五、
タタラを踏む男衆の声が夕陽の沈み行く山々にこだまする。
「エイサー、エイサー、ソラフメ、エイサ、ソラフメ、ソラフメ」
巨大な炉を挟む様にしてある二つの鞴の両方を、数人の男達が声を合わせて踏む。
時折、炉の口からバチバチと音をたてて火花が舞い上がった。
炉に開けられた穴から真っ赤に熱せられた澱がドロリと流れ出る。
「炭を入れろー!!」
炉口から炭が入れられた途端、轟音と共に火柱が上がった。
タタラがある建物の入り口に立った慎之助の頬にも、その熱気がじりじりと伝わった。
「ムラゲ殿は居るか?」
何度か呼び掛けたが、男達の怒号と炎の爆ぜる音にかき消された。
「慎之助と申す。ここにムラゲという名の男は居らぬか」
「何用だ」
若い男が気付いて慎之助の側まで来た。
たすき掛けした袖から覗く二の腕は、慎之助の二倍はあろうかという程に逞しく引き締まっている。
「お主がムラゲ殿か?」
「違う。それにムラゲは名では無い。ムラゲとはタタラ場の責任者を指していう言葉だ。我らは椰斗様と呼ぶ」
それからもうひとつ――、とその男は言う。
「どうした。その者は誰だ?」
男の背後から現れた声の主に慎之助は言葉を失った。
ニヤリと笑い、男が口を開く。
「もうひとつ、椰斗様は男では無い」
波打つ長い黒髪を後ろでひとつに束ね、背の高い細身の体躯に群青の着物を羽織ったその姿は、一見すると男と見紛うばかりだが、透けるように白い肌と華奢な顎、紅を塗ったような赤い唇が女であることを物語っていた。
しかしその表情を見ることは叶わない。
両目にグルグルと巻かれた包帯が顔の半分以上を覆い隠しているのだ。
「私に何の用だ」
見えていない筈の目が、真っ直ぐに慎之助に向けられる。
「拙者、慎之助と申す。訳あって鬼祓師が持つという刀について知りたい」
「ほう、鬼祓師。その名を聞くのは久方ぶりだ」
「鬼祓師を知っておるのか?!」
「知っている。だからお主はここへ来たのだろう?」
「拙者はその刀を作った鍛師を探している。ここへ来れば何か分かるかもしれないと聞いて来た」
「あれは私がこの手で作ったものだ」
「何?!」
慎之助が詰め寄ろうと一歩踏み出した丁度その時、椰斗の刺すような視線がふいと外された。
「温度が変わった。タタラを踏め!!」
椰斗の声に男達が応える。
「エイサー、エイサー、ソラフメ、エイサー、ソラフメ」
それを見た慎之助は呟いた。
「その目は見えておるのか?」
「私は長い間、灼熱の炎をこの目で見てきた。今ではもう何も映さないが、この皮膚は温度を感じ、この耳は炭や砂鉄の焼ける音を聞くことが出来る」
「椰斗様!!」
男達の呼び声に椰斗が慎之助に背を向け歩き出す。
その足取りは盲ている者とは到底思えない確かなものである。
「話は未だ終わってはおらぬ」
慎之助の叫びに椰斗が振り返り言った。
「三日三晩、私は此所を動けぬ。終わるまで待て」
いつの間に来ていたものか、幼い女児が慎之助を見上げていた。
「こちらへどうぞ」
「何処へ行くのだ」
「あなた様がお泊まりになる所です」
「いや、拙者は野宿で良い」
「私が椰斗様に叱られます」
女児は慎之助が付いて来るのを確かめる様に時折後ろを振り返りながら、集落の中へと入って行く。
タタラ吹きの炉がある建物の後ろ、木々に隠れる様にして建ち並ぶ藁葺きの小さな住居と、細やかだが良く手入れのされている畑、子供達の遊ぶ姿はのどかで、慎之助の心を僅かばかり和ませた。
「良い村だ」
「さあ、こちらです」
連れて来られたのは集落の外れ、他よりは明らかに造りの違う建物である。
「ここは……」
「椰斗様のお屋敷でございます」
通された客間には既に膳の準備まで出来ている。
「いつの間に」
「お疲れでしょう。今宵はこちらでごゆるりとお過ごし下さいませ」
女児が隣で酌をしようとするのをやんわりと断り簡単に飯を済ませた慎之助は、早々に床に就いた。
瞼を閉じるとタタラ場で見た火柱の赤が咲埜の座敷で目にした血の赤と重なり、結局その夜は何度も悪夢に襲われ目が覚めた。
男達のタタラを踏む掛け声が夜通し聞こえていた。