48 開会式
大会の開会式は、町の一番大きな広場で行われた。
演奏団の生演奏で始まり、王国の偉い人たちが顔を揃えている。
参加魔術師は百人を超え、大会は25日間をかけて行われる。四年に一度ということからしても、この大会は、魔術師のワールドカップのようなものなのかもしれない。
すると、そこに出場している俺は、一体何者なんだという気がしてくる。
ワールドカップやオリンピックの開会式が頭をよぎる。
国を代表して、笑顔を見せる選手団。テレビでしか見たことはないが、テレビ越しからでもわかった。笑顔の裏にある不安と緊張――それを跳ねのける意志。その力を持った人間だけが、あの特別な舞台に立てる。
俺の周りの魔術師たちは、それと同じ顔をしていた。
自分の為だけではない。家のため、土地のため、そして、自分を応援している人たちの期待に応えるため。――皆、何かを背負っている。
俺だけが、ぼんやりしている。
俺は、ただ自分のためにここにいる。
メロール伯爵の治める土地や、その土地の人間や、あるいはクワルの故郷の発展を思って出場を決めたわけではない。
「――ここに、開催を宣言する!」
王様が声を張り上げた。
大きな歓声が上がり、ワルツの幻想的な曲が始まった。踊り手がステージに上がり、透き通った衣装をひらひらさせながら、くるくると回る。
酒が振る舞われ、広場の人々も、曲に合わせてソロで、ペアで踊り始めた。
「一緒に踊っていただけませんか」
俺はその声に思わず振り返った。
ところがその声の主の女の子は、俺の近くにいた他の魔術師に声をかけたのだった。魔術師はその女の子の手を取って、二人でステップを踏みながら、その場を離れていった。
まだ戦っていないのに、惨敗の気分だ。
周りを見れば、魔術師は結構、女性の誘いを受けていた。ここに出場するような魔術師は、やはりモテてしかるべきなのだろう。
音楽と踊り。
華やかな衣装、開放的な、綺麗な女性たち。
アトラクションの中にいるような気がした。周りはみんなアトラクションの為のキャストで、自分とは別世界の人間なのではないかという気がしてくる。中世を舞台にした映画の中に入り込んでしまったようだ。
俺はそおっと、広場の中心から離れた。
広場から伸びた通りのうち、一番人通りが少ない道まで来ると、俺を見つけたクワルが走ってやってきた。
「グリム様は踊らないんですか?」
クワルの無邪気な質問が痛い。
だが俺は、広場の華やかな景色を眺めているのが精いっぱいだった。実際、見ているだけでも面白い。というより、見ているのが面白いのだ。その中に入ることは、ちょっとできそうにない。
「俺はいいよ」
シャイを気取るわけではないが、この世界では、俺はかなり内向的な方なのだろう。あるいは、【ダークメイジ】の、秘密を隠す生活が板につきすぎてしまったのか。
「一緒に踊りませんか?」
そう言って、十代半ばほどの若い男がやってきた。
クワルに訊ねたのだ。
「え!?」
クワルは驚き、俺の顔を見上げた。
ライカンは、少女でもやはりモテるようだ。
「いいよ、いっといで」
俺が言うと、若い男はクワルに手を差し出した。クワルはそれを、恥ずかしそうに握り返し、そして再び俺を見た。
彼女が何を考えているのか、男の俺にはちょっとわからないし、今は、クワルの気持ちを丁寧に推し量るだけの余裕も気力もない。
「ここで待ってるよ」
俺はそうとだけ言って、二人が広場の中へ踊りながら入ってゆくのを見送った。
そうやって、物わかりの良さそうな良い人ぶってみたものの――いざ彼女が、他の人間と踊っているのを想像すると、言いようもないもやもやが体の中に充満してくる。
「グリムさん!」
ふと、俺は声のした方を見た。
眼鏡をかけた小柄な女性が、俺を見ていた。
「クティ!?」
小脇に本を抱えた、クティだった。
「やっぱり来ていたのですね」
「な、なり行きでね……ええと、就職おめでとう」
「ありがとうございます」
クティは、今はこの町の魔導学院の教師をやっている。
この国に来る前には、言葉のわからない俺のために危険な旅に付き添って、通訳をしてくれていた。この国に来てからも、彼女は自分の学問の傍ら、俺にこの土地の共通語であるアズラ語を教えてくれた。
俺にとっては、年下の可愛い後輩のような存在だが、同時に頭の上がらない先生でもある。彼女がいなければ、俺は恐らく、とっくにこの世界から追い出されていたことだろう。
「言葉、もう完璧ですね」
「おかげ様で。クティは、学校はどう?」
「……た、楽しいです」
「大変なんだね……」
「わかりますか?」
「いや、想像だよ。生徒は貴族の子弟とか、才能に恵まれた魔法使いの卵だろ?」
「はい」
「うん……大変そうだ」
魔法の使えない彼女が苦戦している様子が目に見える。
しかも新任で、若い。
彼女の学問はきっと本物なのだが、中学生から高校生くらいの、ちょっと自分の力に自信のある生徒は、もしかすると彼女を先生と認めないかもしれない。流石にガラスを割って歩くような不良はいないだろうが、天狗はたくさんいそうだ。
「グリムさんは、メロール伯爵からの推薦なんですよね?」
「まぁ、ね……」
「初戦は、明日ですか?」
「うん……憂鬱だよ」
「どうしてですか!? グリムさんなら、優勝できると思いますけど……」
「クティ、ここは、黒魔術師に厳しい王国なんだよ」
「あ、そうでした……グリムさん、どうしてこの大会に出ちゃったんですか!?」
「本当にな……」
と、そこへ、何者かがやってきた。
白シャツに黒いローブとマント、そして手には杖。同じような格好の若者が数人の集団でこちらに歩み寄ってくる。
「先生も来ていたんですね」
集団の先頭の男が、クティに声をかけた。
背の高い若者である。高校生くらいだろうか。クティのことを「先生」と言いながら、その口調からは敬意でなく嘲りの調子を覚える。妙に澄ました顔つき、それを崩さないあたりがまた、いかにも「生意気な学生」である。
「あ、皆さんも、来ていたのですね」
恐る恐る、といった感じでクティ。
完全に、先生と生徒の立場が逆転している。
いちいち見つけて、近づいて話しかけてくるのは、自分の立場を確認するための行為なのだろう。群れを形成する動物――サルなどにもそういう行動が見られるらしい。
「先生は、魔法にあまり興味がないのかと思っていました」
「そんなことないですよ」
ははは、と控えめに笑うクティ。
クティが魔法を使えないのを馬鹿にした発言だろう。
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名前 :フェルト
クラス:ルーメン(Ⅲ)
Lv:33/40
・魔導学院の四年生。モンド家の嫡子。
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この若者、セシューと同じ匂いがする。きっと魔導学院でもトップ集団にいる優秀な生徒なのだろう。クラスは、学生ながらすでに三次の【ルーメン】だ。セシューと同じように、やがて四次クラスの【クレリック】になってゆくに違いない。
素質によっては三次クラス止まり、ということもザラにあるらしいが、この男は、セシューの後を継いでゆくのではないだろうか。――全て俺の想像だが、そう間違ってはいないだろう。
「そちらの方は?」
と、ここで初めて、フェルトが俺と目を合わせた。
最初から気づいていた癖に、わざとらしい。これが小学生や中学生くらいならまだ可愛げがあるのだが、それ以上の年齢になると、ただ生意気にしか思わない。
それを、分かってやっているあたりがまた、腹立たしい。
「私の友人です。大会に出場するのよ」
「へぇ……」
大会という言葉を聞いて、フェルトの顔つきが変わった。フェルトの後ろに控える数人の学生も、少しざわつく。
「申し遅れました、フェルトと申します。魔導学院の四年です。失礼ながら、推薦主をお伺いしてもいいですか?」
「メロール伯爵だ」
「ほぉ、メロール伯爵」
にやり、とフェルトの唇に笑みが零れる。
「私もいずれ、大会に出場したいと思っています。もしよければ、一つ手合わせ願えますか?」
「いや――」
「いけません!」
俺の言葉を遮ってそう言ったのは、クティだった。
普段は見せないその表情と口調に、周りの生徒たちも顔を見合わせる。
「絶対にダメです」
「先生、これは決闘じゃない。魔術師として、勉強させてもらおうというだけです」
「だとしてもです。やるなら、他の魔術師にしなさい」
「なぜですか?」
「危ないからです」
流石クティ、一緒に旅をしていただけあってよく分かっている。
そう、俺の魔法は危ない。ゾンビさえ悶絶させるほどエグい。そんな魔法を使う人間と自分の生徒を戦わせる教師はいないだろう。
「戦いに危険はつきものです。いかがでしょうか、マキナ――」
「グリムだ」
「グリムさん。ご教授願えますか?」
「今?」
「はい。場所は……学校に闘技場があります」
「いくら?」
「……え?」
「ファイトマネーはいくらだ」
フェルトはきょとんとしてしまった。
まさか金を要求させるとは思わなかったのだろう。魔術師の戦いは金ではなく、誇りをかけて戦うものだ、と考えているに違いない。
だが俺は、そもそも魔術師じゃない。しがないサラリーマンだったし、社会に出る前だって、魔術師じゃなかった。今は確かに魔術師だが、だからといって、この世界の魔術師の哲学に合わせるつもりなんかは全然ない。
「お金、ですか?」
「学割は効かないよ」
そう言うと、フェルトとその付き人らしき学生たちは、そそくさと退散していった。彼はモンド家という貴族の出身だから金はあるだろう。だが、俺に金を支払って、戦って「もらう」ということが面白くなかったのだろう。
俺との戦いを「勉強」と表現していたが、そうではない。ただ、自分の力をひけらかしたかっただけだ。俺がメロール伯爵の推薦と聞いてから戦いを挑むあたりが、何ともセコい。地方の弱小領主の推薦する魔術師なら勝てる、というずる賢い計算が働いたのだろう。
「ごめんなさい、うちの生徒が……」
「どこかで痛い目を見て、ちょっとずつ大人になっていくんじゃないかな、ああいうのは」
「戦うかと思いました」
「戦うわけないよ。万が一怪我なんかして、明日の試合に出られないなんてことになったら、笑い話じゃ済まなくなる」
「ホっとしました。大会の時は必ず、試合前に怪我をして出られない人がいると聞いていたので」
「魔術師っていうのはもうちょっと知的なものだと思ってるんだけどね」
「色々です……」
クティとはそれから、図書館に行く用事のために別れた。
暫くすると、クワルが一人で帰ってきた。
何とも言えない表情をしている。
「どうだった?」
「あの、ええと……」
「うん?」
「こ、告白されました」
「へぇ」
思わず笑ってしまった。
告白をした少年もそうだが、それを受けてどうして良いのかわからずに、ただ困り顔のクワルも。
「で、どうしたの?」
「断ってきました」
「そっか」
「そうしたら、く、唇を――」
「奪われた!?」
「――されそうになったので、慌てて逃げてきました」
再び笑ってしまう。
今度は、なぜかほっとした笑いになった。
「まぁそりゃあ、ファーストキスは好きな人がいいよな、女の子は」
「……」
照れて黙ってしまうクワルだった。
音楽の合間にキスをしている男女もいて、それはとても、クワルには大人に見えた。そして思わず、俯いてしまうのだった。




