52 vs.ロッカ
始まる前からの大歓声。
上位トーナメント第二回戦。
俺とロッカの試合。
「ロッカ様ぁぁぁ!」
「好きだぁぁ!」
「ロッカちゃぁぁぁん!」
カリスマ【ソーサレス】のロッカは、アイドル的な人気を博していた。
美しい深紅の衣装、すまし顔。
その手に握られている杖は、異彩を放っていた。
まるで死神かというような、三日月の大鎌風の杖である。その三日月の部分は三つあり、いずれの三日月も、魚の鱗のようにきらきらと、虹色に輝いている。
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名前 :招精の三日月
クラス:杖
・月の滴でできた杖。
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俺は俺で、応援されていた。
前回の試合の時よりもはっきりと聞こえる、「グリム」の名を呼ぶ声援。
負けたくない、という気持ちになってくる。
俺はロッカと向かい合い、視線を交わした。
ロッカが、口を開いた。
「ただ戦ってもつまらないから、賭けをしましょう」
「何を賭ける」
「人生よ」
「……」
「私が勝ったら、アンタは私の下僕になる。アンタが勝ったら、アンタの秘密はバラさない」
「何が人生だよ……わかったような口をきくな小娘」
ロッカの纏っていたオーラが変わった。
彼女の怒りが、そのまま魔力のオーラとなって現れる。
「加減間違えて殺しちゃうかもしれないけど、よろしくね」
俺は応えず、身構える。
杖がないから、間抜けなファイティングポーズだ。
ラッパが吹き鳴らされた。
――ついに、始まってしまった。
早速飛んできたのは『ファイヤーアロー』――なんてちゃちなものではなかった。
直径二メートルはあろうかという火の球が舞台の上に出現し、それが、俺めがけて降ってきた。
『メテオLv2』だ。
咄嗟に供血魔法で『ダークバインド』。飛んできた『メテオ』を止め、ロッカに投げつける。
ロッカはしかし微動だにしない。
俺が『ダークバインド』をかけて投げつけた『メテオ』は、ロッカの『サラマンドオーラ』にはじき返され、四散した。
まだ『メテオ』が降り注ぐ中、今度は『ファイヤーアローLv4』を放ってきた。『ファイヤーアロー』は『ファイヤーアロー』でも、レベル4はものが違った。見た目も輝く赤い炎、先端も鋭くなっているが、一番困ったことには、それが『ダークバインド』では止められないことだった。
間一髪のタイミングで『ミストテレポート』。
移動した先に、今度は間髪入れず熱線が飛んできた。『ブレスフレイムlv3』――ワイバーンの使っていた『ドラゴンブレス』に酷似している。
再び『ミストテレポート』
呪いを含んだ黒い霧は、『ブレスフレイム』の炎に焼き尽くされて消えていった。
俺は、『ミストテレポート』を使って魔法を躱しながら、ロッカに近づこうと試みる。懐に入り込んで、ナイフの先をロッカの喉もとに突きつければ、それで「勝負あり」と判定されて、試合には勝てる。
が、そううまくはいかなかった。
何度目かの『ミストテレポート』の後、現出した先で、俺は熱風を吸い込んでしまった。思わず蹲る。
『フレイムウォール』だ。
俺が『ミストテレポート』を使った瞬間、ロッカは『フレイムウォール』で、舞台を碁盤目のように区切っていた。――どこへ逃げたとしてもその先で、俺は炎に囲まれることになる。
喉が焼けた。
石畳に頬をつけ、大口を開けて呼吸をする。
体の色々な部分がじんじんと痛み出す。
しかし、休んでいる余裕はない。そんな余裕を、俺を殺す気のロッカは与えてはくれない。
俺の真下の床に、魔方陣が輝き始めた。
ドーン、と火柱。
『コルムフレイムLv2』。巻き込まれていたら即死していたことだろう。
『ミストテレポート』でギリギリ躱した。
今度は息を止めたまま現出し、すぐに床に伏せる。
ロッカは確かに、段違いに強い。今まで戦ってきた魔術師とは、格が違う。魔法の派手さ、威力、まさにRPG的な魔術師そのものである。
――全く、勝ちが見えない。
悔しいが、確かに、本当に強いのだ、ロッカは。
こっちも殺す気でいかなければ、戦いにすらならない。
「目、覚めたかしら?」
どこからともなく、俺に問いかけてくる。
攻撃して来いと、そう言っているようだった。
ちくしょう、別に俺だって、寝ぼけてたわけじゃない。本当に、どうしょうもないんだ。
「降参だ……」
この試合、俺に勝機はない。
これ以上戦っても、火傷の数が増えるだけだろう。ロッカはアップを終えたくらいの気持ちだろうが――。
「降参だ! ……ッケホッケホ」
声を張る。
ラッパの音が会場に響き渡る。
燃えていた炎が消えてゆく。
俺は立ち上がり、服の煤を払った。
ロッカが俺を睨みつけながら近寄ってくる。
「ふざけないで……」
そんなことを言った。
「何のつもりよ……」
「何が」
「どうして攻撃してこなかったの」
「できなかったんだよ」
「本気じゃなかった」
「いいじゃないか、お前の勝ちだよ。悔しいけど」
「この……」
俺は危険を感じてロッカから離れた。
この至近距離で『ブレスフレイム』など放たれたら、黒炭にされてしまう。
「あんたは今日から私の下僕よ」
ロッカが勝ち誇ったように宣言する。
俺はそれを、鼻で笑った。
「何言ってんだよ」
「そういう約束でしょ」
「俺がいつその約束に同意した」
「したじゃない、試合の前に」
「してない。お前が一方的に、そう宣言しただけだ」
「そんなのっ……卑怯よ!」
「卑怯もなにも、俺は同意してない」
「……あんた、秘密をバラされてもいいの?」
「それは困る」
そう言うと、ロッカの瞳が悪戯っぽく輝いた。
「いや、そうじゃない」
「何が、そうじゃないの?」
「困るのは俺じゃない。俺を推薦したメロール伯爵だ。俺は黒魔術師だということを隠してこの大会に出た」
「やっぱり最低ね、アンタ」
「何とでも言え。俺は逃げる。だが、メロール伯爵をはじめ、俺を応戦していた人間は――逃げられない人間は、お前がそれを言うことによって、人生を狂わされるぞ」
「そんなもの、アンタのせいでしょ! 責任は自分でとりなさいよ!」
「無理だよ。俺は、ちょっと魔法が使えるだけの異邦人だ。ここじゃあ金も権力もないから、どうにもできない。おまけに、俺が黒魔術師と知れれば、誰が俺の言葉を信じる? 俺が皆の無実を訴えた所で、そんなのは誰にも聞き入れてもらえない」
「そんなの……知ったこっちゃないわよ……」
「言いたいなら言えばいい。別に俺は、捕まって殺されたところで、向こうの世界に戻るだけだ」
「勝手な……」
「俺の事を喋れば、多くの人間の人生を破たんさせることになるぞ。俺のせいだというならそう言ってればいいけどな、結果的にそうなる。逆にお前は、その責任を負う覚悟はあるのか?」
歓声冷めやらぬ中、俺はそう言い残して退場した。
内心、冷や汗ものである。半分はハッタリだ。
しかし、半分は少し本気である。
あのカリスマも知った方がいい。力で解決できるのは試合の勝敗くらいなものなのだと。そしてまた、自分の行動や無行動には責任が付きまとうのだということを。
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「負けてしまいましたね」
酒場、俺とクワルは、ユランと遅めの昼食をとっていた。
試合から二時間ほど経過している。
ロッカの次の対戦相手は、セシューである。アデプタス――魔術侯のいけすかない、【クレリック】のハンサムである。
「どうしょうもなかったな」
あの後俺は、医療テントでヒーラーによる治療を受けた。
全身の火傷や水ぶくれ等は、おかげですっかり治っていた。
やっぱり俺は【セージ】になりたかった。
「やはり、試合では難しいですか」
「……そう、ですね」
くっくっくっと、ユランは含みのある笑い方をした。
試合では……そう、試合では。
試合の後、ロッカが俺に突っかかってきた理由と、ユランがそういう言い方をする理由は、同じである。
俺は、ロッカを攻撃しなかった。
ロッカだけではない。他の試合も、攻撃らしい攻撃はしていない。
恐らくロッカは、その理由までは知らないだろう。
だがユランにはわかっている。
俺のスキルを言い当てたユランなら。
「しかし、ロッカさんは流石でした。ここまでの試合では、ロッカさんは実力の半分も出していませんでしたよ。それがやはり、貴方を前にして、全力で戦わなければならぬと思ったのでしょうね」
「でもグリム様、危なかったですよ。ちょっとくらい懲らしめても、良かったと思います」
クワルはそう言った。
医療テントに駆け付けてきたクワルは、俺が無事なのを見て少しベソをかいていたくらいだ。
「でも実際どうでしたか。隠し玉なしの全力で戦っていたら、結果は――」
「あの、【サラマンドオーラ】が厄介ですね」
「あぁ」
「以前似た様な魔術を使う魔術師と戦ったことがありました。【オーラガード】というのを。全然こっちの魔法が通らなかった。バリアとオーラと、やっぱり違うんですか」
「違いますね」
と、そう言ってユランは、その場で講義をしてくれた。
今の俺には理解の難しい概念が当たり前のように出てきて、正しい理解なんてとてもできなかったが、簡単にいえば以下のようなことだった。
まず、『バリア』系の魔法。
これは、術者の任意のタイミングで発動させる魔法で、魔術的な要素を含む、指向性のある攻撃をシャットアウトする力を持っている。
他方、『バトルスキン』や『マナスキン』という、『スキン』系のスキルがある。
これは指向性のあるなしに関わらず、鎧のような力を発揮して、纏っている者を守る魔法である。アクティブスキルとパッシブスキルでいえば、パッシブスキルに分類される。「魔法」というよりは「スキル」「能力」なのだ。
そして『オーラ』系の魔法。
体内にある霊力「スピリットマナ」は、その生物を守ろうとする。例えば大岩が降ってきたり、矢が飛んできたりしたとき、多くのスピリットマナを持っている者は、無意識的にスピリットマナを使って、それらの災難から身を守ることができる。霊的条件反射という。
『オーラ』系統の魔法は、その「スピリットマナ」に魔術的な指向性が与えられたものである。その特性上、『オーラ』系統の魔法が何から術者を守るかは、術者の意識次第である。
例えば術者が、自分の『オーラ』の対象を「魔法」とした場合は、バリアと同じく「魔術的な要素を含む」ものから術者を守る『オーラ』になるし、「全ての攻撃」を対象にした場合は、「自分に向けられた悪意ある攻撃」つまりは「指向性のある攻撃」から術者を守る『オーラ』となる。
つまり『オーラ』系の魔法は、術者次第で『スキン』系のようにもなるし、『バリア』系のようにもなる。その両方の特性を合わせることもできる。――そう聞くと、オーラが万能のように思うが、それぞれで、やはり一長一短あるものだ。
『バリア』は、「魔術的な要素を伴った指向性のある攻撃」には、かなり強い強度を持ち、オーラやスキンに比べると習得が易しい。しかし、魔術的な要素を含まないような攻撃や、指向性のない災難や災害には防御力を持たない。
『スキン』系は、攻撃でもそれ以外でも対象を守るが、「魔術的な要素を持った攻撃」に対しての強度は、『バリア』系の魔法よりも低い。
『オーラ系』は、『オーラ』に込める指向性によっては、あらゆる攻撃、攻撃以外の現象にも強固な守りとなるが、それは指向性を思い通りに操れれば万能ということで、実際に『オーラ』系の魔法を、万能に使いこなせる魔術師はごくごく少ない――。
ユランの講義が終わり、俺は思はず頭を下げてしまった。
まるでユランは、教授である。
「ロッカさんの『サラマンドオーラ』は、相当のものですからね。あそこまで強固な『オーラ』を使える魔術師は本当に珍しい。アデプタスと良い勝負ができそうだ」
アデプタス――セシューのことである。
セシューとロッカなら、俺はロッカを応援するだろう。
ロッカの増長はあの年代特有のものだと理解もできるが、セシューの天狗っ鼻は、ああなってはダイヤモンド並みに硬そうだ。一度JKに負けて、ぽっきり折れてしまえばいい。
ちなみに、俺は俺で、少しはヘコんでいる。
殺し合いのつもりで戦えば結果はどうだったかわからないが、それにしても、年下の女子に負けたというのは、やっぱり俺も男だ、自尊心を傷つけられる。
殺し合いをしないでも勝てるくらい、圧倒的な力があれば――なんて少し思うが、いや、俺はそんな力を得るために人生を黒魔術に捧げるつもりはないからと、すぐにその考えの不毛を悟ってしまう。
「まぁでも、これで何十年かぶりの上位トーナメント進出、しかも大会ベスト16だから、メロール伯爵も喜んでくれるだろうね」
「はい、これは、ライカンにとっても大きな勝利です」
「明日、報告に戻ろうか」
「試合、観ないんですか?」
「観たい?」
「いいえ、グリム様と一緒にいられればそれでいいです!」
どこまでも従順なクワルの頭を、俺は撫でつけた。




