第10話 魔の森で王子を助けたのは誰?
私、今この会場で一番目立ってしまってる……。
アレクシオ王子の手が私の腰に触れている。その手に力が入り、私の体と王子の体が密着する。二十五歳の屈強な肉体が私の体を包み込んでくる。王子の体から、ほのかな香水の香りがした。得意なはずのダンスだったが、体に力が入らず、私の体は王子に預けっぱなしとなっていた。
アメリアの私とは、一度も踊らなかったアレクシオ王子が、私とこんなに楽しそうにダンスをしているなんて……。
王子に嫌われていた私が……。
ふと見ると、鋭い視線を向けてくる女性が目に入ってきた。それは、ダンスの輪の外で般若のような顔をして立ち尽くしているセレナだった。目が合うと、歯を噛みしめ憎々しげに私を睨みつけてくる。私はそんな彼女からすぐに目をそらす。まずい展開になってしまった⋯⋯。主人公の聖女に睨まれるなんて⋯⋯。
『調子に乗っていると、痛い目にあいますわよ』なんて言われていたのに⋯⋯。そんな不安が頭によぎりはじめた時、私の身体がぐっと王子に引き寄せられた。王子が私を抱きすくめるようにして踊りだしたのだ。令嬢たちの羨望のまなざしが私に向けられている⋯⋯。
私、目立ちすぎよ⋯⋯。でも、推しとこうして踊れるなんて⋯⋯。
ただ、そんな時間がいつまでも続いてくれることはない。夢うつつな気持ちで踊る中、楽団の演奏が終わり、小休止となった。
どうして二曲目のあとに休憩が入るのかといえば、男性が本命の女性を誘い出し、談笑するためだとも言われている。ただ、私と王子が愛を語り合う必要などない。今の私は、王妃を助けたおばさん魔法使いなのだから。
王子とダンスができて、正直嬉しかったけど、もう限界だった。これ以上目立っても、良いことなど何もないし……。
そう思いながら、王子の腕から開放されるのを待っている時だった。なぜかアレクシオ王子が私の体を引き寄せた。そして耳元でこうささやいた。
「ずっとアリアさんと踊りたいと思っていました」
推しからの甘くてやさしい言葉。そして、身元がバレてしまうのではという心配も重なり、私の胸は太鼓を叩くかのように鳴り響いている。
「ルビーのネックレス、付けていただいたのですね」
緊張の限界だ。
私はなんとか王子の体を押し返し、彼の腕からすり抜けた。
「楽しい時間でした。失礼させていただきます」
「待ってください。少し私と話をしませんか?」
「……」
「是非二人で話したいことがあるのです」
「二人でですか」
「はい。この話は、誰にも聞かれたくありません」
今のところ、王子が私をアメリアだと気づいている様子はない……。
話だけなら……。
「わかりました。少しの時間でしたら……」
気づくとそう返事をしていた。
私の返事に、アレクシオ王子の表情が変わった。その表情は、決してアメリアには見せたことのない、嬉しそうな笑顔だった。私は複雑な気持ちで王子の笑顔を見つめていた。
※ ※ ※
「急にダンスをお誘いしてしまい、さぞかし驚かれたことでしょう。申し訳ありません」
王宮庭園に備えられているガーデンチェアーに腰掛けた王子は、やさしい声でそう話しかけてきた。推しの隣に座る私は、目のやり場に困り、宮廷に咲く美しい花々を眺めることしかできなかった。なぜか王子は、横長のガーデンチェアーで、端が余っているにも関わらず私の身体に触れるような至近距離で座っている。
「二曲目は本命の女性と踊るものだと聞いております。私などと踊れば、本命の女性が悲しまれてしまうのではないですか?」
「それは大丈夫です。彼女は分かってくれると思います」
「彼女は……、では本命の方がおられたのですね?」
「はい」
王子は隠す様子もなく、そう答えた。
「どなたですか? 私、その方に恨まれてしまいますわ」
「私の本命は、聖女セレナです。セレナとは一曲目に踊りましたし、私があなたと踊ったとしても嫉妬するような女性ではありません」
あの時の般若のような顔をしたセレナが浮かんできた。
「王子は女心を全くわかっていないのですね」
私は平静を装った。でも本当のところは、アレクシオ王子の本命がセレナだと聞かされ、わかっていたことだったが不快な気持ちになった。
あんな女のどこが良いというのだ……。
「実は……、私は子供の頃、セレナに命を救ってもらったことがあるのです」
「セレナに……、命を救ってもらった……」
「はい、私はセレナに、魔の森で命を救ってもらったのです。実はそのことで、あなたにどうしてもお聞きしたいことがあるのです」
先ほどの、ミランダ王妃との話が頭に浮かんできた。
「聞きました。アレクシオ王子が魔の森で迷ってしまい、少女に助けられたという話ですね?」
「そうです」
「助けた少女というのが、聖女セレナ様だったのですか?」
「はい。ずっと探していた少女をやっと見つけた時、私は天にも昇るような気持ちになりました。そして決めたのです。この人を……、私の命の恩人である聖女セレナを私の后にして、一生幸せにしようと」
「……どうしてセレナ様が、王子を救った少女だったと分かったのですか?」
アレクシオ王子の説明はこうだった。王子は魔の森から救出された時、誰にも話していないことがあった。それは、自分が瘴気に侵されてしまったこと。王子はその事実を、誰にも告げずにいたのだ。あくまで、魔の森で迷ってしまい、少女により出口を案内されただけだと周囲には伝えていた。
「だから、私が瘴気に侵されたことを知っているのは、本人である私と、助けてくれた少女だけなのです」
そして、セレナは王子が瘴気に侵されたことを知っていた……。
そういうわけで、アレクシオ王子は森で出会った少女がセレナだと確信したのだ。けれど、王子の話を聞き、私は別の考えを持った。
記憶が蘇ってくる。大きな木の根元に横たわり、息絶え絶えになっている少年の姿。少年は瘴気に侵され、私は彼に治癒魔法を施した。
……私とセレナは、偶然にも同じような体験をしていたということなの?
「けれど、セレナの話には、気になることもあるのです」
王子が話し出した時だった。誰かが、私たちの座るベンチに近づいてきた。見ると、補佐官のシビルが私たちからやや離れた場所に立ち、こちらを覗っている。
「アレクシオ王子、そろそろ会場に戻られたほうが……」
「分かっている。今大切な話をしているんだ」
話を中断された王子は、いらだちを隠さずに早口で答えた。
そんな王子の態度を見たシビルは、すぐに謝辞を述べ立ち去っていく。
「すみません。とんだ邪魔が入りました」
王子は小さなため息をつくと、こう付け加えた。
「シビルはアリアさんのことを、たいそう気に入っているみたいですよ」
「ええ?」
「だから、こんなところに現れたのです。私と二人っきりで話しているのが、気になってしかたなかったのでしょう」
冗談なのか、なんなのかよくわからない話だった。でも、そういえばシビルの年齢は四十歳すぎで、私が扮するアリアは三十五歳……。年齢だけ見ればシビルの射程距離に私が入っているのかもしれないが……。けれど私は、シビルに対する興味など、これっぽっちも持ち合わせていない。私は二十一歳で、推しはアレクシオ王子ただ一人……。
「大丈夫です。あなたに迷惑をかけるようなマネは、決してさせませんから」
王子はまたもや、明るい笑顔を私に向けてきた。
以前の私には全く見せてくれなかった笑顔……。
「……、それで、王子の気になることというのは?」
「はい」
王子は話を戻し、こう述べた。
「アリアさんの光のことなのです」
白い光のことだろうか。それがどうしたというのだろうか?
「アリアさんの体から発した光は、私が魔の森で見た少女の光と、同じ輝きをしていました」
「……」
「でも、聖女セレナは体が輝くことなどありません。なので、子供の時に見た光は、単なる私の記憶違いだと思っていました。けれど、あなたの光を見て、決して記憶違いではなかったと気づいたのです」
やはりそうなのだ。それなら、もう間違いない。アレクシオ王子を助けたのは、私だ。聖女セレナは、魔の森で王子を救ってなどいない。
誰か別の男の子を助けたのだろうか? いや、おそらくセレナは、王子をだましているに違いない。




