44 ワイバーン
「どうして手紙なんか食べたんだろう」
俺は、そんな疑問をクワルに投げかけた。
茂みに隠れて洞窟を監視し始めてから、すでに数時間が経っている。俺は固い干し肉を口の中でほぐすのにも飽き始めていた。
「わかりません……」
「君がここを通ったら、ドラゴンが出てきた」
「そうです」
「その後、ブレスで君を吹き飛ばし、その拍子に、君は書簡の入った通信筒を落としてしまった」
「はい」
「他に落としたものは?」
「いろいろ落としました。剣以外は、たぶん、全部」
「馬は?」
「倒されて、気を失ってしまいました」
「君自身は?」
「地面に転がって、でもすぐに立ち上がりました」
「立ち上がった時には、もう書簡は食べられていた?」
「はい……」
ファントムドラゴンは、洞窟から奇襲を仕掛けた。
しかし、奇妙である。
なぜファントムドラゴンは、クワルや馬でなく、手紙を選んで食べたのだろうか。同じように地面に転がっていたなら、普通なら、生物の方を食べる。魔物の生態系は知らないが、魔物というのは、人間に害を加えるものである。
「ファントムドラゴンは、どうして洞窟から出てきた?」
「巣の前を人間が通ったからだと思います」
「じゃあ、襲うならその人間を襲うはずだと思うんだけど、どうかな」
「はい……わかりません」
わからない。
奇襲を仕掛けておきながら、なぜ手紙なんだ。紙を食べる習性でもあるのだろうか。
「最初から、手紙を狙っていた……?」
「なんでですか!?」
「それは俺が訊きたい。でも、そうとしか思えない。いや――待てよ……」
状況を思い描きながら、ふと気づく。
ドラゴンの食べたのは、手紙だけではない。通信筒だ。手紙はその中に入っている。ドラゴンは、通信筒ごと飲み込んだのだ。
「手紙を入れてた通信筒は、普通の通信筒なのか?」
「魔法の通信筒です! 大事な手紙なので、魔法で保護された特別なものです」
「色は?」
「金と銀です」
「クワル、ドラゴンは魔法のかかったものとか、財宝とかを好むという、そういう傾向があったりする?」
「……あっ!」
クワルは、ドラゴンの習性について、何か思い出したようだった。
「ドラゴンは魔法のかかったものや金や銀のような財宝が好きなんです! だから、あの通信筒をっ!」
なるほど、理由は分かった。
ということは、誘き出せるかもしれない。なぜなら、俺は魔法のアイテムをいくつか持っている。龍老人の杖とウルドの腕輪と、そして封魔の枷セット。餌にしても良さそうなのは――封魔の枷だ。
バックの中から封魔の手枷と足枷を取り出す。
色は鉛色。全く美しくはないが、一応魔法のアイテムである。
それを――洞窟の前の空間に放り投げる。放り投げてから、俺は後悔した。これ、出てきたら、否が応にも戦わなければいけないじゃないか。いや、別に戦わなくてもいいんだ。いいんだけど、それだと、餌が無駄になってしまう。
別に、枷で何かしようなんて、そんな特殊な趣味はないが、あれだって買うとなると結構するし、誰でも買えるようなものでもない。
早速、反応があった。
洞窟の暗闇の中で、何かが動いた。ゆらり、ゆらりと動きがあって、その後――暗闇の中からソレは這い出てきた。
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名前 :――
クラス:ファントムドラゴン
Lv:60/60
・ドラゴン型の幻魔
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「ファントムドラゴンです!」
「あぁ……」
ついにそのドラゴンが正体を現した。
寒天のような半透明の生物。生物かどうかも怪しいが、その輪郭、形は、確かにドラゴンだった。翼を生やしたティラノザウルスといったところか。
ファントムドラゴンは、あんぐりと口を開けると、器用に封魔の枷を牙でつまみ上げ、口を上向きにして飲み込んだ。
――その身体を、『ダークバインド』で締め上げる。供血魔法としての『ダークバインド』である。さすがにドラゴン、透明で実態がなくても、ただの『ダークバインド』では効果がなさそうだった。
ファントムドラゴンが甲高い悲鳴を上げた。
効いている。
『ダークバインド』で動きを封じたまま、『ダークアロー』を放つ。黒い矢は、ドラゴンの喉に突き刺さった。二本目、三本目と確実にあててゆく。
と、ファントムドラゴンの身体の色が黒ずんできた。
体の所々が光を放ち始める。
こういう様子を、俺は一度見たことがあった……。
ばさあっと、ドラゴンは翼を広げた。
その瞬間、俺の魔法は弾かれ、ドラゴンの身体に色がついた。透明だった身体は、黒炭のような色の鱗に覆われ、目は金色に輝き、鼻からは湯気が噴出していた。
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名前 :――
クラス:ワイバーン
Lv:1/110
・幻想から生まれたドラゴン。
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「ワイバーン、だと……」
ちょっとした絶望である。
エンチャントしてしまった。さっきまでの透明なうちは、まだ戦えるかなとも思ったが、今のこいつは、完全なドラゴンだ。人が戦うような代物じゃない。供血魔法として『ダークバインド』や『ダークアロー』を使ってもこいつには効果がないだろうと、俺の黒魔術師としての勘が言っている。
「クワル、逃げるぞー―っておい!」
クワルは茂みから飛び出し、ワイバーンを襲撃した。
両手にナイフを握り、くるくると回転しながら、ワイバーンの頭に飛び蹴りを入れる。ワイバーンはクワルを頭で弾き飛ばそうと暴れるが、クワルはそれを交わし、さらに接近して斬撃を浴びせ続ける。
クワル、滅茶苦茶強いじゃないか。
空中で方向転換する『エアターン』。まるでワイヤーアクションである。いや、ワイヤーアクションを超えている。飛んだり跳ねたり、目で追えるような動きではない。
エンチャントしたことが、ワイバーンには裏目に出たのかもしれない。
ファントムドラゴンには、俺の黒魔術は有効だった。代わりに、物理的な攻撃が一切通用しなかった。しかし今は、俺の『ダークバインド』や『ダークアロー』という攻撃魔法の主力が効かない代わりに、クワルの物理攻撃が通るようになった。
ワイバーンは、ドラゴンらしく炎を噴いた。
火炎放射器のような凄まじい炎である。熱風に噎せ返りそうになる。クワルの髪の毛が、ちりちり燃えた。
ドラゴンは、クワルの連撃を受けながら、傷ついているのは体表の鱗だけで、ダメージはほとんど入っていないようだった。
試しに『デボートキュア』を放つ。
鱗についた傷が広がってゆき、ぱらぱらと鱗が抜け落ちる。しかしそれ以上にはダメージを与えられない。鱗では痛みもないだろう。
恐らくこのワイバーンは、ドラゴンの種族のピラミッドがあるとしたら、その最底辺にいるような弱い部類のドラゴンだろうが、それでも、普通の魔物より全然しぶとい。
クワルが鱗に傷をつけ、傷つけた鱗は、俺の『デボートキュア』によって十秒ほどで抜け落ちる。それを繰り返す事によって、ワイバーンの鱗の鎧を剥がすことができる。鎧が剥がれれば、クワルのナイフでも少しはワイバーンに傷を与えられるだろう。
やがて――クワルのナイフがワイバーンの身体に切り込みを入れた。ちょうど左の腰のあたりである。傷は浅かったが、浅くても傷ならば『デボートキュア』が通る。
ぐおおおお、とワイバーンが声を上げる。
傷口から赤い血が滴り落ちる。流れ落ちた血は地面に零れると、じゅわっと蒸発した。クワルがさらに別の部位を切り付ける。それ自体は大したダメージになっていないが、『デボートキュア』によって傷口が広がると、さすがのワイバーンも堪らずに悲鳴を上げた。
それを繰り返し、やがて――。
ズシーン。
ワイバーンの巨体が倒れた。
驚いた鳥たちが、木から飛び去ってゆく。
ワイバーンの傷は、『デボートキュア』によって重症化していた。加えて、『ダークアロー』を放つ。鱗の剥がれ落ちた部分を狙えば、『ダークアロー』も弾かれることはない。
ワイバーンは次第に動きが鈍くなり、たまにびくんと激しく痙攣することがあったが、その回数もだんだん減っていった。
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名前 :――
クラス:ワイバーン(『ダークネス・カースⅣ』)
Lv:1/110
・幻想から生まれたドラゴン。
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死を待つだけの状態になったのを確認し、俺は魔法を解いた。
戦い始めてから、十五分か、二十分。
ワイバーンが完全に消滅し、風化してゆくと、クワルはその場にへたり込んだ。体力の限界だったのだろう。
(レベルが44から49に上がりました)
俺は、座り込んだクワルに近づいて、その頭を撫でた。
「流石に、強かったな」
ワイバーンの消えた後には、生前呑み込んだらしい魔法のアイテムが散らばっていた。封魔の手枷・足枷もあった。そして、金と銀の細長い筒も。
「通信筒です!」
クワルが、ふらふらになりながら、それに飛びついた。
「ありがとうございます! この恩は一生忘れません! そうだ、報酬をっ――」
「いや、いいよ」
「そういうわけには――」
「これで充分だよ」
ワイバーンから零れ落ちた魔法のアイテムは三十ほど。その中で特別価値のありそうなのは九つあった。
〈金禁鎖〉:魔物や霊獣の動きを封じる魔法の鎖。
〈星金の鍵〉:希少金属である星金製の鍵。
〈疾風の蹄鉄〉:『ウィンドフォースLv1』の加護がある蹄鉄。
〈金の斧〉:金でできた斧。
〈銀の斧〉:聖銀でできた斧。
〈封精の万華鏡〉:妖精を封印するために作られた万華鏡。
〈聖銀の矢〉:聖銀の矢じりを持つ矢。
〈グラシアル〉:雷の力が宿った魔法の鉾。
〈キタン〉:スマラルコン製の杖。
図らずも一攫千金を得てしまったようだ。クワルと山分けにしても、かなりの儲けだろう。金の斧などは、それだけでも金貨300枚か、400枚、いや、それ以上の価値があるかもしれない。
「金になりそうなアイテムが九個あるから、とりあえず四つずつ交互にとっていこう」
アイテムの分配――これは、ルールを決めてきっちりやらないと流血沙汰になる。金になりそうなアイテムが出た場合には、殺し合いが始まることも、傭兵の間では珍しくないのだという。
「いいえ」
ところが、クワルは俺の提案をすぐに拒否した。
殺し合いが始まるか、と俺は少し緊張した。
だが、違った。
「私はこれで充分です。ドロップアイテムは、全部グリム様が貰ってください!」
クワルは通信筒を抱きしめ、にっこりと笑顔でそう言った。
なんていい子なんだろう。
そう思うと同時に、これは罠なのか? という、懐疑心が湧いてくる。明らかに金になりそうなアイテムがこんなにあるのに、それをほしくないというのか?
「共闘だったんだから、普通は山分けだ。報酬を考えたとしても、三つは君が貰うのが相場じゃないか?」
「いいえ、私一人では倒せませんでした。それに私の目的は、最初からこの手紙です。それ以外はいりません!」
一人では倒せなかったというのは俺も同じことだ。だが、クワルに金銭欲がないのは本当なのかもしれない。嘘をついているようには見えなかった。
もっとも、嘘をついているかどうかを見極める洞察力が俺にあるかというのは自分でも甚だ疑問ではある。疑問ではあるが――。
「本当に、いいのか?」
彼女を信じることにした。
あるいは、金銭欲に負けたのかもしれない。俺は、金になりそうな九個のアイテムを全て貰うことにした。
良いことってあるものだ。これを全部売ったら、暫く遊んで暮らせるぞ。もしかしたら、高等遊民的な生活で一生を過ごせるかもしれない。家を買って、俺専属のメイドを雇って、コックも雇って……。
とにかく、町に戻ってから考えよう。
もうすぐ日が暮れる。ここはまだ森で、何が出てくるかわかったものじゃない。
金の斧や銀の斧は重かったが、パトラッシュは不満一つ見せず乗せてくれて、俺たちは日暮れの前に町に戻ることができた。




