに、集中して『ダークバインド』を使えば、見えていない相手も倒すことができる。そうだ。だからいっそ目を閉じろ。目を閉じて――。
「無理だぁ……!」
泣きそうになる。
がそごそという、蠢く気配。
いろんな音が聞こえてくる。ぴちゃぴちゃ、とか、かちかち、とか……音だけで虫唾が走る。とても集中なんてできない。
光がなくなってゆく。
もうほとんど、何も見えない。
キシャー!
理性の限界だった。
エイルは――随分上のほうにいる。もう、無大丈夫だろう!? 大丈夫、ということにして『ミストテレポート』!
「ぜぇぜぇ……」
移動した先は、丸い小部屋だった。
明るい。
壁際に一人、変な頭巾を被った魔術師が倒れている。
エイルはロープを手繰り寄せて、リュックにしまっているところだった。
助かった……。
穴から下を覗き込んでみる。
もう何も見えない。暗闇が、ただ広がっているだけだった。たまに何かの音が、反響して微かに聞こえてくるくらいである。
あの暗闇の中にいたかと思うと、それだけでぞっとする。
じんわりと生きている実感が湧いてくる。
――しかし、ここからだ。
この、規模も構造も分からない施設から、どうやってクワルを探し出すか。とにかく、ここにいても始まらない。
この部屋には、三つの扉がある。
扉のうち二つは、人が三人は並んで通れるほどの大きさのもので、一つは、それよりもさらに大きな扉である。
「そこの倒れてる魔術師は、何ですか?」
「蓋を壊したときに吹っ飛んだのだろう。俺がここに来たときには、もう伸びていた」
「こいつを、利用しましょう」
「起こして居場所を聞き出すのか?」
「いえ――」
恐らく、この魔術師に訊いたところでダメだろう。こんな所を守らされている魔術師だ。新しく入ってきた被験者の情報など、きっと知らない。
「どうする?」
「こうします――立て」
『パペットカース』を使い、命令する。
意識を失っている魔術師が、ふらありと立ち上がった。
「彼と一緒に歩いていれば、きっと怪しまれませんよ」
「なるほど、なかなか大胆な方法だが――面白い。乗ろう」
正面の一番大きな扉を行くことにした。
扉を開けると、長い通路になっていた。幅5メートル強、高さは6メートルほど。
俺たち三人は、気絶しながら歩かせている魔術師の後ろについた。
通路には、彼と同じ服を着、頭巾を頭にかぶった魔術師たちがいた。通路の左右にはガラス張りの実験室と、獣の入った檻の部屋が交互に配置されている。
魔術師たちは俺たちに一瞥をくれたが、皆それだけで、特に呼び止められたりはしなかった。
獣の叫び声がひっきりなしに、いろいろな檻から聞こえてきた。
ベイフは顔をしかめたが、ここの魔術師たちは、獣の苦痛には頓着がないのだろう、全く気にした風もない。
この中にクワルがいるのだろうか。
クワルも、苦痛を伴う実験に、獣のように叫んでいるのだろうか。
思い切りクワルの名を叫びたい衝動に駆られる。
プロトキメラの姿が脳裏に浮かぶ。
気持ちが魔法に反映して、魔術師の歩く速度が速くなり、ふらつく。
あっ――。
バタッ……。
魔術師は、足を絡めて倒れてしまった。
近くにいた数名の研究員の魔術師が、不審そうにこっちを見る。
――気づかれただろうか……?
数秒間見られた。
一人の魔術師が、俺たちの方にやってきた。
倒れた魔術師に、何かを訊きに来たようだった。何か、というか、間違いなく俺達の事だろう。だが彼は答えられない。気を失っているのだから。
――まずい。
『パペットカース』は、行動は制御できても、言葉は制御できない。
「彼らは何者だ?」
訊いてきた。
息を呑む。
「おい、聞いているのか? 彼らは――」
その時だった、遠くから微かに声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。
反響して、上手く聞き取れないが、これは――。
「グリム様!」
クワルだ!
クワルの声だ。
「クワル!」
俺は、いつの間にか叫んでいた。
魔術師がメイスを抜いた。周りの魔術師も、杖やメイスを抜き放った。
「焦ったな。だが、やるしかない」
ベイフもメイスを構えた。
『パペットカース』の解けた魔術師が、ぺしゃりと床に倒れる。
一瞬の間――そして。
「侵入者だ!」
「かかれ!」
魔法が一挙に放たれた。




