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プロローグ

 いじめはいじめられる方が悪い。一八年間生きてきた私の持論である。これが世間一般から見れば非難するべき思想であることは承知の上での考えである。

 人は言う。いじめとは鬼畜の所行であり、いじめっ子は畜生にも劣る存在であると。言いたいことはわかる。現代の恵まれた社会では、弱者とは擁護されるべきものであり、強者は弱者を救済する義務がある。弱きを助け強きを挫く。時代劇のような、勧善懲悪のカタルシス。強きお代官様の悪行から、弱き平民を守る。いじめだってそう。強者であるいじめっ子から、弱者であるいじめられっ子を守る。美しい美談だ。涙が出てくる。

 しかし。弱者には弱者たる、強者には強者たる由縁がある。生家の経済状況であったり、学業の成績であったり、容姿や気品であったり、様々な理由がある。所属している集団の数や性格の相性もあるだろう。しかし一つ言えるのは、いじめられっ子ということは、つまり、いじめっ子に負けたということだ。いじめられっ子はその弱さ故にいじめっ子に負けたのだ。そして弱さとは、ただそれだけで悪だ。

 端的に言おう。私はいじめっ子だった。いじめていたのは、同じクラスのある女生徒。その女生徒は、まず、容姿が醜かった。そして不潔だった。ぶくぶくと肥え太り、髪はぼさぼさで雲脂が出てからみあっていた。男子生徒を見つめてはにやけながら何事かをぶつぶつと呟いていた。成績は振るわず、そのくせ授業を真面目に受けている様子もなかった。というように、彼女をいじめるに至った理由は多々挙げられるが、一言で言えば、私は彼女が気に入らなかったということになる。なぜなら彼女は、そうした現状に文句を言いながらも、決して打破すべく動こうとしなかったからである。自分を変えるべく努力をすることもなく、現状を嫌い、環境のせいにする彼女のその性根が気に入らなかったのである。だからいじめた。

 私には力があった。成績は優秀で運動神経も抜群、そして何より容姿が良かった。私の周りには人が多くいたし、それに伴い発言力も影響力もあった。だから私は一言言うだけでよかったのだ。彼女のことが嫌いだ、と。それだけでいじめが始まる。なぜならそれは皆が思っていたことだから。

 もし彼女の容姿がよかったら。清潔感を保ち、美しくあろうと努力していたら。少しでも社交性があったら。成績がよかったら。真面目に学業に取り組んでいたら。もし彼女がそんな人間だったなら、このいじめは起きなかっただろう。詭弁だろうが真実だ。もし彼女がそんな人間だったならば、少なくとも、彼女がいじめられることはなかった。

 結局のところ。彼女にとって私は、不倶戴天の敵であり、打ち倒すべき悪であった。そして私が思ったよりも彼女には行動力があった。最終的に学校全体が敵となった彼女は、何を思ったのか学校に火を放った。復讐心からか入念に準備されたらしく、ほとんどの生徒・教師が逃げおおせたものの、私と、なぜか彼女はそのまま逃げ遅れ。両者相打ち。無理心中よろしく炎に焼かれることとなった。

 ではここにいる私は何者か。炎に焼かれたが奇跡的に助かった、というわけではない。彼女のねらい通り、私はあの火災できちんと死んだ。未練も後悔もないので幽霊となったわけでもない。

 輪廻転生。黄泉がえり。つまるところ、生まれ変わったのである。エルネシア・ファン=クリスタード。女性向け恋愛シミュレーションゲーム、その悪役へと。


   §


「きみは優しさを、慈しみの心を知りなさい」

 死後、神を名乗る存在に言われた言葉だ。果たして彼の存在が本当に神なのかは知るべくもないが、実際に生まれ変わってしまった今、少なくとも、ただの人間であった私よりは上位の存在であると認めざるを得ない。死んだことに未練も後悔もないが、かといって、生きるのがいやになったわけでも、ましてやいますぐ死んでしまいたいとと思っているわけでもない。もう一度命が与えられたのだから、その与えられた生を謳歌するだけだ。その上で問題なのが上記の言葉となる。

 恋愛シミュレーションゲーム。そういったものが一部の人間の間で絶大な人気を誇っているのは知っている。しかし私自身は一度もやったことはなかった。やるのはもっぱらパズルゲームやRPGばかりで、それも話題づくりと言った趣が強く、そもそもゲーム自体に興味がなかった。そんな勝手のわからないジャンルのゲームの、しかも悪役。どうすればいいのか全くわからない。そもそもなぜ人の優しさを知るのに悪役になる必要があるのか。神の考えが全く読めない。だからこれは一度無視する。

 エルネシア・ファン=クリスタード、六歳。蒼銀の髪に金茶色の瞳。四〇〇年続く王国、ロインマグネスタで最も力を持つ貴族である、クリスタード公爵家の長女。それが生まれ変わった今の私。要は生まれながらの勝ち組である。父と母、父方の祖父母、それと弟妹が一人ずつ。歴史ある大貴族らしく、家族全員が見目麗しい。

 そんな家だから、誰しもこの家系と血統に誇りを持っている。そして、その誇りに恥じない能力と容姿、気品を求められる。

 前言に反するようだが、私は努力という言葉が嫌いだ。自身の能力を高めようとするのは至極当然のことであり、それをさも特別なことであると言わんばかりのこの言葉は、常日頃怠惰に過ごしていることの証左でしかないからだ。だから私は努力をしない。頑張ることをしない。

 私はただ、前世の私と同じように、勝者となり、敗者をあざ笑うだけだ。

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