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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
53/114

53 クワルの許嫁

 遂にやった。

 パトラッシュが、ラリアンからデノンまで一日という神掛かったタイムを叩き出した。早朝五時に出発して、デノンに着いたのが夕方五時。途中二度の食事休憩を一時間ずつ挟んだから、実際には一日もかかっていない。

 十時間だ。


 みっともない話だが、デノンに着いたとき、一番疲れていたのは俺だった。

 パトラッシュは、良い運動をした、くらいのものだったし、クワルも全然普通だった。一方俺は、パトラッシュ酔いだか何だかで数回吐いて、デノンの門を入ったところの酒場で小一時間ほど休み、メロール伯爵の屋敷に向かったのはそれからである。

 老人のように背を丸めて、クワルとパトラッシュに付きそわれながら、よちよち歩いた。


 そして屋敷に着いたとき、俺は歓迎されるのを少し期待していた。

 ところが、屋敷には先客がいた。

 屋敷の門前に十数人からなる、見るからに野蛮そうな男たちがいて、門を挟んだその向こうに、メロール伯爵やその従者がいる。


 ものものしいその男たちは、背中に斧や大きな剣を背負っていた。

 毛並みの良い太い足、腕、そして頭から出た耳――ライカンの戦士たちである。

 彼らの鼻は、すぐに俺達の存在を嗅ぎ取った。

 彼らは振り返り、俺たちの存在を認めるとあっという間に俺たちを取り囲んだ。

 そして、一番体格の良いライカン男に睨みつけられた。

 その男は紺に染めた革鎧を着、耳には金のイヤリング、首には牙のネックレスをつけている。


----------------------------------------------------------------------------

名前 :ドラガン

クラス:スレイヤー(Ⅲ)

 Lv:30/70

・西部ライカンの将軍。

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 将軍らしい。クラスも三次。

 見るからに強そうだ。


「クワル」


 将軍がクワルを呼んだ。

 その声は、明らかな怒気を含んでいた。

 非常に怖かったが、クワルは一度将軍に礼をして、平気で将軍に向き直った。クワルの度胸には、たびたび驚かされる。


「どういうことだ。その男は誰だ」

「私のご主人様です」

「ふざけるなぁ!」


 将軍の目が怒りに血走る。

 ものすごく怖い。それなのにやっぱりクワルは、平気そうだ。


「お前は俺のモノだ。そうだろう!」

「いいえ、今はもう、ご主人様のものです!」


 そう言って、俺の身体にひしっと抱き着くクワル。

 将軍の怒りの矛先が俺に向けられる。


「おい、お前」

「は、はい……」

「どういう了見だ」

「え、ええと……」


 じろりと睨まれ、本能的に、竦んでしまう。


「その女を、返せ」

「……い、いやぁ……」

「返せ!」


 息を止めてその怒声に耐え、深呼吸で吐き出す。

 それで、少し冷静になった。

 どうして俺が、いきなり怒鳴られなければならないのか。将軍か何だか知らないが、こいつこそどんな了見で、人様を怒鳴りつけているのだろうか。


「お前たちこそ、何者ですか?」

「この野郎、ドラガン様にその口の利き方はなんだ!」

「ふざけるな、ベレネ風情が!」

「ぶっ殺してやる!」


 ドラガンの部下たちが、口々に俺を罵る。

 野蛮な連中だ。


「その女は、俺の許嫁だ。そいつの主人は、俺だ」

「いいえ、私の主人はグリム様です」

「この、ふしだらな雌犬が! お前のことを決めるのは俺だ!」


 俺はそっとクワルに訊ねた。


「クワル、許嫁って言うのは本当?」

「はい」

「……それ、マズくないか?」

「大丈夫です。私の主人は、何があってもグリム様です」


 クワルの「大丈夫」はよくわからない。

 許嫁の話が本当だとすると、この場合、悪いのはクワルだろうか。それとも、二人の事情も知らずに、気軽にクワルを雇った俺か? あるいは、許嫁に愛想つかされてしまったドラガンか……。

 家庭裁判所で決着をつけたいところである。


「決闘だぁ!」


 怒りに任せてドラガンが言った。

 いや、もう、途中からそうなるだろうなと、何と無く分かっていた。

 ライカンは力が全て。

 いざこざがあったら、決闘で解決する。裁判所なんて頼らない。


「お断りします」


 俺は応えた。

 冗談じゃない。

 話し合いで解決できることだろう、こんなこと。ライカンのルールでは決闘が正解なのだろうが、俺がそのルールに乗っかる必要がどこにある。何でも思い通りになると思うなよ。


「臆病者め!」


 罵られた。

 それに反論したのは、クワルだった。


「グリム様は臆病じゃありません! 誰よりも勇敢です!」

「ならばどうして逃げる! お前の主人は、臆病者だ!」

「それ以上グリム様の悪口は許しません!」


 クワルはそう言うと、短剣を抜いて俺の前に立ちはだかった。

 それを見て、ドラガンは笑う。


「そんなボロボロの剣で、どうするつもりだ」

「……あっ」


 クワルの短剣は、どちらもひどい刃こぼれをしていた。

 ワイバーンとの戦いで、何度もその硬い鱗を斬ったためである。


「決闘だ、この野良犬め!」


 ドラガンはそう言うと、背負いのバスターソードを抜いた。

 野良犬という言葉に反応したのはクワルだった。どうやらライカンにとって、その単語はかなり屈辱的なものらしい。

 俺は慌ててクワルの服を掴んで、ドラガンに飛び掛かるのを止めさせた。


 俺はドラガンやクワルや、ドラガンの取り巻きのように熱くなったりはしない。俺とドラガンが敵対して、それが全体にどのような影響があるのか考えてしまう。

 メロール伯爵はライカンとの交易を言っていた。

 俺を大会に出場させたのもそのためだ。カカンの主要都市、主要貴族にそれを認めさせるための布石。

 だが、ここで俺とドラガンが事を構えたらどうなるか。

 ライカンとの間の友好関係に亀裂が入ることも、充分考えられる。ドラガンがライカンの中の、ただの一兵に過ぎなければ大した問題にはならないだろうが、彼は将軍である。


「考えたい」


 俺はドラガンにそう言った。

 とにかく、考える時間がほしい。


「今ここで、勝負だ!」


 ドラガンはすっかりその気だ。

 ライカンからすれば、「野良犬」等と侮辱されて、何をこれ以上考える必要があるのかわからないのだろう。クワルも、もうすっかり戦闘モードである。


「剣を抜け! 野良犬め!」

「抜け! 抜け!」

「ぶっ殺してやる!」


 ガヤが騒ぐ。

 この種族は本当にもう……脳まで筋肉なのか?


「三日だけ、時間をくれ」

「ふざけるな! 抜け!」

「ライカンの将軍は、たった三日を待つほどの度量もないのか」

「なに?」

「三日の猶予を与えたら負けるかもしれないと思っているんだな」

「……なんだと、お前――」

「この臆病者め。だったら今すぐここで、お望み通り勝負してやる。お前の方が圧倒的に有利なこの場所でな。勝てる戦いしかしないなんて、ライカンの将軍が聞いて飽きれるぜ」


 ドラガンはわなわなと震えた。

 よほど悔しかったのだろう。やがて、どすんと剣を地面に突き刺した。


「お前など、ちっとも怖くないぞ。いいだろう、三日待ってやる。お前の望み通り、三日だ」

「場所と時間は」

「お前が決めろ!」

「それじゃあ――三日後の夕方、イルナ孤児院跡地の庭で」


 ドラガンは野太い雄たけびを上げると、取り巻きを引き連れて坂を下っていった。

 メロール伯爵とその従者が、門を開けてやってきた。



 食堂に通された俺たちは、急な来訪にも拘らず歓迎して貰えた。

 期待通りだった。

 食事、酒、食器も壁掛けの絵画も、全てきらきらしている。


「――それで、あのライカンは、一体何者なんですか?」


 メロール伯爵が訊ねた。

 クワルが答える。


「部族長様の次男、ドラガン将軍です」

「クワル君の許嫁と言っていたが……?」

「はい。でもそれは、無しになったはずです」

「無しになった?」


 ある事件があった、とクワル話した。

 ライカンはよく魔物の群れと戦うことがあり、ある時の戦いで、クワルはドラガンに見捨てられたのだという。たったそれだけだが、それは、ライカンにとっては重大なことで、その時に、クワルはドラガンとの許嫁の契約を無効にしたということだった。


「あの将軍は、それを認めたのか?」

「……」


 俯くクワル。

 何となく想像がついた。

 子供の喧嘩だ。互いに言いたいことを主張して、全く分かり合えていない。しかしそれぞれは、言ったから伝わっているはずだ、と考えている。――おおよそ、そんなところだろう。


「戦ってしまって、良いものですか?」

「部族長殿と話ができれば良いのですが……」

「うぅ……」


 今になってクワルは、責任を感じているらしい。ずっとスープに視線を落としている。


「……しょうがない、それしかないですね」

「それしかない、というと?」

「部族長に会ってきます」

「ドラガン将軍との決闘はどうするのですか?」

「出ます。もっとも、場所に行きはしますが、戦うかどうかはわかりませんけど」

「どんなに急いでも、彼らの村までは片道四日はかかります」

「あぁ……僕の馬ならたぶん、三日もあれば行って帰ってこられます」

「それは、いくら何でも――」

「ラリアンからここまで、一日かからなかったんですよ」

「な、そんなこと……いやはや、信じ難いですが……」



 食事の後、早速パトラッシュの休んでいる、庭の馬小屋に向かった。

 もはやいつものことだが、パトラッシュはすでに馬小屋の前にいて、俺たちを待っていた。


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名前 :パトラッシュ

クラス:小龍馬

 Lv:13/20

・龍老人の力を得た馬。毒や呪いに強い耐性を持つ。

・龍神力を宿している。

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 クワルは、ぴょこんとパトラッシュに飛び乗った。

 俺もそれに続く。


「パトラッシュ、その……優しくして、ね?」


 パトラッシュが、目を細めた。

 笑われた気がする。


「本当に行くのですか。明日の朝、日が出てからにしては……」

「この子は、夜目が効くんです」

「しかし魔物が――」

「大丈夫です! グリム様は私がお守りします!」

「ブルルっ!」


 パトラッシュもクワルに同意を示した。

 こうなってはもう、行くしかないだろう。

 クワルとパトラッシュに、俺の臆病を半分ずつ分けてあげたい。


「で、では、お気を付け――」


 伯爵の言葉を最後まで聞かずに、パトラッシュは走り出した。

 一っ跳びで屋敷の門を飛び越え、そのまま坂を下らずに、その一番高い所から大きくジャンプ。ふわっと体が浮いた。

 ぎゅっとクワルを抱いて息を止める。



「い、行ってしまったな……」


 メロール伯爵以下、従者たちは、一瞬で闇の中に消えてしまったパトラッシュたちの後を、暫く呆然と眺めていた。

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