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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
55/114

55 連れ去られた将軍

 ライカン、西部部族の村。

 そこで迎える朝は、とても清々しい風が吹いていた。

 高原らしい肌にひんやりとした空気が、邪気を払っているようだ。黒魔術師という肩書がなければ、この心地よさを心から楽しむことができただろう。


 テントを出て、体を伸ばす。

 今日もこれからパトラッシュに揺られる旅が始まる。気合を入れていかなくては。昨夜は不思議なことがあったが、今それを考えるのはよそう。俺の頭の記憶容量と演算能力は、そう高いものではない。


「おはようございます」


 声をかけられて、振り返った。

 そこには、三人のライカンがいた。

 いずれも少女だが、クワルよりは年上だろう。十七か十八くらいの少女が二人と、十九か二十歳過ぎくらいの少女。俺からすれば、三人とも「女性」というより、「少女」である。

 さて、そんなライカンの純朴そうな少女が、朝から俺に何の用だろうか。


「グリム様――」


 一番年上の少女はそう言うと、俺の前に立膝を突いて頭を下げた。あとの二人もその左右に続く。まるで、忍者の棟梁になった気分だ。

 年上の少女が顔を上げた。

 目が合う。

 強い目だ。クワルと同じ、力強い瞳。


「クワルのことを、どうかよろしくお願いします」

「「お願いします」」


 俺は何か答えようと思って口を開けた。

 だが、何を言ったらいいのか、言うべきか、全く分からない。

 口を閉じる。


「クワルは、私たちにとって、妹のような子です。まだ小さいですが、あの子は、本当によくできたライカンです。どうか、あの子をよろしくお願いします」

「「お願いします」」


 再び俺は口を開けた。

 彼女たちの言う「お願い」というのが何を指すのか、これほど「お願い」されれば、何と無く分かる。つまり俺に、ドラガンとの決闘をしてほしい、そして、勝ってほしい――その上で、クワルを俺のモノにしてほしいと、そう言う「お願い」をしているのだろう。


 と、年長の少女が、懐から布に覆われた小物を取り出し、それを両手に乗せて、額の上に掲げた。どうやら、俺への贈り物ということらしい。この場合、貢物だろうか。


「どうか、お受け取り下さい」


 三人とも、頭を下げる。

 悪いことなんか何一つしてないのに、とても悪いことをしている気分だ。少女を跪かせて――「お前そういう趣味やめろよ!」と、この場面だけ向こうにいる友人に見せたら、そう言われるに違いない。


「「「……」」」

「……」


 この沈黙のせめぎあい。

 受け取るか、受け取らないか。

 受け取るだけ受け取って、「お願い」んて知~らない」、なんてことは、今の俺にはできない。「契約」や「約束」は、破ってはいけない。破ったら、後が怖い。呪われる。

 ――だから、というわけではないが、守るつもりのない約束はしたくない。

 そしてこうなっては、決断するしかない。

 受け取るか、受け取らないか――今、決断するのだ。

 俺が。


 差し出された包みを、俺は両手で受け取った。

 包みを開くと、ネックレスだった。スメラルコンの鎖に、磨き上げられたビー玉台の翡翠のような宝石が三つ――一つはビー玉ほどで、もう二つはそれよりも一回り小さく、大きい宝石の左右に繋げられている――。


「どうかあの子を……お願いします」


 深々と頭を下げる三人。

 俺は、ただ黙って頷いた。三人は、俺の頷いたのを感じ取ったのだろうか、頭を下げたまま、テントの蔭に走って消えていった。

 ネックレスは『翠命の首飾り』という名前だった。

 早速首に付ける。

 宝石はローブの中に隠れた。


 それから、俺たちは早々、パトラッシュに乗って村を出た。

 そこからデノンまでの道のりは――俺にはやっぱり、ちょっとした地獄だった。



 デノンに着いたのはその日の夕方。

 パトラッシュは……流石に少し疲れたようだった。

 だったらもう少し速度を落とせばいいのに、ランナーズハイになったせいなのか、むしろ速度は上がっていた。

 夕日の頃、メロール伯爵の屋敷に着いた。


 メロール伯爵は、信じられないという様子を示しながら、俺たちを迎え入れた。

 部族長と話してきたことを伝えると肩の荷が下りたようで、安堵のため息をついていた。

 そこでメロール伯爵は、俺に決闘をするかどうかを訊いてきた。

 俺の心はもう決まっていた。

 が、明言はしなかった。


「決闘の場に行って、決めます」


 そう言うと、メロール伯爵は、一瞬不安そうな表情を見せた。

 部族長は「力を示せ」と言った。

 それは、むしろ決闘を勧めていた。決闘に勝てば、関係はより深くなるだろう、ということを含んだ言葉だった。伯爵も、そうとらえたのだろう。

 つまり伯爵からすれば、俺には是非決闘をして、勝ってほしいのだ。だから伯爵は俺に訊いてきた。


 俺が本心を言わなかったのは、そんな伯爵の態度に、腹が立つ部分があったからだ。大会出場から始まって、俺はなんだかんだと、伯爵の為に動いてしまっている。そんなことをする必要など、本当は全然ないというのに、まるでそれしか道がないかのような残酷は選択肢によって。

 しかも全て命懸け。

 黒魔術が使えるなんてことは、気休めにもならない。


「まだ決めていないのですね」

「はい」

「難しい相手ですか?」

「さぁ」


 そんなやり取りがあった。

 伯爵も従者も、俺が勝つのが当たり前のような口ぶりで話をする。


 クワルはというと、俺が決闘を受けないと思っているらしく、俺の為にいろいろとしてくれるのはいつもの通りだが、笑顔は少なく、テンションは明らかに低かった。


「偉いさんっていうのは、あぁいうものかね」

「え?」


 不思議そうに俺を見あげるクワル。

 屋敷の庭を渡り、門を出た。

 泊まっていくように勧められたが、明日の準備があるからと、その申し出を断っていた。明日の準備なんて本当はないが――単に意地を張ったのである。


 門を出て少し進んだとき、強い殺気を感じた。

 俺はその場で止まり、周囲を見回した。

 遅れて――。


 ばさあっと、茂みの左右から、武装したライカンの男たちが現れたのだ。


「これは、何のつもりですか!」


 クワルが言った。

 ライカンたちは、ぐるるると、喉を凶暴に鳴らしている。


「この卑怯者め! その喉、噛み切ってやる!」

「卑怯なのはどっちですか! 約束は明日のはずです!」

「お前は黙ってろ雌犬が!」


 ライカンが包囲を縮め、彼らの顔が、クワルの持つランプの灯りに照らされる。皆すごい形相だ。殺意とか憎しみとか、そういう悪くて派手な感情を塗りこめた様な顔をしている。

 なぜこんなに怒っているのだろうか。


「これは、どういうつもりなんだ?」

「しらばっくれるな! お前が手を回したんだろう、わかってんだ!」

「手を回した?」

「将軍に敵わないと思って、あることないこと吹き込んで、捕まえさせたんだろうが!」


 そういえば、将軍の姿が見えない。

 捕まえさせた? あることないこと、吹き込んで?

 ドラガンが捕まったのだろうか?


「将軍が捕まったのか?」

「よくもいけしゃあしゃあと言えたもんだ!」

「誰に捕まった?」

「将軍は俺たちが助ける。お前らの頭蓋をかみ砕いた後でな!」

「そうはさせません!」


 クワルがランプを置き、短剣を抜いた。

 村で新調したばかりの短剣だ。

 しかし、ここはクワルに戦わせるわけにはいかない。彼女と彼らは、同族で、しかも同じ村出身なのだ。

 俺はクワルの服を掴んで、軽く引いた。


「グリム様は下がっていてください。ここは私が――」

「クワル、お前が下がってろ」

「でも――」

「これは、命令だ」


 そう言うと、クワルは頷いて、大人しく身を引いた。

 クワルに命令したのは、これが初めてだ。

 あぁ、これで完全に、力関係ができてしまった。本当は、上下関係ではない、友達のような関係をクワルとは作っていきたかったが、それは無理なようだ。


「抜け、野良犬!」

「武器を捨てろ」


 供血魔法で『パペットカース』。『アビスブースト』によって、そのレベルは2から3にまで引き上げられる。彼らであれば、完全とはいかないまでも、八割がた言う事を聞かせられるだろう。

 そう、直感していた。


 ライカンたちは武器を捨てた。

 そのまま、地面に膝をつく。


「なっ、馬鹿な……クソッ、卑怯な技をっ……」

「ドラガン将軍は、誰に連れていかれた。知っていることを話せ」

「――黒い、黒い服を着た連中だ」

「他には」

「メイスを持っていやがった。――白い魔法を使って、ドラガン将軍を縛り上げて……」

「メイスに、白い魔法……」


 と、ライカンの一人が『パペットカース』を振り切った。

 巨大な剣を振り上げ、跳躍し、俺を地面ごと叩き潰そうとする。

 俺は咄嗟に『ダークバインド』で、そのライカンを空中で拘束し、放り投げた。ライカンは、ぐしゃりと地面に倒れ込んだ。


「あぁ、ちくしょう……クワル、伯爵の屋敷に戻って、解呪の使える魔術士を呼んできてくれ」

「はい!」

「はぁ……やっちまったなぁ。――眠れ」


 俺は、『パペットカース』でライカンたちを眠らせた。『パペットカース』は、念じるだけよりも、口に出して命令した方が効果が大きいらしい。

『ダークバインド』によって『ダークネス・カース』を受けたライカンも眠った。咄嗟にやったことだが、黒魔術の場合、それが相手の命を奪うことになる。俺は、人を一人殺してしまうかもしれない。

 レイバンのような悪党なら別に良いが、このライカンは――。


 供血魔法の疲れもあって、俺はその場にしゃがみ込んだ。

 クワルが魔術士を連れてくるまで間、俺はずっとそうしていた。



 クワルがすぐに魔術士を連れてきてくれたおかげで、俺が呪いをかけてしまったライカンも、一命をとりとめた。ステージ「Ⅱ」まで進行していて、危ない所だった。「Ⅲ」になると、生半の解呪魔法では解呪できなくなってしまうから、肝を冷やした。


 ライカンたちはメロール邸の庭に移動させ、そこでもう一度眠ってもらった。

 その後、俺とクワルは伯爵の書斎に通された。伯爵の従者たちは、慌ただしく屋敷を出たり入ったりして、将軍の行方に関する情報を集め始めた。


 開けっ放しの書斎から、忍者のような伝令がやってきて、伯爵に何やら耳打ちをした。伯爵は頷き、何やら命令を下すと、伝令は俺たちに目もくれず、次の命令のために書斎を出て行った。


「困ったことになりました」


 ため息交じりに、メロールが言った。

 メロールにとっては、確かにそうだろう。このままドラガンの行方が分からず、あるいは、殺された、なんてことになったら、ライカン西部部族はどう思うか。

 将軍の部下たちの反応が、その未来を示している。

 彼らは、決闘を恐れたデノンの魔術師が、ドラガンをだまし討ちしたと、そう思うに違いない。そして、その魔術師は、デノン周辺を支配する領主の息のかかった者である。

 全てメロール伯爵のやったことだ、とみなされるだろう。


 全く理論的ではないが、ライカンは理屈で考えない、そういう種族だ。頭ではなく、肝っ玉で物事を判断する。彼らは「卑怯」や「臆病」を嫌い、そういう人間とは、取引をしない。

 何年かけて来たのかわからないが、ドラガン将軍を取り戻さなければ、メロール伯爵の考えている、「ライカンとの交易」という計画は、水の泡と帰すだろう。


「目星はついているんですか?」

「……いくつか、名前が浮かんでいます」

「メイスを持って、白い魔法を使うというのは――」

「〈カメス・メイス〉でしょう」

「それは、何ですか?」

「クランです」

「クラン……?」

「傭兵団のことをそう呼びます。〈カメス・メイス〉は、解雇されたり、追放されたりした聖術師が作ったクランです」

「どういう関係なんですか?」

「彼らは、雇われたのでしょう。私たちと〈カメス・メイス〉には、何の関係もありません」

「彼らを雇ったのは誰でしょうか」

「心当たりはいくつかありますが、果たして、決め手がない」

「……そうですか」


 残念なことである。

 だが、俺にはこれ以上、どうしようもない。

 なぜならこれはもう、俺とドラガンとの関係ではなく、メロール伯爵と何者かの戦いになったのだ。ドラガンを拉致したのは、それによって得をする人物だろう。あるいは、メロール伯爵に、強い恨みを持つ人物か。

 どっちにしても、俺とは関わり合いの無いことである。メロール伯爵にとって、俺の命がどうなろうと関わり合いの無いのと同じように。


「では、自分はこれで失礼します」


 頭を下げる。

 えっ、という顔をしたのはクワルと伯爵である。

 この事件、解決しないんですか? という顔で、俺の事を見てくる。その視線を俺は、ポーカーフェイスで受け流す。


「待ってください」


 伯爵が俺を呼び止めた。


「私に、協力してもらえませんか」

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