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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
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45 地方領主の頼み

 先日手に入れたアイテム類を前に、俺は腕組みをしていた。

 あの時は、金持ちになった生活のいろいろな妄想をしていたが、いざ換金する段になると、俺はしり込みしてしまった。商館まで行って、その門前で引き返してきて、今こうして宿屋にいる。


 実は宿も変えた。

 ワイバーンと戦ってアイテムを持ち帰った日の夜、寝込みを襲われたのだ。当然俺は、『プレシーブセンス』のおかげで、夜盗が部屋に侵入する一分ほど前にぱっちり目を覚まし、何も盗られずに撃退することができたが――今思えば不用心だった。

 黄金の斧を人目にさらけ出して、そりゃあ狙われるのは当然である。


 だから今は、どのアイテムにも包帯を巻いている。

 そんな包帯ぐるぐる巻きのアイテムを前にして、俺は何を考えているかというと……本当にこれを売ってしまっていいのか? ということだった。

 早く売ってしまえ、というのが一般的な傭兵だろうが、俺はそこで考えてしまった。元の持ち主に返さなくていいのか、ということを。


 確かに、ドロップアイテムを拾ったのは俺だ。

 だがクワルがそうだったように、ワイバーンの飲み込んだアイテムは、もとは誰かのものだった。


 魔法の鎖である〈金禁鎖〉や〈聖銀の矢〉、〈疾風の蹄鉄〉、〈封精の万華鏡〉などは、恐らくワイバーンを狩ろうとした人間のものだろう。これらのアイテムは、値は張るが、そういうものを取り扱っている店に行けば買える代物という感じがする。

 だが、他はどうだろうか。用途のわからない〈金の斧〉と〈銀の斧〉、〈星金の鍵〉に関しては、明らかに誰かの大事なものである。

 武器も二つある。魔法の鉾〈グラシアル〉と杖〈キタン〉。どちらも固有名がついているということは、霊具である。ワイバーンに挑んだ者の武器なのかもしれない。その持ち主は果たして、生きているのか、死んでいるのか。


 ――売って、いいのだろうか?

 俺がこの町で培った金銭感覚で言うと、〈金禁鎖〉〈聖銀の矢〉〈疾風の蹄鉄〉は、一つあたり金貨20枚以下だろう。蹄鉄と鎖は少し高いかもしれないが、矢は一本金貨1枚から3枚といったところか。〈封精の万華鏡〉は、よくわからない。

 もっとよくわからないのは〈金の斧〉と〈銀の斧〉で、これらは完全に、金持ちの趣向品である。カントリーハウスの踊り場あたりに飾っておくものなのだろう。あるいは、書斎の壁に。どちらも、金貨500枚ほどか。

 そして、二振りの霊具は……最低でも金貨100枚くらいだろうか。霊具と一口に言っても、価格はピンキリである。骨董商の埃にまみれて、厄介払いの様に売り払われた剣が、実はものすごい霊具だったなんてことは、割とよくある話らしい。

 だから霊具に関しては、売値の相場というものがあってないようなものである。従って当然、買い取り価格も安定しない。


 早急になんとかしたいのは、斧である。

 とにかくかさ張るし重いし目立つ。だから売ってしまえばいいのだが――どうしても万が一の可能性を考えてしまうのだ。これが、実は人間の者ではなく、泉の精霊とか、そういう神的な人の持ち物だったとしたら――売っちゃまずい気がする。

 そしてここはファンタジーの世界。ドラゴンとかが、平気でいる世界。ということを考えると、〈金の斧〉〈銀の斧〉が、神的存在の持ち物だという可能性も充分に考えられる――どころか、そっちのほうが現実的なんじゃないかとさえ思えてきてしまう。


「グリム様! いらっしゃいますか!?」


 扉がノックされたと同時に、クワルの声が聞こえてきた。

 クワルとはワイバーンの戦いの後別れて、それ以来会っていなかったが――よく俺がこの宿にいるのを突き止めたものだ。扉をあけると、彼女は躊躇いなく、俺の懐に飛び込んできた。


「会いたかったですぅ!」


 そんなことを言われたら、頭を撫でるしかあるまい。愛いヤツめ、それが狙いだな。


「よくここが分かったな」

「探しました。どうして宿変えちゃったんですか?」

「寝込みを襲われてね」

「えぇ! 大丈夫だったんですか!?」

「うん。何も盗られなかったよ。でも怖いからここに来た」

「グリム様を襲うなんて、不届きな輩もいたものですね!」


 クワルが可愛く憤る。

 本人は本気で怒っているのだろうが、それがまた可愛らしい。それはともかく、一体何の用だろうか。用がないのに会いに来てくれたというのが、俺としては――いや、男としては一番うれしいが、そんなわけもないだろう。


「手紙は渡せた?」

「はい。グリム様のお陰です!」

「それは良かった」

「報酬なんですけど、もう少し待ってもらって良いでしょうか……」


 すまなそうに言うクワル。


「え、ドロップアイテム全部貰ったから、それでチャラじゃないの?」

「いいえ! あれは、グリム様が倒したので、最初からグリム様のものです。報酬はまた別です!」

「いいよ、あれで決着」

「そういうわけには――」

「まぁまぁクワル、ここは俺をたててくれよ。これ以上何か貰ったら、そっちの方が居心地が悪い。ね、だから報酬はもう貰ったということで手打ちにしてもらえない?」

「……わかりました」

「よし」

「グリム様は、優しいです」

「いやいやいや……」


 君が無欲すぎるのだよ。

 この子大丈夫だろうか。この、生き残ることにシビアで、金にはもっとシビアなこの世界で、生きてゆけるのだろうか。いろいろな場面で搾取されて、気付かない間に他人の不利益を全部背負わされてしまいそうだ。


「グリム様、実はですね――」

「うん」

「メロール伯爵にワイバーンの話をしたんです。そうしたら、是非グリム様に会ってみたいと言うんです。連れてくるように頼まれたんでけど、グリム様、どうしますか?」

「うーん……」


 特に断る理由は、ない。何か大変な役目を任されたりしないのであれば。だが伯爵やら公爵やら、そういう権力を持つ人種というのは、何でもかんでもやたらと褒美褒美と、褒美を取らせたがる。

 それが美徳とされているらしいから仕方ないのだが、その褒美に、爵位とか重要なポストとかは、本当にやめてほしい。

 果たして今回はどうだろうか。


「もし行きたくないなら私が上手く言っておきま――」

「いや、行くよ。折角クワルも来てくれたんだし」

「本当ですか!?」

「なんでそんなに嬉しそうなんだ」

「だって、またグリム様と一緒にいられるじゃないですか!」


 そういうわけで、俺はクワルに連れられて、メロール伯爵邸を尋ねた。

 坂を上り、市場の賑わいを見下ろせるちょっとした丘の上にあるお屋敷である。連れのパトラッシュを見ると、屋敷の御者は感嘆の声を上げた。小龍馬など、見たことがないのだろう。

 パトラッシュはすまし顔で、厩舎に歩いて行った。

 出迎えてくれた二人の従僕は、パトラッシュの運んでいた斧を一本ずつ持って、メロールの待つ食堂へと俺たちを案内してくれた。


「あぁ、君がグリムさんか!」


 メロール伯爵は、髭を生やした恰幅の良い男だった。

 がっしりと大きな手で、包み込むように握手をされて、俺はすっかり主導権を握られてしまった。いうなればメロールは、大企業の社長のような風格がある人物で、俺がどんなに背伸びをしても、対等に並び立てるような人間ではなかった。


「今回は助かりました。大事な書簡だったので」

「い、いえ」

「クワル君から話は聞きました。なんでも、ワイバーンを倒したとか」


 メロール伯は、前のめりに訊いてきた。

 俺は冷や汗を流す。


「その時の話を聞かせてくれませんか?」

「え、ええと――」


 出来事を面白く話すのは苦手だったが、頼まれたので仕方ない。食事と酒が運ばれてきて、少し早めのディナーを食べながら、話し始める。

 クワルは目を輝かせて俺の話を聞き、メロール伯は、俺が言葉に詰まると、ちょうどいいタイミングでちょうどいい質問をしてきた。

 メロール伯は聞き上手で、そういう人間が相手だと、自分も話が上手なんじゃないかと思えてくる。それで、最後まで自信をもって、ある程度抑揚のある話をすることができた。


「すばらしい」


 メロールは俺とクワルを称えた。

 ジャイアントでさえ尻尾を巻いて逃げるようなワイバーンに挑んだ勇者だ、と。

 実際には、勇者はクワルで、俺はいつでも逃げられる準備をしていたし、そもそもワイバーンに見つかってもいなかった。

 それなのに、メロール伯は俺に言った。


「貴方の力を見込んで、一つ頼みがあるのですが」

「……何でしょうか」

「都で開催される魔術武闘会に、この町の代表として出場してもらえませんか」

「それは……」


 即答で拒否するもの失礼かと思って口を閉じるのにとどめたが、勘弁してほしかった。どうやって断ろうかを考える必要がある。何が悲しくて、わざわざ殴り合いのリングに立つのか。そういうのは、ボクサーとかレスラーとか、そういう人に任せておけばよいのだ。


「お誘いは嬉しいのですが――」

「私からもお願いします!」

「え!?」


 クワルまでお願いしてきた。

 これは一体、どういうことだ。

 伯爵が話し始める。


「私は、北部のライカンの町や村と、交易を通じて、上手くやっていきたいと思っているのです」

「はぁ……」

「しかし都を中心とする土地の領主は概ね排他的で、地方領主のそういった意見を全く聞き入れようとしないのです」

「へ、へぇ……」

「その大きな理由の一つには、地方に優れた魔術師がいない、というのがあります」

「魔術師が関係あるんですか?」」

「カカン家や、それに連なる公爵家の多くは、魔術絶対主義的な考えを持っています。地方に優れた魔術師が仕官しないのは、その土地を収める領主に魅力がないのであり、そのような領主の意見は聞くに値しない、というわけです」

「なるほど」

「そしてまた、ライカンの多くは、魔法が使えません。カカン王朝の有力な貴族は、魔法が使えない者との交易を拒んでいるのです。王国の権威に傷がつくと」


 俺はちらりとクワルを見た。

 怒っているかと思ったが、クワルは悲しそうな顔をしていた。


「地方領主は、ライカンはじめ、マーメイドやジャイアントとも交易をしていきたいと考えているのです。個人では、すでにそういう商売をしている商人もいます。ですが――」

「王様や有力貴族の手前、大手を振って貿易ができないと」

「そうです」

「それで、魔術武闘会というのは?」

「武闘会は四年に一度開催されます。各地方、領主から推薦された魔術師が一堂に会し、術を競い合います。その勝敗が、政治に大きな影響力を持っているのです。過去十回、地方領主から選出された魔術師は、ベスト32からの上位トーナメントには一度も進めていません。それが――有力貴族が地方領主を侮る大きな理由になっているのです」

「そんなことでねぇ……」


 あきれてしまう反面、そういうものか、という気もする。十人十色、国家の哲学も、それぞれである。


「引き受けてもらえませんか」


 ついに決断を迫られる。

 クワルも、俺をじっと見つめてくる。


「自信がありません」


 俺はそう答えた。


「それは、優勝する自信が、ということでしょうか?」

「いいえ。魔法使いと戦って、勝つ自信がです」


 何を馬鹿なことを、という風に驚く伯爵とクワル。

 だが俺は、嘘を言ってはいない。断るための前置きでもない。なにしろ俺は、魔法使いと戦ったことがないのだ。一年前に戦った【ネクロマンサー】は普通の魔法使いではないし、あれは闘技的な戦いではなく、殺し合いだった。


「そんな謙遜など――」

「謙遜じゃないです。魔物とは何度も戦っていますが、人間の、普通の魔法使いと戦ったことはありません」

「それは、本当ですか?」

「はい」

「決闘も、ですか?」

「はい、一度も」

「なんと……いや、いいんです。それならば、早速明日、試合をしてみませんか」

「試合を?」

「私が雇っている魔法使いと、是非手合わせを」


 果たして俺は、押しに弱かった。

 中途半端な親切心と根拠の曖昧な正義感が、断ることに罪悪感を浴びせかけてきた。「困っている人がいたら助けましょう」という月並みで底の浅いモラルが、俺を縛っている。


「わかりました」


 俺は、そう答えてしまった。


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