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7/10の追記分は「*」マークからです。
「それは……もちろん、かまいませんが。いいのですか? あなたの望みを叶えることは別に一度だけというわけではありませんし、ほかになんでもおっしゃってください。家事なども一通りこなせます。ある程度なら勉学のお手伝いもできます」
なんだと。何回もお願いしていいということはなにか裏があるんじゃないの? 契約が終わったら命をもらいますとか……嫌です。
そのことを確認してみると、人形たちが「とき」が来て帰ってしまうときも、そういうことはないらしい。何回も願いごとを聞いてくれるというのはできることが限られているからで、できることというのはどうやらお手伝いさんのような仕事をしてくれるらしい。
家事が苦手なあたしにとってはそれだけでもすごくありがたいことだった。特に料理。意外なことに女の子はとても料理が得意らしかった。
「美しさは外見だけじゃないのよねぇ」とのことだ。きみは天は二物を持った人だったのかぁ。
そして気になる(?)食費は、人間の状態のときは食べなくてはいけないが、人形に戻ったときは食べなくてもいいので家事が終わったら元に戻っていますと男の子が言った。そこまで気にしなくてもいいんだけどな。父から振り込まれているお金で困ったことはなかった。
そしてそこまでの話を聞いていたときだった。
「……ああ、しまった……」
頭を抱えてつぶやいた男の子にどうしたのか聞いてみると、ここまで話していて自分たちが自己紹介していないことに気付いたということだった。たしかに名前がわからないから男の子とか女の子とか心の中で呼んでたわ。
それぞれ、男の子は紺碧の人形、女の子は真紅の人形と呼ばれていたということを教えてくれた。人形封じから解放した主人であるあたしに名前を付けてほしいらしい。
女の子は「真紅でいいわよ。名は体を表すと言うし、真紅って字面もきれいだし、私のためのような名前だわ」とご機嫌に言っていたが、同じような漫画があったと教えると一瞬にして元気がなくなっていった。
なんかこの人って見た目はSっぽいのに、ボケかツッコミでいえばボケの方なのかぁ……。
そんなやり取りを見ていた男の子は明らかにホッとしていた。そりゃそうだよね、瞳の色から名前を付けたらコンペキくん、もしくはコンくんになってしまうんだから。
しかし名前を決めるなんてことを言われてすぐに思い付くはずもなく、あたしの自己紹介をすることにした。
「茜 凛。高校一年生で趣味はネット。苦手なことは家事、なのであなたたちが来てくれてとてもありがたいよ。頼りにしてます」
頼りにしてます、のとこで男の子が眉をキリリと上げて顔を引き締めていた。うれしかったのかな?
うーむ。名前、どうしよう……。
*
できれば今日決めておきたいところだ。どういう名前がいいのかと聞いてみたところ、女の子は自分の瞳の色にちなんだ色を入れてほしいとのこと。男の子の方は特にこだわりもなく主の意思で付けられるのであればどういう名前でもいいと言っていた。
急に名前を決めてと言われても思い付かなかったけど、そう、名前に色を組み込んだりするのだったらイメージが沸いてくる。
男の子は青系統、女の子は赤系統の色を表すフレーズを入れよう。そして気付いたんだけど、名前は洋風がいいんだろうか? てっきり漢字で考えていたけれど、金髪の二人に漢字の名前では合わないかもしれない。でも、人形であるならば洋風だろうが和風だろうが気にしなくてもいい気がする。
「ねぇ、名前ってカタカナと漢字、どっちがいい?」
「どちらでもいいけど、牡丹や椿なんてどう? 意外性があるわよね、こんなブロンドヘアーの美女が牡丹? 名前までもが美しいなんてー的な」
語り出したけど色の要素は? と思っていると、
「それは花の名前でしょう。色から名前を取ってほしいと言い出したのはあなたなのに、それでは混乱を招きますよ。意外性がある名前がいいのですか?」
彼が突っ込んだ。
まぁ、花の色が赤ってことでありかもしれないなと思ったけど、彼女は言われて気付いたかのように「あっ……」と声を上げて黙ってしまった。忘れてたんかいー!
「赤い宝石から取ってルビーなんてどう?」
「ありきたりねえ……アリアリアリアリありきたりねえ」
なにこの人、バグッたのかと思った。ありきたりだとは自分でも思ったけどさ。
「ルビーというのは悪くない名前だと思いますけどね」
「まぁ、本人ができるだけ気に入ってくれる名前にしてあげたいから、もうちょっと時間もらおうかな」
「そうですか。僕は特に色の要素を入れていただかなくてけっこうですよ。タカシとかヨシフミとか、そういった名前で問題ありません」
「いやいやいや……すごく馴染みづらいよ、その名前では。見た目が外国人風なのに」
そんな話をしていると、髪の色など変えられると彼女が言った。違和感があるなら髪の色は黒にでも茶にでもできるらしい。人形遊びでできることは一通りできるというのだ、つまり長さも自由自在。なんと服も同じで、始めに主から受け取ったものがあればそのものの形をいくらでも変えられるということだった。
ただ、自分たちの命とも言える宝石と同じ色――つまり瞳の色は変えられないとか。まぁ、見た目はいくらでも変えられるから名付けに気を使うことはないと言ってくれたのだ、おそらくは。
「ちょっと待ってて!」
私は二人に一声かけてその場から去った。
そして十五分後。
「二人の名前決めた。女の子のあなたはロゼ、男の子はシアンでどう?」
名前の由来はわかりやす過ぎるくらいだったので説明はいらないようだったけど、ロゼはバラの色。さっき牡丹だの椿だの言ってたし花の色からだったらけっこういいのではないだろうか。
シアンは瞳の色、そのままシアンっていうみたいだったから。呼びやすいし。音の感じから選んでしまったけど、本人たちが気に入ってくれるといいなー。
「いい名ですね。僕の名にまで色の意味を持たせてくださって……ありがとうございます」
「そうね、まずはお礼を言うわね。ありがとう、すてきな名前だわ。それでご主人様? 私たちはあなたをなんと呼べばいいの?」
「凜でいいよ。そのまま呼び捨てで」
あたしの一言にシアンは呼び捨てになどできないと言ったけど、もし人前に出ることになったときに変に目立ってしまうからやめてほしいと言うと、自分の中でそれはガマンできないことらしく、家の中では凜様と呼ばれることになった。様付けかぁ。
そんなわけで名前を決めるというイベントのあとは夕飯の準備である。
あたしは家事が得意でなく、それを任せられる人が家にいてくれることで大助かりなのだ。まずはロゼさんのお手並拝見といきましょうかねー。
ちょっと名前を呼ぶのが恥ずかしいけど、彼女に冷蔵庫にあるものでなにか作ってほしいとお願いしてみた。
ロゼは冷蔵庫の前で私に開けていいか確認するので、うなずいた。
ふんふん、と呟くとてきぱきと食材を取り出し始める。冷蔵庫の中にはそんなに食材は入ってないんだけど、もうなにを作るか思いついたんだろうか。じっと見てるとフライパンに油を引いたりネギを刻んでいて、手の動きが料理番組の先生みたいですごい。
シアンはテーブルを拭いたり食器の準備を手早く済ませると、お風呂を沸かすか聞いてきたのでお願いする。はーこりゃあ楽だぁ。