氷塊
勢いのまま、俺は出来もしない約束を交わし、彼女たちを連れて管理局に向かうことになった。
「わ、私……! 管理局なんて初めて行きますよ!」
目を輝かせているのは三神くるみという、第二研究室の研究部員。
「本当に会わせてくれんだろうなぁ……わざわざ行って会えなかったら、わかってるだろうな?」
眠たげな瞳をギラリ、睨みをきかせるのは第二研究室室長の佐久間杏子。
聞くところによると第二研究室とはこの二人のみが所属する部署らしい。
まあ、あまり真っ当な部署には思えなかったから仕方ないのかもしれない。
エレベーターを降り、従業員出入り口から外へ出る。
出るつもりだったのだが……。
「おやおや? この景色は」
「これは……」
「ダンジョン……か?」
出た所にちょうど洞穴があった。
ちりちりと砂埃が立っており、今まさに出来たような雰囲気だ。
俺たちが唖然とそれを眺めていると、くるみのポシェットから電子音が鳴る。
「おおー! これ! ちゃんと機能しているじゃありませんか!」
段ボールに剥き出しのスピーカーと基盤、小さな発光ダイオード。
「なにそれ? ピーピーうるさいけど」
「これはですね、魔獣探知機です。魔獣が近くに居ると鳴るのです!」
電子系は得意じゃないが自作の物らしい。
「ほう、くるみのこれが鳴るってことは相当なんじゃないのか」
「相当って?」
「これが今まで鳴ったことはない。探知機として機能しているとはとても思えなかったんだ。それが鳴るってことは相当な魔獣が居るってことだろうなあ」
魔力の強さで鳴る鳴らないの判断がされているのならそうだろう。
しかし、強い魔獣となると……。
久々に八竜でも現れたのだろうか。
「ほら、正体不明の出番だ。とっとと行って討伐してこい」
「そんな簡単に言わないでください。俺は出動依頼がないとダンジョンには潜りませんよ」
「えっ、そんなわがまま言えちゃうんですか! 管理局って意外と自由?」
くるみが目を輝かせている。
「わがままというかね、俺の場合は本当に特殊で……」
「いいから行けよ。このままだと外に出られないだろ」
確かにそうではあった。
しかし、ダンジョンを勝手に攻略することは出来ない。
俺は迷ったあげく、管理局——如月に連絡することにした。
「……あ、如月さん? 今ダンジョンに遭遇したんですけど……え? ダンジョン発生のアラートが鳴っていない? ということはこれ……ダンジョンじゃないんですかね……」
いや、そんなはずはない。
目の前にある洞穴は間違いなくダンジョンだ。
ただ、規模は全くわからない。
「出動扱いになるなら行きますけど……はい……」
アラートが鳴らない以上は公共放送のカメラは追跡してこない。
それだから、管理局からの追跡カメラが到着次第潜入するように、と言われてしまう。
つまり、俺が潜らないとダメなようだ。
「第七偵察部隊とかは……ああ、アラートが鳴ってないから……ダメですか」
やはりダメらしい。
通信を終えた俺は思わずため息をつく。
「どうしたんだ。そんなため息をこれ見よがしにしやがって」
「どうです? どうです? ダンジョンですよね! これ! ダンジョンなんですよね!」
うるさいなあ。
「とりあえず、もう少ししたら俺はこのダンジョンらしきものに潜りますから。二人は一旦研究室に戻るなりしていてください。終わったら呼びますから」
「呼ぶって……部外者のお前はもう入れないぞ?」
「ああ、そうか」
「じゃあ、連絡先交換しましょー! ほら、室長も。ほらほら」
俺の端末に二人の女性が登録された。
うーん、彼女持ちとしては少し複雑だ。
間もなく浮遊する球体が現れる。
自動追尾カメラ、管理局仕様の物だった。
「さて、それじゃあ行くかね……」
「ああ、無事を祈るよ」
佐久間室長がウインクしてくれる。
くるみは自動追尾カメラに何かを付けている。
「おい、くるみちゃん。勝手なことはやめてくれよ」
「はっ! 何もしてませんよー! 何も!」
小さなカメラレンズが増えていた。
「なんだよ、それ」
「画質はあんまり期待出来ませんが、一応私たちも映像を見れたらなあと思いまして」
俺は諦観が先立って何も言葉が出てこなかった。
「まあいいや。とりあえず、二人は安全な場所に、くれぐれもお願いします」
「わかってる。くるみも映像が見れれば少しは大人しくするだろうから」
俺は久々のダンジョン潜入に心は雨模様だった。
得体のしれないダンジョンともなると、それは余計にそうであった。
とぼとぼと歩き始めた俺に向かって、
「がんばれー! 正体不明!」
と、くるみの声が投げられる。
やれやれ、と肩をすくめるばかりであった。
内部に潜入を開始したものの、魔獣はほとんどいない。
そして妙に寒く感じた。
「なんかひんやりするな……まあ洞窟なんて寒いに決まってるけど……」
端末を取り出し、気温の確認をすると摂氏二度であった。
冷えるとか、寒いとか言ってるレベルではなかった。
雪国の真冬の気温だった。
それが奥へ進む毎に更に下がる一方で、キラキラと洞窟の壁が光っていると気がついたときには、気温はマイナスになってしまっていた。
「これ、氷かな……」
壁を眺め、震える体を両腕で抱えた。
随分と地中深くまで来たと思うが、未だに魔獣の一匹も出てこない。
俺の能力も発動されない。
そんなときにカメラから電子音が鳴った。
===配信開始===
上部電光掲示板に文字が流れる。
何もいないのに配信開始とは。
不思議に思いながら歩いていると、奥に氷の塊があった。
「なんだこれ。一つだけ明らかに大きいけど……」
大きいとは言っても比較して大きいというだけだ。
サイズは両手で持ち上げることが出来そうなくらいだった。
近付くとその氷の塊の正体がわかる。
氷漬けの竜だ。
「うーん……一応これが初めて出会った魔獣かな……」
ピクリともしない、その氷を訝しげに見ていると端末が鳴る。
アリスからだった。
「……もしもし」
「あっ……もしもし?」
「どうした? 今、俺ダンジョンの中で……」
「そんなことわかってるわよ。少しカメラを近付けてほしいの」
俺は言われるままにカメラに氷の塊を映す。
「これ、きっと『フリーズドラゴン』よ」
「なんだよそれは。八竜ってこと?」
「ええ。八竜よ。気をつけなさい」
気を付けるも何も、こんな小さい竜に……しかも凍ってるし……。
これは討伐完了じゃないのか?




