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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
47/114

47 魔女との邂逅

 王国の都ラリアンに行くことになった。

 逃亡衝動に駆られた俺だったが、クワルの頭を撫でながら落ち着いて、やはり逃げずに、メロール伯爵の頼みを聞き入れることにした。

 黒魔術のことは隠し通す。

 バレたら……その時はその時。


 本当はそれではいけないのだが、全方位に気を使っていたら、いい加減神経衰弱になってしまう。俺が黒魔術師だとバレれば、俺を推薦したメロール伯爵もいろいろな疑いをかけられるだろうが、それはもう、仕方のないことだろう。


 彼は彼で、自分とその領土のために俺を利用した。

 俺は、自分が生きるために、彼に自分の正体を告げなかった。

 どちらが正義か悪かなんてことは問題にならないだろう。問題は、俺が黒魔術師だとバレるか、バレないかの一点にある。

 バレずに、大会ベスト32で上位トーナメントに進めれば、メロールの最低限の目的は達成することができる。そうしたら俺は、サクっと負けて帰ろう。

 そこまで進めるかどうかは、そもそもわからないが……。


 ラリアンまでは、道端の宿を経由しながら、二日かかった。二日「しか」かからなかった。しかも、到着は二日目の午前中である。通常で六日程度かかる道のりだから、これは、信じられないくらい早かった。

 ひとえに、パトラッシュの力である。金の斧、銀の斧を臀部に乗せた状態で、速度はいつもと変わらなかった。相変わらず走り屋のパトラッシュは、道をほとんど無視して、直線距離でデノンからラリアンまでを目指した。


「なぁ、パトラッシュ」


 ラリアンに着いた日の昼、俺とクワルは、乗せてくれた感謝を込めて、宿の厩舎の前の泉でパトラッシュの身体をブラシで洗っていた。


「お前、自由に生きたいとか思わないのか?」


 きっとパトラッシュは、俺の言葉が分かっている。

 俺は、独り言のように続けた。


「お前みたいに強くて、利口で、綺麗だったら、充実した野生の暮らしが送れるんじゃないのか? 俺みたいなのを乗せて、そんな生き方、嫌じゃないか?」


 パトラッシュは応えない。

 すまし顔で話を聞いている。


「パトラッシュ、お前が嫌だっていうなら俺は――」


 パシン、とパトラッシュの尻尾が跳ねあがって、泉の水が俺にかかった。

 いいから体を洗って、というように、前足を俺の手元に出してきた。俺はそれ以上何も言わずに、パトラッシュの足を磨いた。


「きっとこの子も、グリム様の事が好きなんですよ」


 クワルが言った。

 俺だってそう信じたいさ。でも俺には、そう思わせるだけの魅力があるわけじゃない。だから不思議なのだ。パトラッシュもそうだが、クワル、お前も大概なんだぞ。


「クワル――」

「私は優しいグリム様が好きなんです」

「いや、あのな――」

「グリム様」

「な、なに?」

「私を、グリム様の奴隷にしてもらえませんか?」

「はぁ!?」


 パトラッシュが、笑ったような気がした。

 こいつ、なかなかいい性格してやがるぜ。いや、それはともかく――。


「奴隷だと?」

「はい」

「なんで?」

「嫌ですか?」

「嫌というか、ダメだろう、常識的に考えて」

「どうしてですか!?」

「どうもこうも、奴隷だろ? 使用人とかならともかく――」

「じゃあ、使用人でいいです!」

「えぇ……」

「ダメ、ですか?」


 クワルはずるい。

 どんなにダメと思っていても、ダメじゃないと思ってしまうような瞳で俺を見つめてくる。なんというか、全体としてクワルは、男の持っている庇護欲をくすぐり倒す天才である。


「いや、そうじゃなくてさ、そうじゃなくてね……普通に友達とかじゃダメなのかなって……」

「そんなおこがましい!」

「おこがましいのか!?」

「私は、グリム様の僕でいられればそれで満足です!」

「そういう事は大きい声で言うな! 勘違いされるだろう!」


 案の定、宿の御者がじっとりした目で俺を見てきた。

 恥ずかしいというよりは、もう諦めである。――そうだった。ライカンの女性というのは、男の頼れるリーダー的な存在に従順でありたいと思っているのだ。

 クワルは、俺をそれだと思い込んで、ライカンの徹底した忠誠心を発揮してしまっているようだ。


「わかった、じゃあ、雇うよ」


 ぱあっと、クワルの顔に花が咲く。

 わかりやすい。

 そんなやり取りを聞いて、やっぱりパトラッシュが鼻で笑ったような気がした。


「あ、でも最初は見習いなので、お金は受け取りませんから!」


 給与を拒否する姿勢は、なぜか頑ななのだった。


 パトラッシュを洗った後、闘技場に足を運んだ。

 闘技場は、十日後から始まる魔術武闘会一色だった。受付横にはエントリー表がでかでかと掲示され、さらにその隣に店を構える酒場では、早速誰が勝つかという賭けが行われていた。


 メロール伯爵に渡された書類を受付に提出すると、事務処理が十分程度で終わり、エントリー表に俺の名前が掲示された。名前の下には、名前と同じくらいの大きさの文字で、どこからの推薦魔術師かが記されている。俺の場合は、メロール伯爵の名だ。


「グリム。メロール伯爵が新しいのを見つけてきたか」


 エントリー表の前に、一人の男がいた。

 三十代前半ほどの、それにしては若い男である。白と赤の、煌びやかなサーコートを黒皮のベルトでキュット引き締め、紅のマントには、金糸によって家紋が刺繍されている。


----------------------------------------------------------------------------

名前 :セシュー

クラス:クレリック(Ⅳ)

 Lv:20/45

・リリカン家の嫡男。

----------------------------------------------------------------------------


「せいぜい死なないようにしてくれたまえ。毎回死人が出たのでは敵わない。大会を汚さぬよう、お願いするよ」


 それだけ言って、男は行ってしまった。

 絵に描いたような、いけ好かない野郎である。


「誰だよリリカン家って」


 早速事典で調べてみた。

 魔術師に与えられる、唯一の世襲制の爵位「アデプタス」――漢字に直せば、「魔術侯」の爵位を持つ、カカンの有力貴族。そしてまた、魔術武闘会の主幹でもある。


「なるほど、偉いさんか」


 俺はさらに、セシューのクラスについても調べた。【クレリック】、名前だけならRPGでもお馴染みである。しかも四次クラスだ。


〈クレリック〉

・【ルーメン】からエンチャントした四次クラス。

・黒魔術師狩りの時代に誕生した新しいクラス。

・黒魔術師狩りで大活躍した。


 厄介なのと出会ってしまった気がした。

 四次クラスだが、彼は『アナライズサイト』のようなスキルを持っていなかったのだろう。もし持っていたら、即座に戦闘が始まったことだろう。

 危ない所だった。

 だが、これは何とかしなければならない、俺にとっては重大な問題である。『アナライズサイト』や、それと同種のスキルを持った人間がいないとも限らない。というより、恐らくいるだろう。そう考えるのが自然だ。

 何か方法を探さなければ。

 

 俺は、逃げるように闘技場を出た。


 闘技場から宿へ向かう帰り道、黒猫に出くわした。

 黒猫は小さな路地からぽんと飛び出してきて、じっと俺を見つめると、再び、さっと路地の中に入って行ってしまった。

 俺はどうしても猫が気になって、猫の入っていった路地を覗きこんだ。

 すると猫は、暗い小さな道の数メートル先にじっと座っていた。俺を見つめ――俺が来るのを待っているようだった。


 気づいた時には、俺は黒猫を追って路地に入っていた。

 猫は、たたたっと走っては止まり、こちらを振り返り、再び走り出してを繰り返した。


 やがて――一軒の店の前にやってきた。

 猫はその店までやってくると、微かに空いている窓の隙間から中に入っていった。

 その店はいかにも古そうな木造で、入り口扉の上には看板が掲げてあるが、ひどく擦れているのと、路地の薄暗さのせいでよく見えなかった。


 クワルが、きゅっとローブの裾を掴んでくる。

 俺は一度クワルを見やり、それから、店の扉を押し開けた。

 キィィと、木のきしむ音が不気味に鳴った。


 店の中は、雑貨屋のようだった。

 一昔前の駄菓子屋に来たような懐かしさを感じる。

 埃と、薬っぽいに臭いが沈殿し、棚には壺や小瓶等が、無秩序に置かれている。


「いらっしゃい」


 店の奥から声がして、その主が現れた。

 腰の曲がった、しわくちゃの、黒い衣装に三角帽子を被った老婆――誰が見てもな魔女である。


----------------------------------------------------------------------------

名前 :イズドロ

クラス:??

 Lv:??

・???

----------------------------------------------------------------------------


 謎だらけの人物だった。

 イズドロという名前以外、何一つわからない。こんなことは、初めてだ。


「何かお困りだね」


 押しつぶしたような声で、魔女が言った。

 答えなくても、この魔女は全てを知っているようだった。


「黒猫を……」

「おやおやそうかい、ヒッヒッヒッヒ」


 鍵鼻、高笑い、妙に長い指。

 魔女の足元には、さきほどの黒猫がいた。

 どうして俺はここにいるのか。黒猫を追ってきた、としか言いようがない。ではなぜ黒猫を追ってきたのか。それは、俺自身にもわからない。

 子供が、蝶を追いかけるのと同じようなものなのだろう。


「お前さん、これを探してるんじゃないかい?」


 と、魔女は棚にあった小さな壺の中から、黒ずんだ紫の何とも言えない色の丸い物体を、その長い指の爪先でつまみ上げた。練り消しのような、ビー玉台のモノである。


「それは……?」

「隠蔽薬さ。お前さんの身分を隠してくれる」


 思わず息を呑んだ。

 それは確かに、今俺が、一番求めていたものだ。【ダークメイジ】という俺の身分を、暴こうとする他者のスキルから隠してくれるもの。


「いくらですか?」

「一粒につき金貨1枚」

「一粒で、どれくらいもちますか?」

「きっかり1日」


 一日に金貨一枚。

 決して安くはない。安くはないが、俺の抱えている爆弾の保険としては、安い。

 俺は金貨の入った麻袋を確認した。

 金貨50枚分に相当する50グロウル聖金貨が1枚、そして金貨25枚分に相当する25グロウル白金貨、それに、普通の1グロウル金貨が13枚。

 ――全部で、88グロウル、丸薬88個分。

 それで、88日。


「お前さん、良い物を持っているね?」

「……良い物?」

「そう。例えば、金の斧と、銀の斧」

「え!?」


 なんでこの魔女が、そんなことを知っているのだ。

 あれは今、パトラッシュの厩舎の藁の中に隠しているのだ。包帯で巻いただけだから輪郭までは隠せないが、普通に見れば、それはただの斧である。


「どうして……」

「ヒッヒッヒ、あんな目立つものを持っていたらわかるさ」

「あれは、そんなに良い物なんですか?」

「あぁ、良いものだとも」

「……」

「あれを譲ってくれるなら、この壺をあげるよ。ヒッヒッヒ」


 と、魔女がそう言って差し出してきたのは、さび色の小さな壺だった。片手に乗るくらいの壺で、それ以外は、どこにでもありそうなものである。


「これは……?」

「隠蔽薬を生む壺だよ。ただし、こいつが生むのは一日一個、それ以上は望めないよ」

「……なるほど」


 魔女は商売上手だった。

 短期間だけ――例えば大会の期間だけ薬が必要というのであれば、薬単体を金貨一枚でいくつか買った方がいいだろう。だが、一年、二年、それ以上という長い期間で薬が必要という場合は、この壺を買った方が遥かに得だ。


 考えて悩む俺を、魔女はにやにやしながら見つめている。

 すでに魔女は、俺が出す答えを知っているかのようだった。


「壺を、下さい」

「まいど」


 魔女はそう言うと、壺を俺に押し付けてきた。

 俺が壺を受け取ると、今度は一本の杖を差し出してきた。指揮棒くらいの長さの杖だが、全然真っすぐではなく、その辺の木の枝のように、何度か折れ曲がっている。


「これは?」

「魔法の杖さ。おまけだよ。銀の斧の分だ」

「……どういう杖なんですか?」

「お前の持ち物を、出したり、しまったりできるのさ」


 半信半疑ながらも、腰の巾着に杖を振ってみる。

 すると、杖先から絹のような白い糸がさあっと伸びてゆき、かと思うと、巾着が杖先に吸い込まれていった。


「おぉ!?」


 にやりと、魔女が笑う。

 今度は、巾着を出すように念じながら杖を振る。

 すると――さきほどの逆再生のように、巾着が杖から出てきた。俺は再び巾着を杖にしまい、続いて隠蔽薬の壺、金貨の入った麻袋等、ベルトにぶら下げている持ち物を全部杖の中に入れた。

 杖は、底なしのようだった。


「これはすごい」


 俺は顔を上げて、魔女に礼を言おうとした。

 魔女は笑っていた。


「ヒッヒッヒッヒ ヒッヒッヒッヒ」

 ――ひっひっひっひ。

 ――――ひっひっひっひっひ。


 気づくと、俺は大通りにぽつんと突っ立っていた。

 隣にいるクワルもぽかんとしている。黒猫の飛び出してきた路地は、なくなっていた。狐につままれたとは、こういうことを言うのだろうか。


 腰のベルトには、魔女に貰った杖が挟まっていた。

 宿に戻り厩舎を見ると、藁に隠しておいた二つの斧は、無くなっていた。


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