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七、

「…………助」


「……」


「慎之助、さあ目を醒ませ」


「――ッ!」


 瞼を開けた慎之助の目前に白い顔があった。

 両目は包帯が幾重にも巻かれていて見ることが出来ないが、形の良い唇の端がニヤリと上がる。


「椰……斗」


 壁に背を預け、ウトウトとしていた慎之助の上に椰斗の身体が覆い被さる。

 白魚の様な細い指が慎之助の首筋をスルリと撫で下ろした。


「何をする」


 はね除けようと身をよじる慎之助であったが、細身の体躯に似合わぬ強い力で押さえつけられていて指先一本すら動かすことが出来ない。


「お前、物の怪か」


「そう見えるか?」


 クックッと笑い声を洩らす真っ赤な唇が慎之助のそれと重なり、歯の間から柔らかな舌が滑りこむ。

 椰斗の襟がはだけて胸元が露になった。

 目を反らした慎之助の耳元に吐息がかかる。


「未だ女を知らぬのか?」


 耳朶に絡みつく温かな感触に慎之助は身震いした。


「止めろ」


「ほう、まだ堕ちぬか。面白い」


 唇が慎之助の首元に落ちた。


「止めろと言っている」


 慎之助の発した低く鋭い声に、白い肩がピクリと跳ねた。


「その声、やはり覚えがある」


「何のことだ」


「おぬしの声は雪右衛門と瓜二つだ」


「何故父の名を知っておる!」


「父とな」


 椰斗の身体が退けるのと同時に、慎之助の呪縛が解けた。


「お前は一体何者だ」


「おぬしは何も知らないのだな」


 さも可笑しそうに笑い声をあげた椰斗は、先ほどの妖艶な姿とはうって変わって、慎之助の向かいにドカリと胡座をかいた。


「鬼祓いの刀について知りたいと言っていたな」


「おまえは何を知っておるのだ」


 椰斗の見えない視線が慎之助をじっと見据える。


「あれを作ったのは私だ。かれこれ五十年前だ」


「五十年……、馬鹿な」


 目の前の女の姿はどう見ても三十は越えていない。


「ある男の頼みだった」


「ある男?」


「その者は後に鬼祓師と呼ばれた。私がこの世で唯一愛した男だ」


 鬼祓師――――。

 鬼の臭いを嗅ぎ分け、鬼を殺す刀を持つ者。


「言っておくが今の私にはあれを再び作ることは出来ない。私はもう若くない」


「拙者にはそうは見えぬが」


「おぬしは梵の谷(ここ)へ来てただ一人でも年老いた者を見たか?」


 タタラ場で目にした男達はどれも皆揃って若く、一番年長の者でも三十を少し超えた位に見えた。

 アヤに案内されて屋敷に来る途中も幼い童の姿以外に見てはいない。


「おぬしにはアヤが幾つに見えた?」


 その時、突如屋敷の外から男達の叫ぶ声が聞こえてきた。


「闇の者だ!!」


「闇の者が紛れ込んだ!」


 小さな足音が近づき、障子戸の前で止まった。

 アヤの声が鋭く飛ぶ。


「椰斗様、闇族の男が数人タタラ場で暴れております。男衆が留めておりますが、いつまで持つか」


「今行く。アヤは隠れておれ」


「はい」


 椰斗が慎之助を振り返り言った。


「私と共に来い。その眼で真実を見るがよい」


 慎之助は椰斗に続いて屋敷を出ると、闇夜に沈んだ集落の中を駆け抜けた。

 



























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