57 将軍の行方Ⅱ
人口三万人。
レゼは、レゼ地方で最も大きな都市である。カカンの都ラリアンに比べればド田舎の町だが、デノンよりは大きい。そしてまた、レゼの周りには人口一万程度の町が近い距離に点在している。
朝一の鐘を聞きながら、市場通りを歩く。
いつだったかのように、パトラッシュが屋根を跳び回るような暴走をすることもない。
店や一軒家からは、洗濯物を持った女が出てきて、泉で洗濯を始めている。井戸端会議ではないが、彼女たちは二人、三人と集まってくると、馴染みのメンバーで、昨日の出来事や噂話をし始める。
酔いつぶれて眠りこけている男に、水がぶっかけられる。
そんな男連中は、あっちにこっちにぶつかりながら、どこへともなく逃げてゆく。
市場は、朝市の真っ最中だった。
主に魚介類。近くの漁村で取れた魚が次から次に運ばれてきて、ものによっては競りになった。クワルは、魚介類の磯の香りに顔をしかめた。
「魚は苦手?」
「はい……」
そうらしい。
ライカンだから仕方がない。ただし、焼き魚となると話は別のようで、市場の近くの料理屋が早速魚を焼き始めると、その香ばしい匂いに、クワルは目をパッチリ見開いたのだった。
俺もその時になって思い出した。そういえば、向こうを出てからほとんど何も食べていなかった。いつものように、水と干し肉――空腹で腹が痛い。
とりあえず俺たちは、魚の匂いに誘われることにして、その店に入った。
一仕事終えた行商人や、その護衛をしていた傭兵たちがすでに店には居て、一杯やっていた。俺とクワルは焼き魚を食べて腹を満たし、早速店の主人に〈カメス・メイス〉のことを訊いてみた。
すると主人は、当たり前のように教えてくれた。
「あぁ、それなら広場通りにクランホールがあるよ」
俺たちは、早速そのクランホールに向かった。
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教会のような建物――それが、〈カメス・メイス〉のクランホールだった。
違うのはその紋章である。
【プリースト】や【ルーメン】の多くが所属する聖教会の紋章は丸付きの十字――いわゆるケルト十字である。従って、教会の屋根にはその紋章のレリーフ等が彫られているものである。
〈カメス・メイス〉の紋章も、一見すると聖教会の紋章であるが、何となく違和感がある。そこで良く見てみると、少し違っているのに気づく。十字の下側に、もう一本、短い横棒が入っているのだ。
聖教会の〈セント十字〉に対して、それは〈カメス十字〉と呼ばれている紋章だということである。
「さて、どうしたものか」
クランのメンバーを拉致して、尋問で色々聞き出すか。
しかし、全てのメンバーが将軍誘拐の依頼の事を知っているとも限らない。この依頼、〈カメス・メイス〉は、クランを挙げて仕事を受けたのか、それとも、クランの中の小さな集団が引き受けたものなのか、それがはっきりしない段階で派手な行動に出るのは、悪手のように思える。
情報を集めよう。
誰が、どのような目的で、〈カメス・メイス〉に依頼を回したのか。その依頼を、〈カメス・メイス〉はどのように遂行しようとしているのか。
俺たちはクランホールを通り過ぎ、傭兵ギルド会館に足を運んだ。
ギルド会館、受付嬢に「情報を買いたい」と言うと、二階の個室に案内された。そこで暫く待つと、やがて、一人の男が部屋にやってきた。
30代半ばくらいの日焼けした男で、クラスは【レンジャー】。骨格はしっかりしているが、武闘派という感じでもない。
「見ない顔だな。どこから?」
「デノンから来ました」
「商売か?」
「いえ、人探しをしています」
「なるほど」
「――最近、ライカンに関するクエストが発注されたことはありませんでしたか?」
男は少し考えてから言った。
「ライカンとこっちの町を行き来してる商人の護衛クエストなら、週に一度は発注してる」
「もっと荒いのはありませんか?」
「荒いの、というと?」
「ライカンの拉致や、暗殺のクエストは」
そう質問すると、男は笑顔を浮かべて首を振った。
「そういう類のクエストは、ギルドは受け付けないよ。ギルドを通さない依頼なら、その限りではないが――その情報は安くない」
金貨を一枚、テーブルの上に置いた。
男は、黙って俺を見つめてくる。
二枚目、三枚目――。
男は口を開いた。
「俺の知ってる限り、そんなクエストは流れてない」
「そんなはずは……」
「だが君は、そのようなクエストが流れているのを実際に知っている」
「そうです」
「何を、どこまで知りたい」
「西部ライカンの将軍が、デノンで誘拐されました。やったのは、恐らく〈カメス・メイス〉です」
「ほう」
「誰が、何の目的で〈カメス・メイス〉を雇ったのか。それから、将軍の行方を知りたいんです」
「それは、いつの出来事だ?」
「一昨日の夜です」
「一昨日? だが君たちは、デノンから来たんじゃないのか?」
「そうです」
「冗談だろう?」
デノンからレゼまでは、どんなに急いでも四日以上はかかる。
二日、というのは考え難いことだろう。
普通の馬ならば。
「君たちがドラグーンだというのならともかく……グリフォンにでも乗ってきたというのか?」
「いえ、小龍馬です」
「嘘だろう……本当か?」
「はい」
男はぽりぽりと頭を掻いた。
「傭兵ギルドは暗殺の依頼を受けない。それは治安維持の点からギルドが自主的にそうしていることだ。だが、ライカンやジャイアントやマーメイド、そういう連中ともめ事を起こすようなクエストを受けないのは、領主とそういう取り決めになっているからだ。そういうクエストを出せば、それはそのまま、戦争に発展する。そんな不毛な戦争は、ギルドも領主も望んでいない」
「はい」
「そういうクエストを流している連中がいた場合、ギルドはそれを放置したりしない。戦争は、ギルドにとって利益がないからな」
「じゃあ……見逃した、ということですか」
「いくつか考えられる。まず一つは、君の言う通り、単純に俺達の目が節穴で、見逃した。二つ目は、ギルドの中に内通者がいて、意図的に見逃した。つまり、ギルドの個人、あるいは幾人かが買収された可能性だ。この二つなら、後者のほうが可能性としてはある」
「じゃあ――」
「だが、もう一つある」
「それは……?」
「俺はビーガン。君は?」
「グリムです。こっちは、クワル」
「よし、グリム。もう一つ可能性の話だが――」
と、ビーガンは懐から銀色の鍵を取り出し、それを机の上に置いた。
鍵に何やら呪文を唱えると、鍵はドーム状の白い結界を作り出し、俺とクワルとビーガンの三人を覆った。
「ギルドは、領主の私的なクエストは調べない。どういう意味か分かるか?」
「……まさか――」
「そのまさか、かもしれない。ギルドと領主は持ちつ持たれつの関係だ。領主が誰かの暗殺依頼を私的に出したとしても、ギルドはそれに口を挟まない、そういう暗黙の了解がある。
だが、戦争になるようなクエストとなると、俺達ギルドの立場は違ってくる。領主はそれによって得をすることもあるかもしれないが、ギルドは不利益を被る。西部ライカンとの緊張状態、あるいは戦争は、ギルドとしては避けたい」
「ライカンとの戦争で得をする領主はいるんですか?」
「いない。だが、他の町や領主を陥れる策としてはあり得る。どういう状況なのか、少し詳しく教えてくれないか」
ビーガンを信用するしかない。
俺は、自分たちを取り巻く状況を事細かく話した。ビーガンの質問に答えながら話し終えると、ビーガンは顎に手をやって、考えを巡らせた。
「この地方で〈カメス・メイス〉は、領主の御用聞きクランとしても有名だ。後ろ暗い私的なクエストを受けている実績もある。ギルドとしては放っておいたが……果たしてこれをギルドの上層に上げて、ギルドが対応するかどうか」
「将軍がどこに連れていかれたかだけでも、情報がほしいです」
「わかった。その情報は20グロウルで調べよう。依頼主の情報も同じ値だ。それぞれ前払い金で7グロウルずつ。それで手を――」
「前払いでそれぞれ10、成功報酬がそれぞれ20グロウル。確実で早い仕事をしてもらえると助かります」
そう言って金貨20枚をテーブルに出した。
ビーガンは笑った。
「参ったな。いや、取引相手がいつも君のような人間ならいいのにと思うよ。――わかった。仕事はしっかりやる。これだけ貰ってるんだ、見合うだけのことはやらせてもらうよ」
「期待しています」
「宿は、決まってなければここにしてくれ。三階の二号室を手配しておく。宿泊費は負けておくよ」
ビーガンはそう言うと、テーブルの金貨と鍵をさっと取って、部屋を出て行った。
「な、なんか――」
「うん?」
「すごいですグリム様、すごい、大人な駆け引きって感じでした!」
「いやいや……」
本当に駆け引き上手な人間は、金を出さずに相手に120%の仕事をさせるものだ。それができないから、俺は金を払った。駆け引きでいえば、勝ったのはビーガンだ。
ともあれ、別にそういう勝負をしていたわけではない。ドラガンを命があるうちに奪還できれば、それで良いのだ。
メロール伯爵からは調査のための費用として20グロウルを貰っていたが、これですっかり使い果たしてしまった。それどころか予算オーバーだが……きっと許してくれるだろう。
必要な出費だった。戦争になるよりははるかに良いはずだ。
まさか、出し渋ることはあるまい。
「さてと……」
「聞き込みですか!」
「いや?」
「じゃあ……〈カメス・メイス〉に殴り込みに!?」
「クワル、俺たちは昨日今日とほとんど寝てない」
「はい! でも、私は大丈夫です!」
「俺が駄目だ」
「では、ご命令ください! 調査してきます! グリム様はゆっくり休んでいてくださ――」
「どうどう、クワル。運動したい気持ちもわかるけど、今は大人しくしてた方がいい。そのうち嫌でも忙しくなるよ」
クワルにそう言った。
とはいえ、俺が冷静でいられるのは、ドラガン将軍のことを、本気で心配してはいないからだろう。クワルにとっては同郷の、しかも許嫁の男である。俺にとってのドラガンとは違う。
ドラガンは、もしかすると、拷問じみたひどい尋問を受けているのかもしれない。あるいはもう、殺されているかもしれない。しかしそれは、そうなっていれば、それはそれでしょうがないな、と、俺の頭は自分でも怖いくらいに冷静だった。
ここでジタバタしたところで状況は変わらない。彼が誘拐されるのを防げるはずもなかったから、負い目もない。
「今は休もう」
でも、と言いたげなクワルを態度で説得させて、その日一日は、俺たちは宿で過ごした。




