60 ライカンを買う男
昼過ぎ。
十数騎の馬が、丘を登ってやってきた。トリンドル城砦の壊れかけた門を抜け、ゆっくりと中庭に入ってくる。馬上の人物は皆白いローブを着、腰には銀のメイスを付けている。
ドラガン将軍は、列の真ん中の馬に乗せられていた。
馬を抱くように手枷、足枷が嵌められ、体中太い鎖でがんじがらめに巻かれている。口には猿ぐつわ、頭には布がかぶせられ、その姿は、捕虜そのものだった。
先頭の男が馬を下りると、皆それに倣った。
列の先頭の男――その男が〈カメス・メイス〉のクランマスター、ベイフ・ウルスランだった。クラスは【クレリック】、レベルは11。他のメンバーは半分以上が【ルーメン】(【クレリック】の前段の三次クラス)で、他は【ソードマスター】と、低レベルの【プリースト】、【セージ】だった。
「来ましたね……」
俺とクワルは、建物の影から彼らの様子を観察していた。
クワルの髪の甘い香りが――いや、それは今はどうでもいい。問題は、いつ奇襲を仕掛けるかだ。
馬から降りた後、ベイフ・ウルスランはおもむろにメイスを握り、空に掲げた。
メイスの先から黒い花火が打ちあがり、上空で、ばーんと割れた。
暫くすると、空から何かがやってきた。
「グリフォンです、グリム様! しかも、三匹も!」
目の良いクワルが、遠くに現れた影を見て教えてくれた。
「人が乗ってます」
「どんな人?」
「一人は、黒い服を着た、魔術師みたいな人です。あとの二人は、黒い鎧を着た人です」
「取引相手か……」
やがて、三匹のグリフォンが中庭に降り立った。
ライオンと猛禽類をかけ合わせた様な生き物である。下半身はライオン、上半身は鷲。パトラッシュよりも一回り大きい。
クワルの言った通り、黒い鎧に全身を包んだ剣士が二人と、黒装束の魔術師が一人、グリフォンに乗っていた。
黒い二人の騎士はグリフォンから降りると、グリフォンに乗せていた荷物を降ろし、地面に放った。ジャリっと、金属のこすれあう音がした。
〈カメス・メイス〉の二人の魔術師がその荷物の中身を確認して、マスターのベイフに頷いた。ベイフは、顎を持ち上げた。それを受けたベイフの部下は、ドラガン将軍の鎖を一部解いて馬から降ろし、黒騎士の前まで連れて行った。
将軍は、足取りはしっかりしているものの、抵抗する様子は全く見せない。華奢な魔術師たちにメイスで突かれ、引っ張られながら、それに従って歩いていた。
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名前 :ブラックナイト
クラス:αキメラ
Lv:10/10
・人と魔物を合成した合成獣。
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黒鎧の騎士を注視することしばし、やっとその詳細が頭に入ってきた。
ヤバそうな相手である。
黒装束の魔術師は、その詳細すら全くわからない。
「グリム様……」
「あ、あぁ……」
行くしかない。
空に逃げられてしまったら、救出はほぼ不可能だろう。とはいえ――この人数差である。相手がでくの坊なら良いが、そうではない。
二人で戦えるだろうか。
だが、今仕掛けなければ、将軍は助けられない。
「やるしかないか……」
シルフロッドとグラシエクレルを出す。
シルフロッドをクワルにかざし、その加護『ウィンドフォース』をクワルに付与する。
「行こう!」
「はい!」
俺とクワルは中庭に飛び出した。
レベル3の『ウィンドフォース』で、クワルのアジリティーはとんでもないことになっていた。目にも止まらぬ、という言葉通り、まるで突風のように襲撃を仕掛けた。
一瞬で〈カメス・メイス〉の剣士を卒倒させた。
俺もサボってはいられない。
ブラックナイトにグラシエクレルの刃先を向ける。矛先から真っ赤な稲妻――『フレイムライトニングLv3』が放たれる。
稲妻はブラックナイトの一人に直撃すると、電撃はバチバチと鎧の表面を駆け巡り、火花を放ち、ブラックナイトを数メートル後方に吹き飛ばした。
続いてもう一人――いや、もう一匹のブラックナイトに矛先を向ける。
ブラックナイトは剣を抜き放った。
バチバチバチッ――。
剣で、『フレイムライトニング』を受け止めた。
「賊だ、殺せ!」
「殺せ!」
魔術師たちが声を上げる。
装いと言っている言葉が違いすぎる。お前たちは本当に【セージ】なのか?
クワルが魔術師たちを相手にし、俺はブラックナイトと対峙した。『フレイムライトニング』で吹き飛ばしたブラックナイトが、のっそり立ち上がり、剣を抜いた。
どれくらい効いているのか全然わからな――まずいまずい、走って来た。思った以上に速い。ずしずしと重そうなのに、何か、滅茶苦茶速い!?
『ミストテレポート』で逃げて『ダークアロー』……鎧に当たって弾かれた。
これは、結構まずいかもしれない。
『ダークバインド』!
動きを、ちょっと遅くするくらいしか効果がない。そして、呪いが入らない!
や、やばい!
二匹くらいと侮っていたが、一匹が強い! 魔法に対する抵抗力が、相当高い。
「クワル、チェンジ!」
「はい!」
風が、脇を通り抜けた。
クワルだ。
クワルは、ブラックナイトの懐に入ると、『エアハンマーナックルLv3』を放った。ぼうん、と音が響き、攻撃を受けたブラックナイトは弾き飛ばされた。
さすがクワル、できるライカンだ。
クワルが相手をしていた魔術師が、今度は俺を標的にして魔法を放ってきた。
『ホーリーアロー』と『ホーリーライトニング』。
アローの方はダークバインドで逸らして、ライトニングはグラシエクレルを避雷針代わりに受け止める。
「なんだこいつ……」
「ホーリーアローが、当たらないだと!?」
「あの鉾が、ホーリーライトニングを吸収してるぞ!?」
「馬鹿な……ホーリーフォースはどうした!」
「もうかかってるだろ!」
魔術師たちは、ちょっとした混乱状態である。
防御魔法以外の方法で魔法を防がれた経験がないのだろう。
「私が相手しよう」
そう言ってついに出てきたのは、〈カメス・メイス〉のクランマスター、ベイフ・ウルスランだ。白装束に銀のメイス。カメス十字の刺繍が施されたマント。乱れの無いオールバックの頭髪は、彼の性質を表しているようだった。
手強い相手だ。
本能がそう告げる。魔術師としての才能や魔力そのものは、ロッカや、そしてまた、セシューのほうが上のような気もするが、この男には、隙がない。
ベイフの周囲に光の膜が現れた。
『ホーリーオーラLv3』。
このオーラを破れる可能性があるのは、『アビスブースト』で強化した『ダークアロー』か、グラシエクレルの『フレイムライトニング』だけだ。――『ダークバインド』や『デボートキュア』は、供血魔法として使っても通用しないだろう。
厳しい。
流石に黒狩り専門職【クレリック】、やはり相性が悪いのか。
だが、だからといって、引くわけにはいかない。ここで引けば、ドラガンの救出は失敗し、その結果、クワルの親友と交わした約束も破ってしまうことになる。
クワルもクワルで苦戦している。
二対一の状況で善戦はしているものの、決め手に欠くらしい。長期戦になれば、あの生物離れしたブラックナイトのほうが有利になりそうだ。
「よそ見とは感心しないな!」
サッカーボール大の六つの光球がベイフのメイスの周囲から現れ、飛んできた。『サンルーンスフィア』という魔法らしい。レベルは3。
『ダークバインド』でも、一度で全ては止めきれない。
『ミストテレポート』で逃げるも、光球は円を描くような軌道を描きながら追尾してくる。『ダークバインド』で二つずつ地面に落とし、最後の二つは、ベイフに投げつけてやった。
しかしベイフは動かない。
『ホーリーオーラ』が、俺の跳ね返した光球を簡単に弾き飛ばした。
「はっ!」
ベイフの気合の声と同時に、俺の足元が白く輝く。
咄嗟に『ミストテレポート』。
次の瞬間、白色の火柱が俺のいた地面から突き刺すように上がった。『コルムライトニングLv3』。
逃げた先で、二度、三度と『コルムライトニング』が炸裂する。
ロッカとの戦いを思い出す。
同じ展開だ。
だがこれは試合ではない。ルールなど、存在しないのだ。
「そいつを取り押さえろ!」
『パペットカース』に『アビスブースト』を乗せて命令する。
ベイフには効かないが、ベイフの近くにいた【セージ】には通用した。完ぺきとはいかないまでも、数秒なら、ほぼ思い通りに動かせる。
「か、体が勝手に!」
「なんだ、これは!?」
二人の【セージ】が、ベイフにもたれ掛かる。
ベイフは二人を投げ飛ばし、すぐに俺に視線を戻した。
だがその一瞬の隙が作れれば充分だった。
『ミストテレポート』の二連続で懐に入り、『ダークバインド』。『ホーリーオーラ』の中からの攻撃に対しては、オーラも十分に力を発揮しない。
「なっ……!」
ベイフの身体を頭上に持ち上げ、その首と腹に『ダークアロー』を打ち込む。
「ぬうっ!」
ベイフは即座に『ダークバンド』を振りほどいた。
反撃が怖いので『ミストテレポート』で下がる。
ベイフは、片膝をついた。
突き刺さった矢に左手をかざして、消してゆく。『ダークアロー』は呪いの矢なので、解呪の魔法で相殺できるのだ。
ベイフは、さすがに【セージ】系列の魔術師だけあって、受けた呪いをすぐに解いてしまった。だが、ダメージは確実に入っている。
立ち上がりはしたが、肩で息をして、疲労と痛みを堪えているようだった。
「そのライカンを捕まえてくれたら、報酬を倍払うよ」
初めて、グリフォンに乗った黒装束が声を発した。
この場にはふさわしくない、お道化たような声である。
ベイフは顔をしかめ、それから指示を出した。
「ヘキサリーだ!」
ベイフの声に応じて、魔術師たちがメイスを掲げる。
次の瞬間――俺は地面に押し付けられた。
いつの間にか囲まれていた俺は、魔術師の作る結界の術にやられたらしい。
顔を上げると、六人の魔術師が俺を遠巻きに囲んでいた。
その掲げたメイスの先からは白い帯状の光が伸びていて、ちょうど俺の背中の上で合流し、一本の強い魔力となって、俺の身体に降り注いでいる。
「グリム様!」
クワルが気付いたらしい。
「動くな、ライカン!」
ベイフが、クワルに言い放った。
「武器を捨てろ。さもなければ、こいつをぺしゃんこにするぞ」
ダメだ、クワル。
従うな。
この結界は、俺をぺしゃんこにできるほど強くは――ダメだった。
クワルは、あっさりと両手の短剣を捨てた。
素直すぎる。
分かってはいたが、もうちょっと躊躇うくらいはすると思っていた。ライカンのかクワルのかはしらないが、その従順はやりすぎだ。
「本当に倍の報酬を貰えるのだな?」
ベイフが、黒装束の男に訊ねた。
黒装束の男はぱちんと指を鳴らした。
すると、グリフォンの積んでいた荷物の紐がぱさりと解け、1メートル角の宝箱のような箱が浮遊して、ベイフの足元に届いた。
ベイフな中身を確認し、頷いた。
ブラックナイトの一匹がグリフォンから鎖と枷を降ろした。
「クワル、や、やめろ……逃げ、ろ……」
声が出ない。
肺が圧迫されて、呼吸も難しい。
ブラックナイトはクワルに手枷をつけ、足枷をつけ、体を鎖でぐるぐる巻きにして、布をかぶせた。
「クワ、ル……」
息ができない。
声が出ない。
クワルとドラガンがグリフォンに乗せられる。
ブラックナイトも後に続く。
グリフォンが羽ばたき始める。
「ちくしょ……」
グリフォンが地面を蹴った。
飛び立つ。
目の前で、クワルが攫われてゆく。10メートル、20メートル……離れてゆく。
空の向こうへ、飛んでゆく。
どんなに睨みつけても、三匹のグリフォンが止まることはない。
グリフォンがどんどん小さくなってゆく。
意識が朦朧としてくる。
絶望というのは、こういうことを言うのだろうか。
クワルは連れ去られ、俺はこのまま気を失って――殺されてしまうだろう。
耐え難い眠気のような感覚が襲ってくる。
瞼が、閉じてゆく。
このまま意識を手放せば、どんなに楽だろうか。
どうせもう手遅れなんだから、結界の重圧に耐える必要はない。
瞼を閉じて、あとは、気持ちの良い方に流されてゆけばいい……。
馬鹿な。
――こんなところで、終わっていいはずがない。
拳を握る。
二つの声が、頭の中に反響する。
『お前のせいじゃない。お前はベストを尽くしたんだ、仕方ないさ』
『お前がいなければ、クワルは捕まらずに済んだ。お前の責任だ!』
いや、まだだ。
俺はまだベストを尽くしていない。まだ、命を懸けていない。
クワルは救うんだ。死ぬのはそれからだ。
この結界を抜ければ、まだ、クワルを助けるチャンスがある。
「(頼む爺さん、最後の加護を、俺にくれ!)」
次の瞬間、体の中から、ガラスの割れるような音が聞こえてきた。




