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短編集(実験的作品中心)

悪役令嬢は婚約破棄のお詫びとして渡された魔法の皿が生み出す料理にあっさりと陥落し、ハーレムに組み込まれました(旧)

「お詫びの品が、こんな皿一つですって? 私も甘く見られたものですわ」


 私はシャンデリア輝く大きなダイニングルームで激しく憤っていました。

 

 先日ようやくこぎつけた王太子様との婚約を白紙に戻すという通知が王家から届けられたのは先ほどのこと。そして、そのお詫びの品として届けられたのはたった一枚の皿だけだったのです。



―――――



 私、リリアンヌは、公爵家の一人娘として、これまで何不自由のない生活を謳歌してまいりました。

 当主であるお父様にお願いすれば、溢れるほどの財力と権力が私の意のままになります。 

 しかし、この国で最高の美貌と才覚を兼ね備える私の力を発揮するためには、公爵家の一令嬢程度の地位と権力ではまだまだ役不足です。


 そう、私に似合うのは、この国の最高の地位と権力を得られるポジション ―― 『王妃』なのです。


 将来の王妃となるために必要なこと、それは『王太子様の心を射止めること』に他なりません。私は、公爵家の令嬢としての地位と力を存分に生かし、王太子様の心を射止めるべく最大の努力を続けてまいりました。

 

 王太子様にふさわしい女性となるため、教養、美貌、そしてスポーツと、自分を磨く努力は怠りませんでした。

 そして、社交の場では王太子様に積極的にアピールです。ただ、あまり前に出てアピールしすぎるとかえって惹かれることがございますから、この辺りは上手に駆け引きというところです。時間をかけてじっくりと王太子様の気持ちを捕まえてまいりました。


 もちろん、ライバルとなりそうな女性がいれば、情報を集め、王太子から遠ざける様々な策略も欠かしませんでした。そういえば、王太子に色目を使っていた男爵家の娘さん、最近姿をお見かけしませんが、どうなさったのかしら?まぁ、私には関係のないことですわね。


 閑話休題、私はありとあらゆる努力を続け、磨き上げた美貌と教養で王太子様をじっくりと籠絡し、ようやく王太子様の婚約にこぎつけることができました。

 王太子様にふさわしい女性というのはこの国を見渡しても私しかおりませんので、当然といえば当然のことです。


 しかし、その喜びもつかの間、先ほど届けられた通知により、これまでの私の努力が全くの無に帰することとなってしまいました。



―――――



「セバスチャン、本当にたったこれだけなのでして?」


 私は、小さなころから私に仕えている執事のセバスチャンに尋ねました。セバスチャンは表情を変えずに、私に報告を行います。


「はい、お嬢様。書面についても封蝋も王太子様の紋章であることを確認しております」


 チッ、あのボンボンめ、どうしてくれようか……。

 

 今回の婚約は、まだ内々の話として進められていた段階でした。

 王太子様の婚約となれば周りへの影響が大きいため、正式に発表する前に様々な調整が必要となります。

 特に今回は、王家と公爵家との間の婚約となります。他の公爵家や貴族たちからすれば決して面白い話ではございません。そのため、普段以上に慎重に『根回し』を行っているところでした。

 そのため、今の段階では、いったんは婚約を成立させた事実を表に出すことなく白紙に戻すことが出来ます。


 しかし、これは私にとっては好機ともいえます。

 

 内々とはいえ、王太子様と私は確かに婚約を結んだのです。それを一方的な通知によって破棄したという事実は、王太子様にとって決していい話とはなりません。

 そして人とはうわさ話が好きなもの。その話に『いたいけでひたむきな公爵家の令嬢を弄んで、一方的に婚約を破棄した』なんてエッセンスを付け加えれば、王太子様の風評はもちろん、王家の看板に少なからぬ傷が付くものです。


 本当のところ?それはあまり関係ありませんわ。だって、民というのは『面白い話』が好きなのですから。


 そういう意味では、今の私は有利なカードを手にしたも同然です。あとは、このカードの使い方を間違えずに有効に使って、『王太子妃』となる切符をもう一度この手に戻すだけです。


 私の思考は、早速どういった策略を取れるかということに向いておりました。そんな私の視界に、ふと先ほどの皿が目に入りました。


「そういえば、この皿ってただのお皿なのかしら? さすがに王家からの詫びの品がただの皿一枚ってことは考えづらいのだけど……」


 傍らに控えていたセバスチャンが私の質問に答えます。


「何でも、王家に伝わる、この世で一枚しかない魔法の皿というお話でした。詳しくは皿に添えた手紙の中にしたためてあるとのことです」


「ふーん、魔法の皿ねぇ……」


 私は、皿に添えられていた手紙を手に取り、目を通します。手紙には、“魔法の効力”がこのように書かれていました。


―― 持ち主が望むままに、世界中に二つとない、完璧な美味である料理が皿の上に現れる。


 私は思わず目を疑いました。

 皿の上に料理が現れる?いったいどういうことなのでしょう?

 私は半信半疑ながらも、とにかく一度試してみることにしました。


「ええと、食べたいものを紙にしたためて、クロッシュ(ドームカバー)をかぶせればいいのですわね」


 普段であればアフタヌーンティーを楽しんでいる時間です。

 モノは試しに紙に“甘いお菓子”としたためた私は、皿の上に載せてからクロッシュをかぶせました。

 そして、手紙にあるとおりに一分待ち、クロッシュを開きます。すると……


「わぁ、これは素晴らしいですわ!」


 何ということでしょう。先ほどまでただの一枚の紙しか置かれていなかった皿の上に、スコーンやケーキ、クッキーといった甘いお菓子がたくさん並んでいるではありませんか!

 皿の上のお菓子たちが放つ甘い香りは、早く食べて欲しいと私を誘惑しているようです。私はすぐにセバスチャンに銘じて紅茶を用意させ、取り分けさせます。


 私の前に並べられたのは、ストロベリーと思われる赤いジャムとクロテッドクリームが添えられたスコーン、フルーツたっぷりのタルトケーキ、そして中心にショコラ(チョコレート)クリームが塗られたクッキーです。

 どれから食べようか迷いながらも、私は最初にスコーンを手にします。


(うそっ!なにこれっ!こんなスコーン食べたことがないわっ!)


 表面はさくさくっと香ばしく焼き上げられている一方、中はほろほろと口の中で儚く崩れていくそれは驚くほどのおいしさでした。

 添えてあるクリームはどこまでも濃厚で、ストロベリーのジャムは酸味と甘みのバランスが抜群です。

 わが家で抱えている一流のシェフたちをもってしても、もしかしたらこの味を生み出すことはできないかもしれない……そう思わせるほどの味わいでした。


 スコーンがこれだけ美味しいとなると、他の2つも気になるところ。私は、紅茶を一口含んで舌を新しくしてから、タルトケーキに手を伸ばします。

 ストロベリー、ブルーベリー、アプリコット、そしてわが国ではめったに目にすることができない南国のフルーツであるキウイまでもふんだんに盛り付けられたそのタルトは、サクッと香ばしいタルト台とフルーツの下に敷き詰められたカスタードクリームがフルーツの甘みと酸味を受け止め、混然一体となった素晴らしい味わいを奏でています。

 タルトの上に載せられたフルーツはまるで今採ったばかりのような瑞々しさを保っており、それこそ“魔法”でも使わなければこうして一緒に味わうことはできないでしょう。


 最後のショコラクリーム入りのクッキーは、スコーンやケーキとは打って変わって大人の味わいです。甘さを抑えたクッキーに、ややほろ苦さを残したチョコレートクリームが絶妙にマッチし、紅茶にもよく合っています。

 濃厚な甘さのスコーンやフルーツの酸味が生かされたタルトケーキの合間にこのクッキーを食べると、フォークを止めることはできません。


「お嬢様、口元を失礼させていただきます」


 夢中になって三種のお菓子を食べ終えた私に、セバスチャンが声をかけてきました。どうやら夢中になって食べていたために、口元にクリームがついてしまっていたようです。

 私は、セバスチャンの手から慌ててハンカチを奪い取ると、口元を拭きました。そして、にっこりとほほ笑みながらセバスチャンにハンカチを返します。


「……私の見間違えだったようですね、失礼しました」


 セバスチャンはやっぱり私のことをよく分かっております。優秀な執事です。


 それはさておき、この皿の“魔法”の威力に私は感服しました。

 スコーンもタルトもクッキーも特別珍しいものではありません。しかし、そのどれもが今までに味わったことのない物ばかりなのです。

 特に驚かされたのはタルトに載っていたフルーツ。まさに摘みたてとしか思えないほどの新鮮な味わいでした。 

 どれだけ急がせたとしても調理にするために運ぶ時間がかかってしまうことを考えると、どんなシェフであってもこのような形でフルーツを使ったタルトを作ることは不可能でしょう。

 まさに“魔法の味”です。 


「……今晩の料理の準備、中止させて」


 私はもっとこの“魔法の味”を試してみたくなりました。既に我が家で抱えているシェフたちが私のために夕食を準備しているはずですが、そんなことは知ったことではありません。


「かしこまりました。では、そのように申し付けます」


 セバスチャンは一礼をして、私の指示を伝えにキッチンへと向かっていきました。



―――――


 

 それからというもの、私の食事は全て“魔法の皿”から生まれるものとなりました。


 朝食としてサンドイッチを頼めば、特上の小麦で作ったと思われる真っ白でふわふわの白パンに瑞々しい野菜や最高級の生ハムを挟んだものがでてきました。

 昼食に変わったものが食べたいと“異国のスープ”としたためてみますと、出てきたのは壺に入ったスープ。こちらもこの世の中の旨みという旨みが凝縮されたようなとても深みのある美味しさでした。


 ある日の夕食に頼んだ肉料理は、ぱっと見ると生のままとも思えるような四角いピンク色の肉の塊。しかし、決して生の肉ではありませんでした。

 それは、ローストビーフの中でも一番おいしい中心部分だけを取り出したものだったのです。

 

 後からセバスチャンに話をきけば、おそらくは大きな牛肉の塊、もしかすると丸ごと一頭をじっくりとローストし、ゆっくり火が通された牛肉の一番中心部分のみを取り出したとのこと。なんと贅沢なのでしょう。

 公爵家、いや、王家といえどもそう簡単には手に入れることができない料理ばかり。それが、この“魔法の皿”であればいつでも堪能できるのです。

 三日と立たずに、私はすっかりこの“魔法の皿”の虜になっていました。


 そして、1週間ほどたったある日、私はいつものように朝食の席についていました。目の前には、魔法の皿、そしてクロッシェが置かれています。


 (今朝は何にしましょうか……そうですね、今日は卵料理をメインとした軽食を頼んでみましょうか)


 私は、慣れた仕草で朝食に食べたいものを紙にしたためます。そして、紙を皿の上に置いてクロッシェを一分ほど待ったのち、クロッシェを開きます。


 そこには、今日も絶品の朝食が……ありません。皿の上には、朝食のオーダーをしたためた紙が置かれたままでした。

 私としたことが気を急いてしまったのかもしれません。私はコホンと一つ咳払いをしてから、もう一度紙を皿の上に置き、慎重にクロッシェをかぶせます。


 そして一分より少し多めに数え、 クロッシェを開きます。さぁ、これで待望の朝食が……出てきておりませんでした。

 その後も何度も繰り返しましたが、いっこうに朝食は出てきません。何か手違いがないかセバスチャンにも確認をしてもらいましたが、首を横に振るばかりです。


 そうこうしている間にどんどんと空腹が押し寄せてきます。我慢できない私は、急いで朝食を作るよう指示を飛ばしました。

 朝食はすぐに用意され、私はすぐに料理を口に運びます。しかし、どの料理も二口目に進むことはありませんでした。なぜなら、全ての料理に違和感があり、“美味しい”と感じることが全く出来なかったのです。


 最初は、料理人たちの腕が落ちたのか、それとも私に対する不服から手を抜いたのかと思いました。

 しかし、以前から我が家仕えているお抱えの料理人たちですから腕は確かなはずです。セバスチャンに毒味をさせましたが、その答えは、普段通り変わらない美味です、との一言でした。


 味付けの僅かなズレ、香りの不協和音、食感の心地悪さ……以前では気にならなかったであろうほんの些細なことでも、何倍も何十倍にも気持ち悪く感じてしまいました。 

 そう、私の舌はこの短期間のうちに“魔法の皿”が生み出す完璧な味に馴らされ、この国の第一線級の料理人が作る料理ですら違和感を覚えるようになってしまっていたのです。


 もちろん毒などが入っているわけではありませんから、無理やり呑み込めば食べられるかもしれないでしょう。

 しかし、そこに食の楽しみは全くありません。むしろ、これから毎食食べるたびに大変大きな苦痛を味合わなければならなくなります。

 その事実に思い至った私は、身体の震えを止めることができませんでした。



―――――



 その後、私はすぐに馬車を用意させると、飛び出すように出立しました。向かう先はもちろん王太子様の屋敷です。

 とにかく王太子様を問いたださなければ……私の心は逸るばかりでした。


 ほどなくして王太子様の屋敷へと到着した私は、応接間へと通されました。しばらく待たされた後、従者を連れた王太子様がやってきます。

 私は、席を立って王太子様に礼をとります。


「王太子様にはご機嫌麗しくですわ。さて、早速で申し訳ございませんが、お伺いしたことがございますの」


 私の生涯の伴侶に相応しい長身で眉目秀麗な王太子様は、どかっと椅子に腰をかけると足を組んで切れ長の目から鋭い視線を私に向けて放ちます。


「ふむ、先日の婚約破棄の件か?構わん。何なりと申せ」


「いえ、婚約破棄の件のことよりも、お伺いしたいのはそのお詫びの品としていただいたこちらの皿のことですわ」


 そう言って、私は持参した“魔法の皿”を包みから取り出します。その皿を一瞥した王太子様は、表情を変えずに話を続けます。


「ああ、この皿か。どうだ?この世のものとは思えないほど旨い飯が楽しめただろう?」


「え、ええ。実に堪能させていただきました。確かに素晴らしい、この世に類を見ないものでしたわ。でも……」


「でも、今はただの皿になってしまった。その理由を尋ねに来たのであろう?」


 私の言葉を遮り、王太子様がニヤリと口角を持ち上げながら言いました。その言葉に、私は思わずドキッとなってしまいました。王太子様は、なぜそのことをご存じなのでしょうか?

 混乱している私の様子をよそに、王太子様は言葉を重ねます。


「なぁに、それはきっと思いが足りなかっただけであろう。ほら、この場でもう一度試してみるがいい。真剣に願えば、あと一度ぐらいは完璧な料理が出てくるやもしれんぞ」


 王太子様は口元に笑みを浮かべたまま、私に紙と羽ペンを差し出します。

 私は、空腹に押されるがまま、その紙に今食べたいもの ―― 何でもいいから美味しい食事を、としたためて皿の上に載せ、クロッシェをかぶせます。


 静寂が場を支配した部屋の中、私も王太子様もじっと皿を見つめます。想像するだけで喉がゴクリとなりそうになりますが、この静寂の中では王太子様の耳にまで響いてしまいそうですので、それもままなりません。

 そして一分と少しが経ち、クロッシェが開けられると……その上には、先ほど載せた紙が一枚、クロッシェをかぶせる前と同じ姿で佇んでいました。


 あの美味はもう二度と味わえないのか……がっくりと力を落とした私に、王太子様が声をかけてきます。


「まぁ、そう力を落とすでない。ほら、良い物を見せてやろうではないか」


「良い物……です……?」


 力なく答える私の目の前で、王太子はもう一度クロッシュをかぶせ、何やら祈りを捧げます。

 しばらく待ってからクロッシェを開けると……、なんということでしょう。その上には豪華絢爛な料理が山のように積まれているではありませんか!


 目の前の光景が信じられず、私は目をパチクリとさせながら王太子様と皿の上を見比べるようにして交互に視線を動かします。

 

「すぐにカトラリーを用意させよう。遠慮なく食べるがいい」


 王太子様は傍らに控えていた部下に命じて、カトラリーを運ばせます。


 何か裏があるに違いない……そう感じた私でしたが、ここまで我慢を続けてきた強烈な空腹と、“ご馳走”を目の当たりにして激しく書きたてられる食欲に勝つことはできませんでした。

 普段気遣っているテーブルマナーも無視して、むさぼりつくよう料理へと食らいついてしまいます。


「なかなか良い姿だな、リリアンナ」


 王太子様は椅子にもたれ掛かりながら、高みの見物をするかのように私を見下ろします。家族はもちろん、今まで誰ひとりとしてそのような態度を私に向けたことはありません。

 屈辱的な気持ちが私の中に溢れてきます。

 しかし、一度火がついてしまった食欲は止めることはできません。私の手は、もはや私自身の意思を離れたかのように、料理を口へと運んでいました。


「さて、こんな時に言うのも何だが……。リリアンナ、私はお前のことを認めていないわけではない。いや、むしろお前のような強気で美しく才覚のある女が傍らにいれば、国を導く上でこの上なく力になってもらえるといっても良い」


 王太子様は、なぜ今そのような話を始めたのでしょう。私はスープを啜りながら黙って話を聞きます。


「しかし、その強気な性格は少々行き過ぎなところがあるのも否めない。もしあのまま我が伴侶としていれば、恐らくお前はいずれ私自身にも牙を向けることであろう」


「そ、そんなことは……」


 直飲みしていたスープカップから口元を離し、私はやっとの思いで声を絞り出します。

 しかし、王太子様はわれ関せずといった様子で話を続けました。


「それに、あの男爵の娘に対してしようとした仕打ち、あれは少々やり過ぎだ。さすがの私とて、庇い立てするにも限度がある。そのような傷を隠し持つものを身近に置くことはいささか難しいぞ」


 確かに私は、王太子様に色目を使っていた男爵の娘をかどわかし激しく痛めつけるようそれとなく命じていました。しかし、その事実は露見し、王太子様の耳に入ってしまっていたようです。

 私は、スープカップの次に手にした鶏モモ肉のローストにかじりつきながら、無意識に歯をギシギシと鳴らしていました。


「どうせお前のことだ、その後の結末は興味なく聞いていなかったのであろう。幸い、娘は間一髪のところで私の部下たちが救いだし、事なきを得た。今は私の別宮にて庇護している。お前とは違い物静かで控えめな性格の娘ではあるが、あれはあれでなかなかにかわいい奴だな」


 王太子様は再びニヤリとした笑みを浮かべ、私の心を見透かすような目線で見下ろします。私は、ケーキを素手でつかみ、次々へ口に頬張りながらもなんとか反論をします。


「し、しかし、どこにも証拠はありませんわ。そ、それに、私は王太子様から婚約を破棄された身、私と関わりを持たなければその御身に傷つくことはございませんわ」


「ふむ、まだ理解できていないようだな……。確かに私はお前との婚約を破棄した、しかし、お前自身のことは認めていると先ほど告げたばかりだぞ?」


 いったいどういうことなのでしょうか? 私はようやく満たされ、落ち着いてきたお腹をさすりながら、王太子様の言葉の続きを待ちます。


「お前を我が手に納めたいのは、嘘偽りのない本心のままの言葉だ。しかし、今までのままのお前では、私に御されることを拒み、勝手に動き回るであろう。だから、お前が私の下から(・・・・・)離れられなく(・・・・・・)なるよう、少々仕掛けをさせてもらった。それがコレだ」


 王太子が指さしたのはすっかり空になった“魔法の皿”でした。私は、思わず皿を見つめます。


「よく思い出してみるがいい。私が添えた手紙には、この皿の使い方について何と説明が書かれていたのだ?」


「え、ええ。持ち主が望むままに、世界中に二つと無い、完璧な美味である料理が皿の上に現れるとありました。だから、私が望むままに、料理が出てきたのではありませんか?」


 ようやく落ち着きを取り戻した私は、王太子様に反論します。しかし、王太子様は眉一つ動かさず、冷酷に言葉を続けました。


「さて、では、この皿はいったいどうやってお前のことを『持ち主』と認めたのであろうな?」


 その言葉に、私の背筋がぞぞっとざわめき立ちました。

 全てが頭の中で繋がり始めます。しかし、現実を認めたくない私の心が、なんとか逃れようとする言葉を紡ぎだします。


「し、しかし、実際にこの一週間は、確かに私の望むままに料理が出てきたのですっ」


「そうであろうよ、『持ち主』たる私がそう命じていたのだからな」


 王太子様が言い放った言葉は、全ての事実を繋げるものでした。

 私は、ようやく全てのことを理解しました。王太子様は、この“魔法の皿”がもたらす全ての作用を正確に理解したうえで、あえてこの皿を私に使わせたのです。そう、私がこの“魔法の皿”に堕ちることを見越して……。

 

 しかし、それを理解したところで、時すでに遅しです。もはや“魔法の皿の持ち主”である王太子様に逆らえない身に堕ちてしまったことを理解した私は、手で顔を覆い、大粒の涙をこぼしてしまいました。


「ようやく理解したようだな……さて、この皿、私としてはお前に自由に使わせてやっても構わんのだが?」


 その言葉に、私は反射的にぱっと顔を上げてしまいました。しかし、そこにあったのは、私の何枚も上手をいく、王太子様の悪魔のような笑みでした。


「わかっているな……私の横ではない、私の下で、だ。私の下で、私のためにのみ、その美貌と才覚を生かすのであれば、その間は、その“魔法の皿”を自由に使うことを許してやろう。しかし……あとは分かるな?」


 呪いのような言葉です。その言葉に逆らえば、二度と私は“食の喜び”を味わうことができなくなるのです。

 しかし、私はこの言葉を甘んじて受けざるをえませんでした。もはや私は、“食”という見えない鎖でがんじがらめに縛られてしまっていたのです。


「はい……、では、私、リリアンナは、王太子様にこの身を全て捧げます」


 王太子様は満足そうにこくりと頷き、話を続けました。


「では、早速別宮に居室を用意させよう。あそこであれば、お前と同じぐらいの娘たちが住まっているから寂しくはないだろう」

 

 私はギリッと歯ぎしりをしてしまいました。このような形で屈服させられることがあるなど、思いもよらなかったのです。そんな私の心を知ってか知らずか、王太子様が思い出したかのように言葉を重ねます。


「そうそう、男爵の娘とも適当に仲良くやってくれればいいが……何なら、仲立ちをしてやってもいいぞ?」


 その言葉に、私は目を瞑りました。

 どこから歯車がくるってしまったのでしょうか?いえ、もしかしたら初めから、全てが王太子様の手の中の出来事に過ぎなかったのかもしれません。

 私の心の中で何かが崩れる音がしたような気がします。

 虚ろになった私の口から発せられた言葉は、ただ一言だけでした。


「すべては王太子様の御心のままに」


 最後までお読み頂きましてありがとうございました。


 この作品は、なろうで流行りのキーワードである「悪役令嬢」「婚約破棄」「ハーレム」という3つに、作者の基本キーワードである「食・グルメ」を加えた4つを掛け合わせると何が書けるだろう……というところからスタートした、実験的なネタ作品です。

 最初思い描いていた話よりずいぶん遠いところに着地した気がしますが……(汗

 とりあえず、タイトルが長いというツッコミは無しの方向でお願いします(笑)


 ご堪能いただけましたら、ブックマーク、評価、感想などをお寄せいただきますと今後の励みとなります。多くの皆様からご声援を頂けましたら幸いです。


 なお、マイページには、連載中の『異世界駅舎の喫茶店』をはじめ、他の短編作品も掲載しておりますので、こちらも合わせてご愛読いただけましたら大変幸いです。

 それでは、これからもご愛読ご声援いただけますようよろしくお願い申し上げます。


※2015.10.21追記

リリアンナのイラストです。

鶏モモローストを齧り付いている時はこんな感じでした(笑)


挿絵(By みてみん)



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連載中作品:『異世界駅舎の喫茶店』 (なろうランキング入り作品です!)

他の短編作品は短編集からご覧ください。
― 新着の感想 ―
[一言] サイトで紹介されてて見に来ました。 正直悪役令嬢かー、と思ってましたが今はこの作品に出会えたことが幸せです。 人間欲望って怖いですね。 それまで年齢以上に完璧だった子があっさり陥落しちゃう…
[良い点] タイトルから受けるコミカルな印象に反し、なんとなく文体と、令嬢がどんどん豚のように下品になっていくのがホラーじみており、グリム童話のようなアヤシイ魅力のある傑作になっていました。 [気にな…
[良い点] 有能だけど面倒な公爵家の悪役令嬢を、排除するのではなく、ハーレムの一員として取り込むという点。 公爵令嬢という時点で十分過ぎるほど面倒なだけに、この選択はなんか感心しました。 [気になる点…
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