壊滅
血、爪痕、岩。
辛うじて元は人間であったとわかる肉の塊。
その地面は土であったか、岩肌であったか、わからないほどの血溜まり。
映像の始まりはあまりにもショッキングだった。
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《え?》
《これ、グロすぎだろ》
《あの第一が? 普通の一級ダンジョンだよな?》
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戦況は壊滅的だった。
懸命に索敵を続ける佐川さんの姿が目に入った。
敵の姿は見当たらない。
音声はなかったが、隊長が何か言っているのがわかる。
映像の構図としては定位置から引いた状態での撮影だった。
きっと、どこから現れるかしれない敵に備えているのだろう。
「如月さん、早くしないと第一は全員死にます。管理局から人を出してください」
「それはどういうことですか」
少し怒気を孕んだようにして如月は言った。
「このダンジョンは八竜の一つ、ストーンドラゴンが隠れています。間違いなくここは俺の潜った災害級ダンジョンです」
能力者とは言え、民間人を二名も死なせた責任は重い。
それだから、せめて残った二人は助けれなければならない。
固唾を飲んで映像に釘付けとなる俺の横で如月は連絡、指示、上席からと思われる問い合わせと、色々な対応をしていた。
――あの二人と第三部隊が撤退を決断してくれれば良いのだが……。
注視していて、壁の一部がゆっくりと呼吸するかのように動いているのを見つけた。
あそこだ。
あの壁に同化しているのがストーンドラゴンだ。
しかし、それを伝える術がない。
管理局の呼びかけに応えないのは意図的か、それとも余裕のなさだろうか。
あっ、と思った。
(これは自分のステイタス確認用だが、一応会話することも出来る。トランシーバー機能みたいなもんだな)
そう言っていた隊長の言葉が蘇った。
私物がまとめられているカゴから第一の忘れ物、その端末を取り出す。
「隊長! 聞こえますか!」
俺はこのままでは潰れてしまうのでは、というほど強く端末を握り締めて話しかけた。
「誰だ?」
通じていた。
「今の隊長の視点から十時の方向、壁に同化しています! ストーンドラゴンです!」
軍人のように隊長はつま先、かかと、と順序よく動かし、ぴったりと俺の言った位置を捉えた。
「佐川さんにも伝えてください!」
極めて落ち着きを払った様子で隊長は佐川さんにも伝えたと見えた。
ゆっくりと向きを正す佐川さんの様子もよくわかった。
「隊長、お願いです。ここは、撤退してください! 明らかに不利です!」
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《なんだ? 二人とも壁に向かって動かないぞ?》
《あそこに敵が居るってことか?》
《佐川さんの索敵すげーな》
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急いで逃げるべきだ。
そもそも二人では火力が足りない。
それに佐川さんの索敵が役立っていない。
完全な負けパターン。
「管理局所属特殊部隊 山桜が現着。藤堂さん、隊長さんに伝えてください」
「隊長、今、管理局の部隊が到着しました! ここは撤退で! 撤退でお願いします!」
映像の中で首を横に振っているのが見えた。
「このダンジョンは制圧しなければならないんだ。声、思い出したぞ。いや、忘れるわけがないんだ。お前の声だ。お前のせいで俺は……」
そのとき、隊長は右目に付けられた眼帯をカメラに見せつけるようにした。
なんだあれは?
眼帯なんて付けていなかったはずだが……。
次の瞬間、驚きの光景を目にした。
眼帯をめくり上げたそこには、あるはずの目玉はなく、くぼみがあるばかり。
「俺の右目は、お前をクビにした結果、一つのけじめとして犠牲になった……。俺はお前のせいで目を失ったんだ」
眼球を摘出?
どういうことなのか、全く事情が掴めなかった。
「お前はこの会社の恐ろしさを知らない……撤退などというのは選択肢に無い。逃げれば確実な死が待っている。今、ここで死んだとて一緒のことだ」
「何を馬鹿なことを言っているんですか! 相手を考えてください!」
このとき無限とも思える沈黙が続いた。
それを破ったのはストーンドラゴンだった。
「おお……やっと実体を見ることが出来た……これがストーンドラゴンか……」
俺が見た、あの岩としか思えない竜が、ようやく彼らの前に姿を現した。
こうして見ると、やはり大きかった。
アメリカの荒野を走る、大型のトレーラーがこれくらい大きいだろうか。
いや、それよりも大きいか。
「助かるためにはこの竜を討伐しなければならない。それ以外は、無い」
隊長は決意したように剣を構えた。
そのとき、映像が乱れた。
いや、乱れたというよりも黒い影の群れがカメラの前を通っただけだった。
「山桜が間に合いました!」
如月がそう言って俺の両手を握る。
これで助けられる、そういう気持ちなのだろうか。
山桜と呼ばれる軍隊のような能力者集団は皆、防毒マスクのようなものを被っていた。
違和感、もう一つ。
集団が入って来たからかと思ったが、それにしても砂埃がひどい。
「催眠ガスですよ。インド象も二秒で眠らせるという強力なものです」
そのセリフにはなぜか聞き覚えがあった。
如月はすっかり安堵の表情を浮かべていた。
「そんなものを撒いたら皆、寝てしまうのでは?」
「でも、寝てくれたほうが都合は良いと思いませんか。隊長さん、退くつもりないみたいでしたし」
確かに寝てもらって強制的な撤退のほうが良いか。
「民間人をこれ以上死なすわけには行きません。どんな手を使っても助けますよ」
如月は得意げに鼻を鳴らしそうだった。
映像に目を戻すと、竜の姿もそこにはなかった。
ガスに気がついて、退避行動を取ったのだろうか。
だとすると、単なる魔獣とは違い、厄介な存在だと思う。
ガスは煙幕のようで、どんどんと濃くなって行く。
カメラはもう役立ちそうもない。
そのとき、如月はどこからか連絡を受けていた。
「そうですか」
そう言ったと同時くらいに公式アナウンスが飛び込む。
『都内に発生し、第一等級とされていたダンジョン災害級ダンジョンへと等級を変更。民間人、七名を政府付管理局が救出。被害者は死亡した二名』
良かったとは言えなかったが、ほっと胸を撫で下ろした。
「管理局としては偵察部隊の教育の見直しが必要かと思います……ええ、あのダブルトレードの第一攻略部隊が歯が立たなかった、それも踏まえてやはり公式に認めるしかないかと。ええ、八竜の存在を」
如月は誰かと喋っていた。
「ええ、非常に都合が悪いのですが……認めざるを得ません。八竜を公式認定し、民間企業の介入を防止しなければ、今後もこういった不慮の事態が発生します」
それに、こちらには切り札が手に入りそうですから……。




