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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
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56 将軍の行方Ⅰ

「私に、協力してもらえませんか」


 俺は、その言葉を待っていた。

 その言葉を、メロール伯爵の口から言わせたかったのだ。

 今回の件、俺が力を貸す義理も、義務もない。むしろ、俺に義理があるのは伯爵の方だ。大会ベスト16になった報酬もまだ貰っていない。

 別に、金がほしいわけではない。

 立場をはっきりさせたかったのだ。


「それは、無償で、ということですか?」


 俺がそう言うと、クワルが驚いたように俺を見つめる。

 彼女のイメージの中の俺は「聖人君子」なのだろう。金ではなく、信念で行動する人間、という風に思っているに違いない。

 しかしそれは、彼女の一方的な勘違いだ。

 金で動くわけではないが、何かをやってもらうために金を惜しむような人間の願いなど、聞きたくない。


「勿論、報酬は出します。グリムさんには、言葉では言い表せないほどの借りがありますから」

「約束してもらえるなら、協力します」

「感謝します」


 金を持ち出したせいか、メロール伯爵の顔も変わった。

 今までの俺に対する顔はおもてなし用のものだったが、今のメロール伯爵の表情は引き締まり、隙が無くなった。お優しい伯爵ではなく、土地を支配する領主の顔付きである。


 その後、俺たちは寝室に案内された。

 伯爵の従者や傭兵が手がかりを掴んで帰って来たら、すぐに出発できるようにするためである。

 寝室の扉を開けると、まず俺は、クワルの許可が出るまで動けない。

 クワルが部屋の隅々までを調べて、安全を確認したところで、「どうぞ」と声をかけられる。その許しが出てから、やっと俺は部屋に入ることができる。

 近頃クワルは、やたらと俺を心配してくれているようだった。


 天蓋付きのベッド。

 腰を下ろすと、思わずため息が漏れる。クワルが、ちょこんと俺の隣に座る。俺はその頭を、ぽふぽふと撫でる。この一連の流れは、俺とクワルにとっては、挨拶のようなものになっていた。


 クワルを撫でることで、何となくだが、クワルの感情が伝わってくるような気がした。今は――焦っている。それに、心配している。

 ドラガンの事だろう。

 許嫁のとして彼と一緒になることは拒んだが、ドラガンは、クワルと同郷の仲間である。クワルがドラガンを心配するのは、もっともなことだ。しかし彼女は、俺に気を使って、その気持ちを出さないようにしている。


 しかし、残念ながらクワルはライカンだ。

 その感情は、全部表に出てしまっている。そこがまた、クワルの可愛いところでもある。


「グリム様……私は……」

「将軍は追いかけるよ。見つけたら、助ける」


 そう言うと、クワルの目が輝いた。

 そしてその嬉しそうな顔を、クワルは慌てて引っ込めたのだった。


「俺はああいう野蛮人は嫌いだし、何というかあの態度――あの、不遜な態度も本当に腹立たしいと思ってる。できることなら関わりたくない。将軍の部下のライカンたちにもな」

「ごめんなさい……」

「いや、クワルのせいじゃない。それに、そうは言っても、死んでほしいとまでは思ってない。やれるだけのことはやるよ」

「でも、ドラガン将軍はグリム様に、その――ひどいことを言いました」

「本当に失礼な奴だよ」

「……ごめんなさい」


 クワルの心境は複雑だろう。

 はた迷惑な連中である。きっと、クワルの立場のことなんて、考えていないのだろう。


 本音を言えば、ドラガンなんてどうなろうが知ったことではないのだ。

 自分たちで勝手にこの町に来て、勝手に捕まっていった。それだけの話である。それを全部この町や俺やメロール伯爵のせいにするというのであれば、そんな部族とは交易なんてしなければいいと思う。


 クワルのような優しい人間なら、利益がなくても、たとえ嫌いな相手でも、助けようと考えるのだろうが、俺はそこまでお人好しではない。少年漫画の主人公のような、真っすぐな無鉄砲でもなければ、戦闘マニアでもないし、正義のためなら命を懸けられるほど、その正義というものに思い入れもない。

 ドラガンの事だけなら、間違いなく、助けになんていかない。

 金を積まれたって、絶対に。


 だが俺は、約束をしてしまった。

 クワルの姉的存在の親友たちに、「クワルをよろしく」と。その「よろしく」がどこまでを意味するのか、考え方によっては、別にドラガンを助ける必要もないのだが……俺はあの時、彼女たちの願いをこう解釈した。


 ――ドラガン将軍との決闘に勝って、クワルを勝ち取ってください。


 そして俺は、その願いに対して対価を得て、約束をしたのだ。

 ドラガンが死んでしまえば別だが、俺は彼女たちとの約束を、果たさなければならない。ドラガンが死にそうなのであれば、それを助け、少なくとも、ドラガンと決闘するために、最大限の努力をしなくてはならない。


「約束しちゃったからなぁ……」

「約束?」


 きょとんとするクワル。

 クワルは知らないのだろう。だから俺も、言う気はない。とりあえず今は――。


「寝よう」

「え!? 寝るんですか!?」

「うん。寝よう」

「でも……」


 俺は構わず、ベッドに横になった。

 今、俺にできることは何もない。情報集めはメロール伯爵の方でやっている。そういう事に長けた人間たちが動いているのだ。ド素人の俺が出て行ったところで、何の役にも立たないだろう。

 できること、そんなのは、今は寝ることくらいだ。

 だから、寝る。


「クワルも寝た方がいいよ」

「でも……っ、ぐ、グリム様!?」


 ぐいとクワルの手を引っ張り、布団の中に引きずり込む。

 クワルを、湯たんぽとして活用してゆく所存である。

 抱え込むと、クワルは俺のお腹の前で丸まった。


「おやすみ」


 暫くすると、部屋の灯りが消えた。



 起きたのは翌日の昼間。

 こんな時だというのに、俺の身体は緊張感がない。とはいえ、そのおかげで良い休息がとれた。クワルはもう起きていて、テーブルで水を飲んでいた。俺も水を飲み、一息ついた。


 ちょうどそこへ、メロール伯爵の使いがやってきた。彼に案内されて、伯爵の書斎に行く。伯爵は、書斎のテーブルに地図を広げていた。

 挨拶を交わし、早速本題に入る。


「ドラガン将軍を誘拐したのは、〈カメス・メイス〉で間違いないでしょう」

「どんなクランなんですか」

「レゼに拠点を置くクランです。レゼ地方のクランの中では、大きな力を持っています。クランマスターはベイフ・ウルスラン。十年前まで、都の黒狩り部隊に所属していた魔術師です」

「追放されたのですか?」

「詳しい事情までは。しかし、何かあった、のでしょう。〈カメス・メイス〉に所属する傭兵の多くは、都のいずれかの魔術師団に属していた魔術師です」

「――要するに、訳あり魔術師の巣窟だと」


 伯爵が頷いた。

 黒狩り部隊。かつて黒魔術師を狩るために結成された部隊である。現隊長はセシュー。あの、いけすけないハンサムだ。それはともかく――相性の悪そうな相手を引き当ててしまったものだ。


「彼らはレゼの周辺都市に向かったようです。街道を、南下して――」


 伯爵は地図を指で示し、その街道を教えてくれた。

 レゼ地方という、カカン領南西の地域に向かう道である。


「このあたりです」


 伯爵がそう言って円を描いたのは、レゼ地方の一画。いくつかの村や小規模な町が点在した、低山性の山地地帯である。

 ここから、普通の馬なら五日ほどの距離だ。

 だが向こうは、捕虜もいるからそう早くは進めないだろう。


「行こうか、クワル」

「はい!」

「将軍の部下たちが、自分たちも連れて行ってほしいと言っていますが――」

「断っておいてもらえますか」

「わかりました」


 そうして俺たちは、パトラッシュに乗って、速やかに出発した。

 街道などは無視して、一直線に突っ走るのはいつもの事である。普通の馬なら五日の距離だが、パトラッシュなら、遅くても二日くらいか。

 降りた後一時間はパトラッシュ酔いでまともに動けなくなるが、それはもう、覚悟している。


「パトラッシュ、一気にレゼの町まで行こう」


 パトラッシュは、微かに頷いた。


「レゼの町に行くんですか!?」

「先回りした方がいいと思うんだ。レゼ地方って言っても広いだろ。聞き込みをしながら追いかけるより、直接本拠地に行って情報を集めた方がいいと思う」

「なるほど!」

「まさか向こうだって、明日明後日のうちに、俺たちがレゼに着いてるなんて考えないだろう。きっと、油断があるはずだ」

「そこを狙うというわけですね!」

「そう」

「流石です、グリム様!」


 かくして、俺たちはレゼに向かった。

 到着したのは二日目の朝、日が昇った頃に、レゼの町の門を抜けた。

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