八、
タタラ場の入り口には血を流して呻く男達の姿があった。
一人の男が椰斗の傍らに膝をつく。
「椰斗様……あいつらは」
「分かっておる」
奥から聞こえてくる地を這うような唸り声に、慎之助の右手が刀の柄にかかった。
「あと三人か……慎之助来い!」
オオオオオオーーーーーッ!
獣じみた咆哮がビリビリと梁を揺らす。
「あれは一体」
そこで慎之助が見たものは、人間の姿はしているが、およそ人間とは思えぬ異形の姿であった。
腰まで届く程の縺れた灰色の髪の毛、狂気に取り憑かれた瞳は金色に光り、左右に大きく裂けた口には血の糸を垂らす鋭く尖った牙が並んでいる。
地面に倒れている二人は既に息絶えているのかピクリとも動かないが、残る三人は狂った様に唸り声を上げていた。
それらを取り囲む様に数人の男衆が銃を構えている。
「何だ、あれは」
「化け物の出来損ないだ」
オオオオオオオーーー。
それまでかろうじて人の形を成していた身体が、メキメキと音をたてて変化し始めた。
手足の爪は鋭く尖り、肩や胸、背中の筋肉が膨れ上がる。
獣でも人でもない、醜く不完全な姿がそこにあった。
「今宵は満月では無いはず」
椰斗が呟いた。
前足で地面を蹴った化け物は、取り囲む男衆をなぎ倒し、慎之助目掛けて突進してきた。
「成る程、おぬしを追って来たか」
「椰斗様、お逃げ下さい!!」
男達の叫びに、椰斗はニヤリと笑う。
「笑止! 誰か銃を寄越せ!!」
それに応えて放られた銃を掴んだ椰斗は、見えない眼で狙いを定める。
ズガーーーン!!
銃声が轟き、一頭の眉間に弾が命中した。
倒れてピクピクと痙攣する仲間の上を踏み越え、残り二頭が尚も慎之助目掛けて牙を剥く。
「忠行様を殺めたのはうぬらか?」
慎之助の静かな問いが銃声にかき消された。
「チッ、外したか……」
「椰斗、手を出すな。これは拙者が切る」
「ならばお手並み拝見といこうか」
頭上から二頭同時に飛び掛かってくるのを一旦姿勢を低くしてかわした慎之助は、左足を軸に振り向きざま刀を抜いた。
地面スレスレに払った刃は化け物の両足首に食い込んだ。
苦悶にのたうつ仲間に怯む素振りもなく、もう一頭も牙を剥いて襲ってくる。
それと対峙してギリギリのところで跳躍した慎之助は、化け物の脳天目掛け刀を振り下ろした。
頭を割られ倒れたその胴に止めとばかり刀の切っ先を打ち込む。
血飛沫が慎之助の頬に飛んだ。
「ほお、やるではないか」
椰斗が慎之助の放つ気を感じてそう言った。
グオオオオオオーーーーー。
腱を切られた化け物が、下半身をズルズルと引き摺りながら慎之助に向かって来る。
「慎之助、首を落とせ! 奴等は手足を切り落とされても、頭を割られても死なぬ」
慎之助は刀を上段に構え、間合いに入ったその左肩から右脇腹にかけてを一刀両断した。
ぐらりと傾いだ首目掛けて渾身の力で刀を振り下ろす。
ゴロンと地面に落ちた首がコロコロと転がり、慎之助の足下でニタリと笑う。
次の瞬間、椰斗の撃った銃の弾がその頭半分を吹き飛ばした。
ほんの束の間、獣の如く歪んだ顔が、憑き物が落ちたように人間のそれに戻った。
「人間……なのか……?」
慎之助の問いに椰斗が応えた。
「元はな」
穏やかな微笑みを浮かべた顔がサラサラと崩れて真っ白な灰になった。
残された胴体も同じように灰になって消えていく。
「こいつらは人間であることよりも、化け物になることを選んだ」
慎之助は地面に残された灰を手に取った。
「何故このような……」
その時椰斗が小さく苦悶の声をあげた。
「ぐあっ!!」
慎之助に頭を割られた化け物が椰斗の二の腕に喰らいついていた。
「椰斗様!!」
駆け寄る男達の間を縫って、慎之助が投げた刀が化け物の背中を貫いた。
グガーーーー!!
怒りの咆哮を上げながら慎之助に猛進してくる化け物に男達の銃が次々と火をふく。
倒れたその体もみるみる灰になって消えた。
「油断した」
腕を押さえた椰斗が苦痛に顔を歪める。
「確かに脳天を割ったというのに」
地面に残された刀を拾い慎之助は言った。
「その刀では奴等を殺すことは難しい」
「どういう事だ」
「ここに来てこれを見よ」
椰斗は血を流す自らの腕を、慎之助の目前につき出した。
「おぬしには良く見える両の眼があるのだろう?」
ダラダラと地面に垂れる程流血していた傷が徐々に塞がっていく。
そうして、つい今しがたまで深くえぐられていた生々しい傷口は跡形もなく消えてなくなった。
「まさか……」
「その刀ではこの私も殺すことは出来ぬ。勿論、ここにいる全てが同じ血を持つ者だ。さあ、どうする慎之助。皆の首を切るか? 切ったところで我等は死なぬ。首と胴が別々の化け物になるだけだ」
椰斗の乾いた笑い声と男達の視線に、慎之助の背中を冷たい汗が流れた。