宝箱にしまって、鍵は壊そうか
「ねー、いつになったら結婚してくれんの?」
「少なくとも貴方とはしないよ。」
「……なんで?」
しまったと思った。
どうやら今日真理愛は機嫌が悪いらしい、まったくもって厄介なことだ。
いつもの猫かぶった笑顔が今日はないところで気がつくべきだった。
まぁ彼が絶対零度の微笑を浮かべていたところで自分は痛くも痒くもないのだが、まぁ面倒だ。
「少なくとも俺とはって、そんな言い方ないんじゃない?傷ついちゃうなぁ俺」
…………どうしたものか。
そもそもどうしてこんなに機嫌が悪いんだ、原因がわからん。
「なんで今日はそんなに荒んでいるんだ?理解に苦しむ」
と言えば、先程まで浮かべていた微笑をごっそり削ぎ落とした無表情になった。
おいおいやめてくれ物騒だな。
幼馴染といえど自分は元々他人に興味はない故、真理愛の気持ちを気にかけたり考えたりなんてことは一度たりともしたことがない。
だけれど如何程怒っているかくらいは長年の付き合いから分かる。これは本気だ。
「ウザい」
「はぁ?」
「紀市ちゃん、紀市ちゃんウザい」
そんなに紀市ちゃんの話ばかりしていただろうか。いや、していない。
無自覚なんてそんなはずはない。
話の数ではなく、たった数度とは言え、想い人の想い人の話を聞くのは耐えなかったのだろう。
という一般論にあたりをつけ、彼を見返す。さて、どう話したものか。
「優裏安はさ、死体が好きなくせに自殺って好きじゃないよね…」
「…」
真理愛は、ふっと貼り付けたような微笑を浮かべた。
「次、紀市って人の話したら自殺してあげる」
「………巫山戯るのも大概におしよ」
「えー?冗談じゃないよ、本気だよ。俺のさ、冗談か本気かくらいわかるだろ?」
物心ついた時から一緒にいるんだ、わからないはずもない。
だからこそ、彼がなぜそう血迷ったことを言いだしたのか理解できない。
自分は死体が好きだ。世間一般ではネクロフィリアと呼ばれているものに似ている。
死体が好きだ。死というものが好きなわけではない。とくに、自殺というものが好きではなかった。
自らすべてを捨てるというその無責任さが、自分はどうしても好きにはなれなかった。
それを知っているのに、自分が不愉快になると知っているのに、あえて口にする幼馴染が理解できない。
嫌われることと嫌うことを嫌って、他人の神経に障ることを一切口にしない真理愛が、誰かの不愉快に思うことを口にした。
そしてそれが、本気であるのが自分にとっては何より不愉快だ。
嗚呼、本当に恋の病とは怖しく、そして不愉快だ。
「あぁ、もう紀市ちゃんの話はしないよ」
どんなに欲しがったって、きっと紀市ちゃんはもう手に入らないしね。
忘れればいい、大切で大事にしていた彼女のことなんて。
もう会えないと、涙を流すほど好きだった彼女のことなんて。