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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
62/114

62 森までの旅

 出発から二日目の夜。

 町に着いた俺たちは宿を見つけて、そこで三人、夕食を共にしていた。

 恥ずかしいことに俺は、全身の筋肉痛でロボットのようになっていた。パトラッシュがいかに優秀な馬だったのかを、改めて思い知った。


 そんな俺を、エイルは見ようともしない。

 エイルは、ベイフに対しても、宿の主人に対しても、誰に対しても、異常なほど冷淡だった。

 店に入るとどこでも、客は最初、エイルに視線を注いだ。まずは女性としての美しさ。繊細な顔立ち、透き通るような肌の白さ、瞳の深さなどは、冒険者離れしている。見ている分には、あるいは、一言、二言話しかける分には良いだろう。

 しかし、一緒に冒険をする、食卓を囲むとなると、彼女の氷のような雰囲気、纏う雪女のようなオーラは、ちょっと勘弁してほしかった。雪女すらテンションが高いと思えてしまうほど彼女は、無口で、不愛想だった。


 食事が終わると、彼女はすぐに部屋に行ってしまう。

 今日の出来事、明日の予定、その他雑談などは、一切しない。俺もここまで、ほとんどまともに言葉を交わしていない。


 そんな、話しかけるなオーラ全開の彼女に、話しかける猛者がいた。

 猛者、というか、ただの酔っ払いだ。

 酔っ払いの傭兵が、エイルが食事を終えて立ち上がった時に絡んできたのだ。


「こっちで一緒に飲まないか?」


 エイルを誘ったのは、無精髭の似合う、野性的な雰囲気の漂う若い男だった。男らしさ、という所で言えば、俺よりも格好の良い男だ。酔っ払いにもそんな感情を抱いてしまうのが、我ながら情けない。


 男には連れがいて、店の奥でニヤニヤしながら事の成り行きを見守っている。

 皆日焼けした、体格の良い、そしていかにも喧嘩が好きそうな傭兵連中である。


「なんでも頼んでくれ。全部俺たちが奢るぜ。今日は――エンティアンを倒して金持ちなんだ」


 おぉ、と歓声が上がり、拍手が沸き起こる。

 エンティアン、というのは、きっと有名な魔物なのだろう。ベイフも、小さく声を上げたくらいだ。


 対してエイルは、眉一つ動かさず、


「お断りよ」


 そう言って、歩き出した。


「おい、ちょっと待てよ!」


 熱くなった男が、エイルの腕に手を伸ばす。

 俺は咄嗟に魔法を使っていた。

 『ダークバインド』で服を引っ張り、男に尻もちをつかせる。


 どっと笑いが起きた。


「飲みすぎだぜ、ヒーロー」


 誰かが茶化す。

 男は、顔を真っ赤にして立ち上がった。

 皆が男に注目する中、ベイフだけは俺を見ていた。エイルも、ちらりと俺の方を見た気がした。


「馬鹿言うなよ、俺は酒なんかには負けない男だ」


 男はそう言いながら立ち上がると、ゆらりとエイルの前に再び立ちはだかった。


「愉快な男だぜ、俺たちは。あんな堅物ともやしみたいな男とじゃ、楽しくないだろう?」


 堅物はベイフで、もやしは俺の事だろう。

 この野郎、と思ったがその通りだ。傭兵のしなやかな体、肉体美には、俺のそれは到底及ばない。


「余計なお世話」


 エイルは、感情のない声でそう言った。

 しかし男はどかない。


「なぁ、いいじゃないか、少しぐらい」


 男は、にやつきながら、壁に手を当ててそう言った。

 エイルが、何かしようとした。

 俺はまた咄嗟に、『ダークバインド』で男を転ばせた。再びどっと笑いが起こる。


「誰だ、さっきから!」


 男が吠えて立ち上がる。


「おいおい、人のせいに――」

「うるせー!」


 茶化そうとした近くの男を、無精髭は殴りつけた。鼻血が噴き出し、その男の連れが報復のために立ち上がった。


「喧嘩なら外にしてくれ!」


 主人が怒鳴る。

 だが、酒も入って興奮している傭兵たちには、他人の言葉など届かない。

 殴り合いが始まる。

 食器やスプーン、フォークやナイフが飛ぶ。


 ――危ない。

 今ここで、エイルに怪我などされては困る。しかも、こんなどうでもいいところで。だが大抵、大事というのはどうでもいいこと、どうでもいい場面で起こるものだ。


 『ダークバインド』。

 エイルの周囲にあるものを全て、人も、椅子も、テーブルも、飛んできたナイフやフォークやジョッキも全部、店の反対側まで放り投げた。当然人は、人そのものに『ダークバインド』をかけたわけでなく、服にそれをかけて飛ばした。


 ガシャーーン。


 流石の傭兵たちも沈黙する。

 服が破けて半裸になった男が数名、女のように体を包む動作をする。

 店の主人が、首筋に青筋を浮かべて怒鳴った。


「出ていけええええええ!」



 三日目の昼間。

 街道沿いの馬屋で馬を取り換えて、ジューガの森の手前までやってきた。

 幅100メートルはあろうかという川が森の手前に横たわり、その奥の鬱蒼とした樹林地帯が、ジューガの森の入り口である。

 橋はなく、向こうに渡るには駅宿からの渡し舟で行くしかない。


「入森許可証は?」


 渡りたいというと、駅の主人がそう言ってきた。

 入森許可証? 言葉だけ聞いていると、非常にいやらしい許可証じゃないか。主人がそのワードを口にしたとき、俺は思わずエイルを見てしまった。エイルの横顔は、鉄仮面を横から見ているのではないかというほど、動きがなかった。

 ちょっとした悪戯心だったのに、エイルの反応(無反応だが)のせいで、ものすごく下衆な事を考えてしまったように感じる。


 それは良いとしても――。


「ここ、カカン領ですよね?」

「領内とはいえ、許可なしに入ってはいけない場所もある。特領地と言うが、ジューガの森はその代表的なものの一つだ。ここは、カカン王の許可がなくては入れない」

「……持ってますか?」

「いや」

「そんな……」


 絶望しかけた。

 こうなったら日暮れを待って、泳いでいくしかないか?

 ところが、そんなことを考えていると、ベイフが金貨を一枚机の上に置いた。

 主人は、じっとその金貨を見つめた。


 ベイフが二枚目を出す。

 主人は、ごくりと生唾を呑む。


「急な用事だ。他をあたっても良いが」


 追加で二枚、金貨を出す。

 主人はそれを、百人一首のごとくぱっと取り、懐にしまった。


「日暮れに出す」


 そうとだけ言うと、主人はカウンターに戻っていった。


「えぇー……」

「旅の基本だ。これは、必要経費だから君持ちでいいな?」

「それは、まぁ、いいですけど」

「君は真面目だな。生きづらいだろう?」


 そこでエイルが席を立つ。

 自室に戻るのだろう。

 ベイフは軽く手を挙げて送ったが、エイルは見ちゃいない。小さくて丸い肩、華奢な腰、引き締まっていそうな臀部、そして、形の良い脹脛から足首にかけての白い曲線。

 見ているだけなら、エイルはやはりきれいな女性である。そう、見ているだけなら。だがベイフは、エイルに無視されたことは全く気にしていないようだった。


「ベイフさんは、黒狩り部隊にいたんですか?」

「あぁ、良く知っているな。隊長をしていた」

「えぇ!?」


 そんな大物だったのか!

 まぁ確かに、強さはピカイチだとは思っていたが。


「そんな人間が、どうして辺境の地で、聖術師崩れの吹き溜まりのリーダーなんてしているのか、だろう?」

「……まぁ」

「生活のためだよ。他の人間と、何も変わらない」


 反応に困ってしまった。

 元黒狩り部隊の隊長が、生活のために? そんな馬鹿なことがあるか。きっとベイフは、家柄も良い。貴族の出だと言われても、全く違和感はない。そういう風格がある。

 そんな彼が、生活のため?


「信じられないか?」

「えぇ、まぁ……」


 だって、キャリアじゃないか。

 天下り先とか、そういうものだってあるだろうに。ましてこの、魔法はあるが政治経済に関しては非常に不安定そうなこの世界、この国で。


「信じられません」

「……事実だよ」

「……」


 ベイフは微笑した。

 目元の微かな皺が哀愁を帯びる。


「さて、我々が取引した相手、そしてこれから私たちが戦う相手のことを話そう」

「やっぱり、知っているのですか」

「知っている、か。あぁ、よく知っている。嫌なほど、知っている相手だ」


 ベイフの目に炎が宿った、そんな気がした。

 静かな怒りの炎だ。


「君は、この国の生まれじゃないな?」

「はい。それどころか……」

「それどころか?」

「ええと……」


 言っていいものかどうか、迷ってしまう。

 学者のクティなんかは、ナチュラルに俺を異世界人と認めてくれたが、果たして一般的には、どうなのだろうか。


「この国に来たのは、つい最近の事です。歴史とか、全然知りません」

「そうか。いや、そのほうがかえっていいかもしれない。無駄な先入観がないからな」


 そう前置きして、ベイフは話し始めた。


「ジューガの森一帯は、三十年前からイノワン塞爵の特領地になっている。公爵といえど、気軽に入ることはできない。彼が暮らしているのは、特領地の外の、一般的な町だがね」

「じゃあ、何がいるんですか?」

「邪悪な野望に取りつかれた人間たちだ」

「黒魔術師、ですか?」


 ベイフはからからと笑った。

 そしてにやりと俺に微笑みかける。


「黒魔術師よりも邪悪な者たちだ」

「……ライカンを、どうしようとしているんですか」

「わからないが、邪悪な目的のために使おうとしているのは間違いないだろう」

「使う、というのは?」

「言葉通り、使う、だ。道具の様に使う。彼らにとって他人の命は、ペンや食器の価値と同じだ。使いたい時に使う、用が無くなれば捨てる。そこに命が宿っている等ということは、問題にしない」

「何者なんですか?」

「頭は【サマナー】の男だ。今も変わっていなければ、その男の名前は――ロドロム。三十年前の南部国境戦争、今では地名を取ってナバースの戦い等と呼ばれているが――その戦いで、イノワン卿の軍師をしていた」


 何だか話が大きくなってきた。

 三十年前、ナバースの戦い、イノワン卿――全部さっぱりわからないが、これからやりあう相手が小物ではないという事だけは分った。


「これから攻め込むのは、研究施設なんですよね」

「そうとも言えるし、違うともいえる。錬金術の工房とは全く違う。彼らが研究しているのは、キメラだ」

「キメラ、ですか……」

「肉体と魂を、人工的に作ったり、組み替えたりする研究だ。元聖術師として言わせてもらえれば、彼らがやっているのは、神への冒涜そのものだ」

「まさか、クワルはその材料に……っ!」

「あの小さなライカンはクワルというのか」

「はい」

「君たちはなぜ、取引を邪魔しようとした?」

「クワルと、あのデカブツのライカンは、同郷の……互いに許嫁の関係なんです」

「なるほど……。君は?」

「クワルの、主人です」

「そうだったか……」


 ベイフは水を飲み、ため息をついた。


「相手の規模は未知数だ。一国を亡ぼせるほどの大軍団がいるかもしれないし、あるいは、戦うための兵力などは皆無かもしれない。本当ならば、川沿いの村で情報を集めてから行きたいが、そんな時間はない。仕方ない」

「はい」

「怖くないのか?」

「え? あぁ、そういえば、そうですね」


 恐怖、そうだ、死ぬかもしれないのだった。

 なのに、あまり怖くない。いろいろな感覚が今は麻痺している気がする。


 日が傾き始めた。

 ゆっくりと陽が落ちてゆき、やがて、主人がこそこそとテーブルにやってきた。


「船を出す」


 エイルを起こして、ついに俺たちは、川を渡った。

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