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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
49/114

49 下位トーナメント

 大会二日目、俺にとっての初戦は――。

 何と対戦相手の事情により、不戦勝だった。聞くところによると、開会式の日の夜、酒場で喧嘩をして、そこで大怪我を負ってしまったらしい。

 何とも煮え切らないスタートである。


 大会最初の九日間は、シード権を持たない魔術師たち120人あまりを16人まで絞り込む、下位トーナメントの試合である。一人当たりの試合数は三から四試合。全体で100試合ほどだ。


 広場に設けられた一辺三十メートルの石畳、正四角形の舞台で魔術師は戦う。

 舞台には神官の作った強力な結界が張られ、三人の審判が試合を裁く。

 大会本部には審判団と、そしてその後ろには王侯貴族などの観覧席が設けてある。本部の隣には医療班のテントが三つ張られ、腕の良いヒーラーが待機している。


 大会は、魔術師であればクラスは問われない(ただし黒魔術師の出場は認めないだろう)。とはいえ、出場クラスは【エレメンタリスト】か【セージ】がほとんどだった。

 いずれも二次クラス。下位トーナメントには、どうやら三次クラスはいないようだった。そしてまた、二次クラスでも【サマナー】は見当たらなかった。当然【ダークメイジ】などはいない。


 さて、魔術師同士の戦いは、想像以上にスポーツ的だった。

『ファイヤーアロー』や『ホーリーアロー』、『アイシクルスピア』等の遠距離突き刺し系の魔法が飛び交い、魔術師はそれ飛んだり跳ねたりして避け、戦う。多くの魔術師は15メートルほどの距離を互いに保つので、二人で円を描きながらの戦闘になる。その戦い方、戦闘の状態を「マジシャンズ・サークル」とか、「ロンド」とか言うらしい。


 ところが、一方が『マジックバリア』等の防御魔法を使える場合は様子が違ってくる。バリアを使える方は、単純な魔法攻撃に対しては避ける必要がないので、動きが少なくなる。バリアのレベルが相手の攻撃スキルよりも低い場合にはそうはいかないが、同レベルであれば、バリアが優位だった。


『マジックバリア』を使える魔術師に対して、その対戦相手はアロー系の攻撃魔術を中心に、動きを止めるバインド系の魔術や、魔術師によっては近接戦闘を試みるなど、戦いに積極的に変化をつけていった。

 対してバリアを使える魔術師は、慌てずに、一つ一つ確実に魔法を防ぐ。

 冷静にすべての攻撃をバリアでいなし、片一方は攻撃のアイデアとスタミナを失い、白旗を上げる。そのような防ぎきっての勝ちは、魔術師の最も理想的な勝ち方だった。そういう勝ち方をした魔術師は、拍手喝さいを受けた。


 例外はあるものの、ほとんどすべての試合で、『マジックバリア』が使える魔術師が勝った。それほどに、バリアのスキルは重要なのだ。『バリア』系の魔法が使えるかどうかは、魔術師の実力を測る一つの尺度なるだろう。

 ――そんなことを、俺は他人の試合を呑気に見物し、ちょくちょくノーティングしながら考えていた。



 大会四日目、俺にとっては本当の意味での初戦。

 相手は【セージ】だった。【セージ】というとヒーラーのイメージが強いが、実は攻撃的な魔術を鍛えているセージも多くいる。むしろ、セージの半数以上は攻撃的な――RPG的にいう所の「殴りプリ」だった。

 そして当然、この大会に出場する【セージ】は、100%「殴りプリ」である。


 片手にメイスを握り、十字模様の描かれたマントをつけている。

 とにかく、あのメイスで殴られるのだけはご免である。


 対戦相手の【セージ】は、挨拶代わりに『ホーリーアローLv2』を放ってきた。

 俺は「魔法の杖」改め「収納の杖」を一振りし、鉾を現出させた。ワイバーンからのドロップアイテム、魔鉾〈グラシアル〉である。これにはどうやら雷の力が宿っているらしい。が、俺はこれを、避雷針として活用してゆく考えだ。

 鉾は鉾として本来通りに使いたいものだが、それは、しっかり修練を積まなくてはできないことである。俺には到底扱えないし、今後扱う予定もない。


 だから、避雷針である。

 何とこのグラシアル、流石というべきか、当然というべきか、その刃は魔法を弾く力がある。

 早速、俺はグラシアルを掲げた。

『ホーリーアロー』が、グラシアルの矛先にぶつかる。

 光の矢が水滴のように四散した。


 会場がどよめく。相手もたじろぐ。だが、だからといって相手も、そう簡単に白旗をあげたりはしない。戦闘続行の意思表示をするかのように、三発の『ホーリーアロー』を、同時に放ってきた。

 一発は真っすぐ、もう二発は、右と左に大きく膨らみながら飛んでくる。

 厄介な攻撃である。

 しかしそれくらいの攻撃が来ることは想定している。


 結果的に言えば、三発の『ホーリーアロー』は、グラシアルの鉾先に吸い込まれるように収束してゆき、先端にぶつかると消えていった。

 会場が再びどよめき、【セージ】は、メイスを強く握りしめた。


 俺が何をしたのか、なぜそのような現象が起きたのか、誰にもわからなかったことだろう。だからきっとこう判断する――「あの鉾の力だ」と。


 俺にとっては都合の良いことだった。

 グラシアルの力でそうなったなら、俺の魔法は関係ない。だから誰も、俺の魔法を怪しまなくなる。

 種明かしをすればそうではない。

 相手の魔法に『ダークバインド』をかけて、誘導したのだ。


 ギャラリーの歓声が俺に向く中で、【セージ】はメイスを掲げた。

 メイスの先が黄金の光を放ち始める。

 そして、今度は一気に振り下ろす。

 メイスの先端から金色の雷が打ち出された。『ホーリーライトニングLv1』である。

 おおぉと、歓声が上がる。

 彼の切り札、【セージ】のとっておきの魔法である。


 目にも止まらぬ雷撃で一瞬ヒヤッとしたが、俺は不思議と、命の危機までは感じなかった。


 結果的に、『ホーリーライトニング』の黄金の雷撃は、グラシアルが受け止めた。

 雷の力を宿すグラシアルには、雷のような魔法を吸収する力があったらしい。

 まさに今度は、魔法で誘導せずとも、グラシアルは避雷針になった。

 黄金の電撃はグラシアルの刃の先に集まり、電球の何百倍もの光が、真昼の闘技場を照らした。


 やがて、光が消えた。

 グラシアルが『ホーリーライトニング』を、全て吸収したのだった。


 その後も【セージ】は、スタミナが尽きるまで俺に攻撃魔法を放ち続けたが、切り札まで早々に使い切り、やがてスタミナも気力も尽きて、降参した。かくして俺は、いわゆる魔術師の理想的な勝ち方でこの試合に勝利した。



 次の試合は【セージ】との戦いから五日後に行われた。

 大会九日目、下位リーグベスト16を決める試合である。勝つと上位トーナメントに進めるという、勝負の一試合。

 俺の目標は上位トーナメント進出だから、次の試合に勝てばそれで、大会に出場した最低限の目的は果たされる。俺を推薦したメロール伯爵も満足してくれるだろう。


 対戦相手は【エレメンタリスト】だった。

 試合開始のラッパが鳴ると同時に、相手はファイヤーアローを連発してきた。

 グラシアルを出し、『ダークバインド』を駆使して防ぐ。


 と、俺は近くに『エクスプロージョン』の気配を感じた。


 ――顔を腕で庇いながらその場を飛び退く。

 次の瞬間、爆発が起きた。

 風圧で倒れ込む。


 再び、『エクスプロージョン』の気配。

 すぐに起き上がり、その場から離れる。

 ――爆発。


 慌てて立ち上がり、次の攻撃――間違いなくまた『エクスプロージョン』だが、それに備えなくてはならない。

 案の定、三度目の爆発。

 俺はよろめきながら走った。


 爆発の衝撃で目がちかちかする。

 パニック映画のワンシーン。主人公と自分が重なる。

 相手をちらりと見れば――笑っている。

 このまま避け続けてスタミナ切れを待とうと思ったが、それは無理そうだ。先にこっちのスタミナかHPが切れてしまう。


 ドーン、ドーン。

 容赦のない『エクスプロージョン』。

 倒れて、起き上がるたびに小さな傷が増える。

 ――ついに、グラシアルを取り落としてしまった。


 はっと息を呑む、会場の沈黙。

 ドン、と爆風に飛ばされる。

 起き上がり、収納の杖から魔杖キタンを出し、それを支えに立ち上がる。


 キタン――エメラルド色の、細身の杖である。

 丈夫そうなのに、ペンの様に軽い。

 新たな武器の登場に、【エレメンタリスト】は攻撃を止めた。

 俺がこのタイミングで武器を変えたことに、何か意味があると思ったのだろう。しかも杖である。ここから逆襲に転じるその一手だと考えたに違いない。


 しかし実際には、その杖を出すことによっての逆襲は考えていない。何しろ、この杖キタンの性能を、俺は知らない。

 ただ、杖を出すことによって、相手が少しでも攻撃を躊躇ってくれればいいな、程度の行動だった。

 ――結果的に、それは狙い通りにいった。

 杖を軽く掲げ、胸を張り、堂々と構える。

 もう『エクスプロージョン』なんて怖くない。撃つなら撃ってみろ。

 そういう雰囲気を作る。


 はったり以外の何物でもない。

 だが、相手は怯んだ。

 魔法の力を持った特別なアイテムの所有者――それだけのものを装備できる実力を持った魔術師。実際はどうあれ、素人ではないだけに、相手は俺を、必要以上に警戒する。


 さて、ここからが勝負だ。

 いずれ相手も、攻撃を再開するだろう。

 この睨み合いをしているうちに、こちらから仕掛けなければ。

 だが俺は、おおっぴらに黒魔術を使うつもりはない。

 ――そう、誰もが分かるように、おおっぴらには。

 本当は黒魔術を全く使わずに戦いたかったが、相手が『エクスプロージョン』持ちである以上、仕方がない……。


【エレメンタリスト】が杖を振り下ろした。

『エクスプロージョン』が再開される――はずだった。


 ところが、【エレメンタリスト】が杖を振り下ろした瞬間、彼の手の中から杖がすっぽ抜けた。

 カランと、小さな音を立てて石の上に転がるタクトのような杖。

 彼はそれを拾おうと、一歩前に足を踏み出す。

 ところが、足が動かずに、そのまま前のめりに転んでしまった。

 起き上がろうとするも、今度は腕も思うように動かなくなって、起き上がれない。


 俺は、ゆっくりと彼に近づく。

 誰も、俺がどんな魔法を使っているかわからないだろう。

 人間に『ダークバインド』をかければ、その呪いの力で殺してしまうかもしれないが、『ダークバインド』の対象は、人間だけでない。

 杖にもかけられるし、ブーツにも、そして服にもかけられる。

 そして対象が物の場合は、呪いは適応されない。


 俺は、倒れた【エレメンタリスト】のうなじに、キタンの杖先を突き付けた。

 勝負あり。

 ラッパの音が鳴る。

 俺は一礼して、しんと静まり返った会場を後にした。



「おめでとうございます、おめでとうございますグリム様!」


 酒場で、クワルが祝ってくれた。

 紙吹雪でも撒いてくれそうな雰囲気である。

 不気味な勝ち方をしてしまったから、少しだけバツが悪い。

 だが店の人は、俺が大会の出場者で、上位トーナメントに勝ち上がった魔術師だと知ると、酒を一杯御馳走してくれた。


「旦那の噂で持ち切りだよ! 優勝しちゃったりしてな、はっはっは!」


 店の主人は豪快に笑った。

 男だけでなく女性も俺の顔を見ると褒めてきた。特に若い女性などは、逆ナンじみたような言葉を俺に囁いてくるのだった。官能的な視線と共に。

 一人でいたなら、俺はそんな女性たちにホイホイついていったことだろうが、クワルの存在が、俺に理性を保たたせた。


 男は、女の誘惑に弱い。

 当然俺だって、女には弱い。男なら大抵はそうだ。簡単に気を許してしまう。無防備をさらけ出してしまう。いい気になって、色欲の他の全てが散漫になってしまう。


 でも、いけない。

 今の俺は、欲望のまま火遊びをすべき立場ではない。

 ――クワルがいてくれるおかげで、それを思い出すことができる。きっと、幼い女の子の前でそんなことをしてはいけないという、教育者的な道徳心の賜物だろう。俺にも人並みの道徳心が備わっていたのだ。


 ところが、俺のモラルだけではどうしょうもない問題が飛び込んできた。

 酒場の扉を開けて、一人の女性が入ってきたのだ。

 少女である。

 どこかで会った――。


 目が合うと、少女は俺を睨みつけて、テーブルまでやってきた。

 年下ながら、その瞳に満ちた、燃えるような怒りには恐怖を覚える。


「アンタ、探したわよ」


 震える声。

『アナライズサイト』で、俺は彼女の名前を知った。

 確かに、一度会っていた。

 彼女の名前は――。


「ロッカ……だと?」

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