56 将軍の行方Ⅰ
「私に、協力してもらえませんか」
俺は、その言葉を待っていた。
その言葉を、メロール伯爵の口から言わせたかったのだ。
今回の件、俺が力を貸す義理も、義務もない。むしろ、俺に義理があるのは伯爵の方だ。大会ベスト16になった報酬もまだ貰っていない。
別に、金がほしいわけではない。
立場をはっきりさせたかったのだ。
「それは、無償で、ということですか?」
俺がそう言うと、クワルが驚いたように俺を見つめる。
彼女のイメージの中の俺は「聖人君子」なのだろう。金ではなく、信念で行動する人間、という風に思っているに違いない。
しかしそれは、彼女の一方的な勘違いだ。
金で動くわけではないが、何かをやってもらうために金を惜しむような人間の願いなど、聞きたくない。
「勿論、報酬は出します。グリムさんには、言葉では言い表せないほどの借りがありますから」
「約束してもらえるなら、協力します」
「感謝します」
金を持ち出したせいか、メロール伯爵の顔も変わった。
今までの俺に対する顔はおもてなし用のものだったが、今のメロール伯爵の表情は引き締まり、隙が無くなった。お優しい伯爵ではなく、土地を支配する領主の顔付きである。
その後、俺たちは寝室に案内された。
伯爵の従者や傭兵が手がかりを掴んで帰って来たら、すぐに出発できるようにするためである。
寝室の扉を開けると、まず俺は、クワルの許可が出るまで動けない。
クワルが部屋の隅々までを調べて、安全を確認したところで、「どうぞ」と声をかけられる。その許しが出てから、やっと俺は部屋に入ることができる。
近頃クワルは、やたらと俺を心配してくれているようだった。
天蓋付きのベッド。
腰を下ろすと、思わずため息が漏れる。クワルが、ちょこんと俺の隣に座る。俺はその頭を、ぽふぽふと撫でる。この一連の流れは、俺とクワルにとっては、挨拶のようなものになっていた。
クワルを撫でることで、何となくだが、クワルの感情が伝わってくるような気がした。今は――焦っている。それに、心配している。
ドラガンの事だろう。
許嫁のとして彼と一緒になることは拒んだが、ドラガンは、クワルと同郷の仲間である。クワルがドラガンを心配するのは、もっともなことだ。しかし彼女は、俺に気を使って、その気持ちを出さないようにしている。
しかし、残念ながらクワルはライカンだ。
その感情は、全部表に出てしまっている。そこがまた、クワルの可愛いところでもある。
「グリム様……私は……」
「将軍は追いかけるよ。見つけたら、助ける」
そう言うと、クワルの目が輝いた。
そしてその嬉しそうな顔を、クワルは慌てて引っ込めたのだった。
「俺はああいう野蛮人は嫌いだし、何というかあの態度――あの、不遜な態度も本当に腹立たしいと思ってる。できることなら関わりたくない。将軍の部下のライカンたちにもな」
「ごめんなさい……」
「いや、クワルのせいじゃない。それに、そうは言っても、死んでほしいとまでは思ってない。やれるだけのことはやるよ」
「でも、ドラガン将軍はグリム様に、その――ひどいことを言いました」
「本当に失礼な奴だよ」
「……ごめんなさい」
クワルの心境は複雑だろう。
はた迷惑な連中である。きっと、クワルの立場のことなんて、考えていないのだろう。
本音を言えば、ドラガンなんてどうなろうが知ったことではないのだ。
自分たちで勝手にこの町に来て、勝手に捕まっていった。それだけの話である。それを全部この町や俺やメロール伯爵のせいにするというのであれば、そんな部族とは交易なんてしなければいいと思う。
クワルのような優しい人間なら、利益がなくても、たとえ嫌いな相手でも、助けようと考えるのだろうが、俺はそこまでお人好しではない。少年漫画の主人公のような、真っすぐな無鉄砲でもなければ、戦闘マニアでもないし、正義のためなら命を懸けられるほど、その正義というものに思い入れもない。
ドラガンの事だけなら、間違いなく、助けになんていかない。
金を積まれたって、絶対に。
だが俺は、約束をしてしまった。
クワルの姉的存在の親友たちに、「クワルをよろしく」と。その「よろしく」がどこまでを意味するのか、考え方によっては、別にドラガンを助ける必要もないのだが……俺はあの時、彼女たちの願いをこう解釈した。
――ドラガン将軍との決闘に勝って、クワルを勝ち取ってください。
そして俺は、その願いに対して対価を得て、約束をしたのだ。
ドラガンが死んでしまえば別だが、俺は彼女たちとの約束を、果たさなければならない。ドラガンが死にそうなのであれば、それを助け、少なくとも、ドラガンと決闘するために、最大限の努力をしなくてはならない。
「約束しちゃったからなぁ……」
「約束?」
きょとんとするクワル。
クワルは知らないのだろう。だから俺も、言う気はない。とりあえず今は――。
「寝よう」
「え!? 寝るんですか!?」
「うん。寝よう」
「でも……」
俺は構わず、ベッドに横になった。
今、俺にできることは何もない。情報集めはメロール伯爵の方でやっている。そういう事に長けた人間たちが動いているのだ。ド素人の俺が出て行ったところで、何の役にも立たないだろう。
できること、そんなのは、今は寝ることくらいだ。
だから、寝る。
「クワルも寝た方がいいよ」
「でも……っ、ぐ、グリム様!?」
ぐいとクワルの手を引っ張り、布団の中に引きずり込む。
クワルを、湯たんぽとして活用してゆく所存である。
抱え込むと、クワルは俺のお腹の前で丸まった。
「おやすみ」
暫くすると、部屋の灯りが消えた。
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起きたのは翌日の昼間。
こんな時だというのに、俺の身体は緊張感がない。とはいえ、そのおかげで良い休息がとれた。クワルはもう起きていて、テーブルで水を飲んでいた。俺も水を飲み、一息ついた。
ちょうどそこへ、メロール伯爵の使いがやってきた。彼に案内されて、伯爵の書斎に行く。伯爵は、書斎のテーブルに地図を広げていた。
挨拶を交わし、早速本題に入る。
「ドラガン将軍を誘拐したのは、〈カメス・メイス〉で間違いないでしょう」
「どんなクランなんですか」
「レゼに拠点を置くクランです。レゼ地方のクランの中では、大きな力を持っています。クランマスターはベイフ・ウルスラン。十年前まで、都の黒狩り部隊に所属していた魔術師です」
「追放されたのですか?」
「詳しい事情までは。しかし、何かあった、のでしょう。〈カメス・メイス〉に所属する傭兵の多くは、都のいずれかの魔術師団に属していた魔術師です」
「――要するに、訳あり魔術師の巣窟だと」
伯爵が頷いた。
黒狩り部隊。かつて黒魔術師を狩るために結成された部隊である。現隊長はセシュー。あの、いけすけないハンサムだ。それはともかく――相性の悪そうな相手を引き当ててしまったものだ。
「彼らはレゼの周辺都市に向かったようです。街道を、南下して――」
伯爵は地図を指で示し、その街道を教えてくれた。
レゼ地方という、カカン領南西の地域に向かう道である。
「このあたりです」
伯爵がそう言って円を描いたのは、レゼ地方の一画。いくつかの村や小規模な町が点在した、低山性の山地地帯である。
ここから、普通の馬なら五日ほどの距離だ。
だが向こうは、捕虜もいるからそう早くは進めないだろう。
「行こうか、クワル」
「はい!」
「将軍の部下たちが、自分たちも連れて行ってほしいと言っていますが――」
「断っておいてもらえますか」
「わかりました」
そうして俺たちは、パトラッシュに乗って、速やかに出発した。
街道などは無視して、一直線に突っ走るのはいつもの事である。普通の馬なら五日の距離だが、パトラッシュなら、遅くても二日くらいか。
降りた後一時間はパトラッシュ酔いでまともに動けなくなるが、それはもう、覚悟している。
「パトラッシュ、一気にレゼの町まで行こう」
パトラッシュは、微かに頷いた。
「レゼの町に行くんですか!?」
「先回りした方がいいと思うんだ。レゼ地方って言っても広いだろ。聞き込みをしながら追いかけるより、直接本拠地に行って情報を集めた方がいいと思う」
「なるほど!」
「まさか向こうだって、明日明後日のうちに、俺たちがレゼに着いてるなんて考えないだろう。きっと、油断があるはずだ」
「そこを狙うというわけですね!」
「そう」
「流石です、グリム様!」
かくして、俺たちはレゼに向かった。
到着したのは二日目の朝、日が昇った頃に、レゼの町の門を抜けた。




