第九章
桂崎 真実は昼休みの三十分前に、磯貝誠と連れだって特殊能力捜査課室を出た。ランチを兼ねて『アスカ探偵事務所』の鳥島と会う約束になっている。
鳥島に示唆された『御霊の会』教団と会員制クラブ『メルサ』との関わりは、調べてみるとわりにあっさりと出てきた。
『メルサ』は株式会社で、株の大多数が教団の保有になっていた。代表や役員には『メルサ』の店長、マネージャーが名を連ねていたが、こちらは名義だけだ。店の関係者がオーナーと呼んでいる男がいるはずなのに表面には浮かんでこない。何より不思議なのは、彼の顔を誰もが実はろくに知らないという点だ。
また坂上久志に関しては、確かにここ半年ほど『メルサ』によく顔を出しているみたいだった。現住所は日本ではなくシンガポールにあり、資産内容もまだ照会中だ。だが判明した限りではシンガポールの彼のマンションは、通常の駐在員が住むような場所で、質素ではないがそれほど絢爛豪華というわけでもない。麻薬で稼いだ金はどこへ消えたのか。
以前坂上を追っていた所轄の刑事や、教団担当だった本庁の刑事にも会って話を聞いてみたが、あまり役に立たなかった。目新しい事実は聞けず、どちらの見解も坂上は教団に弱味があって利用されていた可能性があるというものだ。更にその件は構うなと上層部からの圧力が働いて捜査を中止にせざるを得なかったと認めた。
「噂ではお偉方の多くが、『御霊の会』信者だって話ですけどね。カルト集団と関わりを持つなんて警察人としちゃ自殺行為でしょ? みんなで渡れば怖くない、ですかね?」
本庁のある若い刑事は苦々しくそう囁いた。
「ねえ、磯貝くん。今日は何のために鳥島さんと会うの? まだあちらに提供するほどの情報はつかんでないわよ。」
今のところはまだもらった情報の裏付けができただけだ。あちらが知りたがっている小橋一也の情報もそれほど増えたわけではない。
―――でも。磯貝刑事は持っているのかもしれないわね。
彼はなぜか小橋をピンポイントマークしている。真実に都度明かす義理はないが、ついでに今日教えてくれる気なのかもしれない。
磯貝誠は眼鏡をずり上げて、にこっと儀礼的微笑を浮かべた。
「あちらから情報交換したいと言ってきたんです。誰か連れてくるみたいですよ。‥それより桂崎さん。指定された店がすごく高そうなんですけど、おごってもらっちゃヤバいですよね?」
「そうねえ‥。おごってくれるって言うならおごってもらえば? 話の展開次第で領収書だけちょうだいって言えばいいじゃない。」
ひどいな、と誠は苦笑した。
向かった店は確かに、昼からコースで出てきそうな気張ったフレンチレストランだ。磯貝が名前を告げるといちばん奥の個室へ案内された。
入るなり、真実はとても清々しい空気を感じた。ふんわりと柔らかで春の日溜まりのような居心地の良さが漂う。
「何だか‥雰囲気が柔らかい感じ。」
「‥やっぱり桂崎さんて、感知能力があるんだ。たぶん、ここは結界が張ってあるんです。話が外へ漏れないように。」
「結界‥? あの、心霊オカルト系の小説とかに出てくる、あれ?」
「霊能力者が霊力で浄化して、自分のテリトリーにした空間のことですよ。そこでは結界の主あるいは結界で護られている者に対して、害を為すことはできないんです。もっともより大きい霊力を以てすれば破れますが。」
「詳しいのね‥。でもどうしてここがそうって解ったの?」
「前に似たような場所に入ったことがあって。説明もその時聞きました。」
誠は涼やかに答えた。真実はふうん、とつぶやき、あらためて部屋の中を見回す。
「じゃ、鳥島さんの連れって四宮関係の霊能力者?」
「そうとは聞いていませんけど‥。」
そこへ鳥島が二人の男と一緒に入ってきた。
磯貝がすっと立つので、真実も一応立ち上がる。
「お待たせしました。お忙しいところ、お呼び立てしてすみません。」
鳥島の挨拶に会釈を返し、視線を後ろの二人に向ける。
二人とも年齢不詳っぽいけれど、真実の直感ではまだかなり若そうだった。
まっすぐこちらを見返してくるほうの男は、瞳と髪の色が明るい茶色で、おまけに男にしては透けるように肌が白い。彼の背中に半分隠れているもう一人は逆に、髪と目が夜のように真っ黒だった。
―――二人とも綺麗な顔。しかも兄弟みたいに似ている。
鳥島が真実の視線に気づいて、自己紹介するよう目で促した。
「堂上玲といいます。こっちは友人で、現在一緒に仕事をしている白崎健吾。」
堂上は真実の視線を見透かしたように見つめ返し、にこっと魅力的な微笑を浮かべた。
「よく似てるでしょ? でも彼はぼくと違ってとてもシャイなんです。あまり見ないでやってくれませんか?」
「失礼。お二人ともあまりいい男なので、つい‥。」
ふふっと微笑ってごまかすと、彼は再び引きこまれそうな微笑を浮かべ、手慣れたしぐさで椅子を引いてくれた。
勤務中なのでシャンパンは断り、林檎ジュースをもらう。何だか昼から贅沢な気分だ。
「料理が出るまで少し時間がありますので、先に話を始めようと思うのですが。よろしいですか?」
堂上がにこやかに言った。
どうやらこの場を設けた主体は堂上という男のようだ。何者なのだろう?
全員がうなずくのを見て取ると堂上は、まずその前に、と誠を見た。
「磯貝刑事は‥四宮本家の磯貝家令と関係がある方ですか? 差し支えなければ教えていただけると、話がスムースにいくんですけどね、」
誠は眼鏡をずり上げて、妙に愛想の良い笑みを浮かべた。
「あ、孫です。本名は四宮誠。一応北家の出身ですけど、四宮の仕事には一切関わり合ってません。警察に入った時に四宮って名前だと何かと不都合なので、母方の姓を登録したんですよ。」
真実は努めて平静を装い、しゃあしゃあとしている隣の誠を見ないようにしていたが、内心ムカついていた。あとで詳細をきっちり問い詰めなきゃ、と思う。
「なるほど‥。じゃ、鳥島さんから聞いたんですけど、磯貝要くんが重傷を負ったという話も警察の公式記録ではなく四宮ルートの情報だと思っていいですか?」
「‥‥ぼくは警察官ですから、ぼくの持っている情報は全部警察の情報です。ただその件を記録した報告書はまだ未提出ですけどね。」
堂上は浅く微笑んだ。
「解りました。‥じゃ、今日来ていただいた理由をお話ししましょう。」
彼は淡々とした口調で、四宮本家が今年の春以来正体不明の敵と臨戦状態であり、その敵とおぼしき相手に自分自身も狙われているようなのだと説明した。
「そっちはぼくの個人的なトラブルなんで、警察の方をわずらわせる必要はないんですけどね。友人の鳥島さんからあなた方が、警察庁の意志とは別に春から続く本家がらみの事件、及び『御霊の会』教団に関する内容を調べているようだと伺ったもので、こちらの持っている情報を提供する場を設けてほしいとお願いしたわけなんです。」
堂上はそこでシャンパングラスを口にした。
「春の四宮本家襲撃事件の概要は‥ご存じでしたね? 真宮寺森彦が首謀者だと思われていた件です。」
「思われていた?」
誠と鳥島が同時に、堂上の顔を見た。それには答えずに彼は続ける。
「それから先月十五日の四宮本家における事件。あれは本家内部にまだ内通者が残っているかのように見えますけど‥ぼくはちょっと疑問です。内部の犯行としか思えないような仕掛けをすれば内通者は正体がバレちゃう可能性が高いわけで、ならばこの間みたいに一気に本家乗っ取りを謀らなければ意味がないでしょう? その場合むしろ分家や傘下の能力者が一堂に会する場面は避けたいところですよね。やはりあれは実力行使より陽動が主目的だったと考えれば、内部分裂が狙いでしょう。‥たぶんこのあと、内通者が誰かを如実に示す手がかりが出てきて‥その人は瑞穂さんの最も信頼する人だったりなんかするんですよ。狙われそうなのは磯貝家令か、椎名さんあたり。」
真実は携帯を取りだして、出てきた名前をメモした。
「しかし‥現実に、敷地内に術が仕掛けられていたわけだし。まだ傀儡の糸が使われているという意味ですか?」
誠の質問に堂上は首を振った。
「傀儡の糸は残っていません。本家敷地内を浄化したのは瑞穂さんだから、あんな三流の術師の糸なんか残存できるはずがない、とこれは専門家の意見です。でも‥悪意のない、人でないモノならば、気づかれずに敷地内を歩けますし、仕掛けを施すこともできます。」
「悪意のない‥人でないモノ?」
「そう。そのモノ自体には、本家に仇をなすつもりは毛頭ない。信頼している人間ないしはモノに言いつけられて陣を描き、呪符を貼った。恐らく‥自分にね。」
「自分‥‥って?」
真実だけでなく、鳥島も誠もちんぷんかんぷんのようだ。ひっそり黙っている白崎とやらだけは、やけに悲しそうな顔をしている。
「あの敷地内には鏡の精霊がいました。四宮の、恐らく当主に仕えるモノとして存在していた精霊でしょう。彼女は昨年の夏以来はぐれていた主人に、今年の春に久しぶりに再会した。その後自分ではよく解らないままに内通者の役割をさせられていたんです。」
「ちょっと待って。なぜ‥知っているんです? 本家に鏡の精霊がいたって。」
「春の事件で本家に立ち入らせてもらった時に‥会ってるから。ね、健吾?」
はい、とうなずいた白崎はますます悲しげな顔になった。
では堂上玲と白崎健吾はあの事件に関与していたのか。しかし彼らの名は警察の記録にも鳥島から聞いた話にも一切出てこなかった。
「じゃあ‥。その鏡の精霊が誰かに瞞されて、あの騒ぎを起こしたと?」
「ぼくらの現実では、それが真相だと思ってます。警察の方とはちょっと違うでしょうけど。」
堂上は再びシャンパンを口にする。
「問題なのは‥無邪気な精霊に自爆テロをさせたのは誰か、ですよね? まずは精霊が見える存在でなければいけない。専門家の話では、精霊というのは仕えている主人にしか見えないそうなんです。霊能力者であっても通常は見えない。ただし四宮に仕える精霊は、精霊遣いとして四宮から力を授かった者には見えます。つまり人では主人と磯貝要くんにしか見えないんです。でも要くんは犯人ではありえない。」
「‥‥自分の腕を失っているからですか?」
誠の視線に、堂上はにこっと微笑んで明確に否定した。
「いいえ。四宮の精霊遣いは意識的にせよ無意識にせよ、本家に敵対する行為を精霊にさせると人としての命を失うそうです。彼は生きているでしょう?」
さすがに誠は青ざめた。
「それは‥‥要は知っているのでしょうか?」
「どうでしょうか? なぜぼくが知っているかは‥こみいった話になっちゃうので、要くんに今度会う機会があったら直接説明します。」
「では‥堂上さんは誰の仕業だと思ってるのかしら‥?」
思わず疑問が口をつく。
「十五日の事件で言えば、鏡の精霊にテロを命じたのは主人になりすました人間か、または人でないモノでしょうね。人でないモノならば精霊が見えますから。‥と。もう一つ可能性があるか。」
「もう一つ?」
「ええ。精霊の主人だった前当主の亡霊です。亡霊が直接指揮を執ってたりして。」
荒唐無稽な話だ。他の場所で聞いたなら、一笑に付しただろうと真実は思った。
それにしてもこの男は、あらかた事件の構図を組み立て終わっているらしいが、調書に書けない内容をわざわざ警察官に聞かせる理由は何だろう?
「春の事件に関しては、理由はあとでご説明しますが真宮寺は捨て駒だったと思うんです。真宮寺の名前と傀儡の術。彼が南家と組んで本家に謀反を起こした。それで一件落着と誰もが思ったのですけど、恐らくは黒幕がいたんでしょうね。‥今度の禁術は怨霊召喚術だそうですから、黒幕の前にまず探すべきは召喚師でしょうか? 精霊を操ったのが物の怪でも亡霊でも、召喚した人間がいるはずですしね。」
堂上玲はすっかり黙りこくってしまった面々を、微笑んで見渡した。
「ここまでが前段階なんですけど‥。まずは食事にしましょう。デザートの前にもう一度、この先をお話ししたいので、よろしく。」
そう言うと彼はいったん席を立った。レストラン側に指示を出すためらしい。白崎がすっと会釈してついていく。
ドアが閉まると、誠は鳥島にさっそく訊ねた。
「鳥島さんは‥彼の話を信じますか?」
「まあ‥彼とはいろいろと一緒に体験していますんでね。今の話は俺も初耳なのでまだのみこめない部分もあるけど、基本的には信じてるかな。」
「体験て‥人ではないモノと会ったことがあるんですか‥?」
鳥島は不思議そうに誠を見た。
「磯貝刑事は四宮出身でしょう? むしろ‥ないんですか?」
「ぼくには霊力はないんで。四宮の力は女系なんですよ。男には出ないんです。要は特殊例。ずっと昔に男でも霊力を持った人が分家にいたそうですけど、破門されたって聞いてますし、男は四宮ではクズ扱いなんですよ。」
鳥島はああ、と心あたりがあるような顔でうなずいた。
「見えないから信じられない、ですか‥。ま、それは仕方ない。それに警察の調書にはとても書けない話だしね。」
でも、と真実は二人の会話に割って入った。
「さっきの‥四宮本家の内部分裂を狙って小細工するって話は現実にありそう。彼の言うとおりにできすぎた証拠が出てきてそれが捏造だと証明できれば、その他の話も信憑性が出てくるわね。ほんものの亡霊って可能性は冗談だとしても、召喚師とやらを探せばいいわけで、そいつは人間なんでしょ? 十分逮捕できるじゃない。」
「逮捕したって法的に罪が証明できなきゃ話になりませんよ。」
「やりようはあるのよ。そもそもわたしたちのいる、特殊能力捜査課ってのが眉唾なんだから、結果的に確信が持てればどうともなるわ。‥記録してないわね?」
誠はあからさまに情けない表情を浮かべ、溜息をついた。
「してませんよ。‥‥つまり鳥島さん。うちの上司はノリノリです。」
「上司じゃないわよ。同僚。‥‥ちなみにここのお支払いは、『アスカ探偵事務所』さんのお支払い? だとするとわたしたち、自分で払わなきゃならないけど。」
鳥島は微笑をかみ殺した。
「たぶん堂上のおごりでしょう。この店のオーナーだから。」
「オーナーって‥。堂上さんて、いくつ? ずいぶん若く見えるけど。」
「それは許可がないと喋れないな。」
「そう。でもそれなら安心しておごってもらえるわね、よかった。公務員の薄給じゃ、こんな贅沢なコースランチ無理だもの。」
テーブルにセッティングされたメニューカードを手に、真実はいちばんの懸念が解消されてほっと頬を緩めた。財布のキャッシュは心許ないし、今月のカードの支払いは自分で決めている限度額を既にオーバーしている。
そこへ堂上と白崎が戻ってきた。続いて料理の載ったワゴンが運ばれてくる。
ウェイターが給仕をしながら、料理の説明を始める。こんな食事はめったにできないので、こころゆくまで堪能させてもらうことにした。
前言どおりデザートとコーヒーが運ばれてきたところで、堂上は話を再開した。
彼の推測では、禁術の詳細な解説書が存在しているのではないかと言う。
「専門家の話では、傀儡師事件もそうだったけれども、自分自身の霊力じゃなくて他人の霊力や封印された物の怪の妖力なんかを、巧みに利用している点が特色だそうなんです。極端に言うと、精確な知識さえあれば霊力を持たない一般人でも、術を組み合わせることでレベル五の能力者並みの結果を期待できる、とか‥。でも春の事件で本家に捕縛された能力者たちの中には、真宮寺森彦を含め、高度で緻密な方法を編み出せるような頭脳の持ち主は見当たらなかった。背後についている黒幕または召喚師が自分で考案したのか、それとも誰かが長年に渡って研究した結果をパクったのか。‥ぼくは後者だと思うんですよ。」
誠が目を上げた。
「なぜです?」
「春の事件は傀儡の術がやっかいだっただけで、計画自体は非常に大雑把でした。南家が自分で考えたのだとしても、黒幕さんならうなずくくらいはしたはずでしょ? どうも印象がねえ‥‥かみ合わないんですよ。技の完成度と計画のずさんさがね。」
「ふうん‥。十五日の陽動はどうです?」
誠の言葉に、堂上はやや皮肉な笑みを返した。
「あれは‥‥警察庁さんの依頼によるイベントじゃないんですか?」
誠は真実のほうへ視線を向けてきた。
真実はちょうど、シャーベットの最後のひと口を口に入れたところだった。
「なぜそう思うのかしら?」
「イベントに呼応して行動っぽいものを起こしたのは、警察庁さんだけだと聞いたので。その場に会していた百人以上の能力者は誰も動かなかったそうです。」
真実は失笑した。
「‥ん。確かに小橋審議官の性格とよく合う、お茶目なイベントっぽいですね。とりあえず騒ぎを起こしたものの詰めきれないという感じ?」
堂上はくすくすと笑い、手をつけていない自分の皿と空っぽの皿を取り替えてくれた。
「審議官の狙いは四宮潰しのようですけど。潰したい理由は何ですかね?」
遠慮なくふた皿めのデザートを口に運びながら、真実は微笑み返した。
「利権でしょうね。ちなみに『御霊の会』教団の捜査に圧力をかけたのは、鳥島さんの推測どおり小橋審議官ですよ。わたしが直接打ち切れと命令されたので、これ以上確かな話はありません。教団だけでなく坂上や『メルサ』とも繋がっていると思いますね。鳥島さんの提供してくれた名簿にあった名前は、七割方小橋と癒着がある連中ですから。」
「やはりそうですか‥。」
「逆にあなた方が小橋を追いこむつもりなら非公式に協力しますよ。彼はまんべんなく上層部へ賄賂を配っていますので、警察ではどうせ裁けないんです。」
桂崎さん、と誠が吐息まじりにつぶやいた。
ナプキンで口もとを拭い、コーヒーをすする。
「磯貝くんもいただいたら? シャーベット、溶けちゃうわよ。鳥島さんも白崎さんももう召し上がったようよ。」
「‥‥甘いの苦手なんです。よかったらさしあげましょうか?」
遠慮なくもらうことにする。
「こちらのお料理、とても美味しいですね。特にこのデザートは最高。」
どうも、と堂上は微笑む。
「皆さんも同意なさるでしょ? ‥鳥島さんも白崎さんも、一瞬で召し上がったようだから。まるでそこに誰かいるみたいに‥。」
白崎の顔色が微妙に白くなった。真実はにこやかに続ける。
「いるのだとしても驚かないけれど‥。先ほどからのお話を伺っていると、そんな気になります。デザート二皿ぺろり、ということは‥‥さしずめティンカーベルみたいな可愛い女の子かしら? このお部屋の空気に合うような。」
堂上は面白そうに微笑んだ。
「お気に召したようでしたら、いつでもご招待させていただきますよ。」
「それは嬉しいお申し出ね。利益供与だと疑われない程度にお願いしたいわ。‥脇にそれちゃったわね、どうぞお話を続けて。」
誠は眼鏡をずり上げ、話を戻した。
「はいはい‥。えっと、禁術解説書みたいのがあるんじゃないかってことでしたね。」
「そう‥。というか、実はあるんだそうです。ニュースソースは人ではないので明かせないのですけどね。」
「人ではない‥?」
「‥‥ま、事実だけを話せば、四宮本家にあるべき禁術に関する文書、資料、術具などの一切が、本家消失の一年ほど前から、前当主史氏の手によって『御霊の会』教団本部に移管されていたってことです。」
堂上玲は言葉を選びつつ簡潔に、教祖葛城真生は既に死亡していて四宮史がなりすましていたこと、その件に坂上と『メルサ』が関与していたこと、更に白田という男の介在があったことなどを説明してくれた。
これだけ関わっているのに彼は四宮の人間でも能力者でもないと言う。だが確かに四宮と共通の敵に狙われる理由はいくらでもありそうだ。
「証言によれば『メルサ』のオーナーの正体は、坂上久志の二役です。裏付けはまだですが‥。それから現在教祖になりすましているモノがいます。」
「‥‥モノ?」
鳥島と誠が再び同時に声を上げた。
堂上は冷たくさえ見える無表情で、小さくうなずく。
「急いで昨夜、確認しました。証言者の推測どおり、あれは‥‥人形です。」
「人形‥ですって?」
真実は思わず高い声を出してしまった。
ちらりとこちらを見て、堂上は話を続けた。
「人形なんです。もともとは四宮本家に恨みを持っている呪い人形で、本家にある間は強力に封じられていたモノです。四宮史の死後、愚かな術者が封印を解きました。そして契約を交わし、妖力を手にした。」
「‥愚かな術者。それが食事の前に話していた召喚師ですか。」
誠の声は少し上ずっている。当然だろう。
「ええ。例のオカルト系サークル『MITAMA』で四宮史を名のっている人間です。恐らく彼は‥自分が人形に操られているとは思っていないのでしょう。」
「人形に操られる?」
「呪い人形は人の魂を欲しがっているので、契約した人間たちに妖力を与えると見せかけて傀儡にするのが目的だとか‥。黒幕は人形なんです。真宮寺も南家もこの人形に操られ、その結果四宮孝彦は魂を喰われて死に、真宮寺森彦は命一つだけかろうじて残った。」
コーヒーを優雅にすすって、堂上は足を組み直した。
「‥術者は放っておいてもいずれ人形に魂を喰われて破滅します。ですけどそれまでに犠牲者が増えるのは望ましくないですし、最初にご説明したようにぼく個人も狙われているので、手っ取り早く解決したいわけです。で‥‥磯貝刑事にお訊きします。四宮史を名のっている人間は誰なんですか?」
堂上玲は琥珀色の瞳をきらりと光らせて誠をじっと見た。真実も鳥島もつられて誠を注視する。白崎健吾だけがうつむいていた。
下を向いて熱心にメモを取っていた誠は、ふうっと大きく息をついて顔を上げた。
「ぼくが知っていると‥なぜ思うんですか?」
「あなたが小橋審議官を個人的に探っているようだと鳥島さんに伺ったので。術師は小橋審議官とかなり親しい人間のはずです。恐らくは四宮史の存命中から行動をともにしていた人物。むしろ四宮史と小橋を繋いだ人物なんじゃないかな?」
「その推測の‥根拠は?」
堂上は肩を竦めた。
「単純です。調べた限りでは小橋一也は金以外信用しないタイプだ。なのにその人間のことは無条件に信用して、一切を任せて口をはさんでいる様子はない。つまり彼はそもそも初めに金のなる木を小橋に与えた人物なんだと推測できます。」
「金のなる木‥? 教団のことですか。」
「ええ。そしてたぶん‥磯貝刑事なら直感的に理解できるでしょうが、四宮史と同様に四宮の女性と霊力に対する一種の反感を感じる立場にあったんでしょうね。だから教団を掌握しただけでは物足りなくて、四宮本家を狙っているんです。」
誠はすうっと青ざめつつも、まだ堂上の話をメモに取っている。
「つまりぼくの探している人物は、それほどレベルの高くない能力者で四宮史と親しい関係にあり、小橋一也とも密接な関係を築ける立場にある人物、と言うことになります。‥‥どうですか、心あたりはありませんか?」
眼鏡をそっとずり上げて、うつむいたまま誠は逡巡している。
真実はたまりかねて、つい言葉を発した。
「磯貝くん‥。まさか、あなたのことなの‥?」
桂崎さん、と誠の唇が小さく動いた。




