46 白魔術師にはわかるまい
翌日、メロール伯爵の屋敷の庭にて。
俺は伯爵の魔術士と対峙していた。周りには幾人かの見物人と三人の神官がいる。魔法がどこかに飛んでいかないように、神官の結界によって、会場は霊力のドーム状の壁に包まれている。
相手は20レベルの【エレメンタリスト】である。
この町ではそこそこ名の知れた魔術師だという。Bランクの傭兵でもあり、その活躍でメロール伯爵に見いだされ、専属の魔術士になったらしい。
――要するに、弱くない相手、ということである。
その男は、魔法使いにしては立派な体躯の持ち主で背が高く、目には自信がありありと浮かんでいた。程よく緊張し、しかし硬くなりすぎず、これから始まる戦いを楽しみにしているような、そんな顔つきである。
一方で俺は、リラックスなんて全然できていなかった。
勝ち負けはこの際どうでも良い。問題は、命だ。死にたくはないし、殺したくもない。いつもは魔物との命のやり取りだから、ある意味では、覚悟ができていた。殺るか、殺られるかというのは、余計なことを考える必要がない。
しかしこの戦いは違う。
殺すこと、ではなく、試合に勝つことが目的である。同じ戦闘でも、試合と殺し合いは全く別種の戦いである。
審判は、三人の神官のうち一番若い者が担当することになった。
審判は正装の白い装束を着て、俺と俺の対戦相手の準備が整ったのを確認する。
いよいよ始まる。
審判がラッパを吹いた。
それが、始まりの合図である。
相手は、早速『ファイヤーアロー』を放ってきた。
しかも、三本同時である。
俺は咄嗟に左手を掲げた。
と、火の矢は俺の数メートル手前で制止した。
「「「え?」」」
俺も、対戦相手も、審判も同時に困惑した。
何が起きたのか、よくわからなかった。それは、見物人を含めた全ての者にとって、初めて見る現象だった。
しかし俺だけは一瞬後、何が起こったのか理解できた。
信じがたいことだが、『ファイヤーアロー』に『ダークバインド』をかけて、動きを止めている――そういう状態なのだ、と。
へぇ、そういうことも可能なのか、と驚いてしまう。
魔法に魔法をかける。
しかし考えてみれば、魔法の攻撃を魔法のバリアで防ぐというのも、魔法に魔法をかけた、みたいなものだから、現象が違うだけで、やっていることは一緒なのかもしれない。
『ファイヤーアロー』は『ダークバインド』の呪いに蝕まれてか、消えていった。
続けて相手は、四発目、五発目と『ファイヤーアロー』を放ってきたが、俺は同じようにその攻撃を無効にした。
流石に相手も攻撃を変えてきた。
男の周りに無数の氷柱が出現する。氷柱の先は鋭く尖っていて、しかも尖っているだけでなく、刺さった時により大きなダメージを与えられるような魔力が宿っている。『アイシクルスピア』だ。
――飛んできた。
俺はそれを、『ダークバインド』で止める。
氷柱は空中で制止し、『ダークバインド』そのまま消滅した。男はさらに魔法を変えて、今度は『モーションバインド』。
俺は、その魔法が発動する一瞬前に、なぜか「それが来る」と直感した。
術の込められた球体を発生させ、その周囲の敵の動きを緩慢にする魔法である。要するにトラップ型の魔法で、直接ダメージ型ではなく、デバフ型のスキルである。
避けないと。
――そう思った瞬間、体の奥が冷たくなり、俺は息を止めた。
(アクティブスキル『ミストテレポートLv1』を会得しました)
――次の瞬間、俺は『モーションバインド』の緑の球体を、10メートル余り離れた所から見つめていた。
球体の付近には、黒い霧が立ち込めていて、それは数秒もすると、大気に溶け込んで消えていった。
「「「え?」」」」
反応は皆同じ。
俺も、相手も審判も、そして見物人も皆、何が起こったのか分かっていない。いや、俺は知っていた。『ミストテレポート』というスキルを会得して、それを使ったのだ。
テレポート――つまりは瞬間移動である。
ミストというのは、恐らく瞬間移動するときに残した黒い霧の事だろう。
とりあえず、『モーションバインド』の発生源である球体を『ダークバインド』で動かしてみる。
――動いた。
それをそのまま、相手の男に投げつける。
男は慌てて『マジックバリア』を使ったが、『モーションバインド』は、それでは防げなかった。『マジックバリア』は、攻撃に対して有効なスキルだが、トラップや、デバフ型のスキルは防げないのだ。
男の動きが、急にスローモーションになる。
俺は、懐からナイフを取り出し、それを『ダークバインド』で浮遊させて、男の額の前で止めた。
(レベルが49から50に上がりました)
審判がラッパを吹いた。
試合終了、俺は戦いに勝った。ナイフを戻して、とりあえずホッとして溜息をつく。俺も死ななかった。そして相手も、死なずに済んだ。
正しい試合の勝ち方ができた。
「すごいですグリム様!」
早速俺を称えながら、抱き着いてくるクワル。
なんだろう、娘ができた気分だ。いや、この子はペットだ。
それはともかく、まだ戦いは残っている。あと二人、控えている。
「いやぁ、見事でしたグリムさん。どのような魔法を使ったのか、素人の私には、全く分からなかった」
「は、はははは……」
実は自分でもよくわかっていません、などと本音は、怪しまれないように隠しておく。
俺と戦った魔法使いは、自分の『モーションバインド』から解放されてもなお、芝生に座ったまま、惚けている。
「次の試合は、すぐにやりますか?」
「あぁ、そのことなのですけど、二人とも急な腹痛を訴えて帰って行ってしまいました」
「あぁ……そうですか」
まぁ、腹もいたくなるだろう。
我ながら、わけのわからない魔法だ。他のクラスが使うように、目に見える魔法ならともかく、俺の魔法はなぜか、目に見えないものばかりだ。そりゃあ、怖くもなる。
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所変わって食堂。
昼食は、皆で食べることになった。俺と戦った魔術師や、三人の神官、その他、伯爵の友人。
グリムさんなら優勝できる、とか、いろいろともてはやされながらの食事。
悪くはない。悪くはないが、それはそれで、疲れるものがあった。
「――いや、それにしても、グリムさんの魔法はまるで掴みどころがない。文献でしか知りませんが、まるで黒魔術のようでした」
三人のうち最も歳のいった神官が発言した。
俺は、飲んでいたスープの豆を喉に詰まらせて咽た。
だが俺の咳は、皆がどっと笑うのにかき消された。
「いやはや確かに、グリムさんはまるで黒魔術師ですな」
「こらこら、あまり人を黒魔術師なんて言うものじゃない。ねぇグリムさん、気分を悪くしないでください」
「もっとも冗談ですよ。しかし不思議な魔法を使うものです」
「本当に。私もいろいろな魔法を見てきましたが、今日のような魔法は、初めて見ましたよ」
笑い声。
俺も笑う。きっと俺の笑顔は、かちこちに固まっていたに違いない。
「この国には、黒魔術師はいないんですか?」
誰にともなく質問すると、神官が答えてくれた。
「もういないでしょう。都に行けば、まだ黒狩り部隊がありますが、それももうほとんど形骸化しています。この国では、徹底的な黒狩りが行われましたからね。生き延びた黒魔術師がいるとして――他の国に逃げていますよ」
「……もし、ですけど――もし黒魔術師がこの国にいたとしたら、どうなりますか?」
「面白い質問をしますね」
神官が笑った。
代わりに、メロール伯爵が答えた。
「特別な訓練を受けた一個大隊が討伐に向かうでしょう」
「そんなに、ですか……」
目眩を覚える。
ルノアルド王国では、カール王子は俺が黒魔術を使うのを知っていながら、「アデプト」の爵位を与え、宮廷魔術師に挙げようとした。向こうでも黒魔術は禁忌のような扱いではあったが、だからといって、討伐部隊に襲われるようなことはなかった。
しかしこの国は、そこまでするらしい。
なんて国に来てしまったんだ。
そして、なんて国で暮らしていたんだ。危なかった。本当に、隠していてよかった。だが、都に行き、試合をして、果たして隠し通せるか?
もしバレたら……。
「どうしました、グリムさん。すごい汗だ」
「あ、ははは……酔ってしまいました」
本当は、今の話で酔いは一瞬にして冷めてしまった。
あぁ……辞退したい。
今からでもこの国を出て、カール王子の宮殿に身を寄せたい。あの時は、召喚された目的を探すとか、忘翁の遺言のためとか、そういう理由でこの国に来たが――もう戻っていいんじゃないか?
とはいえ――もう「やる」と言ってしまった。
ここで、「やっぱり」なんてことを言ったら、メロール伯爵や、そしてクワルの目を、二度と見られなくなる気がする。
まぁ、それでもいっか、と思い切りたい気持ちもある。全部投げ出して、逃げて、生きてゆこうか。
「ちょっと、風に当たってきます」
夜でもないのにそんなことを言って、俺は食堂を出た。
屋敷を出、庭の片隅に東屋を見つけたので、そこで一人になる。
――あぁ、このまま逃げてしまいたい。
いや違う。
それよりも、メロール伯爵に、俺が【ダークメイジ】だと打ち明けてしまいたい。隠しているのは苦ではないが、このままだと、伯爵に嘘をついているようで気持ちが悪いのだ。
打ち明けたらどうなるだろうか。
伯爵は、俺を追放するだろうか。形骸化しているという都の黒狩り部隊に報告するだろうか。
そしてクワルは……。
「ちくしょう、ふざけやがって……」
どうして俺がこんなに悩まなければならないんだ。
俺の事も知らず、強いからだの何だのと言って勝手に連れてきて、勝手に期待して、彼らは、他人の迷惑を考えないのか。俺の事を、何だと思ってるんだ。
「グリム様?」
気づくと、クワルが隣にいた。
心配そうに、俺の顔を覗き込んでいる。
「……何だよ」
ふしゃふしゃと頭を撫でる。
しかし俺は、その手をすぐにしまった。汚い黒魔術師の手だ。そんな手で触られるのは、お前だって嫌だろう?
「グリム様?」
「クワル」
「はい?」
「俺は黒魔術師だ」
打ち明けてしまった。
俺の口が、勝手にそう言った。
クワルは、「え?」と目を見開いて、俺を見つめ返す。
その純粋さ憎らしい。
「俺は黒魔術師だ。【ダークメイジ】、それが俺のクラスなんだよ」
「……」
「俺の魔法は全部呪いだ。ここじゃタブーの、邪悪で汚い魔法を使う魔法使いだ」
クワルは何も言わない。
ちくしょう、そんな目で俺を見るな。お前が、勝手に期待しただけだ。勝手に期待して、勝手に裏切られたと思って、俺にそんな目を向けて――。
この野郎。
この世界の、この野郎!
俺は決めたぞ。
――逃げてやる。
なんであいつ等のために危険を冒さなくちゃいけないんだ。俺だって好きで【ダークメイジ】になったわけじゃない。他にどうしょうもなかったから、そうしただけだ。本当は【セージ】とかになって、まっとうな魔術師ライフを送りたかったんだ。
いや、済んだことはもういい。運命はもう受け入れて、俺はこの国では、生きるために素性を隠して暮らしてきた。
それなのに俺を無駄に頼ってくる連中は、感謝の言葉を並べながら、俺の生活に土足で踏み込んできて、俺を追い詰めようとする。そのことが、無性に腹立たしい。
だから、全部投げ出して逃げてやる
追いかけてくるなら、どこまでだって逃げてやる。
勝手に困ればいい。俺に頼ろうとしたお前らが悪いんだ。
俺は覚悟を決めて立ち上がった。
いつの間にか、パトラッシュが東屋の外に待機していた。あぁ、なんていい子なんだ。わかってくれるのはお前だけだよ、パトラッシュ。
と、ローブの裾にクワルがひしとしがみ付いてきた。
俺は思い切りそれを振り払おうとしたが、思いとどまった。
「私は、グリム様が好きです!」
急にクワルが言った。
「黒魔術師でも、大好きです! だから、そんな悲しい顔しないでください!」
クワルの訴えに、俺は言葉を詰まらせた。
なんだよお前、俺がエグい魔法しか使わない最低の魔法使いでも好きでいてくれるのか? ――いや、嘘だ。とりあえず励まそうという条件反射なんだろう?
「同情はしないでくれよ。俺は――」
「グリム様はグリム様です!」
ぶすり、とクワルの言葉に心臓を突き刺された気がした。誤魔化そうとした俺に、鋭い直球の一言。体の力が抜けて、再び石べりに腰を下ろす。
困った。
そこまで言われてしまったら、逃げるに逃げられないじゃないか。
「悪かったよ」
クワルの頭を撫でながら、俺は冷静を取り戻した。




