59 トリンドル城砦跡地
傷だらけのビーガン。身柄を引き取った後はバゴに任せた。
ビーガンの意識は朦朧としていたが、死ぬほどの大怪我はしていないようだった。ビーガンの無事を確認してから、俺たちはパトラッシュに乗って、トリンドル城砦跡地に向かった。
トリンドル城砦跡地はリゼの東、普通の馬で三日ほどかかる、小高い丘の上にある。半壊した石作りの建物が夕日に染められて、草原の上に不気味な影を作り出した頃、俺たちはそこに辿り着いた。
リゼを出た翌日の夕方だ。
砦の跡地には人の気配も動物の気配もなく、役目を終えた石だけが、ひっそりと地面に横たわっていた。点在している建物のうちの一つで、俺たちは休むことにした。その建物は一階建てで、屋根の三分の一ほどが壊れていた。
空の色が朱から藍、そして暗い夕やみに変わっていくのを眺めた。
連日の遠出でパトラッシュも疲労していると見え、水を飲むとすぐに寝てしまった。クワルも、夕方着いた頃には、目がとろんとしていた。流石に、疲れたのだろう。少しすると、パトラッシュを枕に寝息を立て始めた。
そして俺は、眠れないほどの吐き気と筋肉痛に苛まれていた。
パトラッシュやクワルは本当に強いと思う。
今度町に行ったら、酔い止めとか胃腸薬とか、シップや痛み止めや、そういう薬品類を大量に買っておこう。
水を飲み、少し落ち着いてから、俺は久しぶりに自分のステータスを確認することにした。
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名前 :グリム(『忘翁のローブの約束』)
種族 :アニマン
クラス:ダークメイジ
Lv:52/60
HP :80/80
Stm:101(70%)
MP :145
神具 :『ステータス巻物』『忘翁の事典』『忘翁の地図』
装備 :『忘翁のローブ』『ウルドの腕輪』
パッシブスキル:
『マナマネジメントLv2』『リリーブヘイトLv2』『プレシーブセンスLv2』
『ダークフォースマスタリLv2』『アビスブーストLv1』『呪い耐性Lv1』
アクティブスキル:
『ダークバインドLv2』『ダークアローLv2』『HPポワードLv1』
『デボートキュアLv2』『オーバーヒールLv1』『パペットカースLv2』
『呪泉術Lv1』『インフェクトカースLv1』『ミストテレポートLv1』
ポテンシャルスキル:
『忘翁のガイドライン』『秘められた魔術師の才能』『聖母の手』
『デュアルプレイ』『アナライズサイト』『黒魔術の才能』
称号:
『異世界から来た男』『ウルド最後の希望』『小さな救世主』
『借金ベイビー』『癒者』『レッドライカン討伐者』
『逃げる男』『魔道に入る者』『脱獄名人』
『ネクロ・スレイヤー』『アデプト』
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MPが随分上がっていた。
一般的な魔術師のMPがどれほどなのかわからないから何とも言えないが、『145』という数値は、決して低い方ではないだろう。大会で魔術師と戦ってみて、何となくそう思った。
MPに比べてスタミナやHPの上昇率が低いのは、今に始まったことではない。クワルなんかは、これの値が高いのだろう。
レベルは、あと8で60レベルになる。
【ダークメイジ】の最大レベルである。最大レベルに達すれば、次のクラスにエンチャントできる、かもしれない。次のクラスエンチャントに何があるのかは全く想像もつかないが、その機会があったらとりあえず、【ネクロマンサー】にはならないと決めている。
とはいえ、わざわざ経験値稼ぎのために魔物と戦おうとは思わない。
ゲームは命が掛からないから気軽にそんなことができるが、実際には、命が掛かるのだ。どんな相手でも、こっちを殺そうと向かってくる敵とは、戦いたくない。単純に怖いし、相手が弱くても、万が一ということがある。
運が良ければ、あるいは、悪ければ、明日明後日のうちに戦闘になる。
試合ではない、本物の戦い、殺し合いだ。
〈カメス・メイス〉は、ある団体にドラガン将軍を引き渡そうとしている。その団体が何なのかわからないのが気持ち悪いが、将軍を取り戻すには、その取引を邪魔しなければならない。
そしてその方法は、十中八九、武力行使になるだろう。
〈カメス・メイス〉と取引をしている団体がはした金で将軍を買おうとしているのなら、それ以上の金額で買い取るまでだが、ドラガン将軍に果たしていくらの値がついていることやら。
『全て蹴散らしてしまえばよかろうに』
声がした。
女性の声だ。ちょっとエロティックを感じる張りのある声。
これは、神様的な存在だ。語り掛けられている。
「ええと、貴女は――」
『戦女神と呼ばれている』
おぉ、ついに大物が来た!
『ここはかつて、私の同志が戦った戦場でな。ライガルーとの決戦の地だった』
「ライガルー、ですか」
『ライカンの祖だ。人間からすれば、大昔の話になる。ライカンよりも強く、獰猛で、しかし馬鹿だった』
ライカンの体育会系のノリは、どうやらその、ライガルーに由来するらしい。ライカンよりも獰猛で馬鹿だということは、それはもう、野獣と同じような存在だったのかもしれない。
それはともかく、戦女神が俺に一体何の用だろうか。昔話を聞かせるために出て来たわけではあるまい。
「あの――」
『共に戦場を駆けないか』
「……え?」
『仲間として、お前を迎えたい』
「それって……」
もしかしなくてもスカウトだ。
戦女神の使人になるのも悪くない。どうせ恩恵を受けるなら、ボケ老人ではなく、女神の方が良いと思う。男なら当然のことだろう。
『今なら特別に、聖剣ヴァルクを授けよう』
聖剣ヴァルク!
きっとかなりレアな武器なのだろう。しかし残念ながら、俺は包丁さえまともに扱えない男だ。剣なんてもらっても、持て余すだけである。
「すみません、自分、剣は――」
『では、馬もつけよう。雷馬を』
「あ……すみません、もう馬は間に合ってます……」
『ならば、ヴァルキュリー・ケープもつける!』
なんだろう。
緑と女神と同じで、戦女神もしゃべるたびにだんだん安っぽくなってゆく。
『他の神からも誘いがあったか』
「えぇ、まぁ……」
『……もっと良い条件を出しているのか?』
「ええと……」
『誰だ。それはどこの神だ!』
思わず部屋を見渡してしまった。
パトラッシュとクワルは、静かに眠り続けている。
『お前はこれから、戦うことになるのだろう』
「たぶん、そうなると思います」
『それならば、大人しく我が加護を受けるのが良かろう。我は戦神、戦になれば、我が加護は必ずお前を助けるだろう』
そう言われると、少し考えてしまう。
神の加護があるのと無いのと、実際はどうか知らないが、安心の度合いは全然違ってくる。戦いは紙一重だし、生死を分けるその瞬間、加護があることによって「死」の運命が変わるかもしれない。
「でも自分は、すでに翁の加護を受けています」
『その加護は、すでに消えかかっている』
「どういうことなんでしょうか、その……消えかかってるというのは……」
『知らん』
ばっさりだ……。
神様が知らないというのだから、俺にわかるわけがない。が、とにかく今、俺の加護は消えかかっているらしい。緑の女神もそんなことを言っていたから、そうなのだろう。
だからといって、戦女神と契約してしまって良いものかどうか。
「考えさせてください」
『何を考えるというのだ!』
怒られた。
『ええい、この欲張りめ! グアイアの鎧も付けよう!』
「自分鎧とか、重すぎて動けないと思います――」
『欲深い人間め! よし、いいだろう、お前のその、神をも恐れぬ欲望に、ガガンの兜も授ける!』
「いやいやいや……」
そんなの貰っても、使いこなせるわけがなかった。
というか、そもそも俺は、戦うのなんて本当は御免なんだ。
『否と申すか!』
びくっと身をこわばらせ、再び部屋を見回す。
女神のお怒りの声は、やはり俺だけに聞こえているようだった。スースーと、クワルは変わらずに寝息を立てている。
「考えさせてください! お願いします!」
座ったまま頭を下げる。
土下座のように。
ぐぬぬぬと、女神が歯を食いしばる雰囲気が伝わってきた。
『――お前』
「は、はい……」
『まさか、我の力を侮っているな?』
思いっきり首を振る。
この女神様は、今まで言葉を交わした神的存在のうちで一番強いという確信がある。老人たちのようななんちゃって感がない、本物の神様だ。侮るなんて、めっそうもない。――ただちょっと、体育会系だな、と思っているだけで。
『鉾を持っているな? 出してみろ』
「は、はい」
言われた通り、収納の杖を振って鉾を出す。
魔術武闘会で大活躍してくれた魔鉾、グラシアルだ。
『ふん!』
女神が気合の声を上げる。
グラシアルが宙に浮かび、赤と白の光る帯に包まれた。やがて、ぱちんと黄金の花火のような光が弾けた。光の中から現れたのは、黄金の刃を持つ鉾だった。グラシアルは、エンチャントしていた。
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名前 :グラシエクレル
クラス:鉾
・グラシアルが戦神の炎によってエンチャントしたもの。
・『フレイムライトニングLv3』の力を宿している。
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『我の加護がどれほどのものなのか、その鉾を使えばわかることだろう。そしてその時には必ず、お前は我の加護を欲することになるだろう。ハッハッハッハ!』
自信満々の笑い声と共に、戦女神は消えていった。
グラシエクレル――朱色の柄に黄金の刃。インテリアとしての価値もありそうだ。だが今は、できるだけ武器は見たくない。
ひょいと収納の杖を持ち上げ、杖の空間にしまった。
嫌でも戦いになる。
相手は〈カメス・メイス〉の魔術師たち。ライカンの猛将を生け捕りにできるだけの力を持っている。命がけになるだろう。
そして、彼らの取引相手。
運が悪ければ、それも相手にしなければならない。
ただの商人なら良いが――そうではない気がしている。尋常ではない目的のためにライカンを欲しがっている、本当の意味での黒魔術師の集団――何となく、そんなものが頭に浮かんでいる。
「(やっぱり、戦女神の加護を受け入れるべきだったか?)」
そんな引っかかりを覚えながら目を閉じた。




