剥奪
ダンジョンはまだ開いたままだ。
管理局としても討伐にあたって作戦を練ることが優先されるとし、一旦放置の格好となる。
「八竜のことを聞かせてもらおうと思っていましたが、その必要はもうありません」
如月は柔和な表情でそう言った。
「では、そろそろお暇しようかな」
とは言ったものの、俺は歩くことが出来るのか、全くの不安だった。
「いえ、藤堂さんのお話が必要ないだけで、あなた自体は必要ですよ」
どういうことだ。
「ぜひ、真っ向からストーンドラゴンと戦ってください」
「え……嫌だよ」
俺は人柱になるつもりはなかった。
「配信もしますし、八竜の存在を公式に認めた上でのダンジョン攻略をあなた一人が達成する。それができればメリットは相当ですよぉ?」
「ほう、そのメリットとは?」
「接近を試みているダブルトレードの厄介な追っ手も、自社の最強部隊を半壊させた八竜の一つを沈めたとなると流石に黙るでしょう」
確かに、それはありそうだった。
「一応、契約はしていただきます。でなければ報酬を支払えませんからね。ただ、その契約も一夜限りのものにします。そうすればあなたは縛られない」
これは、国の危機ですから、と加えて言った。
確かに、どこに出来たダンジョンかは知らなかったが、放置するには危険すぎるものだった。
国としては、それにダンジョンの管理をしている如月らにとっては、ここが一番重要な点なのだろう。
「何より、あなたの戦いぶりを見て、今後の八竜討伐に役立てたいですからぁ」
あなたは管理局所属の意志はないようですし、と続けた。
「それじゃあやっぱり人柱じゃないか」
「でも、現段階で八竜に対応出来そうなのは藤堂さんくらいですし……」
それに、と続けた。
「今のうちに私の言うことを聞いておいたほうが良いです。公共安全管理局書庫付図書室の面々に接近されるとそれこそ厄介です」
「図書室?」
名称は別段物騒でもないが、何が厄介なのだろうか。
「めんどくさい能力を持った人が居るんですよ……」
そのとき、部屋の扉が乱雑に開けられた。
「如月ぃ! いつまでもこんなところで何してるってわけぇ!」
金髪の長いツインテールが印象的な女の子だった。
「噂をすれば影、ですねえ……」
「ということは彼女がその?」
近づくに連れ、国の機関には似つかわしくない服装にも目がいった。
ゴスロリ、というのだろうか。
長いスカートはかぼちゃのおばけのように膨らみ、所々にレースの意匠が見える。
「ふーん、あんたがあの八竜ダンジョンから単独で生還したっていう奴ね。あたしは公共安全管理局書庫付図書室室長の西園寺アリスよっ!」
礼儀正しいのか無礼なのかよくわからない態度だった。
「あんた、どうしてこんなとこで、ベッドなんかに寝て……ね、ね、ねて、ねて……」
見る見るうちにアリスの顔が赤らんでいった。
視線は俺の股間に注がれていた。
「あっ! そうか、まだ俺、出しっぱなしだった!」
「ちょっと藤堂さん。ダメ、ですよ? 女の子の前でおちんちん出すなんて」
これは確かにめんどくさいことになりそうだった。
こほん、と一つ、咳払い。
未だに下着を履くことの出来ない俺は、股間にハンドタオルをかけられていた。
アリス曰く、
「そ、そんな粗末なモノ見せないでちょうだい! あんたの……なんか、これで十分でしょ!」
とのことで割に小さい、ハンカチサイズの物が充てがわれた。
「で、あんたは如月の言う通りにしたほうが良いのに、あんまり乗り気じゃないってわけね」
アリスは面倒との話を聞いていた俺はなんだか拍子抜けだった。
如月よりも幾分話の通じる印象だった。
「どうしてなのか、理由が知りたいわね。だって契約に縛られもしないし、お金だってもらえるのよ?」
理由は一つだった。
しかし、それを口にすることはどうにもはばかられた。
にこやかな表情で控えめに挙手し、発言の権利を得た如月が言う。
「あのー……もしかすると藤堂さんは怖いのでしょうか?」
「はあ? 怖いって何が? 一度八竜をぶん殴っておいてそんなわけないじゃない。ねえ、そうよね」
アリスが過剰に反応するもので、また言い辛くなってしまう。
「あんた、何黙ってんのよ! 今更クールな主人公気取ろうとしても無駄よ無駄! 乙女の前で、その、ちん……おち……おち、おち……」
また赤面するアリス。
そうなるなら言わなければいいのに。
「ほら、アリス。おちんちん、でしょ? はい、おちんちん」
如月にそっと「やめてください」と言っておく。
こほん、と咳払いをこちらも一つ。
「あのねえ、まず俺の気持ちを無視してるだろう。俺があの竜を倒したくて仕方ないんなら、あの条件は渡りに舟ってもんだが、俺はそうじゃない。むしろ戦いたくないんだ」
そう言うとアリスの頭にはハテナマークが浮かんでいた。
「どういうことなの? だって変じゃない。あんたなら別に悩む必要ないでしょ。戦いたいとか戦いたくないとか、そんな話じゃないでしょ。普通単独でのすことが出来る相手じゃないのに、一撃で沈めたわよね? あれをもう一回、それか二回くらいやれば討伐完了でしょ?」
俺は頭を抱えた。
「……やっぱりそういうことですよねえ」
如月はわかっているようだった。
今にも、つ・ま・り、と言いそうで怖い。
そう、つまり怖いのだった。
それは如月に驚かされたときが顕著だった。
あのときは結局、如月は悪い冗談で、ナイフは紛うことなく玩具だった。
それらを加味したとし、あのとき『孤立補正』が発動しなかったことへの恐怖が、一種のトラウマとして残滓のように体に染み付いていた。
もし、あのダンジョンに潜入し、ストーンドラゴンと対峙したときに発動しなければ……。
「まどろっこしいったらありゃしないわね!」
突然声を荒げるアリス。
「あんた、あたしの能力のこと聞いた? 聞いてないなら今、教えてあげる。あたしの能力は『絶対服従』よ。図書室室長としてもあの竜のことをもっと知りたいの!」
まるで駄々っ子だった。
右手を俺に向かってかざす。
ごく小さな声で詠唱が始まっていた。
「絶対服従……! さあ、跪きなさい!!」
電撃が走ったかと思った。
自意識より先に言葉が紡がれ、口にしていた。
「アリス様……ご命令を……」




