導入部
ストーリー、時代設定、地名、登場人物の名前はすべて架空のものです。
『その血は決して混ざりあってはならない――――』
遙か遠く古の昔、この国が未だ鬱蒼と生い茂る木々と土と石ころばかりの未開の地であった頃から、その種族は存在した。
姿かたちは人のそれとなんら変わるところは無い。それどころか卑しい血脈とは裏腹に、男も女も透ける様に白い肌と秀でた美貌、絹糸のように滑らかな漆黒の髪を持っていた。
違うのはその寿命の長さである。呪いに掛けられた蜘蛛のように、人間とは比べものにならない程の長い時の中を生き続ける。
老いる事もない。
そして異なる点がもうひとつ。
その者達の糧となるのが人間の血肉であるということだ。
その存在は当時の人々にとって脅威としか言いようのないものであっただろう。しかしただ一つ、繁殖力という点に於いては人間のほうが勝っていたと言える。
女は一生に一度、我が子を産み落としたと同時にその命を子に捧げる。
人間より遙かに長い時を生き続けるとしても決して不死ではない。
子孫を残さなければその血は何れ絶える。
女は自らの命と引き換えに子を産み、男は我が子に生きる術を教える。
神に見放された呪われた種族はその数を徐々に減らしてはいたが、それでも人間にとっては見目麗しき表皮を被った醜悪な化け物以外の何ものでもなかった。
狩りは決まって月が満ちる夜に行われた。
男は肉を喰らい、女こどもは血潮を啜る。
血を抜かれた手足の無い無残な屍が其処かしこに転る様は、地獄絵図そのままであったという。
前の日まで何事もなかった長閑な山間の村が、翌朝になってみると人っこひとり姿を消していたということも珍しい話ではなかった。
不思議なことに、圧倒的な畏怖と奇異の存在はいつしか崇拝すべきものへと姿を変え、その時期が来る度に貢ぎ物と称して生贄を捧げる村まで現れた。
但しその後何年にも亘って為す術も無くただ餌として食われていた訳ではない。
ある時、各地の屈強な猛者たちを集め討伐隊が結成された。
その頃になると人々の間で「鬼」と呼ばれるようになっていた彼等は、人間に紛れその身を隠して暮らしていた。しかしそれは決して共存と呼べるものではなく、単に闇に烏というだけの目くらましにすぎなかった。
他より僅かでも目立って美しい顔立ち、色白な若者達が次々と討伐隊によって粛清されていった。
無論その中の殆どは普通の人間で、もはや人々は鬼とその討伐隊の両方に脅えて暮らす日々が続いた。
他人を見れば鬼と疑い、自分自身も疑われているのではという不安に駆られ発狂する者も鬼の烙印を押され切り捨てられた。
そんな果てることのない恐怖に人々が疲れ果てたころ、人間と鬼との見分け――、否、嗅ぎ分けの出来る能力をもった一人の男が現れた。
男は自ら片翼の龍が彫り込まれた刀を振るい一人、また一人と鬼を抹殺していった。
しかしその男の正体を見た者は今日まで誰一人としていない。
人々はいつしかその男を「鬼祓師」と呼んで噂するようになった。
鬼たちの狩りはその後も続いたが、確実にその数は減っていった。
そしていつしか人々の頭の中からその存在が忘れかけた頃、この国は長い戦乱の世に突入した。
人間同士が土地や権力を奪い合い殺しあう。
人が一人消えたところで誰一人として気にも留めない時代。
故に人間は愚かにも気付かなかったのだ。
その汚れた血が今も尚、脈々と受け継がれているということを。
ひっそりと、だが周到に、反撃の機会を狙って息を潜めていることに。
そして「鬼祓師」の能力もまた、子のまた子へと受け継がれていった――――。