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「あたしのこと好きって言ったじゃないですかぁ……。なんでダメなんですか……」

「えーと、ごめん。好きか嫌いかと聞かれれば好き――としか言いようがなかった。嫌いじゃないって意味で」

「……」

「ごめん。ほんとに」


 あたしみたいなつまらないやつに優しく話しかけてくれた鷹尾先輩。

 名前に鷹が付いている、ちょっと強そうなイメージと違って怒っているところを見たことがない。先輩はいつも優しそうに微笑んでいて、一目で憧れてしまった。


 ついさっきのこと、委員会が終わったあと先輩に用事がありますと声をかけて裏庭で先輩を待った。

 ちょっと陽が落ちかけていていい雰囲気、思い出になりそうな。

 今日、告白するんだ。


 あたしは同じ学年の女子に嫌われていた。

 入学当初普通に接してくれていたクラスメイトの女の子たちは声をかけてくれることはなくなり、ヒソヒソとあたしを嘲る声が聞こえるようになった。元々自分から声をかけることもなかったし、こういうとこが嫌われる原因でもあったとわかっている。

 でもそれでよかった。あたしが一番大事なのは自分だったし変える気もない、なにがあってもいつまでもこのまま。


 そんなときにあたしを嫌っているであろうクラスメイトたちから押し付けられた委員会で先輩と出会った。

 かれこれ入学以来友達のいないあたしを気にかけてくれて、そこで引き出した先輩からの


「好きか嫌いかって、それは当然――うーん。好き……じゃないか、な?」


 というお言葉。

 好きって言いましたね先輩。あたしのこと好きって。言いましたね、先輩。


 んーフフ。わかってた。

 委員会で声かけてくれたのもあたしのことが気になっていたからでしょう。自分で自分の勘の鋭さに驚いてしまうわぁ。

 この件で自信を付けたあたしは次の日には告白する心の準備ができていた。早いって?

 だって好きって言われたらもう待ってはいられない。そうだよね、先輩。そんな女が好きだよね。


 やっと訪れそうな初恋。憧れから初恋への昇格戦と思っていたのに――結果は冒頭をご覧ください。なんなの?

 ちなみにあたしは、まずは付き合ってから恋心を育むのもいいかなと思っている派です。先輩の優しさとかっこよさに憧れてはいたけど、未だ恋心というものは知らず……。心までもが処女。

 告白のあとは一緒に駅前の喫茶店でケーキ食べながらお互いがどこを好きになったか、とかいつから気になっていたかとか話し合うつもりだったのに。結果は冒頭を――――なんなの?


「あの……?」

「……」

「ちょ、茜さん。聞こえてる?」

「……」


 目の前に、なんだか冴えない男がいた。

 誰だっけ。

 あたしは、なにをしてたんだっけ……あれ。あれ。あれ。

 本人に聞くしかない。


「誰? なに?」

「えっ」


 冴えない男はなんだか驚いた様子だった。私も驚いていた。

 だって気づいたら二人きりで学校の裏庭。なんかいい感じに夕焼け気味。


 もしやこの男……あたしに告白する気だった?

 全てがオレンジ色に染まったこのロケーションで告白したらOKもらえると思ったの? この男は。

 嫌だわー、雰囲気にのまれて受け入れるわけがないじゃない。

 ちょっと顔は優しげで甘くて好みだけど、この場面で呆然としている感じが自信なさげで責任感なさそう。妊娠しても僕の子じゃないとか言いそう。

 あたしは浮気とかしないと思ってるし、自分の子が疑われるなんて耐えられない。

 やはりこの男とは付き合えないと思った瞬間だった。


「ごめんなさい。それじゃあ」

「茜さん、ちょっと。どうしたの?」


 返事もせずに帰路へ付く私。裏庭からささっと校門を抜ける。

 よくわからない男だったなー、あいつ。好きとも言わずに呆然としててさぁ。とっとと告白すべきだったよね、トロくさい男って嫌だわ。


 あ、そうだ、駅前でクレープ買っていこっかな。

 ちょっと遠くなるけど、なんだか頭が疲れてるしそうしよう。お砂糖は頭にキクんだよ。


 駅前にやってきた。

 ペデストリアンデッキの反対側に出たところにあるクレープ屋さんは、この時間は混んでいるけど待っただけの味は保証されているのだ。

 あたしは駅の中に入り、人ごみの中を歩いていく。

 クレープの候補をいくつか頭の中で選んでいるときにグイと右腕が思いっきり引かれ、転びそうになる。


 なにが起きたの?

 驚きを隠せず振り返ると、あたしの腕を掴んでいたのはおばあさんだった。

 ロッカーとロッカーの間の引っ込んだ部分にいたおばあさんが、あたしの腕を力強く引っ張っていたのだ。


 しわしわの顔をして鼻が大きい魔女のような彼女は、でも不思議と背中は曲がっていなくてピンとしていて、暗い色をしたどこかの民族衣装のようなものを身にまとっているためか異質な空気を漂わせていた。心なしかお香のような匂いも。

 おばあさんは黒くて長い箱を三つ、二つは背負ってもう一つは左腕に抱えているけれど、何が入っているのだろう。でっかいなぁ。


「あんた、持っている人……だねぇ」

「はい?」


 モテる人?

 たしかに近所のおばさんには「かわいい」だの「べっぴんさんだ」だの言われるけど、モテるかと言われれば……はっ!


 そういえばあたし、さっき告白されたんだったね?

 いや、されてないけど、好きとは言われてないけど――されるはずだったのに。どこかがおかしくなって、あの男が……呆然としてて……。


「――……」

「おやおや、かなりキテらっしゃるね。いつもこんなんかい」

「――モテません。あたしはモテません。来てるってなんですか?」

「あんたが望むものをやるよ。こいつらもあんたがいいそうだ……家に帰ったらこの箱をお開け。一人でね。誰かに見られたら自分が人を殺したと思え、二人もだ」


 おばあさんは強引に腕に抱えていた箱を押し付けてきた。痛いくらいに。


「なんですかこれ? 買わないよ、お金持ってません」


 民族風のナントカとかいらないし押し付けられるのは嫌だ。


「バカたれ、子供から金なんか取るかいね。あとこれもやろう」


 おばあさんはあたしの制服のポケットに手を突っ込んでなにかを入れた。やめてよね、人のポケットに手を突っ込むなんて。

 なにをポケットに入れてくれたかと思えば、赤と青のきれいな色をした宝石? ガラス玉? を一つずつだった。きれい、好き。これは気に入った。


「きれいですねー、これ、ありがとうございます!」

「だろう、紅と碧の眼だ。褒めてもらってこいつらも喜んでるはずさ」

「でも、こっちの箱はなんか重いし、いいです。これからクレープ食べるから両手がふさがるとちょっと……」

「バカたれ、じゃあこっちも返してもらうよ。そっちの箱と宝石は二つで一つだ」

「えー」


 せっかくクレープ食べに来たのに……。

 でもクレープと宝石だったらやっぱ宝石だよね。でもこの箱、なんか怖いなぁ。干からびたなにかが入っていたりして……。


「ゴタゴタ言わずにさっさと黙って受け取りな! あんなものいつでも食えるだろう! その箱に入ってるものはねぇ、いくらお金を積まれたって売れるものじゃあないのさ。欲しくても手に入れられないやつが、ごまんといるんだよ。それをなんだい、クレープゥ? バカ言うんじゃないよ!! ったく――本当にクソガキだ」

「すみません……」

「まぁ、怒ってるんじゃないよ。それだけ価値のあるものをあんたに授けたってことをわかってほしくてね。いいかい、箱を開けるときは一人で。宝石は手放すな。この二つを守りなね」

「はい……ありがとうございました。大切にします」


 宝石を。箱は中身次第ということになります。

 彼女は顔をくしゃっと歪めて笑うと箱を一撫でし、「じゃあね」と声をかけて去っていった。愛着があったんだなぁ、あたしじゃなくて箱に挨拶していった。

 おばあさんが歩いていったあっちはクレープ屋さんのほうだ……また会ったら気まずすぎるし、やはり今日はやめとこう。


 あたしは黒い箱と赤と青の宝石を持って帰ることにした。おばあさん、ありがとう。



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