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麻のヒモのようなもので固く結ばれているそれを、もどかしくてこんがらがる指でほどいていく。ひゃああ、早くしないと目がスッキリとしてしまう!
ドン、ドンと跳ねるから結び目が解きにくくてしょうがない。
ドンッ!
早くしろと言わんばかりにひときわ大きく跳ね上がる糞な箱。動くからほどき辛いったらない。
「うるさいっ!!」
ゴ、ゴトッ……。
箱に思わず声を荒らげて一喝すると、まるで怒鳴られるとは思っていなくてショックを受けたのか黙ってしまった。
急かさないでよね、お前が黙ってれば早く開くんだよ。ああーん?
よし、ヒモがほどけた。
パカリ。
「おぉー……」
長い箱の中には縦に仕切りがされていて、その左右に人形が横向きに寝かせるように収められていた。
左にはゆるくウェーブがかった金色の髪をしている女の子の人形。右には同じ髪の色をした男の子の人形。
「かわいーじゃーん!」
どちらも目を閉じていたが美形な顔立ちをしているのがわかる。おまけに裸であり、人形でありながらもスタイルはとてもバランスがとれた人間のようで、変な人形っぽいデフォルメがないのだ。おまけに肩や手首の関節部分が目立たないようにできている。おばあさんが言っていたとおり、これはドールのコレクターの人からしたらいくらお金を積んでもほしいものなのではないだろうか。
洋人形ってちょっと怖いなって思ってたんだけどこれは違う。私の好みにピッタリの、リアルとアニメがちょうどよく馴染んだような、かわいいくてかっこいい二体の人形だ。
ほぇー、すごいー。こっちの男の子の人形とか乙女ゲーのキャラよりかっこいいじゃん。女の子の人形はネットでフィギュアとかよくできているのを見たことがあったけど、男の子のってあまり見たことがなかったな、探したらあるのかもしれないけど。
じろじろと人形を上から眺めていると、なにかが聞こえた気がした。
「……服を、くださいませんか」
ぎくりとして部屋の出入り口を見るが当然誰もいない。
というか気付いていた、箱から声が聞こえるって。
箱の中、仕切りの右側に寝かされていた少年の人形がしゃべったのだ。横向きだからなんかシュール。
「……喋った?」
「……はい。あまりに強く見つめられているために少々、羞恥心が……よろしければ上下、なにか身に付けるものをお貸しください」
「服って言われても人形用のなんてないよ」
「人用のもので大丈夫です、女性用でもかまいません」
女もの着るんかい!
たしかに中性的な顔立ちだから似合わなくもないと思うけど……スカートとか履くわけ?
……想像したらギャグっぽい。面白いけどやっぱりかわいそうだし、普通に男もの持ってこよう。というか女ものはともかくサイズは合わないのにどうするんだろう。くるまりたいのかな。
しばらく使われていない父の部屋に行き、タンスの中から男ものの白いシャツと黒い綿のズボンに……トランクスを出してみた。下着とか付けるのかな? どうせ白いシャツ一枚で体が全部隠れるから、いらないとは思うけど……上下と指定してきたからには大人ものの服を着ることができるなにかがあるんだろう。思うに魔法で服を自分のサイズに合わせてしまうのでは? だって箱が動いたということは体を動かせるんだし、体を動かせるということは魔法かなにかだろうし。もしそうだとしたらあたしの順応力すごいんじゃない? この状況を受け入れちゃってるんだもんなー。
そういえばもう一体人形があったし女ものの服も持っていこうと、自分の部屋から白いワンピースと下着を持ってくる。このワンピースは金髪の美少女が着たらサマになるだろうなぁ、麦藁帽子とか被ってさ。子供のとき人形遊びでスカートめくってパンツ見たっけなー。高校生になってからも人形の着せ替えするとは思わなかったけど。
「お待たせっ」
なにやら楽しいことが起こりそうな気がしたあたしは、ワクワクしながら居間に戻った。
「お手数をおかけしてすみません。ありがとうございます」
箱から出て待っているかと思ったけどそんなことはなく、いまだに仕切りに向かいあって横になったままの人形たちだ。
「箱から出てきていいよ」
「すみません、今の私には一人でここから出る力がありません」
「でもあんなに箱の中で跳ねてたよね?」
「いえ、それはで私はなく主に紅いほう……いえ。動くことは出来ても、人形封じの封印が僕たちの行動を阻害していて箱から出ることは叶わないのです」
「人形封じ? それって魔法?」
「厳密に言えば違うのですが、そうですね。そのようなものです。詳しくは後ほどお話しさせていただきますが……」
おばあさんを見たときから不思議なものは感じていたけど、まさかしゃべって動く人形なんて。すごいものをもらってしまったんだなぁ。
「つきましては」
「うん」
「箱から出してはいただけるとありがたく……」
「はーい」
仕切りからそっと手を差し込み、男の子のほうの人形を出来るだけ優しく掴んで箱から取り出した。見た目以上に重い気がする。
動けるんだし、と思って床に足から立たせようとするとそのままバタンと前のめりに倒れた。
「あれ? 立てない?」
「はい、このままでは。老婆から渡された碧いほうの石を私の胸に置いてください」
「ほーい」
あたしは男の子の背中を支えて仰向けにしてやると、点滅している青い宝石をつまんでそっと胸に押し当てた。
宝石は肌に触れた感触のあと、驚くことにすすすと男の子の胸に入ってしまった。
「ありがとうございます。……これでようやく解放されました」
閉じられていた彼の目がゆっくりと開く。
宝石と同じ色をしたそれに、あたしは目が離せなかった。