君のためなら
その国には、エルフと呼ばれる妖精だけが住んでいた。当然、人間は暮らしておらず、獣人や鳥人、竜人と言った人々もまた、住んではいなかった。一つの例外を除いて、住むことが許されていないのだった。
その国のとある都市の郊外に、小さな家々が立ち並ぶ場所があった。どの家の戸も半分ほどの大きさしかなく、屋根も低い。そこに住むのは、背の低いドワーフと呼ばれる妖精種族であった。彼らは男も女も皆豊かな髭を生やし、小さな体に見合わぬ怪力を持っている。
少女ヒウンラもまた、髭のあるドワーフであった。彼女は父親の仕事を手伝いながら、皆と協力して暮らしていた。
そのドワーフたちが暮らす地区に、一人のエルフがやってきた。彼は革製の鎧を身につけ、腰に剣を携えている。軽い足どりで歩いてくると、エルフはヒウンラの店の前で足を止めた。
「すみません、剣の研ぎ直しをお願いしたいんですが」
「おお、アルフォンドくんか。いいとも。こちらへ剣を」
ヒウンラの父親がエルフから剣を受け取る。アルフォンドと呼ばれたエルフは少し心配そうな顔をした。
「どれくらいかかりそうですか?」
「なに、綺麗に使ってくれとるでな、すぐに終わるわ。そこで待っていてくだされ」
父親は長い髭を自慢げに撫でた。彼が工房に入るのを見て、ヒウンラはアルフォンドを店の中にある椅子へと案内する。
「いつもごひいきにしてくれて、ありがとうございます」
ヒウンラはお茶を差し出して、ぺこりとお辞儀した。アルフォンドはくすくすと笑う。
「この店に来れば、君と会えるからね」
さりげない一言にどきっとして、ヒウンラは顔を上げた。そこにはやはり笑顔のアルフォンドがいるだけ。なんと返すべきかわからず、ヒウンラは押し黙ってしまう。
「今日も可愛いよ、ヒウンラ」
だめ押しの一言に、ヒウンラはかあっと頬が熱くなるのを感じた。髭のおかげで顔の半分が見えていなくて良かったと、小さく安堵する。
「そんなことないです。それに、アルフォンドさんは私の顔があまり見えてないんじゃないですか?」
ドワーフは長い髭を持つ種族だ。整った顔つきのエルフに顔の判別が付くのだろうか。そんな疑問を、アルフォンドは肩をすくめて否定した。
「わかるよ。それに、顔だけじゃなくて、君の全てが可愛いから。大勢のドワーフに囲まれていたって、君を見つけてみせる」
アルフォンドは自信たっぷりにそう答えた。ヒウンラはますます顔を赤くし、もごもごと言葉にならない声を漏らす。
「ほれ、研ぎ終わったぞ」
奥の工房から父親が戻ってきた。手には新品同様の輝きを放つ剣が握られている。顔を見合わせたまま動かない二人を見て、父親は目を瞬かせた。
「おっと、邪魔してしまったかな?」
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございました」
アルフォンドはすぐに立ち上がり、剣を受け取った。腰に帯びてからヒウンラに向き直る。
「本当はもう少し話していたかったけど、私は戻る。それじゃあね、ヒウンラ」
「はい。おつとめ頑張ってください」
ヒウンラの言葉に、アルフォンドはもちろんと笑ってみせた。その笑顔を眩しく思いつつ、ヒウンラは彼を見送った。
アルフォンドはこうして、時々ヒウンラの元にやってくる。ヒウンラもまた、彼が来るのを心待ちにしていた。種族の差はあるけれど、二人会える時間がヒウンラは好きだった。
そんなある日のこと。にわかに轟音が響いた。何事かとドワーフたちが外に出てくる。音がしたのは城門の方だった。その方角からは煙が上がり、誰もがただ事でないと直観する。
やがて、煙の上がった城門の方からガシャガシャと金属のぶつかる音が聞こえてきた。ヒウンラが窓から身を乗り出して見つめていると、やがて大勢の人影が現れた。背丈はドワーフより高く、肌の露出した姿の彼らはエルフに似ている。けれどエルフより耳は小さく、また先が丸まっていた。他国に住まう人間と呼ばれる種族である。
人間達は一様に鎧を身につけ、武器を持っていた。おまけに皆険しい顔をしている。他国の侵入者だということは、ヒウンラにもわかった。
大人のドワーフたちが斧を持って人間達の前に立ちはだかる。人間達は足を止めた。それを見て、一人のドワーフが数歩進み出る。
「何しに来たんだ」
人間達は答えなかった。ただ、一番派手な鎧を着た人間が顔を歪めただけだった。舌打ちしたのかもしれない。
「やれ」
派手な鎧の人間が手を挙げる。と、また轟音がした。ヒウンラは思わず耳を塞ぎ、目を閉じる。おそるおそる目を開けてみると、ある建物の屋根が崩れ落ちていた。何が起きたのかわからず、ヒウンラは絶句してしまう。ただ一つ、人間達が仲良くしようとしているのでないことだけは理解した。こうなると、大人達も黙ってはいない。
ドワーフたちは斧を振るった。体格に大きな差があるにも関わらず、勇猛に挑みかかっていく。そのパワーは人間達を圧倒した。もちろん人間達も反撃するが、勢いではドワーフたちの方が勝っていた。
また轟音が轟く。ヒウンラはその場にしゃがみ込んだ。誰かの悲鳴と崩れる音。直接被害がなくても、恐ろしい物だった。
ふと顔を上げると、手招きする人影が見える。ヒウンラはそれについて行き、家を出た。戦っている間に避難してしまおうということらしい。ヒウンラは近所のドワーフたちに混じり、遠くへと逃げ出し始めた。
そのとき、ガシャンと鎧の音がした。大きな人影――敵の人間が、ヒウンラ達の行く手を阻む。避難していた者は固まった。剣先がきらりと光を反射する。その鋭さに、ヒウンラは動けなくなった。
金属のぶつかる鈍い音が響いた。けたたましい音がして、目の前の人間が吹き飛んでいく。突き飛ばした険しい表情の人物は、ヒウンラのよく知る顔だった。
「アルフォンドさん!?」
「ヒウンラ、無事か?」
アルフォンドは駆け寄るヒウンラを片手で抱き留めた。小さな背中をぽんぽんと叩き、ゆだんなく侵入者達を見据える。
「下がっていてくれ」
そう言って、アルフォンドは立ち上がった。逃げるドワーフを守るように人間達と対峙する。仇なすものがいれば素早く駆けて打ち倒す。彼の鮮やかな剣術に、ヒウンラは寸の間見とれていた。けれど袖を引かれて我に返り、急いで避難を再開する。後ろは大人達やアルフォンドが守ってくれているのだ。と、ヒウンラは逃げることに専念する。
前方に人影が現れた。それも一人ではなく、軍隊レベルの人数だ。ヒウンラ達は彼らとすれ違い間近で姿を見て顔をほころばせた。彼らはこの都市を守る警備団。アルフォンドが所属している部隊なのだ。
元々ドワーフが押しているところにエルフの援軍。人間達もさすがに分が悪いと感じたらしい。攻撃をやめ、引き返していった。
人間達が見えなくなった後で、ヒウンラは胸をなで下ろした。ドワーフに囲まれて目立つ彼の元に走っていく。剣を鞘に戻したアルフォンドはヒウンラを優しく抱きしめた。肌の温かさと力強さにヒウンラは幸せを噛みしめる。と。
「アルフォンド!」
突然聞こえてきた怒号に、二人はびくりと体を震わせた。声の主は体格のいい一人のエルフがアルフォンドを睨んでいる。アルフォンドは顔をこわばらせながらも口を開いた。
「た、隊長……・」
「貴様、勝手に行動するというのがいかに危険な行為か、わかっておるのだろうな?」
隊長のエルフにすごまれ、アルフォンドは小さくなってしまう。もとより二人の間に入れないヒウンラは、ただおどおどするしかなかった。隊長の話はまだ続く。
「今回は相手が逃げてくれたから良かったものの、二度も幸運が続くとは限らん! 一人で行動している訳ではないことを肝に銘じておけ!」
「はっ、はい!」
答えるアルフォンドの声は強張っていた。ヒウンラを支える手も力み、その緊張が伝わってくる。隊長は厳つい表情のまま睨み付けていたが、やがて一つため息をついた。
「……しかし、愛する者のために行動した点については、一応認めておくことにしよう」
それだけ言って、隊長は踵を返した。彼の言葉に、アルフォンドもヒウンラもぽかんとする。もっと厳しく怒られるかと思っていた。けれど言葉の意味を理解出来たアルフォンドは、すぐに顔を輝かせる。
「ありがとうございます、隊長!」
隊長は返事をせず、さっさと歩いていってしまう。それでいいのだと、アルフォンドにはわかっていた。そして、ヒウンラをより強く抱きしめる。ヒウンラは恥ずかしさで顔が熱くなったが、それ以上に嬉しく思っていた。だから、そっと彼の胸板に顔をすり寄せた。
嘘泣ぴえろさんからのリクエストで「恋愛ジャンル、ファンタジー世界観でエルフ×ドワーフ」でした。
果たしてこんな感じでよかったのだろうか……
エルフとドワーフでやる必要があったネタなのかとかはツッコまないでください