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グッド・ブラック! ~黒魔術師に幸運を~  作者: ノマズ
第二章 ピルグの勇者
42/114

42 酒場にて

 金貨二枚。

 それが、今回のクエストの報酬だった。山道の洞窟に住み着いたゴブリンの群れを討伐するという、命のかからない仕事である。

 そんな簡単な仕事を、十日に一度こなして生計を立てる。そういう生活スタイル。


 無駄遣いをしない俺は地道に貯金をして、ちょっとした金を貯めることができた。貯めて何かを買おうというのではない。貯金がないと不安なのだ。

 ファンタジー世界に来ても、結局俺は、堅実な生き方を選んでいた。死んでも向こうで再スタートできるのに、【ダークメイジ】とかになったのに、やっていることはこっちでも向こうでも変わらない。


 銀貨を渡し、木製のジョッキに酒を注いでもらう。

 夜のギルド酒場、掲示板にはクエストの依頼書が鋲で止めてあり、その前で仕事を選んだり、パーティーを募ったりしている傭兵がちらほらいる。

 ギルド酒場では当たり前の光景だ。


 この町――デノンに来てから一年、俺は宿を転々としながら暮らしていた。

 宿を変えるごとに、依頼を受ける酒場もそのたびに変えて、風来坊を気取っていた。一月前にクティがこの国の都、王都ラリアンに出かけてゆき、いよいよ一人になると、この町に友人もいない俺は、風に吹かれた紙切れのような生活をするようになった。


 クティは、ラリアンに試験を受けに行ったのだ。

 ラリアンの魔法学校である。生徒ではなく、教師になるための試験だ。そして優秀なクティは、それに見事に合格し、早速教師として働き始めるという。――クティから今朝、そのことを告げる手紙が届いた。


 めでたいことだ。本当にめでたい。

 ここに赤飯はないから、酒で乾杯だ。

 この国の酒はやたらと甘い。イチゴシロップを水で薄めた様なアルコール飲料である。口当たりが良いからぐいぐい飲めるが、度数が高いからすぐに酔っぱらう。

 ジョッキで、もう三杯は呑んだか。


 俺はジョッキを掲げ、銀貨を出し、新しい酒を注いでもらう。

 ぐいっとジョッキの半分ほどまでを一気に煽り、机に突っ伏する。

 完全に呑まれている。ダメな酒飲みの典型だ。ダメなのが分かっていてダメになっている。ダメな自分に酔っている本当にダメダメなダメ人間だ。


「んー……」


 呻き声をあげる。

 小さな手が肩を叩くことも、控えめな声が俺を気遣うことも、もうない。

 いや、別に自棄酒じゃない。クティは、自分の人生を見つけたのだ。それは、良いことだ。本当にすごいと思う。それに比べて俺……どうなんだよ。魔法が使えるのに、何にもできやしない。自分の人生一つ決められない。


 できたことと言えば、この地方の共通語――アズラ語を覚えたことくらいだ。でもそれだって、半分はクティのおかげで、あとの半分は自分の努力だったかというと、そんなこともない。

 強い魔力を持つ者は、言葉に込められた感情を何となく感じることができる。その「何となく」も、魔力が強ければ強いほど、正確に、はっきりと感じることができるのだ。

 そして俺は、人並み以上の魔力を持っていたために、一年ほどで一つの言語を、話せて聞けるレベルまで習得することができた。――というのは全てクティの話だが、俺は納得させられた。

 義務教育と高校と、大学は週に一度の講義だけだったが、英語を習ってきた。小学校五年からだったから、年数にして……十二年間。それで、全然しゃべれない。そんな俺が、一年で、英語よりもわけのわからない言葉を、何の助けもなしに理解できるはずがないのだ。


 俺のアズラ語の半分はクティで出来ている。

 そして残りの半分は、俺の魔力だ。

 クティに教わったことを一応復習したりしていたが、そんなのは努力のうちに入らない。努力してくれたのは、クティだった。

 なんだよ、結局クティじゃないか。


 ジョッキを傾けて、残ったもう半分の酒を一気に喉に流し込む。

 口から零れ落ちた赤い液体が喉を伝い、顎から落ち、胸元を濡らした。汚い。これじゃあ、幼稚園児と一緒じゃないか。

 だが、夕食時の酒場の客は、そんな連中ばっかりだ。

 大抵は男。

 この国には行儀よく食べるという習慣がないらしく、食べながらしゃべり、唾を飛ばし食べかすを飛ばし、服の裾で手を拭い口を拭い、酒が零れたってスープが零れたって、誰も構いやしない。


 俺なんて可愛いものだ。

 この国の酔っ払いはもっと派手だ。服を全部脱ぎ捨てて素っ裸でトランプを始めたり、口論の挙句通りに出て、げぇげぇ吐き散らかしながら喧嘩をしたり――それくらい派手だ。

 俺は、せいぜい一人で眠くなっているだけの可愛い酔っ払いだ。

 それが何か、余計に空しくなる。

 酔ってもその程度という、中途半端に行儀の良い男。かといって、真面目を売りにできるほど真面目でもなければ、品行方正というほど上品でもない。つくづくファンタジー向きでない。

 それなのに俺は、この世界では絶滅危惧種である【ダークメイジ】である。


「俺は黒魔術師だぞ!」


 大声で叫んでみたかった。

 だがそんなことは言わない。この一年間、人前で黒魔術を使ったことはない。クエストも、依頼は全て一人で受けて、一人でこなしてきた。

 なぜならこの世界には、「黒魔術師はテロリストだ」的な偏見があるからだ。昔黒魔術師狩りというのがあって、その精神は今も受け継がれているのだという。特に、魔法使いの業界では。


 だから俺は、黒魔術を使わない。

 公表もしない。

 ただのしがない、【ウィザード】であるかのように振る舞っている。


 そして、今に至る。

 惰性で今に至る。

 一年もすると、俺がこの世界に召喚された目的探しなんて、どうでも良くなってくる。方々歩き回って、目的を探そうなんて気は、最初の一月を過ぎると無くなってしまっていた。


 無難なクエストを受けて、無難に生きる。

 無難な人生なんて糞くらえだ、とか思っていた時期が俺にもあった。今だって、心のどこかにそんなロック魂を秘めている――はずなのだが、もうそんなものは、どこにもないのかもしれない。


 そろそろ、帰ろうかな。

 なんて思っていると、誰かが大声を上げた。


「この中に、魔術師様はいらっしゃいますか!」


 可愛らしいソプラノの声。

 この時間の酒場には全くふさわしくない。


「クエストを、発注します!」


 酒場がざわつく。

 俺はまだ酔いに負けて机に臥せったままだが、耳だけは傾けている。


「おい嬢ちゃん、そういことは他所でやってくれ! クエストを出すなら、こっちで手続きをしなきゃダメだよ」


 酒場の主人がそう言う。少し怒っている。

 ルールなのだ。

 傭兵ギルドは、傭兵と依頼人が直接取引をするのを認めていない。それをするなら勝手にやれば良いが、その中で起こったトラブルの一切には関わらない、というのが傭兵ギルドの、クエストに対するスタンスである。

 そしてここは傭兵ギルドの酒場。いうなれば、ギルドの支店である。その縄張りで勝手な振る舞いをされては困るのだ。


「いくらの仕事なんだい?」


 誰かが軽い調子で訊ねた。

 恐らく主人は、その質問をした男を睨みつけたことだろう。だが、傭兵は傭兵である。傭兵ギルドの立場など知ったことではない。金になれば、何でもいいのだ。


「それは、その……わかりません」


 わからないってなんだよ、と誰もが心の中で突っ込んだ。

 しかしなるほど、報酬が約束できないから、彼女は傭兵ギルドを通してクエストを発注しなかったのだろう。ギルドからクエストを依頼する場合には、まずその報酬を、先にギルドに支払わなくてはいけない、そういう決まりがある。


「でも、納得のいく報酬を約束します! だからどうか、魔法使いの方、いらっしゃいましたら――」

「おい嬢ちゃん! いい加減にしてくれ!」


 怒る主人。

 傭兵たちもおしゃべりを再開し始めた。彼女の依頼に興味を無くしたのだろう。報酬がないのだから、傭兵たちのその反応は当然といえる。結局金。特に傭兵は、とにかく金で動く。


「お願いします! どうかっ……!」

「摘み出せ」


 主人が言った。

 ぎしっ、ぎしっと床のきしむ音。

 店の奥から、何か大きなモノがやってきたようだった。

 顔を上げて見てみる。


 店の真ん中の丸テーブルの上に、少女が立っていた。

 背の低い(小学生の中学年くらいだろうか)、栗色の髪の少女である。砂色のローブを着ている。それだけ見れば、路地裏に寝泊まりしている貧困層の子供のようだが、それにしては、彼女の肌は白すぎるし、雰囲気も明るすぎる。


 そして、最も特質すべきことは、彼女がライカンである、ということだ。

 ここはファンタジーの世界であるから、エルフをはじめいろいろな特徴を持った人間の種が存在している。ライカンというのは、犬や狼のような特徴を持った人種である。

 彼女は、頭に耳を生やしていた。

 恐らく、隠れている臀部には尻尾も生えているだろう。


 そんな少女のもとにやってきたのは、ジャイアントの男戦士だった。この店の用心棒なのだろう。とにかく、大きくて筋肉隆々、トロールと素手で渡り合えるのではないかというような体躯である。


「お願いします! 話を聞いてください!」

「出て行かないなら力ずくだ。素直に出て行け」


 ジャイアントに言われた犬耳少女は、ふるふると首を振った。

 ジャイアトが、少女に腕を伸ばす。

 これは――事案発生だ。


 ごとり、と近くに会った椅子がジャイアントの横っ面に飛んでゆき、ぶつかった。まるでポルターガイストだ。続いて、テーブルが少女を乗せたまま俺の席まで移動してくる。少女はテーブルから転げて、俺の膝の上に落っこちてきた。


 黒魔術の良い所は、魔法を使っても、誰がそれをやったのかバレない所だ。本当に、性質の悪い魔法である。


「すみません、この子、俺の知り合いなんです。出て行くので、勘弁してください」


 俺はアズラ語でそう言って立ち上がり、少女を抱えたまま店を出た。

 店から遠ざかったところで、俺は少女を下ろし、地面に手を突いた。息がやたら上がる。酔っているから仕方ない。


「あの……」


 俺は、手を上げて応じた。


「俺は、魔法使いだよ」

「本当ですか!?」


 ただし【ダークメイジ】である、とは言わないでおこう。黒魔術師も魔法使いであることに変わりはない。


「力を貸してください。報酬は、必ず払いますから!」

「内容を、聞きたいな」

「ファントムドラゴンを、倒してほしいんです!」

「馬鹿いうな!」


 俺は立ち上がろうとした拍子に転んだ。

 転んで、頭を何かに打ち付け、地面に倒れた。すうっと意識が薄くなっていった。


ご無沙汰しております、茶ノ美ながらです。

タイトルも新たに、第二章スタートします。

では再び、よろしくお願いします。

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