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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
60/114

60 ライカンを買う男

 昼過ぎ。

 十数騎の馬が、丘を登ってやってきた。トリンドル城砦の壊れかけた門を抜け、ゆっくりと中庭に入ってくる。馬上の人物は皆白いローブを着、腰には銀のメイスを付けている。


 ドラガン将軍は、列の真ん中の馬に乗せられていた。

 馬を抱くように手枷、足枷が嵌められ、体中太い鎖でがんじがらめに巻かれている。口には猿ぐつわ、頭には布がかぶせられ、その姿は、捕虜そのものだった。


 先頭の男が馬を下りると、皆それに倣った。

 列の先頭の男――その男が〈カメス・メイス〉のクランマスター、ベイフ・ウルスランだった。クラスは【クレリック】、レベルは11。他のメンバーは半分以上が【ルーメン】(【クレリック】の前段の三次クラス)で、他は【ソードマスター】と、低レベルの【プリースト】、【セージ】だった。


「来ましたね……」


 俺とクワルは、建物の影から彼らの様子を観察していた。

 クワルの髪の甘い香りが――いや、それは今はどうでもいい。問題は、いつ奇襲を仕掛けるかだ。


 馬から降りた後、ベイフ・ウルスランはおもむろにメイスを握り、空に掲げた。

 メイスの先から黒い花火が打ちあがり、上空で、ばーんと割れた。

 暫くすると、空から何かがやってきた。


「グリフォンです、グリム様! しかも、三匹も!」


 目の良いクワルが、遠くに現れた影を見て教えてくれた。


「人が乗ってます」

「どんな人?」

「一人は、黒い服を着た、魔術師みたいな人です。あとの二人は、黒い鎧を着た人です」

「取引相手か……」


 やがて、三匹のグリフォンが中庭に降り立った。

 ライオンと猛禽類をかけ合わせた様な生き物である。下半身はライオン、上半身は鷲。パトラッシュよりも一回り大きい。

 クワルの言った通り、黒い鎧に全身を包んだ剣士が二人と、黒装束の魔術師が一人、グリフォンに乗っていた。


 黒い二人の騎士はグリフォンから降りると、グリフォンに乗せていた荷物を降ろし、地面に放った。ジャリっと、金属のこすれあう音がした。

 〈カメス・メイス〉の二人の魔術師がその荷物の中身を確認して、マスターのベイフに頷いた。ベイフは、顎を持ち上げた。それを受けたベイフの部下は、ドラガン将軍の鎖を一部解いて馬から降ろし、黒騎士の前まで連れて行った。


 将軍は、足取りはしっかりしているものの、抵抗する様子は全く見せない。華奢な魔術師たちにメイスで突かれ、引っ張られながら、それに従って歩いていた。


----------------------------------------------------------------------------

名前 :ブラックナイト

クラス:αキメラ

 Lv:10/10

・人と魔物を合成した合成獣。

----------------------------------------------------------------------------


 黒鎧の騎士を注視することしばし、やっとその詳細が頭に入ってきた。

 ヤバそうな相手である。

 黒装束の魔術師は、その詳細すら全くわからない。


「グリム様……」

「あ、あぁ……」


 行くしかない。

 空に逃げられてしまったら、救出はほぼ不可能だろう。とはいえ――この人数差である。相手がでくの坊なら良いが、そうではない。

 二人で戦えるだろうか。

 だが、今仕掛けなければ、将軍は助けられない。


「やるしかないか……」


 シルフロッドとグラシエクレルを出す。

 シルフロッドをクワルにかざし、その加護『ウィンドフォース』をクワルに付与する。


「行こう!」

「はい!」


 俺とクワルは中庭に飛び出した。

 レベル3の『ウィンドフォース』で、クワルのアジリティーはとんでもないことになっていた。目にも止まらぬ、という言葉通り、まるで突風のように襲撃を仕掛けた。

 一瞬で〈カメス・メイス〉の剣士を卒倒させた。


 俺もサボってはいられない。

 ブラックナイトにグラシエクレルの刃先を向ける。矛先から真っ赤な稲妻――『フレイムライトニングLv3』が放たれる。

 稲妻はブラックナイトの一人に直撃すると、電撃はバチバチと鎧の表面を駆け巡り、火花を放ち、ブラックナイトを数メートル後方に吹き飛ばした。


 続いてもう一人――いや、もう一匹のブラックナイトに矛先を向ける。

 ブラックナイトは剣を抜き放った。

 バチバチバチッ――。

 剣で、『フレイムライトニング』を受け止めた。


「賊だ、殺せ!」

「殺せ!」


 魔術師たちが声を上げる。

 装いと言っている言葉が違いすぎる。お前たちは本当に【セージ】なのか?


 クワルが魔術師たちを相手にし、俺はブラックナイトと対峙した。『フレイムライトニング』で吹き飛ばしたブラックナイトが、のっそり立ち上がり、剣を抜いた。

 どれくらい効いているのか全然わからな――まずいまずい、走って来た。思った以上に速い。ずしずしと重そうなのに、何か、滅茶苦茶速い!?

『ミストテレポート』で逃げて『ダークアロー』……鎧に当たって弾かれた。


 これは、結構まずいかもしれない。

 『ダークバインド』!

 動きを、ちょっと遅くするくらいしか効果がない。そして、呪いが入らない!


 や、やばい!

 二匹くらいと侮っていたが、一匹が強い! 魔法に対する抵抗力が、相当高い。


「クワル、チェンジ!」

「はい!」


 風が、脇を通り抜けた。

 クワルだ。

 クワルは、ブラックナイトの懐に入ると、『エアハンマーナックルLv3』を放った。ぼうん、と音が響き、攻撃を受けたブラックナイトは弾き飛ばされた。

 さすがクワル、できるライカンだ。


 クワルが相手をしていた魔術師が、今度は俺を標的にして魔法を放ってきた。

 『ホーリーアロー』と『ホーリーライトニング』。

 アローの方はダークバインドで逸らして、ライトニングはグラシエクレルを避雷針代わりに受け止める。


「なんだこいつ……」

「ホーリーアローが、当たらないだと!?」

「あの鉾が、ホーリーライトニングを吸収してるぞ!?」

「馬鹿な……ホーリーフォースはどうした!」

「もうかかってるだろ!」


 魔術師たちは、ちょっとした混乱状態である。

 防御魔法以外の方法で魔法を防がれた経験がないのだろう。


「私が相手しよう」


 そう言ってついに出てきたのは、〈カメス・メイス〉のクランマスター、ベイフ・ウルスランだ。白装束に銀のメイス。カメス十字の刺繍が施されたマント。乱れの無いオールバックの頭髪は、彼の性質を表しているようだった。


 手強い相手だ。

 本能がそう告げる。魔術師としての才能や魔力そのものは、ロッカや、そしてまた、セシューのほうが上のような気もするが、この男には、隙がない。


 ベイフの周囲に光の膜が現れた。

 『ホーリーオーラLv3』。

 このオーラを破れる可能性があるのは、『アビスブースト』で強化した『ダークアロー』か、グラシエクレルの『フレイムライトニング』だけだ。――『ダークバインド』や『デボートキュア』は、供血魔法として使っても通用しないだろう。


 厳しい。

 流石に黒狩り専門職【クレリック】、やはり相性が悪いのか。

 だが、だからといって、引くわけにはいかない。ここで引けば、ドラガンの救出は失敗し、その結果、クワルの親友と交わした約束も破ってしまうことになる。


 クワルもクワルで苦戦している。

 二対一の状況で善戦はしているものの、決め手に欠くらしい。長期戦になれば、あの生物離れしたブラックナイトのほうが有利になりそうだ。


「よそ見とは感心しないな!」


 サッカーボール大の六つの光球がベイフのメイスの周囲から現れ、飛んできた。『サンルーンスフィア』という魔法らしい。レベルは3。

 『ダークバインド』でも、一度で全ては止めきれない。

 『ミストテレポート』で逃げるも、光球は円を描くような軌道を描きながら追尾してくる。『ダークバインド』で二つずつ地面に落とし、最後の二つは、ベイフに投げつけてやった。


 しかしベイフは動かない。

 『ホーリーオーラ』が、俺の跳ね返した光球を簡単に弾き飛ばした。


「はっ!」


 ベイフの気合の声と同時に、俺の足元が白く輝く。

 咄嗟に『ミストテレポート』。

 次の瞬間、白色の火柱が俺のいた地面から突き刺すように上がった。『コルムライトニングLv3』。


 逃げた先で、二度、三度と『コルムライトニング』が炸裂する。

 ロッカとの戦いを思い出す。

 同じ展開だ。

 だがこれは試合ではない。ルールなど、存在しないのだ。


「そいつを取り押さえろ!」


 『パペットカース』に『アビスブースト』を乗せて命令する。

 ベイフには効かないが、ベイフの近くにいた【セージ】には通用した。完ぺきとはいかないまでも、数秒なら、ほぼ思い通りに動かせる。


「か、体が勝手に!」

「なんだ、これは!?」


 二人の【セージ】が、ベイフにもたれ掛かる。

 ベイフは二人を投げ飛ばし、すぐに俺に視線を戻した。

 だがその一瞬の隙が作れれば充分だった。


 『ミストテレポート』の二連続で懐に入り、『ダークバインド』。『ホーリーオーラ』の中からの攻撃に対しては、オーラも十分に力を発揮しない。


「なっ……!」


 ベイフの身体を頭上に持ち上げ、その首と腹に『ダークアロー』を打ち込む。


「ぬうっ!」


 ベイフは即座に『ダークバンド』を振りほどいた。

 反撃が怖いので『ミストテレポート』で下がる。

 ベイフは、片膝をついた。

 突き刺さった矢に左手をかざして、消してゆく。『ダークアロー』は呪いの矢なので、解呪の魔法で相殺できるのだ。


 ベイフは、さすがに【セージ】系列の魔術師だけあって、受けた呪いをすぐに解いてしまった。だが、ダメージは確実に入っている。

 立ち上がりはしたが、肩で息をして、疲労と痛みを堪えているようだった。


「そのライカンを捕まえてくれたら、報酬を倍払うよ」


 初めて、グリフォンに乗った黒装束が声を発した。

 この場にはふさわしくない、お道化たような声である。


 ベイフは顔をしかめ、それから指示を出した。


「ヘキサリーだ!」


 ベイフの声に応じて、魔術師たちがメイスを掲げる。

 次の瞬間――俺は地面に押し付けられた。

 いつの間にか囲まれていた俺は、魔術師の作る結界の術にやられたらしい。


 顔を上げると、六人の魔術師が俺を遠巻きに囲んでいた。

 その掲げたメイスの先からは白い帯状の光が伸びていて、ちょうど俺の背中の上で合流し、一本の強い魔力となって、俺の身体に降り注いでいる。


「グリム様!」


 クワルが気付いたらしい。


「動くな、ライカン!」


 ベイフが、クワルに言い放った。


「武器を捨てろ。さもなければ、こいつをぺしゃんこにするぞ」


 ダメだ、クワル。

 従うな。

 この結界は、俺をぺしゃんこにできるほど強くは――ダメだった。


 クワルは、あっさりと両手の短剣を捨てた。

 素直すぎる。

 分かってはいたが、もうちょっと躊躇うくらいはすると思っていた。ライカンのかクワルのかはしらないが、その従順はやりすぎだ。


「本当に倍の報酬を貰えるのだな?」


 ベイフが、黒装束の男に訊ねた。

 黒装束の男はぱちんと指を鳴らした。

 すると、グリフォンの積んでいた荷物の紐がぱさりと解け、1メートル角の宝箱のような箱が浮遊して、ベイフの足元に届いた。

 ベイフな中身を確認し、頷いた。


 ブラックナイトの一匹がグリフォンから鎖と枷を降ろした。


「クワル、や、やめろ……逃げ、ろ……」


 声が出ない。

 肺が圧迫されて、呼吸も難しい。


 ブラックナイトはクワルに手枷をつけ、足枷をつけ、体を鎖でぐるぐる巻きにして、布をかぶせた。


「クワ、ル……」


 息ができない。

 声が出ない。


 クワルとドラガンがグリフォンに乗せられる。

 ブラックナイトも後に続く。

 グリフォンが羽ばたき始める。


「ちくしょ……」


 グリフォンが地面を蹴った。

 飛び立つ。

 目の前で、クワルが攫われてゆく。10メートル、20メートル……離れてゆく。


 空の向こうへ、飛んでゆく。

 どんなに睨みつけても、三匹のグリフォンが止まることはない。

 グリフォンがどんどん小さくなってゆく。


 意識が朦朧としてくる。

 絶望というのは、こういうことを言うのだろうか。

 クワルは連れ去られ、俺はこのまま気を失って――殺されてしまうだろう。

 耐え難い眠気のような感覚が襲ってくる。

 瞼が、閉じてゆく。

 このまま意識を手放せば、どんなに楽だろうか。

 どうせもう手遅れなんだから、結界の重圧に耐える必要はない。

 瞼を閉じて、あとは、気持ちの良い方に流されてゆけばいい……。


 馬鹿な。

 ――こんなところで、終わっていいはずがない。

 拳を握る。

 二つの声が、頭の中に反響する。


『お前のせいじゃない。お前はベストを尽くしたんだ、仕方ないさ』

『お前がいなければ、クワルは捕まらずに済んだ。お前の責任だ!』


 いや、まだだ。

 俺はまだベストを尽くしていない。まだ、命を懸けていない。

 クワルは救うんだ。死ぬのはそれからだ。

 この結界を抜ければ、まだ、クワルを助けるチャンスがある。

 

「(頼む爺さん、最後の加護を、俺にくれ!)」


 次の瞬間、体の中から、ガラスの割れるような音が聞こえてきた。

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