●父の親心
一斗は父と二人で夜道を歩いていた。子犬は一斗に抱えられ眠っている。そして、無言のまま目的地に到着した。
『ここだ。今日から一斗と子犬の家だ。』
目の前には高層マンションが建っていた。セキュリティー万全の建物で、自室にたどり着くまでに3ヶ所のロックを解除しなければならなかった。そして、一斗たちは最上階の30階に着いた。
『父さん……。』
若干あきれ気味に一斗が言う。
『なんだ?このマンションならお前のものだ。高校卒業と同時に家をでるだろうと思って建設していたんだ。予定より早く来てしまったけどな。』
笑いながら言う父。毎日、時間があったら息子の様子を観察し、仕事で家にいないときは執事やメイドに一斗のことを聞いていた。そして、いつかこんな日がくると予測していた。
『オレ、このマンションいらねぇ。明日、土曜日だし自分でアパートでも探して……。』
『まぁ、そう言うな。家ぐらい分かるところにしといてくれ。これでも一応父親なんだからいろいろ心配になんだ。でも、息子が自分の意思で決めたことは応援したいんだ。』
父の言葉に一斗は頷いた。そして、父は帰って行った。一斗もいろいろあったので、その日はすぐに眠りについた。布団はなかったがベットは備え付けであったので、その上で、そのまま寝た。
翌朝、一斗は父からもらった通帳を確認した。意外にも残高は10万円しか記載されていなかった。家電製品が全くなかったので、このお金を引き出して買い物に行くことにした。買い物に行く支度をしているとチャイムが鳴った。一斗は父が早くも様子を見に来たものと思い、インターホンのカメラで確認するとそこに映っていたのは宅配業者だった。一斗はあわてて返事をした。
『お届け物です。鈴元一斗様ご自身宛のお荷物です。かなり量があるので、お手数ですが、一度、こちらまで来ていただけますか。』
一斗はなんとなく予測ができた。父がいろいろと荷物を送ってきたのだと。
『分かりました。今、行きます。』
一斗は返事をすると1階へ、向かった。1階へ向かう途中、一斗はなぜか父の行為が嬉かった。本人も気がついていないが、昨日の出来事で、父に対する考え方が変わったからだ。それまで、母同様、父のことも憎らしかった。仕事が忙しく、あまり話したことがなく、母を通して、いつもお金だけをお小遣いとして、渡してくる父が正直、キライだった。しかし、今日のこの行為は自分の為にしてくれている行為だと明確に分かるので、自然と嬉しさが込み上げてきた。
1階に着くと、ガラス戸の向こうには、昨日までお世話になっていた執事と数人のメイドの人たちが宅配業者の人たちと一緒に立っていた。
『一斗様。このお荷物は……』
『うん。言わなくてイイよ。父さんだろ。この宅配業者、父さんの会社の直営だから、分かるよ。それに、こんなに早く荷物が届くのもおかしいしね。それにしても、荷物多いなぁ。』
一斗は執事の言葉を遮った。そして、全員で協力し、全ての荷物を自室に運んだ。荷物の中身はテレビ、冷蔵庫など、生活に必要な電化製品と、一斗の服だった。
『一斗様、勝手に部屋の衣類を運ばせていただきました。申し訳ございません。』
『気にしなくていいよ。むしろ、感謝してる。』
一斗はみんなの行為が嬉しかった。今まで、当たり前だった行為なのに。
『こちら、ケータイでございます。』
『ありがとう。』
自然とお礼の言葉を言う一斗。その言葉に執事の目が、潤んでいた。こうして、一斗の一人暮らしがスタートした。