見物
沈黙。
一方で笑顔を絶やさずこちらを眺めている如月だった。
まるで自分の思い通りに万事が運ぶと確信しているかのようであった。
「やはり……そういうわけには……」
重い口を開き、拒絶の意志を表明した俺は上着にゆっくりと袖を通した。
「そんなに信用出来ませんか。まあ、本当ならこんなことにはなっていないはずだったんですけどぉ」
如月は俺がスタンガン攻撃を避け、能力を見せつけた上で交渉のテーブルに着くことを予想していたらしかった。
とにかく自身に危険が迫っているのは、どこに居ても同じことだと思う。
管理局は俺を保護する、守るという意識はあまりなさそうだし、表へ出ればダブトレが俺を探し回っている。それよりも、今は早く服を着なければ一息つくこともままならぬ。
だから上半身を衣に包んだ後、下も履こうとした。
しかし、下半身は未だにマヒしたかのように動かない。
これは困った。
「あら? 藤堂さん、どうかしましたか? 早くおちんちん仕舞いたいんじゃなかったんですか?」
「それはそうなんだが……」
しょうがないですねえ、と言いながら如月が近づく。
下着を手にし、片足、片足と持ち上げて足を通してくれる。
「あ、ありがとう……」
ゆっくりと手は大事なところへ迫ってくる。
美しく白い手だった。
腰を上げ、尻を通そうとすると如月の眼前へ陰部を押し付けるかのような格好になる。
これは恥ずかしいし、何よりいけないことをしていると感じた。
しかし、これは不可抗力と自身を鎮めるばかりであった。
下着がようやく股間を覆うかと思ったそのとき、警報音のようなものが鳴り響いた。
「……ダンジョンの出現ね」
ジャケットに手を入れると胸のあたりから小型の端末を取り出した。
「出動準備完了次第出動されたし……第七偵察部隊の臨場が優先です」
この如月というのは司令官か何かなのだろうか。
指示の仕方には迷いがなかった。
その後も無言で端末を眺めていたが、しばらくしてからまた誰かに話しかけている。
この間、俺はまだフルチンだった。
「どうでしょうか……あぁ、その程度であれば企業に任せて良いのでは……」
手を挙げている企業は、と言いながら、もう一つの端末を取り出している。
企業も反応が早ければ早いほどダンジョン対応を任せることが出来るらしかった。
当然、各々の管轄があるものの、大きな企業ほど国から仕事を受けることが多くなるのは必然であった。
俺にとり、馴染みのある大企業といえば、やはり最前まで所属していたダブルトレードである。
そんなことを考えていると、
「ええ、では任せましょう。株式会社ダブルトレード、第一攻略部隊に」
如月がその名を出したので驚く。
「今のダンジョン、第一に任せるんですか」
思わず敬語になって如月に話しかけていた。
「はい。管轄内ですし、それにあの会社は対応が早いですから」
如月は先程までの緊張感のある表情を仕舞い込み、まるで俺だけのために笑顔になっていると錯覚した。
「元々、ダンジョン攻略部隊に居た藤堂さんには釈迦に説法かもしれませんけど、ダンジョンには色々と種類があります。今回のダンジョンに関して言えば、一等級ですから、このレベルになると資本金一億円以上、従業員数五百人以上……まあ他にも条件はありますけど、とにかくそれなり企業、もしくは我々管理局での対応となります。今回もどこで嗅ぎつけたのか、ダブトレさんは早かったですねえ」
元々居た会社だから少しはその理由を知っている。
ダブトレは管轄を持つことで国から補助金を受け取り、更には監視体制に力を入れていた。
管轄内にある子会社、もちろんそうでない場合でも、監視員として黒服が配備されているらしかった。
なぜそこまでダンジョンへ固執しているかというと、国からは攻略時インセンティブが支給されるからで、他にも財宝系ダンジョンでは自社の配信をダミー映像に変更した上でネコババしているという噂もある。
「……まあ、あの会社は金のためならなんでもしますよ」
俺は詳しいことは何一つ言わず、個人的な感想を言うに留まった。
「さて、それじゃあ配信を見てみましょう」
如月の操作するリモコンによって、天井からスクリーンが降りてくる。
「これは、大迫力だな……」
「うふふ、そこらの映画よりも迫力は間違いなくありますね。まさに大興奮準備中って感じですねえ」
何がまさに、なのかはわからなかったが、確かに今の如月は興奮しているようだった。
ダブトレが配信している映像が映し出される。
見覚えのある面々の登場、となるはずだったが、最初に目に付いたのは浮遊している石や岩だった。
それに見渡す限り岩属性の魔獣たち。
雰囲気が似ていた。
記憶は鮮明に夜だった。
「如月さん、このダンジョンの詳細ってわかってるんですか」
眉をひそめていたらしい。
それが如月にも伝染したようで、困惑気に口を開く。
「詳細は不明ですね。ただ、出てくる魔獣たちはデータベース登録のあるものばかり、ただ量が多いですから、それで一級指定となった、というわけですけど……」
「これ、この間の八竜の巣に似てます」
俺がそういうと如月は明らかに表情が変わる。
片手で素早く端末を操作した。
「ダブルトレード、第一攻略部隊隊長に繋いでください。ええ、緊急です」
配信映像内には第一の姿がなかった。
俺の知らない部隊が小物の討伐に躍起になっているのが映っているばかり。
「如月さん、コメント表示してください」
わかりました、と言って如月はリモコンを操作する。
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《第三部隊がんばえー》
《やっぱり華がねえな》
《これ、第一の配信だよね?》
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コメントを見る限り、やはり第一も来ているようだったが、映像内には見当たらなかった。
……まさか。
「如月さん、隊長とはコンタクト取れましたか?」
「いえ、まだ……」
「まずいな……」
そう思ったとき、公式アナウンスが速報のように飛び込んできた。
『都内に発生した第一等級と思われるダンジョン内部にて、ダブルトレード第一攻略部隊、隊員二名が死亡』
嘘だろ。
次の瞬間、映像が切り替わる。




