103 ロッシンの老魔術師
カタカタカタと、笑う骸骨。
ぽっかり空いた真っ暗な双眸の奥に、紫の光が見える。
「誰なの!」
ジャンヌが、剣の柄に手をやり、訪ねた。
骸骨は答えた。
「それがわからないお前ではないだろう、騎士、ジャンヌ」
「……ロッシン」
ルノアルド公直属の暗殺部隊ロッシン。
それらしい。
この骸骨は、操り人形のようなものなのだろう。骸骨に術をかけ、しゃべらせているのだ。俺の魔法を警戒しての事だろう。つまり俺の魔法は――見破られているということだ。
「我々は殺し屋だ。任務として、殺しをする。趣味ではない。よって、黒魔術師と聖術師、そしてライカン、お前たちを積極的に殺そうというのではない。あくまで我々の目的は、カール殿下と、そして騎士ジャンヌの命だ。
だが、邪魔をするというのであれば、容赦はせんよ。だが、先に言っておくが、我々はすでに盤石だ。お前たちは、我々の罠に、すでにかかっている。逃げるのなら見逃すが、逃げなければ、まぁそうじゃな、十中八九死ぬじゃろう。運が良ければ、命だけは助かるかもしれんが――」
骸骨は饒舌だった。
言葉を切り、骸骨は、俺に語り掛けてきた。
「ピカソ導師、お前は、殺すには惜しい。類稀なる黒魔術の若い才能を摘みたくはない」
「この子も、その才能を秘めているらしいじゃないか」
「そうだ。だが、殺さねばならん。お前はどうだ、仲間になるなら――」
「誰が殺し屋なんかになるかよ」
「我々は、金のためにやっているわけではない。お前もそうだろう。金のために、ここまで来たわけではあるまい?」
「同じにするな」
「同じじゃよ」
骸骨は言った。
自分は隠れているからって、べちゃくちゃしゃべりやがって、骸骨が。
「お前は、自分でも知っているだろう。黒魔術が、殺しに向いていることを」
「向いているから何だっていうんだ」
「人間にはな、役割というものがある。剣が上手ければ剣士、そこに品位が伴うならば騎士に、金儲けの才があるなら商人に、盗みが得意なら盗賊に――誰も学者に闘うことは求めない。魔女に祈ることを求めないのと同じじゃ」
「祈りたい魔女だっているだろうに」
「生きにくくなるだけじゃよ。ここで出会ったのも、運命だと思わぬか?」
「ふざけるな」
誰が骸骨なんかに運命を感じるものか。
ジャンヌやカールに出会ったのは運命だ。クワル、エイル、間違いなく運命だ。運命だと信じていたい。だがこいつはそうじゃない。ただ、出てきただけだ。道端にできた水たまりや邪魔な石ころと同じだ。それが骸骨の成りをしているだけの話である。
「命を、粗末にするな。その才能は、お前だけの物でもあるまい」
「お前の物でもないだろう。とにかく俺は、お前らなんかとは手を組まない」
「意固地になるな。身を亡ぼすだけだ。よく考えるのじゃ、若者よ」
俺は覚悟を決めた。
俺たちはどうやら、この骸骨ジジイの罠のただ中にいるらしい。
どんな罠なのか、見当もつかない。
だが、俺を黒魔術師と知って、そのうえで勝利を確信しているその口ぶりからすると、用意された罠は、簡単に抜け出せるようなものではないだろう。
エイルとクワルは、俺が戦うとなれば、同じく命を賭して戦うだろう。最初からそのつもりだったから、クワルもエイルもついてきたのだ。
だから俺は、そんな二人だから、余計に殺したくない。
カールとジャンヌと、三人で戦って、二人には逃げてほしい。
だが、そんなこと、土下座で頼んでもするはずがない。
かくなる上は……。
皆で死のう。
クワルとエイルには、あの世で謝ろう。
――いや、ダメだ、俺にはそれもできない。
俺は死んでも、向こうでまた、第二、いや、第三の人生を歩まなければならないのだ。あぁ、なんという裏切りだろうか。
「あくまで、戦うか」
俺は、答えの代わりに右手を掲げた。
黒い炎が宿り、マナドレインが骸骨からマナを奪った。
骸骨は、呆気なく、バラバラになって地面に散らばった。
周りの地面が、ぼこぼこと盛り上がり始めた。
「グール……」
ジャンヌが呟いた。
地面から、灰色の体の魔物が出てきた。
子供くらいの身長で猫背、目は大きく、するどい歯と爪が黄色く輝いている。腹は病気のようにポッコリと出ていて、手が異様に長い――そんな、魔物である。
それが、地面から次から次へと出てくる。
出てきたグールは、わき目も振らずに、俺たちに襲い掛かってきた。
ギーギーと耳障りな鳴き声を上げる。
ジャンヌとクワルは、しかしグールなどには後れを取らない。
それが、一匹、二匹ならば……。
グールは、一匹や二匹ではなかった。
一匹倒したと思ったら地面から新たな二匹が現れ、二匹を倒している間に、三匹、四匹、五匹が現れた。俺はマナドレインで、一掃を試みた。
が、グールは、霊札のように簡単にはいかなかった。
マナを吸い尽くすまで、時間がかかる。
一匹を倒すのに必要な体力が、霊札とは比較にならない。
ブラックナイトよりも、断然しぶとい。
純粋な強さなら、ブラックナイトの方がはるかに上だったが、マナドレインに対しての耐性は、グールの方が格段に高い。
すぐに、息が切れてくる。
全身から汗が噴き出す。
グールは、次から次へと、地面から這い出てくる。
「はっ! はあぁっ!」
ジャンヌの黄金の剣が、グールを力強く斬ってゆく。
ジャンヌの剣は、振り上げるまでには一見大振りに見えるが、振り下ろす次の瞬間、剣は光線のように速くなり、素人の目からは、金色の閃光にしか見えない。
緩急の剣、といったところか。
他方クワルは、ぴょんぴょん跳びはねながら、アクロバティックに戦ってゆく。耳は犬だが、解良の柔らかさ、すばしっこさは猫のようだ。グールの動きも早いが、そのグールが、クワルには手も足も出ない。
だが、問題は数だ。
俺のような黒魔術師を倒す最も確実な方法は、スタミナ切れを狙うことなのだろう。霊札とグールは全く別物だが、この大量のグールに襲わせる作戦は、リュナクのやってきたことと、本質的には同じである。
倒しても倒しても、グールは次から次へと沸いてくる。
あたり一面、モグラの出てきたような穴の盛り土だらけだ。
なんと気持ちの悪い光景だろうか。
瞼が重くなってきた。
体力が、敵の狙い通り、減ってゆく。
気づくと俺は、立膝をついていた。
いつの間にか、エイルとカールが、俺の傍にいた。カールは、腰の剣を抜いていて、俺にグールが襲い掛かってこないか、鋭く警戒している。
「ははははは、さすがの黒魔術師も、ここまでのようじゃな」
土の中から、さっきのとはまた違う骸骨が出てきて、さっきと同じ声でそう言った。
「まだだよ……」
使いたくなかったが、使うしかしょうがない。
奥の手、供血魔法――マナドレインを念じる。
左手から血があふれ出し、燃える。
グールから奪い取ったマナを燃料に、呪いの炎は、俺の掌でごうごうと燃えた。
供血魔法の効果は絶大だった。
グールは、マナドレインにかかると、ものの一秒ほどで地面に倒れた。
しかし、この技は同時に、俺の体力も一気に奪ってゆく。
供血魔法は確かに強い。
魔法の威力が格段に上がる。
だが、血を使う。
使い過ぎれば貧血を起こし、さらに使い続けると、出血死してしまう。そいうい、諸刃の剣なのだ。
「おぉ、見事なものだ。呪いの衣、吸魂呪、それに加えて、供血呪法まで修めているとは。――惜しいことだ」
骸骨が言う。
今までよりも一回り大きい、緑の角を持ったグールが出現し始めた。
角のグールは、角から稲妻のような、緑の光線を放ってきた。
俺は、エイルとカールを掴み寄せた。
俺たちを狙った緑の稲妻は、アビスオーラが防いだ。
ばちばちと、絶え間なく、八方から放たれる稲妻攻撃。
エイルとジャンヌは善戦しているが、包囲を突破するのは難しそうだ。
そして俺も――体力の限界が近い。
アビスオーラで攻撃を防ぎながらマナドレインを使う。
体力と血が、失われてゆく。
俺には、これ以上の切り札は残されていない。
「ふうっ……」
――ある瞬間、グリムは急に、激しい脱力感に襲われた。
グリムは地面に横たわった。
遅いかかかってくる緑の稲妻を、エイルが、聖なる光の魔法で防ぐ。
一撃一撃は大したことはないが、エイルのバリアも、攻撃を受けるたびに、徐々に削られてゆく。
「聖術師は聖術師の仕事をしていればいいのだ」
森の奥から、一筋の赤い閃光が飛んできた。
エイルのバリアに直撃すると、バリアは消し飛び、エイルはその衝撃で、地面に倒れた。カールはグリムとエイルを守るように立ち上がり、森の奥に視線を向けた。
森の中から、何者かが出てきた。
フード付きの黒いザーオを纏った男。
銀のまっすぐな杖を持っている。
その男が出てくると、グールたちは一旦、攻撃をやめた。
男は杖の先で、トンと地面を叩いた。
すると、地面から半透明の腕のようなものが出てきて、グリムたち五人を掴んだ。ジャンヌとクワルも、四肢を拘束され、ついに地面に膝をついた。
ジャンヌも剣を取り落とした。
男は立ち止まり、フードを下した。
眼帯をつけた、老人だった。
その深い皺は、薄暗い中でもなお、より暗い影を作っている。
「案ずることはない。殿下、苦痛のないよう、お送り申し上げる」
老人はそういうと、銀の杖を掲げた。
「やめてっ!」
ジャンヌが、悲鳴のような声を上げた。
じたばたと体を動かすが、すでに拘束を振るほどくほどの力は、残っていなかった。
「安心しろ、お前もすぐに、後を追うことになる」
「ううっ……」
グリムは、地に臥せったまま、顔だけを持ち上げた。
カールと、エイルの後ろ姿。
その奥に、杖を持った老人が見える。
「ちくしょう……」
体が動かない。
ピクリとも動かない。
あぁ、俺はここで――いや、俺はいい。カールやエイルや、俺以外の仲間が死ぬことが、どうしょうもなく許せない。
「殺してやる、絶対に、殺してやるからな……」
湧き上がる殺意。
血も体力も、もう残っていない。
俺は多分、このまま放っておかれただけで死ぬだろう。
金か、王国の沽券か、そんなもののために俺たちは殺される。
幼いカール、正義感の強いジャンヌ、従順なクワル、そしてエイル……皆、こいつに殺されるのだ。
許せない。
この憤りは、死んだくらいではなくならないだろう。
この土地に残り続けて、この暗殺者たちや、こいつらの国にまとわりついて、必ず滅ぼしてやろう。
「殺してやるからなぁ……!」
グリムの唇から、そんな言葉が漏れる。
老人は、ぎょっとした目でグリムを見た。
ぎゅっと唇を閉じ、それから、言った。
「黒魔術の若き導師よ、お前は助けてやろう。そこのライカンと、そして、その癒術師も。それで手打ちにしないか」
最期の力を振り絞って、睨みつけてやる。
このまま、目を開いて睨んだまま、死んでやる。
お前も、お前らの王国も、全部呪ってやる。
「殺してやる……」
俺は呟いた。
「黙れぇ!」
老人が、俺に杖を向けた。
その瞬間――。
「クオォォォォン!」
パトラッシュが、雄たけびとともに飛び出してきた。
全身に青いオーラを纏い、そのオーラは、巨大な翼のように、広がっていた。
老人の魔法がパトラッシュに当たる。
パトラッシュの首筋から血が噴き出す。
グールが、パトラッシュに攻撃を浴びせる。
「クアァァァン!」
パトラッシュは再び声を上げた。
その瞬間、グリムたちを縛っていた半透明の腕が、どろっと溶けて消えた。
パトラッシュは、巨大な竜のようになっていた。
青い、巨大な竜だ。
「者ども、出てこい! かかれ! この竜を殺すのだ!」
老人が言うと、森の中から、黒づくめの暗殺者たちが出てきた。
パトラッシュに斬りかかる。
パトラッシュは、青い炎を吐き出した。
何人かの暗殺者とグールが、炎に焼かれた。
「パトラッシュの背に!」
クワルが言った。
ジャンヌは、グリムを抱えてパトラッシュの背に乗った。カールとエイル、そしてクワルもその後に続く。
あらゆる攻撃が、パトラッシュの体に傷をつける。
しかしパトラッシュは負けなかった。
「クワァァァァ!」
声を上げて、飛翔した。
巨大な青い、二つの翼で羽ばたき、ぐんぐん高度を上げる。
グールの攻撃はもはや届かない。
老魔術師の魔法が、パトラッシュの腹に直撃する。
血が飛び散る。
しかしパトラッシュは、さらに上昇した。
もう、地面からの攻撃は何一つ届かないところまできた。
パトラッシュはそのまま、ナバースの森の方へと飛んだ。
飛び去ってゆく竜が見えなくなるまで、老魔術師はそれを見つめていた。やがて見えなくなると、銀の杖を思い切り地面に叩きつけた。
「なんたること……なんたることだぁ!」
老魔術師は、全身を震わせ、怒りを爆発させた。
芝の所々には、しばらくの間、青い火がくすぶっていた。




